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9、問題のドレス
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彼に掴まれていたウィンリーナの手が彼の口元に運ばれ、軽く唇に押し当てる程度の口づけをされる。彼の手と唇の感触のせいで、ウィンリーナの頭の中は黄色い悲鳴を上げていた。それからすぐに手は離されたが、心臓がドキドキと激しく鼓動し続けていた。
「リナ嬢、全ての選考会が終わったら、伝えたいことがあります」
「は、はいっ!」
「それでは、またお会いしましょう」
フィルトは挨拶を述べた後、部屋から足早に去っていった。
彼もきっと護衛の任務でずっと周囲に気を配っていたから疲れただろう。十分に休息をとってほしかった。
「お疲れのところ失礼します。バートン男爵令嬢あてにお手紙が届いていたので預かっておりました」
部屋付きの使用人が、ウィンリーナに手紙を差し出している。アニスに目配せすると、彼女はすぐに受け取り、中身を改める。すると見るからに顔色を悪くした。
「リナ様、至急ご確認ください」
こちらに足早に近づき、手紙を渡してくる。読んですぐにアニスが驚いた理由が理解できた。
『無事の到着、喜ばしいことだわ。そちらの装飾品は素敵だそうね。お土産を期待してるわ』
姉からだった。誰に読まれてもいいような当たり障りのない文面だったが、姉の要件《ほんね》はすぐに伝わった。母から今回の資金をもらっていることを姉は気づき、それを寄越せと言っているのだ。
このスーリア国では黒色は不吉ではないと言われ始めているが、まだ故郷のアグニス国までは伝わっていない。そんな中、姉の指示に従わなかったせいで、自分の黒髪を暴露されたら。作戦が失敗して王子の妃に選ばれず、故郷に戻ったとき、一体どんな目に遭うか。
そのせいでアニスまで迷惑をかけてしまったらと思うと、姉の指示を無視するわけにはいかなかった。
「仕方がないけど、従うしかないわね」
アグニス語でアニスに話しかけると、彼女は戸惑いの声を上げる。
「ですが、これからの活動に支障が」
「大丈夫、きっとなんとかなるわよ」
苦笑いを浮かべると、アニスは渋々納得してくれたが、悔しそうに唇を噛み締めていた。
「あのお方は何をお考えなんでしょう。妨害もいいところですわ!」
プンプンと怒りながら、アニスは仕事に戻っていった。
いよいよ明日が選考かと思うと、緊張してくる。窓から差し込む夕日が、一日の終わりを告げ始めている。ひとまず明日に備えて休息が大事だと思い、侍女たちに視線を向ける。
「アニス、メルシルン。道中、お疲れ様でしたね。ひとまず汗を流しましょうか」
部屋付きのメイドに先にお願いしたのは、風呂の用意だった。
ところが、侍女たちがウィンリーナの部屋着を用意している最中、メルシルンの悲鳴が聞こえてきた。
「こんなボロいドレスしかないんですか!? 侍女よりボロいドレスしかないってどういうことですか! しかも、なんでこんなところにクマのぬいぐるみが! これまでボロじゃないですか!」
「ボロいとはなんですか! あと、それはリナ様の宝物です! 粗末に扱わないでくださいませ!」
アニスの叱責まで聞こえる。しかもカバンにこっそり詰めたぬいぐるみの存在までバレている。恥ずかしい。
毎年国から支給される支度金はいつも姉に巻き上げられている。だから、王女にふさわしい豪勢なドレスは一着も持ってなかった。着古したドレスしか手元にない。それをメルシルンは見て、驚いてしまったのだろう。
「お嬢様! まともなドレスが一着もないなら、風呂の前にドレスを買いに行かないとダメですよ! こんなドレスで選考に行かれたら、男爵家が恥をかきます!」
「で、でも……。申し訳ないことにドレスを買えるだけの手持ちがないんです。それにあなたも聞いたと思いますが、選考会は明日の午後。ドレスを用立てるには間に合いませんわ」
恥を忍んで正直に告白する。すると、メルシルンは明らかに顔色を変えた。にやりと意地悪そうにほくそ笑み、試すような目つきをこちらに向けてくる。
「なんとかすることは可能ですよ」
「それはどうしてですか?」
「私が万が一のために奥様に頼まれてお金を預かっているからです」
「お養母様があなたに? でも、もうすぐ日が暮れますし、今からお店に行っても迷惑では?」
「私の身内の店なので、融通がきくんです。でも、それもあなたの態度次第ですね。貴族のご令嬢が庶民の私に頭を下げてお願いするなら、考えてあげます。でも、絶対に無理でしょう?」
フフンと見下したようにメルシルンが笑う。
「まぁ! 人が困っているなのに、なんて態度なの!」
