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番外編 それぞれの物語
幼なじみ②
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第二王子のシルヴァン殿下が四属性になった後、アレックス殿下は自分の感情を隠すようになった。私にはそう見えた。何を言ってもきちんとした答えが返ってこない。常にはぐらかされている。やる気も見えなくなった。
顔つきもどこか人形のようで、それが口惜しくて悲しくて、やりきれないような気持ちになった。
そして……
「良い王になるんじゃなかったのか! お前が目指しているのは誰の声も聞かない、聞こえない、型通りにしか動けないゼンマイ仕掛けの人形か!! それでいいのか、アレク!」
それでも彼は薄く笑っただけで、怒る事も、言い返す事もしなかった。ショックを受けたのは私の方だった。側近候補を辞めたい。そう言った時にも彼は何も言わなかった。
私には彼が彼自身だけでなく、彼の周りのもの全ての興味を失ってしまったように見えて、悲しくて、切なくて、珍しく母から「目が溶けてしまいますよ」と言われるほど泣いた。
学園の卒業前に私は彼の側近候補を辞した。
だけど、実際は私自身もアレックス殿下と同じだった。二番目の弟マーティンは四属性となり、私は三属性が限界だった。魔力量もマーティンとは比べ物にならず、卒業後は家に関わる事なく王国の近衛騎士団に入った。
決して諦めたわけではないと自分に言いながらも、弟と比べられるような場所に居たくなかったのだ。
父は何かを言いたそうにしていたけれど、何も言ってはこなかった。
母は「当主になる事は魔力が強いだけではないのですよ。総合的な能力が必要なのです。領地経営と言うものを貴方は学んできた筈です」とだけ言った。
けれど私は大魔導師になる者がレイモンドを継ぐとしか考えられなかった。そしてそれは私ではないと。
◇ ◇ ◇
王国内が少しずつ変わって来ている。三番目の弟のミッチェルが学園に入る頃からそうはっきりと感じるようになった。何の変化かははっきりとは分からないけれど、何かが起きているのではないか。良くない事の予兆ではないのか。違和感は次第に形をとっていく。
天候不順による作物の収穫量の減少。
考えられない所に突然現れる魔物。
奇病と囁かれる病。
そして聖魔法を扱う【愛し子】などという少年まで現れた。
何が起きているのか、賢者の称号を授かった子爵が手を尽くして調べる間にも、お伽話のように語られていた魔素溜まりから魔物が湧き出す現象が起こりはじめ、やがて、魔素が人の中に取り込まれて魔人という生き物まで現れた。
私の中に不安と焦りのようなものが湧き上がり始める中、王国貴族たちの中でも高位の家が潰れるような事態まで起き、私は近衛騎士団からの王太子護衛の任を受けた。王城の中も安全な場所ではなくなってきている証拠だった。
けれど、アレックスは時間が止まってしまったように何も変わっていなかった。
捨て台詞のようなものを残して側近候補を降りたあの時からまるで時が止まってしまったようなその姿が歯がゆくて、けれどそれでは自分はどれほど変わったのかと自問して苦しくなった。
終わらない貴族たちの会議の中で、この国の中に厄災の欠片のようなものが封印されているという話まで出て来て私はたまらずに友人の伝手を頼り、フィンレー元侯爵が孫の為に開いているという魔法の勉強会に参加をさせてもらった。
フィンレ―侯爵家の次男、エドワード様は身体は小さかったが、魔力量は多く、友人の話では色々と訳ありの子息だという。それでも真っ直ぐに向けられる美しいグリーンの瞳に癒され、励まされ、彼が口にする自分の出来る事を自分が出来るだけ行うという言葉が胸の中にストンと落ちた。
第二王子シルヴァン様の側近候補として仕えている弟たちは【愛し子】と呼ばれているエドワード様と同じ年齢の少年と共に厄災の封じ込めに関わるという。
