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96 皆に愛されているから
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バーシム先生が来てくださったのは起き上がれなくなってしまった翌日の事だった。
先生は僕を診て、「子供の状態を調べるためにほんの少しだけ魔力を流しますね」って言って、終わった後に「疲れたと思うので休んでください。お話はその後でさせていただきますね」と言った。
「あの、赤ちゃんは大丈夫ですよね?」
「元気ですから安心してください。とにかくエドワード様が元気になられるのが一番ですよ」
そうして兄様と一緒に部屋を出て行ってしまう。なんだか不安だけどとにかく元気にならなきゃ。どうして起き上がれなくなってしまったのか、きっと先生が調べて下さるから。
赤ちゃんが生まれたマリーの代わりに僕の専属になってくれているレオラが世話を焼いてくれて、水分補給だけをして言われた通りに休んだんだけど、目が覚めたら翌日になっていて僕はなんだか呆然としてしまった。ちょっと休むだけだったのに、どうして次の日になっているんだろう。
よく眠っていたので眠れる時は寝た方がいいって言われて起こさなかったんだよって兄様は言っていたけれど、それならどうして休んだのに起き上がれないのかな。
「あの、バーシム先生はなんて? 説明はいつになりますか?」
「うん。昨日説明をする筈だったんだけど、このまま体力を回復させる方がいいって言って一度戻られた。またすぐに様子を見に来ると言っていたよ。とにかくつわりの時のように食べられないわけではないから食事はしっかりとってほしい。難しいなら体力回復のポーションも飲んでいいそうだ」
「…………分かりました。でも……どうして急に起き上がれなくなったのかお聞きになったのなら教えてほしいです」
「詳しい事はきちんと調べたいと仰っていた。そして子供は元気だと言われたよ。この前も仰っていたけれど、おそらく魔力の高い子なのだろうとも。エディ、そんな顔をしないで。子供は変わらず動いているよね?」
「はい」
「なら大丈夫。あとはエディが子供に負けないように体力をつけて出産に備えるだけだ。成長に問題はないそうなのでもしかしたら少し早まるかもしれないと仰ってもいた」
「早まる⁉」
「そう。元気いっぱいで私達に早く会いたいと思ってくれているのかもしれないね。とにかくエディ、体力だ。子供に負けないように体力をつけよう。魔力が足りないようなら少し多めに渡そう」
兄様はそう言って僕の手を握ってゆっくりと魔力を流し始めた。それに気づいたようにお腹の中が騒がしくなる。
「わぁ! すごい、蹴っている……のかな。暴れている。えっと喜んでいるのかしら」
「流し過ぎたか。あまり暴れるとエディの負担が大きくなってしまうね」
「大丈夫です。元気なら良かった。ちょっと休むつもりで一日近く眠ってしまったり、起き上がれなくなってしまったから不安だったけど、元気で動いてくれているならホッとしました。そうですね。子供に負けない体力ですね。頑張ります」
「うん。ちゃんと食べてしっかり休んで備えよう。父上や母上からも応援していると連絡がきたよ。仕事の方はユードルフとレイモンドを中心にしっかり回っている。エディは安心して自分の身体の事をだけを考えなさい」
「分かりました。ありがとうございます。あ、また蹴った! ふふふ、本当に負けないようにしないといけませんね」
兄様は少し冬祭りの仕事があるのでまた夜に来るよと言った。僕は頷いて横になった。そして目が覚めるとまた次の日になっている。
そんな事が続いて、ぽっかりと目をあけたその日、部屋の中には母様がいらした。
「母様……?」
「ふふふ、驚いた? 少し早まるかもしれないってアルに聞いたから我慢出来なくて来てしまったわ。魔力が高い子らしいわね。気持ちは悪くない?」
「はい。大丈夫です。あの……僕は……」
「どうやらエディの身体は休む事で体力を蓄えようとしているみたいよ。ああ、起き上がらないで大丈夫。そのままでいなさい」
「……はい。すみません。あの……母様、僕はどれくらい寝ていたのでしょうか?」
何となく不安になって尋ねると母様は「二日」と答えた。
「え……」
「正確には一日と十五リィルくらいかしら」
「………………あ、あの」
前よりも長くなっている事に言葉を詰まらせると母様がふわりと笑った。