「いいのアニス。私の尻拭いをしてもらうのだから、お願いするのは当然だわ。メルシルン、どうか私のために助けてください。よろしくお願いします」
深々と頭を下げると、戸惑いの声が聞こえて来た。
「リナ嬢、全ての選考会が終わったら、伝えたいことがあります」
「は、はいっ!」
「それでは、またお会いしましょう」
フィルトは挨拶を述べた後、部屋から足早に去っていった。
彼もきっと護衛の任務でずっと周囲に気を配っていたから疲れただろう。十分に休息をとってほしかった。
「お疲れのところ失礼します。バートン男爵令嬢あてにお手紙が届いていたので預かっておりました」
部屋付きの使用人が、ウィンリーナに手紙を差し出している。アニスに目配せすると、彼女はすぐに受け取り、中身を改める。すると見るからに顔色を悪くした。
「リナ様、至急ご確認ください」
こちらに足早に近づき、手紙を渡してくる。読んですぐにアニスが驚いた理由が理解できた。
『無事の到着、喜ばしいことだわ。そちらの装飾品は素敵だそうね。お土産を期待してるわ』
姉からだった。誰に読まれてもいいような当たり障りのない文面だったが、姉の要件《ほんね》はすぐに伝わった。母から今回の資金をもらっていることを姉は気づき、それを寄越せと言っているのだ。
このスーリア国では黒色は不吉ではないと言われ始めているが、まだ故郷のアグニス国までは伝わっていない。そんな中、姉の指示に従わなかったせいで、自分の黒髪を暴露されたら。作戦が失敗して王子の妃に選ばれず、故郷に戻ったとき、一体どんな目に遭うか。
そのせいでアニスまで迷惑をかけてしまったらと思うと、姉の指示を無視するわけにはいかなかった。
「仕方がないけど、従うしかないわね」
アグニス語でアニスに話しかけると、彼女は戸惑いの声を上げる。
「ですが、これからの活動に支障が」
「大丈夫、きっとなんとかなるわよ」
苦笑いを浮かべると、アニスは渋々納得してくれたが、悔しそうに唇を噛み締めていた。
「あのお方は何をお考えなんでしょう。妨害もいいところですわ!」
プンプンと怒りながら、アニスは仕事に戻っていった。
いよいよ明日が選考かと思うと、緊張してくる。窓から差し込む夕日が、一日の終わりを告げ始めている。ひとまず明日に備えて休息が大事だと思い、侍女たちに視線を向ける。
「アニス、メルシルン。道中、お疲れ様でしたね。ひとまず汗を流しましょうか」
部屋付きのメイドに先にお願いしたのは、風呂の用意だった。
ところが、侍女たちがウィンリーナの部屋着を用意している最中、メルシルンの悲鳴が聞こえてきた。
「こんなボロいドレスしかないんですか!? 侍女よりボロいドレスしかないってどういうことですか! しかも、なんでこんなところにクマのぬいぐるみが! これまでボロじゃないですか!」
「ボロいとはなんですか! あと、それはリナ様の宝物です! 粗末に扱わないでくださいませ!」
アニスの叱責まで聞こえる。しかもカバンにこっそり詰めたぬいぐるみの存在までバレている。恥ずかしい。
毎年国から支給される支度金はいつも姉に巻き上げられている。だから、王女にふさわしい豪勢なドレスは一着も持ってなかった。着古したドレスしか手元にない。それをメルシルンは見て、驚いてしまったのだろう。
「お嬢様! まともなドレスが一着もないなら、風呂の前にドレスを買いに行かないとダメですよ! こんなドレスで選考に行かれたら、男爵家が恥をかきます!」
「で、でも……。申し訳ないことにドレスを買えるだけの手持ちがないんです。それにあなたも聞いたと思いますが、選考会は明日の午後。ドレスを用立てるには間に合いませんわ」
恥を忍んで正直に告白する。すると、メルシルンは明らかに顔色を変えた。にやりと意地悪そうにほくそ笑み、試すような目つきをこちらに向けてくる。
「なんとかすることは可能ですよ」
「それはどうしてですか?」
「私が万が一のために奥様に頼まれてお金を預かっているからです」
「お養母様があなたに? でも、もうすぐ日が暮れますし、今からお店に行っても迷惑では?」
「私の身内の店なので、融通がきくんです。でも、それもあなたの態度次第ですね。貴族のご令嬢が庶民の私に頭を下げてお願いするなら、考えてあげます。でも、絶対に無理でしょう?」
フフンと見下したようにメルシルンが笑う。
「まぁ! 人が困っているなのに、なんて態度なの!」
「いいのアニス。私の尻拭いをしてもらうのだから、お願いするのは当然だわ。メルシルン、どうか私のために助けてください。よろしくお願いします」
深々と頭を下げると、戸惑いの声が聞こえて来た。
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