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番外編 それぞれの物語

イースティンの魔女③(ルーカス×マリー)

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 王国の中は少しずつ何かが狂い始めている。そんな気がした。
 例えば魔素が多く湧き、魔獣が増え、穢れる土地が多く見かけるようになった。そして異常に暑い日が続き作物の収穫が減る事があった。またありえない所にありえない魔物が現れるという報告が年を追うごとに増えていく。
 そして更には女性がだけがかかる奇病が流行ったりもした。
 
 賢者となったメイソン子爵が、一つ一つを上げていけば「何かおかしい」というようなそれらを『世界バランスの崩壊』と呼び調べていると噂を聞いた。
 もしかしたら本当にこの世界がどこかで壊れ始めているのだろうか。一つ一つは違和感のような所から少しずつ進行していくようなそれらは、時を重ねる毎にそのひずみを大きく、深くしていくように思える。


 ◇ ◇ ◇


 エドワードは12歳になり、王都の学園に入学をして、マリーもルーカスも王都での生活が主体となった。
 制服を着たエドワードにマリーが嬉し気に顔を綻ばせる。さすがに専属メイドが学園について行くわけにはいかず、学園の送迎を兼ねた護衛はルーカスの仕事になった。ただ、同じ学年に気を付けなければならない公爵家の子息がいる事もあり、ルーカスは送って行った後タウンハウスに戻る事なくそのまま学園内にある護衛用の部屋に留まる事になった。身体があまり丈夫では無いという事もあり、それは難なく認められた。

 王国内では相変わらず「何かおかしい」というものが在り続けていた。そしてそれは、結界が張られている筈の学園内で新たな展開を始める。
 魔素溜まりが出来て、そこから魔物が湧き出すという前代未聞の出来事が起きたのだ。
 初等部一年の教室の近くに魔物が現れ、生徒たちは聖堂へと避難をしている。それを聞いた瞬間ルーカスは護衛部屋を飛び出した。

 教室内はすでに空っぽになっていた。だがその教室の近くで講師たちが迎え撃っている魔物を見て、ルーカスは思わず眉を寄せた。
 キマイラだった。ありえないとルーカスは思った。どうしてこんなものがこんな所に現れるのか。魔素だまりというものは一体どういうものなのか。一体この国に何が起きているのか。ルーカスは苦戦を強いられている講師たちに加勢をするべく、一緒に部屋を出た護衛たちと参戦を決めた。

 キマイラの一体はルーカス達が討ち取ったものの、他に現れた魔物はフィンレーとレイモンドから来た救援が討伐し、中庭まで飛んだ一体は聖魔法が使える【光の愛し子】と呼ばれる少年が浄化をして消してしまった。しかも魔素溜まりもだ。
 王城内はそこから揉めに揉める事になる。魔物を浄化して消してしまう力。それは神のような力に思えた。しかし、その力を使い潰していく事を是とするのか否か。 
 王国の中に新たな仕組みが出来上がるまでには長い時間を要する事になったが、ルーカスは護衛を続けるならばやはり剣もそうだが、もう少し魔力量を増やしていかなければならないと、ジョシュアに声をかける事を決めた。


 ◇ ◇ ◇


 エドワードが高等部に入った頃、また新たな話が王国内を騒がせ始めていた。
 アンテッドや魔人、そして公爵家の取り潰し。魔素から魔物が湧く事はもう当たり前の事となっていた。
 再び大きく動き始めているようなその中で、またしても学園内で事件が起きる。魔素が人の中に潜み、人を取り込み、魔人となって現れる。
 再び紛糾し始める王城。今度はエドワードまでもがその騒ぎに巻き込まれて体調を崩し、マリーは一メイドでしかない自分に何が出来るのかと悩んでいた。
 傍に寄り添い、献身的に仕える。それ以上に出来る事はないだろうか。
 だが、エドワードの傍らにはアルフレッドが寄り添うようになる。主である当主もそれを認めているという事はもしかしたらそういう事も視野に入れているのだろうか。
 そんな事を思っている間に隣国で結婚をしていたというフィンレー当主の弟がやってきた。そして彼から聞いたお伽話から思いがけない仮説が浮き上がり真実味を帯びてきた。
 はるか昔に現れた『厄災』という化け物を倒し、その五つの『首』を各地に封印をしたが『首』の封印が解けて禍がもたらされるというような話だ。百年以上昔に隣国の王が『首』の禍を受けて国を滅ぼしかけたというような話までエドワード達が調べ上げたのだ。

