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4、漆黒の死神
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「釣書にあったとおり、本当に黒目なんですね。今まで何人か誇張された方がいたので、お会いするまで半信半疑だったんです」
フィルトの口調は興奮気味だった。食い入るようにウィンリーナの両目を覗き込んでいた。
「夜空に浮かぶ星のように美しいですね」
「あ、あの……」
いつも不吉な色だと貶された目をこんなにも称賛されたのは初めてだ。
しかも、そう言ってくれた相手はびっくりするほど美形な男性だ。こんなにも期待に満ちた目で見つめられて、しかも嬉しそうに目を細めて頬を赤らめている。相手の反応が大げさすぎて、ウィンリーナまで非常に恥ずかしくなり、顔が熱くなっていく。
慣れない状況に全く落ち着かない。思わず視線を相手から逸らすと、フィルトは我に返ったのか、冒頭のように畏まって挨拶をしてくれた。
「セングレー卿。さっそくお越しくださり感謝いたします。どうぞお座りになってください」
養母が間を取り持ってくれたおかげで、想定どおりの流れに戻った気がした。
ソファに客と向かい合うようにウィンリーナたちは座る。
使用人がお茶を客に給仕して静かに下がる。部屋には三人しかいない。
「そうそう。一つ確認事項がありました。バートン男爵令嬢の釣書を先ほど確認しましたが、応募に必要なものが一つ入っておりませんでしたね」
「あら、ごめんなさい。一体、それはなんですか?」
フィルトの指摘に養母は恐縮気味に返す。
「ご本人の髪を入れて欲しかったのです」
「まぁ、そうでしたね。殿下の論文は拝読しておりましたのに、うっかり失念してしまいましたわ。申し訳ございません」
ウィンリーナは髪の毛が必要だと言われて、内心冷や汗をかいていた。
昨日は地毛を脱色する暇もなかった。カツラの下は、黒髪のままである。今から髪の毛を求められても、カツラをかぶっているので、周囲に見せているのは自分の地毛ではない。このカツラの別人の髪で調べられて何か不都合があったらと思うと気が気でなかった。
「今からご用意した方がいいでしょうか?」
養母の申し出にさらに不安が募るばかりだ。
ウィンリーナは固唾をのんでフィルトの返事をじっと見守る。
「いえ、大丈夫です」
フィルトの答えを聞いて、ウィンリーナは心の中で万歳をしていた。
「お会いして瞳の色を確認できたので問題ないです。瞳は誤魔化せませんから、わざわざ髪で魔力を測定する必要もないです。直接バークレー男爵令嬢にお会いできてよかったです」
彼はにこりと碧眼を細めて微笑む。しかも、感極まったように目まで潤んでいる。イケメンの眩いばかりの光に晒された気がした。
けれども、ウィンリーナは殿下の妃候補で、彼は殿下の部下。お互いに初めから対象外だと理解しているので、何も期待するところはない。
大帝国の王子の部下ともなると、選りすぐりのエリートばかりなのだろう。顔の良さも評価の範囲なのかもしれない。目の保養にしておこうとウィンリーナは冷静に考える。
そう思って彼を眺めていたら、突然彼の目から涙がほろりと零れ落ちた。
「まぁ、どうされたんですか?」
養母が驚いた声を上げる。
「ああ、すいません。堪えきれませんでした。まさか、黒目の乙女が現れてお会いできるなんて夢みたいで。調査を続けていて初めてだったんです。理論では黒目はいるはずだと思っていたんですが、今まで確認できず非常に歯がゆかったんです。ですが、本当にいたんだと思うと感激のあまり。しかも妃として応募してくれるなんて……」
フィルトは慌てて目元を手袋したままで押さえようとした。彼の手袋が濡れてしまうと思い、ウィンリーナは咄嗟に自分が持っていたハンカチを彼に差し出す。
「どうぞ、これを使ってクダサイ」
「ああ、ありがとうございます……」
フィルトは素直にハンカチを受け取ってくれた。すぐにそれで目元をぬぐう。とりつくろう余裕もなさそうだ。人前で泣いてしまって彼自身が少し動揺しているように感じた。
もしかしたら――とウィンリーナは察する。
フィリアンク殿下によって、彼は脅されていたのかもしれない。
ウィンリーナを散々いじめ続けた姉ですら、「アグニスの青い薔薇」と言われるほど彼女の美貌と立ち振る舞いを評価されていた。
一方で、フィリアンク殿下は、「漆黒の死神」だ。他人から見ても恐ろしい人なら、彼に仕えている部下たちはウィンリーナ以上に日頃からひどい目に遭っている可能性は多いにあった。
黒い目の乙女を見つかって安堵のあまりに泣いてしまったフィルトにウィンリーナは深い同情の気持ちを抱いた。
「大丈夫でゴザイマスカ?」
ウィンリーナが気遣うと、フィルトは「ええ」と言葉少なくうなずく。
「お気遣いありがとうございます」
そう言ったフィルトの目は少し赤くなっていたが、元の調子に戻ったようだ。彼は笑顔を浮かべ、こう言った。
「あなたは大変貴重です。あなたの死後、研究のために是非解剖させてください」
先ほど彼に同情したのは間違いだったようだ。彼もまた主人のように冷酷非道のようだ。こちらを見つめる彼の目はとても熱心だったけど、台詞が物騒すぎて全然嬉しくなかった。