「大丈夫よ。ずっとずっと眠っているわけでなく途中でちゃんとポーションを取ったりしているんですって。ぼんやりしているから多分気付いていないと思うってレオラが言っていたわ。そんな状態で飲み物を与えても大丈夫なのかって思ったけど問題はなかったみたい。エディは無意識に自分と赤ちゃんを守っているのね。もちろんアルも毎日魔力を流していると聞いていますよ」
「そうだったのですね。寝ている間に栄養補給をしているなんて知りませんでした」
「そうね、エディはとても器用だわ」
そう言って僕と母様はふふふと笑った。
それにしても眠っている時間が増えてきているのはやっぱり気になるな。この前も思ったけれど体力を回復するために寝ているのに起きても全然起き上がれないのもすごく気になる。
そんな風に考えている僕を母様はじっと見つめていた。そして……
「エディ、エディに大切なお話があります」
「母様……?」
「エディは小さい時に母様がウィリアムとハロルドを生む時に聖神殿に連れていかれたのを覚えているかしら?」
「はい。覚えています」
「本当はアルが話をするって言ったんだけど、母様が話をしたいってお願いをしたの」
「…………はい」
胸がドキンドキンとした。何の話だろう。僕は一体どうしてしまったんだろう。
だけど次の瞬間母様の口から出てきた言葉は予想外の言葉だった。
「エディのお腹の中にはあの時の母様のように二つの命があります」
「え……」
母様は今の状況をきちんと説明してくれた。
母様自身もマルリカの事を沢山調べてくれていた事。
マルリカの魔力で作られた子を育てるところで二つの命が育つというのは初めてだという事。
初めは魔力の強い子だと思われていたけど、お腹が大きくなってきたため色々な可能性を調べ始めて、二つの異なる魔力の流れを確認した事。
そして中で育つ二つの魔力にその器官が耐え切れず、出てくる前に壊れてしまう可能性がある事。
マルリカの魔力の守りがないまま子が下りてきてしまったら子供も、そして僕も無事ではいられない可能性がある事も母様はきちんと話してくれた。
「でもねエディ、バーシム先生も、聖神殿の大神官様も色々な方法を考えてくださっているの。外から魔力を足して、なんとかその器官をもたせる事が出来ないか、あるいは……マルリカの実の魔力を足す事は出来ないか」
「…………実の魔力を?」
意外な言葉に僕は思わず問い返していた。
「バーシム先生が古い文献の中から探し出してきたと聞いたわ。もちろんそれが成功するかは分からないし、マルリカの実の予備分を使用する許可もいただかないといけません。あるいは…………生産者の特権としてエディが実の成長を一つだけ早める事も考えています」
「実の成長を…………」
「エディは眠っている時間が増えているわね? それはそれだけエディの身体に負担がかかっているからです。子供たちとエディ自身の身体を守るために、この実を熟す事は出来ますか?」
母様はそう言って僕の前にまだ青いマルリカの実を差し出した。
「………これは?」
「アルが、グランディス様やその妻のエンディーヌ様、そして精霊王様に祈りながらマルリカの温室を見ていた時にアルの手の中に転がり落ちてきた実だそうです」
「…………兄様が……」
「ふふふ、久しぶりに聞いたわ」
「あ、えっと、あの……」
「いいのよ。アルはエディの兄様であり、旦那様でもあるのですから」
「はい…………」
「エディ。どうなるのかは分からないけれど、色々な人達が皆、貴方とその子供たちの無事を祈っています。アルが知らせたらしく、ルシル・コルベック・リュミエール伯爵も駆けつけてくれるそうよ。絶対に全員無事にって。エディは本当に皆から愛されているわ。だからね、エディ。怖がらずに信じましょう。きっとうまくいくわ」
にっこりと笑った母様に、僕は「はい」って返事をして、グランディス様達が選んでくださった実に【緑の手】の魔力を流した。実は瞬く間に赤く熟して、母様に「よろしくお願いします」って渡したよ。
実を使う許可は実はもう下りていて、すぐに兄様が持ってきて、ひと房の半分を食べてから口づけを受けた。
あの夜とは違って一度の口づけだけだったけれど、その実の魔力は兄様の魔力をまといながら、確かに僕の身体の中に入っていった。
そしてその二日後、十二の月の始めの日に『陣痛』って呼ばれているものが始まって、バーシム先生と、兄様、神官様、ルシルっていう思っていたよりも沢山の人に見守られながら、それを恥ずかしいって思うような余裕もなく、日付が変わって十二の月のニ日。僕は二つの命を出産した。
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やったよ~~~!