 そして王国の中にも『厄災』の『首』が眠っているらしく、賢者は『首』の在処を探し始めた。やがて、賢者であるメイソン子爵は封印が破れかけているという『首』の場所を割り出した。
 そこはエドワードとマリーが過ごしていたハーヴィン伯爵家の地下にあるという。
 結局ハーヴィンの地下にあるらしい『首』の封印場所までの案内役としてマリーが同行する事が決まったのである。

 しかし封印の確認調査はどうやら失敗に終わったらしい。ルーカスにそれを教えてくれたのは一緒にエドワードを護衛していた筈のジョシュアだった。どうやら同行していた魔導騎士団の知り合いに聞いたらしい。とても人が近寄れるようなようなものでは無いと。
 そしてもう一つ。同行していた魔導騎士達が、マリーの魔法を見て驚き、どうやら気に入ってしまった者が複数いるらしい。

「うかうかしていると、横から攫われるぞ」

 苦い笑みを浮かべてそう言うジョシュアにルーカスは何を言われているのか全く分からなかった。

「おいおい、ルーカス。まさか自分の気持ちも分かっていないとか言い出すんじゃないだろうな。いくらエドワード様の護衛が長いからといってもそんな事は似なくてもいいんだぞ?」
「……すまん、ジョシュア。どういう意味だ?」
「…………マジか」

 呆然としたジョシュアは何かを考えるようにしてからゆっくりと口を開いた。

「ルーカス、はっきり尋ねよう。君はマリーの事が好きなんじゃないのか」
「……え」
「今回の件で彼女の闇魔法がかなり『使えるもの』だと分かった。魔力量も多いようだし、使用できる魔法の数も多い。防御壁なども二重三重に張れる。今王国の中に女性騎士は居ないけれど、そういった職業があれば彼女はそれにふさわしい人材だろう。その力を、欲しがる者が出て来ているというわけだ」
「欲しがる? 彼女はエドワード様がフィンレーに居る限りフィンレーを辞める事はないだろう」
「ルーカス。女性の場合はそれだけじゃないだろう。妻にして、子を生す事が出来る。ただのメイドとしてならば、他家へ嫁いだとしてもフィンレー当主が許せばそのまま働く事が出来る」
「………………」
「魔法量の多い魔導騎士達にとっては彼女はとても魅力的だ。魔力量の多い子が出来る可能性が高くなる。そういう風に考える人間もいるって事だ」

 それを聞いていたルーカスは呆然として、次に皮肉気な表情を浮かべた。

「魔女だなんだと学園を追い出すような真似をした者達が、今度はその魔力を求めて彼女を手中に収めようって言う事か。虫唾が走る。もっとも何もしなかった私もそれと同列かもしれないな」

 思い出す、前だけを見ていた少女の横顔。

「ルーカス」
「彼女がそんな奴らの求婚に首を縦に振るとは思えない。もしもそれで彼女が困っているならば私は喜んで手を貸すよ。彼女の事はとても好ましく思っているが、そういうものではない。それに、私では力不足だろう」
「ちょ……ルーカス」
「転移が出来ないものは『首』の封印隊に入る事は難しいようだ。ジョシュアは次回は参戦をするのか?」
「……まだ分からない」
「そうか。参戦するようであれば、エドワード様の護衛は任せてくれ」

 そう言って歩き出してしまった同僚兼友人にジョシュアは思わず頭を掻いた。

「しまったなぁ。言い方を間違えた」

 生真面目な男だという事は分かっていた筈だが、まさか学園時代まで遡って自分の気持ちを塞ぐとは思っていなかった。

「追いかけっこをしていた君たちはとてもお似合いだと思っていたんだけどな……」

 とりあえず、おかしな者が彼女に近づく事の無いように、それだけは応援しよう。そう思いながらジョシュアは溜め息をついた。




 そして、その翌年の三の月。エドワードが高等部二年の時にそれは起こった。後に『厄災の一日』と呼ばれる、4カ所で次々に起こった禍。魔物が溢れ、魔人が現れ、モーリスと王城の敷地内で起きたスタンピード。
 エドワードは兄のアルフレッドを守る為に、自分の加護の力を使う事を決めていた。
 そして勿論、マリーは一緒に行くと言い、ルーカスも、ジョシュアも、エドワードの友人達も一緒にと声を上げたのだった。


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