「か、考えさせてクダサイ」
ブルブル震えながら返事を誤魔化した。了承したら最後、殺されるかもしれない。
フィルトの口調は興奮気味だった。食い入るようにウィンリーナの両目を覗き込んでいた。
「夜空に浮かぶ星のように美しいですね」
「あ、あの……」
いつも不吉な色だと貶された目をこんなにも称賛されたのは初めてだ。
しかも、そう言ってくれた相手はびっくりするほど美形な男性だ。こんなにも期待に満ちた目で見つめられて、しかも嬉しそうに目を細めて頬を赤らめている。相手の反応が大げさすぎて、ウィンリーナまで非常に恥ずかしくなり、顔が熱くなっていく。
慣れない状況に全く落ち着かない。思わず視線を相手から逸らすと、フィルトは我に返ったのか、冒頭のように畏まって挨拶をしてくれた。
「セングレー卿。さっそくお越しくださり感謝いたします。どうぞお座りになってください」
養母が間を取り持ってくれたおかげで、想定どおりの流れに戻った気がした。
ソファに客と向かい合うようにウィンリーナたちは座る。
使用人がお茶を客に給仕して静かに下がる。部屋には三人しかいない。
「そうそう。一つ確認事項がありました。バートン男爵令嬢の釣書を先ほど確認しましたが、応募に必要なものが一つ入っておりませんでしたね」
「あら、ごめんなさい。一体、それはなんですか?」
フィルトの指摘に養母は恐縮気味に返す。
「ご本人の髪を入れて欲しかったのです」
「まぁ、そうでしたね。殿下の論文は拝読しておりましたのに、うっかり失念してしまいましたわ。申し訳ございません」
ウィンリーナは髪の毛が必要だと言われて、内心冷や汗をかいていた。
昨日は地毛を脱色する暇もなかった。カツラの下は、黒髪のままである。今から髪の毛を求められても、カツラをかぶっているので、周囲に見せているのは自分の地毛ではない。このカツラの別人の髪で調べられて何か不都合があったらと思うと気が気でなかった。
「今からご用意した方がいいでしょうか?」
養母の申し出にさらに不安が募るばかりだ。
ウィンリーナは固唾をのんでフィルトの返事をじっと見守る。
「いえ、大丈夫です」
フィルトの答えを聞いて、ウィンリーナは心の中で万歳をしていた。
「お会いして瞳の色を確認できたので問題ないです。瞳は誤魔化せませんから、わざわざ髪で魔力を測定する必要もないです。直接バークレー男爵令嬢にお会いできてよかったです」
彼はにこりと碧眼を細めて微笑む。しかも、感極まったように目まで潤んでいる。イケメンの眩いばかりの光に晒された気がした。
けれども、ウィンリーナは殿下の妃候補で、彼は殿下の部下。お互いに初めから対象外だと理解しているので、何も期待するところはない。
大帝国の王子の部下ともなると、選りすぐりのエリートばかりなのだろう。顔の良さも評価の範囲なのかもしれない。目の保養にしておこうとウィンリーナは冷静に考える。
そう思って彼を眺めていたら、突然彼の目から涙がほろりと零れ落ちた。
「まぁ、どうされたんですか?」
養母が驚いた声を上げる。
「ああ、すいません。堪えきれませんでした。まさか、黒目の乙女が現れてお会いできるなんて夢みたいで。調査を続けていて初めてだったんです。理論では黒目はいるはずだと思っていたんですが、今まで確認できず非常に歯がゆかったんです。ですが、本当にいたんだと思うと感激のあまり。しかも妃として応募してくれるなんて……」
フィルトは慌てて目元を手袋したままで押さえようとした。彼の手袋が濡れてしまうと思い、ウィンリーナは咄嗟に自分が持っていたハンカチを彼に差し出す。
「どうぞ、これを使ってクダサイ」
「ああ、ありがとうございます……」
フィルトは素直にハンカチを受け取ってくれた。すぐにそれで目元をぬぐう。とりつくろう余裕もなさそうだ。人前で泣いてしまって彼自身が少し動揺しているように感じた。
もしかしたら――とウィンリーナは察する。
フィリアンク殿下によって、彼は脅されていたのかもしれない。
ウィンリーナを散々いじめ続けた姉ですら、「アグニスの青い薔薇」と言われるほど彼女の美貌と立ち振る舞いを評価されていた。
一方で、フィリアンク殿下は、「漆黒の死神」だ。他人から見ても恐ろしい人なら、彼に仕えている部下たちはウィンリーナ以上に日頃からひどい目に遭っている可能性は多いにあった。
黒い目の乙女を見つかって安堵のあまりに泣いてしまったフィルトにウィンリーナは深い同情の気持ちを抱いた。
「大丈夫でゴザイマスカ?」
ウィンリーナが気遣うと、フィルトは「ええ」と言葉少なくうなずく。
「お気遣いありがとうございます」
そう言ったフィルトの目は少し赤くなっていたが、元の調子に戻ったようだ。彼は笑顔を浮かべ、こう言った。
「あなたは大変貴重です。あなたの死後、研究のために是非解剖させてください」
先ほど彼に同情したのは間違いだったようだ。彼もまた主人のように冷酷非道のようだ。こちらを見つめる彼の目はとても熱心だったけど、台詞が物騒すぎて全然嬉しくなかった。
「か、考えさせてクダサイ」
ブルブル震えながら返事を誤魔化した。了承したら最後、殺されるかもしれない。
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