それでもアレックスは動かない。
「こんなにも何も変わらずに側近に甘やかされていらっしゃるとは正直ガッカリです。もう少し変わられていると思っておりましたが」
そんな事を口にしてみたけれど、苦い思いが残るだけだった。
確かに世界は変わってきている。まだ学生のエドワード様が言ったように、では自分には何が出来るのか。何をすればいいのか。アレックス殿下に言うだけでなく自分自身も考えなければならない。
そうして足掻く中で『首』と呼ばれる厄災の封印にも関わるようになったが……
「王城の敷地内の森でスタンピードが起きる可能性が有るようです」
知らされた事実を前に、私は封印の現場の報告をする役目を負って城に戻る。
そして……
そこはスタンピードの封じ込めに参戦を決めたアレックス殿下がいた。
「……王国がなくなっては、国王も王太子もないと思っただけだよ。それにたまには暴れたくなる時もあるだろう?」
それはあの頃の殿下と同じ瞳だった。人形ではなく、前を向き、何かを掴もうと足掻いている時のあの顔だ。まだ諦めていないあの頃の。
『アッシュ、私は良い王になるよ』
ああ、私は彼に会いたかったんだ。自分も諦めずにいたいと思うために。
「そうですね。たまに暴れたくなる時は確かにあります。ではアレックス様の発散に今日はとことんお付き合いを致しましょう。アレックス様は第二隊の隊長となりました。補佐に私とフィンレーのアルフレッド様が付き、主にニールデン家の魔導騎士と王室の近衛隊がお供を致します。思い切りやりきりましょう。ええ、そうですね。確かに王国が無くなっては国王も王太子もありません。……まったく、やっと気づいたのか。ほんとにギリギリだったな、アレク」
恭しく礼をしながらニヤリと笑うと、アレックスは一瞬ポカンとして、次に笑い出した。
「よろしく頼むよ。アッシュ。派手にやろう」
さぁ、私たちも私たちの出来る事を出来る限りしよう。弟の事も、家の事も、今は考えずに、ただ私たちの生きる王国が明日も続いていく事だけを願って。
---------------
振り返りのようになりましたが……
顔つきもどこか人形のようで、それが口惜しくて悲しくて、やりきれないような気持ちになった。
そして……
「良い王になるんじゃなかったのか! お前が目指しているのは誰の声も聞かない、聞こえない、型通りにしか動けないゼンマイ仕掛けの人形か!! それでいいのか、アレク!」
それでも彼は薄く笑っただけで、怒る事も、言い返す事もしなかった。ショックを受けたのは私の方だった。側近候補を辞めたい。そう言った時にも彼は何も言わなかった。
私には彼が彼自身だけでなく、彼の周りのもの全ての興味を失ってしまったように見えて、悲しくて、切なくて、珍しく母から「目が溶けてしまいますよ」と言われるほど泣いた。
学園の卒業前に私は彼の側近候補を辞した。
だけど、実際は私自身もアレックス殿下と同じだった。二番目の弟マーティンは四属性となり、私は三属性が限界だった。魔力量もマーティンとは比べ物にならず、卒業後は家に関わる事なく王国の近衛騎士団に入った。
決して諦めたわけではないと自分に言いながらも、弟と比べられるような場所に居たくなかったのだ。
父は何かを言いたそうにしていたけれど、何も言ってはこなかった。
母は「当主になる事は魔力が強いだけではないのですよ。総合的な能力が必要なのです。領地経営と言うものを貴方は学んできた筈です」とだけ言った。
けれど私は大魔導師になる者がレイモンドを継ぐとしか考えられなかった。そしてそれは私ではないと。
◇ ◇ ◇
王国内が少しずつ変わって来ている。三番目の弟のミッチェルが学園に入る頃からそうはっきりと感じるようになった。何の変化かははっきりとは分からないけれど、何かが起きているのではないか。良くない事の予兆ではないのか。違和感は次第に形をとっていく。
天候不順による作物の収穫量の減少。
考えられない所に突然現れる魔物。
