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92 予想外

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 結局シャマル様と会えたのはシャマル様がシェルバーネに戻られる日だった。
 公式の色々が終わったので、一足先に戻るのだと聞いたのは昨日だ。今回はファルーク君がお留守番だから、やっぱり少しでも早く帰ってあげたいものね。
 僕は今、転移の魔法陣が使えないから、お会い出来ないかもしれないなって思ったんだけど、シャマル様の方からグリーンベリーにいらしてくださった。

「まずは、グリーンベリー卿、沢山のマルリカを育ててくれてありがとう。心から感謝する。そして、大切な甥である君に。おめでとう、エディ。今年の冬は新しい家族を紹介してもらえるかな。ああ、だけど十一の月の後半から十二の月のはじめ辺りでは、さすがに会わせてはもらえないか。どこの家も皆、出産は過保護になるからね。特にフィンレーの家系はその傾向が強いようだ」

 シャマル様の言葉に父様と兄様、そしてダリウス叔父様が微妙に視線を逸らしたのがおかしかった。

「バーシム先生の事、ありがとうございました。自分の知らない事が沢山あって、とても助かりました」
「ああ、それなら良かった。バーシムは私も世話になった。とても妻思いの医者だ。マルリカの実で子を成した者に親身に寄り添ってくれる。ルフェリットではまだ助産師が少ないと聞いてね。不安になる事もあるだろうから相談にのってやってほしいと言ったんだ」
「定期的に診察にもきてくださるそうです。心強いです」

 僕がそう言うとシャマル様はにっこりと笑って頷いて、再び口を開いた。

「周りに心配され過ぎると、こちらも不安になってくるからね。その辺りの事も追々伝えさせるよ」
「ふふふ、はい。よろしくお願いします。そう言えば砂漠の麦はいかがですか?」
「ああ、順調だ。まだ多くは無いが、麦畑というものを見かける事が増えてきている。いずれは他の植物も育つ豊かな土地になってほしいと願っているよ。ファルークの子の代くらいには、大昔の豊かなシェルバーネには及ばずとも、未来に希望を持てるようにしていきたい。ああ、少し長く話してしまったかな」
「大丈夫です。僕の方こそ、ファルーク君との時間を削らせてしまってすみません」
「エディも大切な甥だよ。元気な子供が生まれるよう、私も西の国から祈っている」
「はい。ありがとうございます」

 シャマル様とは本当にご挨拶だけみたいになってしまったけれど、お会い出来て良かった。

 今回の会議については、兄様と父様が少しづつ話をしてくれる事になって、過去の事件についてはもう少し時間が経ってから改めて話す事になっているんだ。話を聞くくらいは大丈夫だと思うんだけど、とりあえずは両国とも新たな人身売買の組織出てきてはいない事だけを聞いた。
 そして今後の事については余裕があれば少しずつ増やしてほしいが、無理のない範囲でとなったらしい。
 これについてもまた改めて話をすると言われた。後からの話が沢山だ、忘れないようにしないとね。

 安定期に入るまではゆっくりと穏やかに過ごしてほしいって言われたんだけど、でも少し落ち着いてきたら色々と仕事も回しておかないといけないよね。
 来年のマルリカの実もそうだけど、馬車に乗れるようになったら、お腹が大きくなっちゃう前に試作の畑にも行きたいし、赤ちゃんが生まれると時間が縛られそうな気がするから、少し長期的な計画も立てておきたい。

 もっとも今こんな事を言ったら、とても渋い顔をされてしまうから、時期を見て言わないと。そうじゃないと仕事場にも行かれなくなってしまいそうだ。

「マリー、マリーも辛い時はちゃんと休んでね」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。私は三回目なので、ギリギリまでおそばで仕えるつもりです」

 そうなんだ。実はマリーも妊娠しているんだ。しかもそれは僕の子のため。
 マリー曰く「エドワード様のお子様の乳母の座は誰にも渡せません」なのだそう。
 レオラもそのつもりでこちらに来ているって聞いてビックリした。
 本当になんだか皆、僕よりも気合いが入っている感じだ。

「僕も頑張らなきゃ」

 小さくそう言ったら、シャマル様たちのお見送りからいつの間にか戻っていた兄様から「頑張らなくてもいいから、元気で穏やかに過ごそうね」ってにっこり笑って言われてしまった。


   ◆◆◆


 元気で穏やかに。そしてお腹が大きくなってくる前に仕事も回して、長期的な計画を立てたい。そう考えていた時が、僕には今、遥か昔の事に感じていた。

「食べられるものを、少しだけでも口にしてみよう。お腹がすきすぎてしまうと余計に気持ちが悪くなってしまうとレオラ達も言っている。果物しか食べられないならそれでもいい。でもポーションは一日二本までにしておこうね」
「…………がんばります」
「うん。早く帰ってくる。水分だけはしっかりとってほしい」
「はい……」

 そうして兄様は僕の手を取って、魔力を流してから部屋を出ていった。
 入れ違いにマリーが入ってきた。

「果実水です。果物は召し上がれますか?」
「ありがとう。水だけもらう。食べられそうなら口にするからそこに置いておいて」
「……野菜のスープなど試してみるのはいかがでしょう」
「うん。じゃあ、後でもらおうかな。アルから魔力をもらったから少し休むね。マリーも休んで」
「エドワード様、魔力だけでは身体が持たないのです。何か少しづつでいいので召し上がってください」

 悲しそうにそう言われて僕は果実水を飲んで、置かれていたイチゴを口にした。

「ごめんねマリー。先生も仰っていたけど、きっともう少しすれば落ち着いてくる筈だから」
「はい」

 ドアが開いて、閉じた音に僕はホォッと息をついた。口にしたばかりのイチゴがムカムカと喉の奥からせり上がってくる。それをどうにか堪えつつ、僕はもう一度ため息をついた。

 子供がいるって分かった時は、嬉しくて、ちゃんとマルリカが、育てる所を作っているって分かっても、この感覚に慣れるまでは慎重に過ごそうって思っていた。それで、少しずつ仕事を始めていこうって。
 それなのにそのひと月後、僕はそれどころの騒ぎではなくなっていた。
 マリーやレオラも驚く程のつわりという吐き気とひどい倦怠感が、僕を襲っているんだ。
 とにかく食べられない。食べると吐く。その内にベッドから起き上がれなくなって、兄様がバーシム先生に問い合わせて、先生が診察にやってきたのは一昨日。
 多分、魔力が大きな子供なのでしょうと。おそらく長くてもあと一ヵ月半って言われて兄様が「あとひと月半!」とちょっとキレていた。

「まさかこんな事になるなんてね」

 魔力が大きな子。一体僕のお腹の中にはどんな子がいるのかな。
 でもお腹の子供が僕と同じくらい苦しかったらすごく困る。だって、大人の僕がこんなに苦しいんだもの、お腹の中にいる小さな子には耐えられないよ。早く僕の魔力となじんで落ち着いてくれるといいな。

「僕も早く君の魔力になじむから、君も僕の魔力になじんで? 一緒に頑張ろう。大好きだよ」

 そう言うとほんの少しだけ、せり上がってくるような気持ちの悪さが治まったような気がした。


 
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