詳細は次にちょっとだけ書くよ~。
先生は僕を診て、「子供の状態を調べるためにほんの少しだけ魔力を流しますね」って言って、終わった後に「疲れたと思うので休んでください。お話はその後でさせていただきますね」と言った。
「あの、赤ちゃんは大丈夫ですよね?」
「元気ですから安心してください。とにかくエドワード様が元気になられるのが一番ですよ」
そうして兄様と一緒に部屋を出て行ってしまう。なんだか不安だけどとにかく元気にならなきゃ。どうして起き上がれなくなってしまったのか、きっと先生が調べて下さるから。
赤ちゃんが生まれたマリーの代わりに僕の専属になってくれているレオラが世話を焼いてくれて、水分補給だけをして言われた通りに休んだんだけど、目が覚めたら翌日になっていて僕はなんだか呆然としてしまった。ちょっと休むだけだったのに、どうして次の日になっているんだろう。
よく眠っていたので眠れる時は寝た方がいいって言われて起こさなかったんだよって兄様は言っていたけれど、それならどうして休んだのに起き上がれないのかな。
「あの、バーシム先生はなんて? 説明はいつになりますか?」
「うん。昨日説明をする筈だったんだけど、このまま体力を回復させる方がいいって言って一度戻られた。またすぐに様子を見に来ると言っていたよ。とにかくつわりの時のように食べられないわけではないから食事はしっかりとってほしい。難しいなら体力回復のポーションも飲んでいいそうだ」
「…………分かりました。でも……どうして急に起き上がれなくなったのかお聞きになったのなら教えてほしいです」
「詳しい事はきちんと調べたいと仰っていた。そして子供は元気だと言われたよ。この前も仰っていたけれど、おそらく魔力の高い子なのだろうとも。エディ、そんな顔をしないで。子供は変わらず動いているよね?」
「はい」
「なら大丈夫。あとはエディが子供に負けないように体力をつけて出産に備えるだけだ。成長に問題はないそうなのでもしかしたら少し早まるかもしれないと仰ってもいた」
「早まる⁉」
「そう。元気いっぱいで私達に早く会いたいと思ってくれているのかもしれないね。とにかくエディ、体力だ。子供に負けないように体力をつけよう。魔力が足りないようなら少し多めに渡そう」
兄様はそう言って僕の手を握ってゆっくりと魔力を流し始めた。それに気づいたようにお腹の中が騒がしくなる。
「わぁ! すごい、蹴っている……のかな。暴れている。えっと喜んでいるのかしら」
「流し過ぎたか。あまり暴れるとエディの負担が大きくなってしまうね」
「大丈夫です。元気なら良かった。ちょっと休むつもりで一日近く眠ってしまったり、起き上がれなくなってしまったから不安だったけど、元気で動いてくれているならホッとしました。そうですね。子供に負けない体力ですね。頑張ります」
「うん。ちゃんと食べてしっかり休んで備えよう。父上や母上からも応援していると連絡がきたよ。仕事の方はユードルフとレイモンドを中心にしっかり回っている。エディは安心して自分の身体の事をだけを考えなさい」
「分かりました。ありがとうございます。あ、また蹴った! ふふふ、本当に負けないようにしないといけませんね」
兄様は少し冬祭りの仕事があるのでまた夜に来るよと言った。僕は頷いて横になった。そして目が覚めるとまた次の日になっている。
そんな事が続いて、ぽっかりと目をあけたその日、部屋の中には母様がいらした。
「母様……?」
「ふふふ、驚いた? 少し早まるかもしれないってアルに聞いたから我慢出来なくて来てしまったわ。魔力が高い子らしいわね。気持ちは悪くない?」
「はい。大丈夫です。あの……僕は……」
「どうやらエディの身体は休む事で体力を蓄えようとしているみたいよ。ああ、起き上がらないで大丈夫。そのままでいなさい」
「……はい。すみません。あの……母様、僕はどれくらい寝ていたのでしょうか?」
何となく不安になって尋ねると母様は「二日」と答えた。
「え……」
「正確には一日と十五リィルくらいかしら」
「………………あ、あの」
前よりも長くなっている事に言葉を詰まらせると母様がふわりと笑った。
「大丈夫よ。ずっとずっと眠っているわけでなく途中でちゃんとポーションを取ったりしているんですって。ぼんやりしているから多分気付いていないと思うってレオラが言っていたわ。そんな状態で飲み物を与えても大丈夫なのかって思ったけど問題はなかったみたい。エディは無意識に自分と赤ちゃんを守っているのね。もちろんアルも毎日魔力を流していると聞いていますよ」
