84 / 109
80 待っていたんだ
しおりを挟む
マルリカの実の最後の一組は二の月の二十五日に販売されたそうだ。
僕は心のどこかであと五日だったなって考えて、その度に自分で決めた事だと気持ちを抑え込む事を繰り返していた。
そして、二の月の二十九日。僕はマルリカの実の温室にいた。
来年度の実は順調に育っていて、予定通り三の月の一日に収穫が出来そうだった。
今年はマルリカ用の新しい温室をお祖父様に作ってもらったので、苗木を沢山増やしたから収穫量もかなり増えるはずだ。昨年が4764個。多分倍以上の収穫になると思う。
もっとも収穫自体は手で一つ一つ採るわけでなく、魔法で収穫をするし、少し成長が足りない実は【緑の手】の魔法で成長をさせてしまうから一日で終わるんだよね。
だから作業としては問題はないんだけど、昨年の話し合いでも上がっていた、管理と今後の栽培についても考えていかないといけない。
いつまでも僕とマークとハリーで温室の管理をするわけにはいかないし、将来的にどういう形になっていくのが望ましいのか、きちんと話し合わないと駄目だと思う。
それにこのままどんどん栽培する数が増えていったら、やっぱり人を雇わなければならないし、今は非公式になっているけれど、グリーンベリーが2カ国分の実を作っている事が分かれば、あのエターナルレディの薬草の時のように独占栽培をしていると、おもしろく思わない人はきっと一定数いる筈だ。
だから白いイチゴみたいに試験場の畑に移して、温室外でも育つ事が実証出来ても栽培を広げていく事も出来ないと思う。
だってあんな事件があったからどこででも栽培をするわけにはいかないものね。きっとこの屋敷のように悪意のある者が近づけない守りが必要になる。
「どうしていくのがいいのかな」
赤く色づいた実を眺めながら僕はポツリと呟いた。
ルフェリット国内の栽培拡大も難しいけど、シェルバーネはマルリカの木が育ってちゃんと実がなるのかも分からない。砂漠化はまだ緩やかに続いているらしいし、砂の上で育つ小麦は出来たけれど、それだってまだまだ改良中だし、他のものも育っていって欲しい。
きっとシェルバーネでマルリカの木が根付いて育ち、実がなるには時間がかかるだろうな。
でもちゃんと考えないといけないよね。だってマルリカの実は命の実だもの。
どうなっていくのがいいのか。変えていく事で起きてくる問題はないのか。
そして、子供が欲しいと願う人達にきちんと行き渡るように……
「エディ」
名前を呼ばれてハッとして顔を上げると温室に兄様が入ってくるのが見えた。
「収穫前に確認?」
そう言って隣に並んだ兄様に、僕は「はい」と答えた。
「大きさも、色も問題ないみたいなので、予定通りに明後日に収穫出来そうです」
「それなら良かった。この温室が出来た時はさすがに大きすぎるだろうと思ったけれど、見事に育ててしまったね。エディはすごいな」
畑を見つめたまま兄様が話す。
「私達もエディに負けないようにこれからこの木をどうしていけば良いのかしっかりと考えていかなければいけないね」
「……はい」
本当に兄様はどうして僕が考えている事が分かってしまうんだろう。小さな頃からずっと、何も言わなくても僕が考えている事が分かるんだ。だからきっと、ここにこうしているわけも分かってしまっているのかな。実は僕はまだグリーンベリーのマルリカの実が終わってしまった事を伝えていない。でも多分兄様はもうそれを知っているんだよね。
「あの、アル」
「うん?」
振り向いた顔。真っ直ぐに見つめてくる大好きな水色の瞳。
「本当はもっと早く言わなければいけなかったんだけど、グリーンベリーのマルリカの実は二十五日に終わりました」
「そう。それは残念だったね。ここ数日少し元気がないなって思っていたんだ。話してくれてありがとう」
ああ、やっぱり気づいていたんだなって思った。でも僕が話すのを待っていてくれたんだな。
だから僕も、ちゃんと自分の気持ちを伝えよう。
「来年度の実を見て、欲しい人にきちんと行き渡るようにしたいなって思っていました。今回は受け取りに行かれなかったけど、次はもっと早めに受け取りに行きたいなって思います。僕は、自分が思っていた以上に、マルリカの実を受け取りに行く事を楽しみにしていたみたい」
そう言って小さく笑った僕の顔を兄様はなんだか眩しいものを見るみたいな顔をして見つめてから、ゆっくりと口を開いた。
「実はここに来たのはエディに相談したい事があったからなんだ」
「相談?」
「うん、あのね、エディはグリーンベリーの領主だけど、私はフィンレーの跡継ぎだ。だからちょっとずるいけど、フィンレーの神殿でも実をいただく事が出来てね、いつもなら年内に終わってしまうグランディスの神殿にまだ一組だけマルリカの実が残っているって聞いたんだ。何だか私達が迎えに来るのを待っているみたいだなって、もしかしたらグランディス様のお陰なのかなって思ったんだよ」
「…………………」
「明日、一番に迎えに行かないかい?」
僕の瞳から涙が零れた。
ほらね、兄様はいつだって僕の気持ちが分かってしまうんだ。
「行く。行きます!」
「うん、そうしよう」
飛びつくようにして抱きついた僕の身体を兄様はギュッと抱きしめた。
こうして僕達は、フィンレーの神殿で最後のマルリカの実を手に入れた。
-----------
僕は心のどこかであと五日だったなって考えて、その度に自分で決めた事だと気持ちを抑え込む事を繰り返していた。
そして、二の月の二十九日。僕はマルリカの実の温室にいた。
来年度の実は順調に育っていて、予定通り三の月の一日に収穫が出来そうだった。
今年はマルリカ用の新しい温室をお祖父様に作ってもらったので、苗木を沢山増やしたから収穫量もかなり増えるはずだ。昨年が4764個。多分倍以上の収穫になると思う。
もっとも収穫自体は手で一つ一つ採るわけでなく、魔法で収穫をするし、少し成長が足りない実は【緑の手】の魔法で成長をさせてしまうから一日で終わるんだよね。
だから作業としては問題はないんだけど、昨年の話し合いでも上がっていた、管理と今後の栽培についても考えていかないといけない。
