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番外編 それぞれの物語
イースティンの魔女②(ルーカス×マリー)
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魔力暴走。それは身体の中にある多大な魔力が抑えきれずに、自分の意思とは関係なく溢れ出してしまう事だ。
溢れた魔力は周囲に被害をもたらすだけでなく、本人の身体にも大きな負担をかける。その為に幼い子供にそれが起きると身体が耐え切れずに死んでしまう事が多い。
魔力暴走自体がそれほど多く起こる現象ではない為あまり周知をされていないが、魔力量が平民より多いとされている貴族たちには、それなりに注意するよう、鑑定後に付けられる事の多い魔法の師となる者から伝えられたり、それぞれの家で、ある程度の制御が出来ていると判断するまでは護衛などが見守っていくようにされている。
だが、今回の事はあまりにも想定外で、もしエドワードが魔力暴走を起こしてフレイム・グレード・グリズリーを倒さなければ、自分も含めあの場にいた全員が命を落とす事になっていただろうとルーカスは思っていた。
あの後、意識を失ってしまった兄弟と一緒に、あの場で魔熊と戦った者達は全員神殿へと連れて行かれ、エドワード達とは別に光魔法による治療を受けた。お陰でボロボロだった身体の怪我は治ったが、それでもやはり魔力量が元から多くはなかった事もあり、二・三日ゆっくり休むように言われた。
しかしマリーは神殿から戻って来た後、そのままエドワードに付き添っていると聞いた。
そして翌朝、まだエドワードの部屋にいるマリーを見て、ルーカスはコンコンとドアを小さくノックした。
「食事をとらないと、エドワード様が目覚めた時に心配されますよ」
「……ありがとうございます。でもエドワード様が気づいた時に居てさしあげたいのです」
「では、私がここにいますので、どうぞ食事を取って来て下さい。主人の部屋で食事は出来ませんので」
「…………」
「気づかれたらすぐにお知らせしますよ」
「……すぐに戻ります」
ベッドに眠るエドワードをチラリと見て部屋を出て行ったマリーは、その言葉の通りに僅かな時間で戻って来た。「ありがとうございました」と頭を下げた彼女にルーカスはそれ以上何も言えなかった。
◇ ◇ ◇
東の森の調査は続いていて、エドワードの魔法の講義を受け持つジョシュア・ブライトンも東の森の調査に加わっていると聞いたが、昨日も今日も手掛かりになるようなものは見つからなかったようだった。
そしてエドワードの意識もまだ戻らない。どうやら意識がうっすらと戻ったり、また沈み込んだりという事を繰り返しているらしく、時折うなされたような声を出すエドワードの傍らで泣き出しそうな顔をしている彼女の姿があった。
(それにしても、彼女のあの献身的というか、エドワード様に対する執着に近いようなものは何なんだろう)
廊下を歩きながらそんな事を考えていたルーカスの肩を誰かがポンと叩いた。
「やぁ。身体の方はどうだい? ヒューイットさん」
そう言って笑みを浮かべていたのは、エドワードの魔法の講師、ジョシュア・ブライトンだった。
「……ああ、やめてくれ。家名はもう捨てているも同然なんだ。ルーカスでいい」
「そうか、じゃあ、同じエドワード様の講師という事で私の事もジョシュアと呼んでくれ」
「ああ、ではそのように。調査は進んでいるのか?」
「いや、まったく分からない。大体あれはもっと南の火山帯の方に出るようなものだからね。ところで彼女はまだこもっているのか?」
「ああ、付きっきりだ。いくら魔力量があると言っても、彼女は枯渇寸前まで使っていた筈だ。朝は見るに見かねて食事に行かせたが……」
「そうか、私は先ほどポーションを差し入れたよ。食事をしてから飲むように伝えた」
二人は顔を見合わせて苦笑した。そして「少し話をしないかい?」というジョシュアと一緒にルーカスは庭へと出た。ジョシュアは周囲にサッと遮音の魔法をかけてから口を開いた。
「ルーカス、君は『イースティンの魔女』という言葉を聞いたことがあるかい?」
ルーカスは小さく目を見開いてから、コクリと頷いた。
「彼女の事だな。学生時代に噂を耳にした事がある」
「ああ、やっぱり。私は卒業の年だったんだけど酷い噂だった。実は彼女の兄とは一学年違いの友人でね。お茶会などでやりとりをしていたんだ。それで妹の事を放っておいていいのかと話をしたことがある。仲の悪い兄妹とは思えなかったからね。それで聞いたんだ。彼女の魔法属性が闇属性で両親が彼女を疎んでいる事を。何とか間に入るようにはしていたけれど、今回の事でおそらくはもう修復は無理だろうと」
「……それは、弟を殺したという噂が関係しているのか」
