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3、手配したはずの護衛

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「リナ様。謝る必要はございませんわ。実は私、これを機にスーリア国でいい夫を見つけようと考えております。アグニス国は小さいので、適齢期の令息が少ないのです。でも、スーリアのように大帝国なら、若者も選びたい放題ですよ」

 したたかに笑うアニスはとても心強かった。

「それに、私はいつもリナ様に感謝しているんですよ。私の恩人ですから」
「えっ、わたくし何をしたのかしら?」

 彼女も自分と同じように色で困っていたから、侍女にならないかと誘っただけだった。

 ウィンリーナが不思議に思っても、アニスはにこにこと微笑むばかりで理由を言わなかった。

「ところで、リナ様。篭絡の対象である第二王子ですが、何か策はあるのですか?」
「残念ながらまだよ。はぁ、死体を吊すような残酷な人にどう接したらいいのかしら。正直なところ、今までのわたくしでは、殺されに行くようなものだと思うのよ。だから、生き残るためにも、わたくし自身が変わる必要があると思うの。だから、家族を見習って悪女として生きていこうと思って」
「……え?」
「ちょっとアニス。その反応は、すごく不安になるじゃない」
「はっきり言って、その案はどうかと。リナ様が悪女に向いているとは思えません。むしろ真逆」
「それって善人ってこと?」
「そうです。リナ様は苦境にありながらもアグニスのために尽くされていたではございませんか」
「それは王女として務めだもの。当然でしょう?」

 ウィンリーナが首を傾げて答えたときだ。

「た、大変だ! 魔物が出たぞ!」

 御者の慌てた声が馬車の中まで響いてきた。
 慌ててウィンリーナたちは馬車の窓から外を覗く。山の中なので道以外は切り立った崖や木々ばかりだが、少し離れた山の中に一頭の魔物が見えた。真っ黒い異形の存在。馬車めがけて近づいてくる。二つの目が爛々と黒い頭のあたりで光っていた。四つ足の肉食獣のようだ。
 魔物の生態は不明で、番と子をなすわけではなく、世界のどこかに突然湧き、人間などの生き物に害をなす。

「あれは護衛騎士でも一部隊いないと太刀打ちできないレベルの魔物です。さぁ、リナ様よろしくお願いします」
「えっ!?」

 そんな強敵をいきなり一人で任されて動揺はしたが、死にたくないのでウィンリーナは冷や汗をかきながら慌てて魔法を放つ。シュッと一瞬だけ音を立てたあと、シーンと静まり返った。
 その直後、外から御者の驚く声が聞こえた。

「魔物が消えたぞ!」
「えっ」

 ウィンリーナはあまりの手ごたえのなさに驚くが、逆にアニスはすんなり納得してうなずいている。

「さすがリナ様ですわ」

 アニスの称賛と魔物の弱さに首を捻りながらも、引き続き警戒しながら先に進む。

 魔物と直接戦ったのは今回初めてだ。だから、手に負えない魔物が出たらどうしようと不安で仕方がなかったが、出てきた魔物は弱すぎて拍子抜けするくらいだった。何かがおかしい。

 そう訝しみながらも、馬車は順調に進んでいく。隣国スーリアの国境の門にたどり着き、やっと安全な結界の中に入ることができた。
 張り詰めていた緊張が解れて、一息つこうかと思ったときだ。

「あんたたち、護衛もなしに国境を越えてきたのか!?」

 入国の手続きのために国境の警備をしているスーリア国の衛兵と話す必要があったのだが、そこでウィンリーナたちは大変驚かれてしまった。

「あんたたち、運が良かったな。昨日、災害級の魔物が出たけど、王都から殿下の精鋭部隊が応援に来て周囲の魔物たちを討伐してくれたんだ。だから運良く魔物に出くわさなかったんだぞ。こんな無茶な真似は二度とすんなよ!」

 こちらの質素な馬車と地味な装いのせいで、衛兵に高貴な身分だと全然思われなかったのだろう。説教までされてしまった。

「も、申し訳ございません。次からは注意します。でも、魔物には出会ったんですが、なぜか弱かったんですよね。おかげで全部倒せました」

 ウィンリーナは自分でも無謀な旅だと自覚があったので、穏便に済ますために、ひたすら腰を低くして反省しているフリをした。

「全部倒せただって!? そんな馬鹿な! そうか、殿下の精鋭部隊が魔物を弱らせていたんだ。そうに違いない!」
「そ、そうですね! 精鋭部隊の方に感謝ですね!」

 相手の調子に合わせつつ、なんとか手続きを終えて、養子縁組先の男爵家に向かう。

「魔物が弱くておかしいと思っていたけど、殿下のおかげだったのね。わたくしたち、本当に運が良かったわね」
「リナ様のおかげですわ」
「もうアニスったら」

 そんなに褒められると照れてしまう。
 いつもどおり大げさで彼女らしいと微笑んだ。

 でも、このときアニスだけが、状況を正しく把握していた。ウィンリーナの魔法の威力について——。

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