姉に弱味を握られて隣国への密偵(スパイ)を押し付けられましたけど、全然向いてないので気に入られました。

藤谷 要

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9、問題のドレス

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「お嬢様には貴族としての矜持はないんですか? 本当におかしな人ですね」
「そうですか? 当たり前のことをしただけですわ」
「調子が狂いますけど、そこまで言うなら、まぁいいでしょう。時間がないので、すぐに行きましょう」

 メルシルンの言われるままに再び馬車で王宮を出る羽目になった。

 彼女は慣れた様子で御者に行き先を告げてお店に行く。
 そこは洋服も扱う大きな商店だった。

「ここは私の実家なんです」

 メルシルンはどうやら商家の娘だったようだ。彼女に連れられて色々と既製品のドレスを見繕われて、試着をしたあとに何着か購入を決める。それに合わせてアクセサリーも決める。手袋や靴まで一式揃えてくれた。
 全部メルシルンの見立てだが、ちゃんとウィンリーナに合うように選んでくれている。称賛こそすれ、文句を言う点が一切なかった。

「久しぶりに家族に会ったのなら、少しゆっくりお話ししたら?」

 そうウィンリーナが提案しても、メルシルンは興味ないといった態度で、「別に話すことはないからいいです」と素っ気なく断ってきた。彼女もウィンリーナのように家族と何かわだかまりがあるのかもしれないので、それ以上は触れなかった。

「庶民の私のおかげで首の皮が繋がりましたね。でも、貴族の令嬢にとってはかなり屈辱でしょう?」

 帰り際、メルシルンが再び挑発するような口調で話しかけてくる。だからウィンリーナはツカツカと彼女に近づいた。

「な、なによ」

 ウィンリーナがいきなり距離を詰め、彼女の手を両手で握った途端、彼女の目に不安と動揺が広がった。

「屈辱だなんて、とんでもないわ。あなたのおかげで明日の準備が完璧にできました。本当に感謝しているわ。メルシルンの仕事はとても素晴らしいですし
、あなたが侍女として仕えてくれてありがたいです」

 彼女に感謝の気持ちが上手く伝わっていないみたいなので、真心を込めて言葉を発すると、彼女は面食らったみたいに慌てて手を振り払って後ずさる。少し顔が赤くなっている気がした。

「もう、お嬢様は本当に調子が狂いますね! く、暗くなる前に帰りますよ」

 夕焼けが色を濃くしていく中、門が閉まる前に慌ただしく再び王宮に戻り、今度こそアニスに手伝ってもらって入浴を済ませた。

「アニス、いつもありがとう。しっかり者のあなたがいてくれて心強いわ」
「ええ、私もリナ様の優しさはよく存じてます。早く彼女にも伝わるといいのですが」

 風呂場にはアニス以外の使用人はいない。自分の黒い髪を久しぶりに見る。少し緩くカールしている細い髪質。魔法を使って一瞬で水気を取り除く。同じようにカツラも綺麗にして、アニスがウィンリーナの頭につけてくれる。

 これで他の人に見られても大丈夫だ。自分の部屋着用のドレスに着替える。メルシルンも驚いたくらい、何度も袖を通してくたびれ気味だ。でも、誰も部屋着は見ないから大丈夫だろうと使っている。

 のんびりしたくてソファに座ると、部屋付きのメイドが飲み物を「どうぞ」と出してくれた。とても気が利いている。
 テーブルがある部屋以外にも寝室があり、風呂場まで付いている。こんな広い続き部屋を用意してくれるなんて、かなりの好待遇だ。隣には侍女たちの部屋まで用意されていた。
 ウィンリーナが妃候補だからだろう。
 環境と格好が不釣り合いで、かなり申し訳ない。
 でも、養母とメルシルンのおかげで、明日の選考で恥をかかずに済んだ。自分のできることはやろうと奮起する。まずは殿下について知りたい。そう思ってメルシルンを呼び出す。

「メルシルン、先ほどはありがとう。おかげで明日は気後れせずに選考に挑めそうです」
「奥様に頼まれた仕事ですから、お嬢様からのお礼は不要です」

 メルシルンはフンと鼻息を荒くして素っ気ない。

「あなたは王都出身だと聞いていたけど、殿下について何か知っていますか?」
「殿下について何か知っていても、教える気はないですけど?」

 メルシルンと数日一緒にいるが、まだ彼女の態度は悪いままだ。何が彼女をそうさせるのだろうか。

「どうしてあなたはわたくしに冷たいんですか?」
「ふん、嫌なら首にすればいいですよ。実家は近いから歩いて帰れます。こんな貴族ばかりの場所にいたくないですから」
「でも、あなたはお養母様の指示には従ってますよね?」

 彼女が厳しい態度をとるのは、ウィンリーナに対してだけだ。

「それは、給料分は働かないと給料泥棒になりますから」

 メルシルンの態度は頑なだ。取り付く島もないくらいに。
 彼女は養母に指示された仕事を完璧にこなしている。優秀な人だと感じている。その彼女と仲良くなれなくても、できるなら穏便な関係でいられたと思うが、その方法が思いつかない。何か考えようにも上手く頭が回らない。

「そう。今日はもういいわ。あなたも疲れたでしょう? ゆっくり休んでね」

 ウィンリーナもクタクタだった。ソファに座っているだけで、瞼が落ちてきそうになる。

 疲れすぎて食欲もなかったが、部屋に運ばれた食事をなんとかとったあと、早々にその日は就寝した。
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