「殺したっていうか、弟が魔力暴走を起こしたらしい。兄から聞いた話だと、少し身体の弱い弟が綿の花を見たいと言ったらしいんだ」
「綿の花?」
「ああ、イースティンは綿の栽培が有名だからな。彼女はよく綿の畑に行っていて、綿の花が好きだと言っていたと。それで弟がそれを見たがって持ってきてやったらしいんだが、母親がどうやら捨ててしまったようで」
「捨てた?」
「ああ、その事で弟がどうして捨てたのか興奮して、魔力暴走を起こしたらしい」
「そんな……」
それでは彼女のせいではないではないか。
「だが、両親はそれが彼女が闇魔法を使ったからだと責めた。彼女が魔力暴走だと言った言葉を聞かなかったようだな。魔力を抑えて神殿に連れて行けば……。まぁ、言っても仕方のない事だ。連れて行ったとしても身体が元々弱かったのであれば助からなかったかもしれない。だが両親はどう言っても聞く耳を持たない為、彼女には休暇は祖父母の家に身を寄せるように言ったらしい。結局彼女自身も初等部を卒業して高等部に進まずに学園をやめてしまったようだしね。闇魔法は中々普通の人間には理解できないものも多いし、女性だと尚更難しいのかもしれないな」
「……ああ、だけど、彼女の魔法はとても素晴らしかったよ。無詠唱で瞬時に防御壁を幾重にも展開したり、すごいなと少し悔しかった。そうか、でも、それでだったのか……」
「ルーカス?」
「ああ……エドワード様が魔力暴走を起こした時の彼女の悲鳴のような言葉が……」
「……そうか」
魔女なんて居なかった、とルーカスは思った。元より彼女は魔女などと呼ばれるような女性ではなかった。
『止めて! やめさせて! 魔力暴走です! 誰か止めてぇぇぇぇ! エドワード様の身体が、身体が壊れてしまう!』
ハーヴィンからずっとエドワードに寄り添ってきた専属メイド。彼女は初等部を卒業して学園を去り、いつからエドワードを支えてきたのだろうか。亡くなってしまった弟と重ねている事もあるのだろうか。
その後、エドワードの意識は戻ったが、食事を取らなくなってしまい、マリーが泣いている所を何度か見かけたが、ルーカスはかける言葉が見つからなかった。
だが、一時は再び神殿送りかと心配されていたエドワードが少しずつ元気になってきはじめて、ルーカスはほっと胸を撫でおろした。
もっともルーカスには彼女がもう一人で押し殺したように泣く姿は見たくないと思う自分がよく分からなかった。
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次回は一気に時間が飛びます。
溢れた魔力は周囲に被害をもたらすだけでなく、本人の身体にも大きな負担をかける。その為に幼い子供にそれが起きると身体が耐え切れずに死んでしまう事が多い。
魔力暴走自体がそれほど多く起こる現象ではない為あまり周知をされていないが、魔力量が平民より多いとされている貴族たちには、それなりに注意するよう、鑑定後に付けられる事の多い魔法の師となる者から伝えられたり、それぞれの家で、ある程度の制御が出来ていると判断するまでは護衛などが見守っていくようにされている。
だが、今回の事はあまりにも想定外で、もしエドワードが魔力暴走を起こしてフレイム・グレード・グリズリーを倒さなければ、自分も含めあの場にいた全員が命を落とす事になっていただろうとルーカスは思っていた。
あの後、意識を失ってしまった兄弟と一緒に、あの場で魔熊と戦った者達は全員神殿へと連れて行かれ、エドワード達とは別に光魔法による治療を受けた。お陰でボロボロだった身体の怪我は治ったが、それでもやはり魔力量が元から多くはなかった事もあり、二・三日ゆっくり休むように言われた。
しかしマリーは神殿から戻って来た後、そのままエドワードに付き添っていると聞いた。
そして翌朝、まだエドワードの部屋にいるマリーを見て、ルーカスはコンコンとドアを小さくノックした。
「食事をとらないと、エドワード様が目覚めた時に心配されますよ」
「……ありがとうございます。でもエドワード様が気づいた時に居てさしあげたいのです」
「では、私がここにいますので、どうぞ食事を取って来て下さい。主人の部屋で食事は出来ませんので」
「…………」
「気づかれたらすぐにお知らせしますよ」
「……すぐに戻ります」
ベッドに眠るエドワードをチラリと見て部屋を出て行ったマリーは、その言葉の通りに僅かな時間で戻って来た。「ありがとうございました」と頭を下げた彼女にルーカスはそれ以上何も言えなかった。
◇ ◇ ◇
東の森の調査は続いていて、エドワードの魔法の講義を受け持つジョシュア・ブライトンも東の森の調査に加わっていると聞いたが、昨日も今日も手掛かりになるようなものは見つからなかったようだった。
