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愛される不安

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 その答えは、翌日の夜に分かった。
 私の部屋は彼と続き部屋となっており、先触れや使用人を介することなく、彼が間仕切り扉から入ってきたのだ。

「メ、メイアス様?」

 いきなり扉が開いて彼が現れてびっくりしたら、彼は口元に人差し指を立てて沈黙を求めてくる。

「静かに。噂になって困るのは、あなただよ」

 それなら彼が来なければいいと思うが、そんなことを言える立場になかった。

 彼は昨日と同じように薄い夜衣姿だ。鍛えられて引き締まった身体が間近に迫り、否応なしに緊張が高まる。

「夜になるまで待ち遠しかった」

 メイアス様は切なげな声で呟き、私を逞しい両腕でぎゅっと抱きしめてくる。
 彼が本心から私を望んでいるように感じて、嫌な気分ではなかった。
 声までレイに似ている気がしたから。

 顎を持ち上げられ、上向きにされたら、彼から口づけを与えられる。
 寝台に倒れ込むように横たえられ、今日も彼に情熱的に求められた。
 周りにバレないように寝台では言葉は少ない。

 昼は汚れを知らぬ清らかな女を装って人々を癒し、一方で夜はメイアス様に妻として何度も体を求められていた。

 彼との接点は、夜だけだった。
 日中はそれぞれの役割を果たすため、ほとんど関わることもなかった。

 体だけが目的じゃないの? 私の見た目だけ気に入っているのでは?

 そんな風に不安に思う気持ちがあった。そんなとき、ちょうど月のものが来たので、彼の訪問を断らざるを得ない状況になった。

「あの、今日は月の障りなんです。申し訳ございませが、ご奉仕ができません」

 いつものように間仕切り扉から入ってきたメイアス様にこっそり告げる。
 彼はどんな反応をするのか、期待と不安を抱えながら待った。
 体だけが目的なら、私の部屋にいなくても良いはずだと。

「そうか」

 短く答えたメイアス様は、その足ですぐに自室に戻られた。
 やはり夜の営みができない私には用がなかったのだ。

 薄々予想していたとはいえ、落胆を通り越して胸までも痛んだ。

 ところが、意外なことに彼はすぐに再び私の部屋に戻ってきた。

「これを」

 差し出されたのは、小さな陶器製の容器だ。
 蓋を開けると、砂糖漬けの果物が入っている。
 砂糖を使った食べ物は薬のように扱われ、滋養があるとされている。

 まさか、月の障りを気遣ってくれた?

「あ、ありがとうございます」

 こんな高価で貴重なものを頂けるとは思ってもみなくて、驚きのあまりに立ち尽くしていると、彼は私の寝台にそのまま移動していた。

 ぼうっとして立っていた私を寝台の上で手招きして呼ぶので、慌てて我に返って容器を棚に置き、彼の元へ向かう。

 メイアス様は私にも横になるように身振りで伝える。
 彼の隣に寝転がると、彼は躊躇いなく私にくっ付いてくる。
 ぎゅっと愛おしそうにただ抱きしめられて、レイとの何気ない日々と重なり、涙が出そうになった。

 今はもういない彼も、同じように私を労ってくれたから。

 肌から直に伝わってくる彼の温もりが、私を見つめる潤んだ彼の視線の熱が、じわじわと私の心を浸蝕するように広がっていく。

 彼の訪れを待ちわびるようになった。
 彼に触れられるたびに胸が弾んで、彼のことしか考えられなくなる。

 未だに理由は分からないが、相変わらず癒しの力を失っていないので、白い結婚であることを外では誰にも疑われもしなかった。

 彼に本当に愛されているのかもしれない。そう思えるような夜の時間だった。

 でも、この生活を願ったのは私なのに、エミリーヌ様がメイアス様の腕に手を添えて城内を歩いている姿を目撃したとき、胸に刺すような痛みが襲っていた。
 唇を噛み締めるように閉じることしかできなかった。

「あら、ルミネラ様。これから私たち茶会に一緒に行くのよ」

 側妃は勝ち誇ったような顔で私を嘲笑っていた。

「行ってらっしゃいませ」

 これ以外に何を返せただろう。
 私は立ち去る夫たちを見送ったあと、いつもどおりに神殿に奉公しに行った。

 その後も、二人が城の中で一緒にいる姿をたびたび見かけた。
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