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42 報告

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 その書簡が届いたのは十一の月の半ばを過ぎた頃だった。
 今月の視察も終わって、白イチゴの苗の販売も順調で、来年のマルリカの実も少しずつ大きくなってきている。そして来年度の採用の面接もほぼ終わって、ちょっと一安心。そんな時に届いた書簡。

「え!」

 思わず声を上げてしまった僕にミッチェル君が「どうしたの?」って声を尋ねてきた。

「あ、うん」

 言ってもいいのかな。まずそう思った。だけど。誰かに聞いてほしいって思ったのも事実だった。

「ミッチェル、ちょっと休憩しない?」
「うん? いいよ」

 スラリとした長身の美人さんと呼ばれる青年になったミッチェル君は学生時代と変わらない感じで気軽に頷いた。

「ちょうど美味しい紅茶が飲みたいなって思ったんだ。出来れば甘みも欲しいところだね」
「ふふふ、いいね。じゃあちょっと屋敷まで取りに行ってこよう」

 こうして僕とミッチェル君は執務室を出て、僕の屋敷へと転移した。


 ◇ ◇ ◇


「それで、どうしたの? 珍しいよね。エディが仕事を放って休憩なんて。誰からの書簡?」

 相変わらずズバッと切り込んでくるようなミッチェル君の言葉に僕は苦笑して「ルシルから書簡が届いたんだ」と口を開いた。

「ルシル? 珍しいね。魔素砂漠の麦の方は順調なんだよね?」
「うん。そちらは畑の数も増えたし、上手く回しながら収穫量も上がっているみたい」
「そう。それなら良かった。でもそうしたら……あ、もしかして」

 うん。ミッチェル君って本当にこういう所が鋭い。

「本当にお茶を飲まない? ケーキもあると思うし」
「飲むし、食べる」

 帰って来た答えに僕は笑って頷いた。


 ◇ ◇ ◇


「そうなんだ。じゃあルシルは、マルリカの実を使って子供を授かったんだね」
「うん。そうみたい」
「そうか。じゃあ、おめでとうだね」

 ミッチェル君の言葉に僕はようやく、ああ、そうだって思った。何だかマルリカの実を使ったっていう事と、子供が出来たっていう事で頭が一杯になっていたけれど、まずは「おめでとう」だ。それが一番大事な事だ

「ミッチェルってやっぱりすごい」
「は? エディ? 」

 ミッチェル君は訝し気な顔をして僕を見た。

「大事な事を忘れていたんだ。そうだよね。望んでいた子供が出来たのなら「おめでとう」が一番最初だ」
「あ、うん」
「すぐに書簡を送るよ。ええっともう少しで3ヶ月になるみたいだから順調にいけば六の月の1週かもう少し後かくらいだって。やっぱり夏じゃんって怒っているよ」
「夏?」
「うん。ルシルの所は殿下が、ああ、シルヴァン様がマルリカの実を使う事を心配していて、受け取りに行くのも、使うのも色々とあったらしいんだ。夏は暑いからとか」
「は? いやいや、夏に産む方が大変だよね。多分」
「う~ん。分からないけど、多分どれくらいでお腹の子供が育つとかちゃんと分かっていなかったのかもね」
「あ~、まぁね。そうだよね。それにしてもそうか。ルシルがママになるのか。ふふふ。結構似合うと思う」
「うん。僕もそう思う」

 運ばれてきた紅茶ともうそろそろ季節的に終わりになるクリのお菓子を食べながら僕はきっとルシルは素敵なお母さんになるだろうなって思った。
 僕にとって母親はパティ母様だ。そして、母であり、姉であり、大切な友人でもあるマリーもシンシアを生んでしっかりとした母親になっている。二人ともとても優しくて、包容力があって、きちんと話を聞いて、自分なりの答えを返してくれる。僕の母親像はそんな感じ。

「子供かぁ。さすがに色々考えるよ。釣書くらい見なさいって言われるけど、順番があるから上が決まったら考えるって言っているけどさ」
「アシュトン様もマーティン様も相変わらずなのかな」
「うん。でもアッシュ兄上は家を継ぐ気にはなっているみたいだよ。マーティ兄上は……学園の臨時講師が結構嵌っているみたい」

 そう。驚く事にマーティン様はお城の魔導騎士隊を辞めて王都の学園の講師になっているんだよ。魔導騎士学科の臨時講師。ちょっと見に行きたい。

「まぁまだまだ父上が元気だし、兄上達が居て下されば安心かな。当分釣書は見たくない」
「ええ⁉」
「母上がどれくらい来ているのかくらい把握しなさいって送り付けてきたの。馬鹿みたいに毎年送ってきている奴もいて「は?」ってなった。ああ、止め止め。とりあえず、僕もエディに聞いたってルシルにおめでとうって書簡を出すよ」
「うん」

 頷いた僕に小さく笑って、ミッチェル君はクリのケーキの最後の一口を口に入れた。

「さて、では戻りましょうか、領主様」
「やめてよ。ああ、ブライアン達にもお土産を持っていこう。今年のクリもこれでお終いだ」
「ふふふ、おいしかったね。また来年」
「うん。また来年」

 僕たちは顔を見合わせて、笑って、執務の屋敷へと戻った。

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