奇病と囁かれる病。
そして聖魔法を扱う【愛し子】などという少年まで現れた。
何が起きているのか、賢者の称号を授かった子爵が手を尽くして調べる間にも、お伽話のように語られていた魔素溜まりから魔物が湧き出す現象が起こりはじめ、やがて、魔素が人の中に取り込まれて魔人という生き物まで現れた。
私の中に不安と焦りのようなものが湧き上がり始める中、王国貴族たちの中でも高位の家が潰れるような事態まで起き、私は近衛騎士団からの王太子護衛の任を受けた。王城の中も安全な場所ではなくなってきている証拠だった。
けれど、アレックスは時間が止まってしまったように何も変わっていなかった。
捨て台詞のようなものを残して側近候補を降りたあの時からまるで時が止まってしまったようなその姿が歯がゆくて、けれどそれでは自分はどれほど変わったのかと自問して苦しくなった。
終わらない貴族たちの会議の中で、この国の中に厄災の欠片のようなものが封印されているという話まで出て来て私はたまらずに友人の伝手を頼り、フィンレー元侯爵が孫の為に開いているという魔法の勉強会に参加をさせてもらった。
フィンレ―侯爵家の次男、エドワード様は身体は小さかったが、魔力量は多く、友人の話では色々と訳ありの子息だという。それでも真っ直ぐに向けられる美しいグリーンの瞳に癒され、励まされ、彼が口にする自分の出来る事を自分が出来るだけ行うという言葉が胸の中にストンと落ちた。
第二王子シルヴァン様の側近候補として仕えている弟たちは【愛し子】と呼ばれているエドワード様と同じ年齢の少年と共に厄災の封じ込めに関わるという。
それでもアレックスは動かない。
「こんなにも何も変わらずに側近に甘やかされていらっしゃるとは正直ガッカリです。もう少し変わられていると思っておりましたが」
そんな事を口にしてみたけれど、苦い思いが残るだけだった。
確かに世界は変わってきている。まだ学生のエドワード様が言ったように、では自分には何が出来るのか。何をすればいいのか。アレックス殿下に言うだけでなく自分自身も考えなければならない。
そうして足掻く中で『首』と呼ばれる厄災の封印にも関わるようになったが……
「王城の敷地内の森でスタンピードが起きる可能性が有るようです」
知らされた事実を前に、私は封印の現場の報告をする役目を負って城に戻る。
そして……
そこはスタンピードの封じ込めに参戦を決めたアレックス殿下がいた。
「……王国がなくなっては、国王も王太子もないと思っただけだよ。それにたまには暴れたくなる時もあるだろう?」
それはあの頃の殿下と同じ瞳だった。人形ではなく、前を向き、何かを掴もうと足掻いている時のあの顔だ。まだ諦めていないあの頃の。
『アッシュ、私は良い王になるよ』
ああ、私は彼に会いたかったんだ。自分も諦めずにいたいと思うために。
「そうですね。たまに暴れたくなる時は確かにあります。ではアレックス様の発散に今日はとことんお付き合いを致しましょう。アレックス様は第二隊の隊長となりました。補佐に私とフィンレーのアルフレッド様が付き、主にニールデン家の魔導騎士と王室の近衛隊がお供を致します。思い切りやりきりましょう。ええ、そうですね。確かに王国が無くなっては国王も王太子もありません。……まったく、やっと気づいたのか。ほんとにギリギリだったな、アレク」
恭しく礼をしながらニヤリと笑うと、アレックスは一瞬ポカンとして、次に笑い出した。
「よろしく頼むよ。アッシュ。派手にやろう」
さぁ、私たちも私たちの出来る事を出来る限りしよう。弟の事も、家の事も、今は考えずに、ただ私たちの生きる王国が明日も続いていく事だけを願って。
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振り返りのようになりましたが……
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