「そうだったのですね。寝ている間に栄養補給をしているなんて知りませんでした」
「そうね、エディはとても器用だわ」
そう言って僕と母様はふふふと笑った。
それにしても眠っている時間が増えてきているのはやっぱり気になるな。この前も思ったけれど体力を回復するために寝ているのに起きても全然起き上がれないのもすごく気になる。
そんな風に考えている僕を母様はじっと見つめていた。そして……
「エディ、エディに大切なお話があります」
「母様……?」
「エディは小さい時に母様がウィリアムとハロルドを生む時に聖神殿に連れていかれたのを覚えているかしら?」
「はい。覚えています」
「本当はアルが話をするって言ったんだけど、母様が話をしたいってお願いをしたの」
「…………はい」
胸がドキンドキンとした。何の話だろう。僕は一体どうしてしまったんだろう。
だけど次の瞬間母様の口から出てきた言葉は予想外の言葉だった。
「エディのお腹の中にはあの時の母様のように二つの命があります」
「え……」
母様は今の状況をきちんと説明してくれた。
母様自身もマルリカの事を沢山調べてくれていた事。
マルリカの魔力で作られた子を育てるところで二つの命が育つというのは初めてだという事。
初めは魔力の強い子だと思われていたけど、お腹が大きくなってきたため色々な可能性を調べ始めて、二つの異なる魔力の流れを確認した事。
そして中で育つ二つの魔力にその器官が耐え切れず、出てくる前に壊れてしまう可能性がある事。
マルリカの魔力の守りがないまま子が下りてきてしまったら子供も、そして僕も無事ではいられない可能性がある事も母様はきちんと話してくれた。
「でもねエディ、バーシム先生も、聖神殿の大神官様も色々な方法を考えてくださっているの。外から魔力を足して、なんとかその器官をもたせる事が出来ないか、あるいは……マルリカの実の魔力を足す事は出来ないか」
「…………実の魔力を?」
意外な言葉に僕は思わず問い返していた。
「バーシム先生が古い文献の中から探し出してきたと聞いたわ。もちろんそれが成功するかは分からないし、マルリカの実の予備分を使用する許可もいただかないといけません。あるいは…………生産者の特権としてエディが実の成長を一つだけ早める事も考えています」
「実の成長を…………」
「エディは眠っている時間が増えているわね? それはそれだけエディの身体に負担がかかっているからです。子供たちとエディ自身の身体を守るために、この実を熟す事は出来ますか?」
母様はそう言って僕の前にまだ青いマルリカの実を差し出した。
「………これは?」
「アルが、グランディス様やその妻のエンディーヌ様、そして精霊王様に祈りながらマルリカの温室を見ていた時にアルの手の中に転がり落ちてきた実だそうです」
「…………兄様が……」
「ふふふ、久しぶりに聞いたわ」
「あ、えっと、あの……」
「いいのよ。アルはエディの兄様であり、旦那様でもあるのですから」
「はい…………」
「エディ。どうなるのかは分からないけれど、色々な人達が皆、貴方とその子供たちの無事を祈っています。アルが知らせたらしく、ルシル・コルベック・リュミエール伯爵も駆けつけてくれるそうよ。絶対に全員無事にって。エディは本当に皆から愛されているわ。だからね、エディ。怖がらずに信じましょう。きっとうまくいくわ」
にっこりと笑った母様に、僕は「はい」って返事をして、グランディス様達が選んでくださった実に【緑の手】の魔力を流した。実は瞬く間に赤く熟して、母様に「よろしくお願いします」って渡したよ。
実を使う許可は実はもう下りていて、すぐに兄様が持ってきて、ひと房の半分を食べてから口づけを受けた。
あの夜とは違って一度の口づけだけだったけれど、その実の魔力は兄様の魔力をまといながら、確かに僕の身体の中に入っていった。
そしてその二日後、十二の月の始めの日に『陣痛』って呼ばれているものが始まって、バーシム先生と、兄様、神官様、ルシルっていう思っていたよりも沢山の人に見守られながら、それを恥ずかしいって思うような余裕もなく、日付が変わって十二の月のニ日。僕は二つの命を出産した。
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