そしてエドワードの意識もまだ戻らない。どうやら意識がうっすらと戻ったり、また沈み込んだりという事を繰り返しているらしく、時折うなされたような声を出すエドワードの傍らで泣き出しそうな顔をしている彼女の姿があった。
(それにしても、彼女のあの献身的というか、エドワード様に対する執着に近いようなものは何なんだろう)
廊下を歩きながらそんな事を考えていたルーカスの肩を誰かがポンと叩いた。
「やぁ。身体の方はどうだい? ヒューイットさん」
そう言って笑みを浮かべていたのは、エドワードの魔法の講師、ジョシュア・ブライトンだった。
「……ああ、やめてくれ。家名はもう捨てているも同然なんだ。ルーカスでいい」
「そうか、じゃあ、同じエドワード様の講師という事で私の事もジョシュアと呼んでくれ」
「ああ、ではそのように。調査は進んでいるのか?」
「いや、まったく分からない。大体あれはもっと南の火山帯の方に出るようなものだからね。ところで彼女はまだこもっているのか?」
「ああ、付きっきりだ。いくら魔力量があると言っても、彼女は枯渇寸前まで使っていた筈だ。朝は見るに見かねて食事に行かせたが……」
「そうか、私は先ほどポーションを差し入れたよ。食事をしてから飲むように伝えた」
二人は顔を見合わせて苦笑した。そして「少し話をしないかい?」というジョシュアと一緒にルーカスは庭へと出た。ジョシュアは周囲にサッと遮音の魔法をかけてから口を開いた。
「ルーカス、君は『イースティンの魔女』という言葉を聞いたことがあるかい?」
ルーカスは小さく目を見開いてから、コクリと頷いた。
「彼女の事だな。学生時代に噂を耳にした事がある」
「ああ、やっぱり。私は卒業の年だったんだけど酷い噂だった。実は彼女の兄とは一学年違いの友人でね。お茶会などでやりとりをしていたんだ。それで妹の事を放っておいていいのかと話をしたことがある。仲の悪い兄妹とは思えなかったからね。それで聞いたんだ。彼女の魔法属性が闇属性で両親が彼女を疎んでいる事を。何とか間に入るようにはしていたけれど、今回の事でおそらくはもう修復は無理だろうと」
「……それは、弟を殺したという噂が関係しているのか」
「殺したっていうか、弟が魔力暴走を起こしたらしい。兄から聞いた話だと、少し身体の弱い弟が綿の花を見たいと言ったらしいんだ」
「綿の花?」
「ああ、イースティンは綿の栽培が有名だからな。彼女はよく綿の畑に行っていて、綿の花が好きだと言っていたと。それで弟がそれを見たがって持ってきてやったらしいんだが、母親がどうやら捨ててしまったようで」
「捨てた?」
「ああ、その事で弟がどうして捨てたのか興奮して、魔力暴走を起こしたらしい」
「そんな……」
それでは彼女のせいではないではないか。
「だが、両親はそれが彼女が闇魔法を使ったからだと責めた。彼女が魔力暴走だと言った言葉を聞かなかったようだな。魔力を抑えて神殿に連れて行けば……。まぁ、言っても仕方のない事だ。連れて行ったとしても身体が元々弱かったのであれば助からなかったかもしれない。だが両親はどう言っても聞く耳を持たない為、彼女には休暇は祖父母の家に身を寄せるように言ったらしい。結局彼女自身も初等部を卒業して高等部に進まずに学園をやめてしまったようだしね。闇魔法は中々普通の人間には理解できないものも多いし、女性だと尚更難しいのかもしれないな」
「……ああ、だけど、彼女の魔法はとても素晴らしかったよ。無詠唱で瞬時に防御壁を幾重にも展開したり、すごいなと少し悔しかった。そうか、でも、それでだったのか……」
「ルーカス?」
「ああ……エドワード様が魔力暴走を起こした時の彼女の悲鳴のような言葉が……」
「……そうか」
魔女なんて居なかった、とルーカスは思った。元より彼女は魔女などと呼ばれるような女性ではなかった。
『止めて! やめさせて! 魔力暴走です! 誰か止めてぇぇぇぇ! エドワード様の身体が、身体が壊れてしまう!』
ハーヴィンからずっとエドワードに寄り添ってきた専属メイド。彼女は初等部を卒業して学園を去り、いつからエドワードを支えてきたのだろうか。亡くなってしまった弟と重ねている事もあるのだろうか。
その後、エドワードの意識は戻ったが、食事を取らなくなってしまい、マリーが泣いている所を何度か見かけたが、ルーカスはかける言葉が見つからなかった。
だが、一時は再び神殿送りかと心配されていたエドワードが少しずつ元気になってきはじめて、ルーカスはほっと胸を撫でおろした。
もっともルーカスには彼女がもう一人で押し殺したように泣く姿は見たくないと思う自分がよく分からなかった。
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次回は一気に時間が飛びます。
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