いつまでも僕とマークとハリーで温室の管理をするわけにはいかないし、将来的にどういう形になっていくのが望ましいのか、きちんと話し合わないと駄目だと思う。
それにこのままどんどん栽培する数が増えていったら、やっぱり人を雇わなければならないし、今は非公式になっているけれど、グリーンベリーが2カ国分の実を作っている事が分かれば、あのエターナルレディの薬草の時のように独占栽培をしていると、おもしろく思わない人はきっと一定数いる筈だ。
だから白いイチゴみたいに試験場の畑に移して、温室外でも育つ事が実証出来ても栽培を広げていく事も出来ないと思う。
だってあんな事件があったからどこででも栽培をするわけにはいかないものね。きっとこの屋敷のように悪意のある者が近づけない守りが必要になる。
「どうしていくのがいいのかな」
赤く色づいた実を眺めながら僕はポツリと呟いた。
ルフェリット国内の栽培拡大も難しいけど、シェルバーネはマルリカの木が育ってちゃんと実がなるのかも分からない。砂漠化はまだ緩やかに続いているらしいし、砂の上で育つ小麦は出来たけれど、それだってまだまだ改良中だし、他のものも育っていって欲しい。
きっとシェルバーネでマルリカの木が根付いて育ち、実がなるには時間がかかるだろうな。
でもちゃんと考えないといけないよね。だってマルリカの実は命の実だもの。
どうなっていくのがいいのか。変えていく事で起きてくる問題はないのか。
そして、子供が欲しいと願う人達にきちんと行き渡るように……
「エディ」
名前を呼ばれてハッとして顔を上げると温室に兄様が入ってくるのが見えた。
「収穫前に確認?」
そう言って隣に並んだ兄様に、僕は「はい」と答えた。
「大きさも、色も問題ないみたいなので、予定通りに明後日に収穫出来そうです」
「それなら良かった。この温室が出来た時はさすがに大きすぎるだろうと思ったけれど、見事に育ててしまったね。エディはすごいな」
畑を見つめたまま兄様が話す。
「私達もエディに負けないようにこれからこの木をどうしていけば良いのかしっかりと考えていかなければいけないね」
「……はい」
本当に兄様はどうして僕が考えている事が分かってしまうんだろう。小さな頃からずっと、何も言わなくても僕が考えている事が分かるんだ。だからきっと、ここにこうしているわけも分かってしまっているのかな。実は僕はまだグリーンベリーのマルリカの実が終わってしまった事を伝えていない。でも多分兄様はもうそれを知っているんだよね。
「あの、アル」
「うん?」
振り向いた顔。真っ直ぐに見つめてくる大好きな水色の瞳。
「本当はもっと早く言わなければいけなかったんだけど、グリーンベリーのマルリカの実は二十五日に終わりました」
「そう。それは残念だったね。ここ数日少し元気がないなって思っていたんだ。話してくれてありがとう」
ああ、やっぱり気づいていたんだなって思った。でも僕が話すのを待っていてくれたんだな。
だから僕も、ちゃんと自分の気持ちを伝えよう。
「来年度の実を見て、欲しい人にきちんと行き渡るようにしたいなって思っていました。今回は受け取りに行かれなかったけど、次はもっと早めに受け取りに行きたいなって思います。僕は、自分が思っていた以上に、マルリカの実を受け取りに行く事を楽しみにしていたみたい」
そう言って小さく笑った僕の顔を兄様はなんだか眩しいものを見るみたいな顔をして見つめてから、ゆっくりと口を開いた。
「実はここに来たのはエディに相談したい事があったからなんだ」
「相談?」
「うん、あのね、エディはグリーンベリーの領主だけど、私はフィンレーの跡継ぎだ。だからちょっとずるいけど、フィンレーの神殿でも実をいただく事が出来てね、いつもなら年内に終わってしまうグランディスの神殿にまだ一組だけマルリカの実が残っているって聞いたんだ。何だか私達が迎えに来るのを待っているみたいだなって、もしかしたらグランディス様のお陰なのかなって思ったんだよ」
「…………………」
「明日、一番に迎えに行かないかい?」
僕の瞳から涙が零れた。
ほらね、兄様はいつだって僕の気持ちが分かってしまうんだ。
「行く。行きます!」
「うん、そうしよう」
飛びつくようにして抱きついた僕の身体を兄様はギュッと抱きしめた。
こうして僕達は、フィンレーの神殿で最後のマルリカの実を手に入れた。
-----------
1,270
お気に入りに追加
3,071
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
卒業パーティーで魅了されている連中がいたから、助けてやった。えっ、どうやって?帝国真拳奥義を使ってな
しげむろ ゆうき
恋愛
卒業パーティーに呼ばれた俺はピンク頭に魅了された連中に気づく
しかも、魅了された連中は令嬢に向かって婚約破棄をするだの色々と暴言を吐いたのだ
おそらく本意ではないのだろうと思った俺はそいつらを助けることにしたのだ
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜
himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。
えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。
ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ!
★恋愛ランキング入りしました!
読んでくれた皆様ありがとうございます。
連載希望のコメントをいただきましたので、
連載に向け準備中です。
*他サイトでも公開中
日間総合ランキング2位に入りました!
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
────妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの高校一年生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の主人公への好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる