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第9章 幸せになります
417.麦の夢とエルグランド公爵家からの贈り物
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結婚式からもうすぐ一週間。この週末にはグリーンベリーでの結婚のお披露目会がある。
準備はちゃんとしていたけれど、それでもやっぱり細かい事が上がってきて、僕と兄様がゆっくりしていられたのは二日が限界だった。
それでも一日中ずーっと兄様と一緒に居るなんていうのは、もしかしたら初めてかもしれなくて、恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちでいっぱいだった。
兄様は王都でのフィンレーのお仕事は出来る限り早めに処理をしてきたそうで、お披露目会まではグリーンベリーのお仕事を手伝ってくれる事になっている。僕も頑張ったんだけど、これからも兄様がグリーンベリーの事に関わる事があるから、素直にお任せしようって思ったよ。
でも何でか同じ執務室にいたミッチェル君とブライアン君は向こうの部屋で仕事するねって。
あとね、昨日、お仕事が終わってから結婚式のお礼をしにフィンレーに行ったんだけど、そこで僕は母様から言われてしまったんだ。「エディはいつまでアルを兄様って呼ぶのかしら?」って。
うん。僕も分かっているんだよ。グリーンベリーでの結婚のお披露目会があるからね。
結婚式やお祝いの会には招待出来なかったグリーンベリーの色々な街の有力者を招くお披露目会で「兄様」なんて呼んでしまったら駄目だものね。
でもさ、旦那様っていうのはやっぱり恥ずかしいし、兄様もそれはちょっと待ってって言っていたし、じゃあどうしようって考えて、やっぱり名前だよねって話になった。だけどこれがなかなか上手くいかないんだ。
「兄様、この前の役職の会議で」
「エディ? 違っているよ?」
兄様がにっこりって音が付くように笑った。
「はい…………アル」
やっぱりついつい兄様って呼んじゃうんだよね。だって仕方がないんだよ。兄様は兄様なんだもの!
「忙しい時にすまないね」
そう言ったのはダリウス叔父様だった。
本当はグリーンベリーのあちこちをご案内したかったんだけど、さすがにそろそろ帰らないといけないらしい。そうだよね。シャマル様のお父様はシェルバーネの筆頭公爵家の当主であり、宰相だものね。
「いえ、こちらこそお忙しい中、私たちの結婚式にご出席いただきましてありがとうございました」
兄様がそう言うと三人とも「とても良い結婚式だった」って言ってくれた。しかも…………
「あの花の使い方はいいね。あれならば他者に可愛い顔を見られずに済む」
「……シャマル」
ダリウス叔父様が名前を呼んで制してくれたけどシャマル様の言葉は続く。
「抱き上げての退場は、花嫁の体格にもよるからね。そこで花婿が無理をして腰をおかしくしては困るだろう。まぁ、エドワード君の場合は大変可愛らしくて、なんの問題もなかったけどね」
うぅぅ、どうしてそんなに綺麗な顔でそんな事をなんでもない事みたいに真顔で言えるんだろう。
「シャマル、その位にしておけ。それにしてもフィンレーにも驚いたが、このグリーンベリーの農村地帯もなかなか良い状況のようだね。装飾品などの加工も、あまり多くは見られなかったがとても楽しかった。今度来た時には、もっと色々な所を回ってみたい。ああ、それから、祝いの席で出た白いイチゴだが、あれを定期的に仕入れ、いや、購入させてほしい。国が絡むと面倒なので、グリーンベリーとエルグランドの家の間での取引とさせて頂きたい。勿論きちんとした金額を提示して欲しい。転売はせず、勿論種子に関する事はグリーンベリーが示した事を守ると約束しよう。シェルバーネにも白いイチゴはあるが、野草のようなものだからね」
エルグランド公爵の言葉に僕と兄様は顔を見合せてから、改めてご連絡させていただきますと返事をした。
「それにしても、厄災の『首』を無事に封じる事が出来て良かった。スタンピードが起こった事は我が国にも伝わってきた。臣下が一丸となってそれを収めた事も。けれど貴方とルシル・マーロウという伯爵子息がこれ程までに大きな褒賞を受けた意味を知る者はそう沢山は居ないようですね」
部屋の中に、ピンと張り詰めるような沈黙が訪れた。
「ルフェリットの国王が決めた事です。シェルバーネにそれがどのような形で伝わっているのかは分かりかねますが」
兄様がそう言うと公爵は「そうですね。御二方が未成年でありながらも国を守るために討伐に参加して、功績を上げたという事実が全てですね」
ニッコリ笑った公爵に僕たちも微笑み返した。
そう、ルシルの力は知っている人は沢山居るし【癒しの神子】とか【光の愛し子】とか色々な名前で呼ばれている。だけど実際はどんな力をどれくらい使えるのか、詳しい事は王国全体にまでは広がってはいないんだ。浄化の力で魔物を消してしまうという事を知っているのは多分それほど多くはない。治癒魔法も使える人自体があまり多くないし、ルシルのような力はやっぱり特別なんだよね。
一方僕は、あのスタンピードで、あの場所にいた人たちと報告を受けた国王とその重臣たちだけしか精霊王の力は知られていない。何か特別な加護があるというのは分かる人には分かったみたいだけど、心配をしていたようにそれが大きく広がる事はなかった。でも一部の人には【緑の愛し子】とか【グランディスの愛し子】とかよく分からない呼び方をされているらしい。
そして、ルシルは自分の力を使っていく事にしているみたいだ。もう少し落ち着いたら、領内と聖神殿で治癒等を定期的に行いたいと言っていた。そして浄化の力で砂漠を元に戻せないかって試していきたいって言うのも聞いた。
僕は【緑の手】の力は自分なりに使っていこうと思うけど、もう一つの力は大切な人を守る時だけって自分の中で決めている。それでいいって思っているんだ。出来れば使わずに済む方がいい。
「すみません。困らせてしまったようですね。そのようなつもりはなかったのですが。親戚となりますので、もしも何か困った事がありましたら遠慮なく仰ってください。私もシェルバーネの公爵家として、守りの片翼となれると思います」
ニッコリと笑ったエルグランド公爵に僕たちは「ありがとうございます」と言った。不思議な言葉だなって思ったけれど、シェルバーネの国の紋章が鷲と剣だって思い出した。だから守りの片翼なんていう表現を使ったんだなって思った。とりあえず、特別な力があってもそれをどうこうするつもりはないって言ってくれたのかなって僕はちょっと嬉しいなと思った。
「その証、と言うほどのものではないのですが、シェルバーネにある珍しい果物を持って参りました」
すると話が一段落するのを待っていたかのようにシャマル様がニコニコと笑って四角い箱を取り出した。
「果物ですか?」
「ええ、エドワード君は植物を育てるのがとても上手だと伺った事があります。この実をこちらで育ててはみませんか?」
「え? 育てる?」
食べるんじゃなくて、これから育てるの?
「はい。とても貴重な実なのです。シェルバーネでも手に入れるのはなかなか難しくなってきています」
「そんなに貴重なものをいただいてもよろしいのでしょうか?」
「ええ。ぜひ。こちらを育てて、3つ以上生ったらどうぞお召し上がりください。食し方は改めてダリウスからお知らせ致しますね」
「あ、ありがとうございます。では頂戴いたします」
何だかよく分からないけれど僕は差し出された箱を受け取った。中には葉付きの淡い緑色の実が入っていた。うん。見た限りでは確かにこのままでは食べられそうにないね。
後で鑑定をして、栽培方法を調べてみよう。
「実は僕も皆様にお見せしたいものがあるのです。お披露目会の後と思っていましたが、明日にはご帰国されるとの事。今から少しだけお時間をいただけますか?」
僕がそう言うとダリウス叔父様の目が少しだけ揺れたのが判った。父様には皆さんがいらっしゃる前にお話をしてあるんだ。多分国と国との大きな話になってしまうので、白いイチゴのような話では済まないと思うからね。
温室に案内をすると、まず温室の外観に驚かれた。
「これが温室?」
「はい。お祖父様が作って下さいました。色々なものを育てています。本当は中もご案内したいのですが、今日はこちらから」
僕はフィンレーから転移をさせてきた温室へとエルグランド公爵家の三人を連れて行った。ダリウス叔父様は中に何があるのかをもう知っているだろう。
扉を開けて中に入ると、そこには収穫間近の麦があった。
「麦畑? 温室で?」
シャマル様が不思議そうな声を出した。そして……
「まさか……」
「砂地に麦……」
見る見るうちにエルグランド公爵とシャマル様の顔が強張っていく。ダリウス叔父様はただ真っ直ぐに温室内の麦を見つめていた。
「はい。こちらの砂はダリウス叔父様にシェルバーネから送っていただいたものです」
「!」
「ここで、シェルバーネと同じように魔素から砂漠になった、ルフェリット国内の砂を使って実験をしていました。魔素の砂でも育つ麦です。数年をかけてこの温室で育てて改良を続けてきたのです。温室内では上手くいくようになったので昨年からはその領地の死の砂漠に植えています。上手くいけばこの一の月の終わりには収穫です」
「信じられない……」
シャマル様はそう言ってもう一度温室の中の麦畑を見た。そして……。
「本当に……この景色が、シェルバーネに広がっていくのだろうか。何も育たないあの砂漠で、この麦の穂が風に揺れ、日の光を受けて輝く日が来るのだろうか、ダリウス……」
振り向いたシャマル様は泣いていた。
「何一つ育たずに住む事を諦めた者たちが沢山いた。そうしているうちに魔素もないのに砂漠は広がっていき、このままシェルバーネが砂に埋もれて無くなってしまうのではないかと思った。エドワード君、ありがとう。私に、シェルバーネに、希望をくれた君に心から感謝する」
エルグランド公爵自身も目を潤ませながら深く頭を下げた。
「いえ、あの、シェルバーネの砂漠の砂に関してはまだ実験段階です。それに温室の中では何度か成功をしていますが、これが温度管理がなく、天候も日々異なる所で、温室と同じような結果が出るのかはこれからです。麦をこのままお渡しする事が出来るのかどうかは僕には分からないので父に話をしてあります。イチゴとは異なり国同士の話になるかもしれませんが、この麦がシェルバーネの地で風に揺れる事を僕も信じています」
エルグランド公爵とシャマル様とダリウス叔父様は何度も礼を言って帰って行った。
「エディはすごいね」
「ふふふ、せっかく素敵な加護を頂いたのですから、人を喜ばせる事に使いたいです」
「うん。そうだね。素敵な力だ。私もエディから色々なものをもらったな。イチゴやモモ、マンゴー、ブラッドオレンジ……ああ、味の良いポーションもね」
兄様にそう言われて僕は嬉しくて思わず目の前の身体に抱きついてしまった。
「エディ?」
「明日のお披露目会、よろしくお願いします。お名前ちゃんと呼ぶように気を付けます」
「そうだね。でも安心して? エディになんて呼ばれてもちゃんと返事をするよ。伴侶、夫、旦那様、アル、勿論兄様でもね」
チュッと音を立てて触れただけの口づけが落ちた。
「はい……アル」
「良く出来ました」
二度目の口づけは少し深くなった。
頂いた実は鑑定すると『マルリカの実』と出た。でもそれだけだった。どんな実なのか。どのように栽培をすれば良いのか全く分からない。
とりあえずどうしたらいいのかお披露目会が終わったらお祖父様に相談をしてみよう。そう思って僕はマジックボックスの中に実を入れた。
兄様が眉間に皺を寄せて、それを見ていた。
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準備はちゃんとしていたけれど、それでもやっぱり細かい事が上がってきて、僕と兄様がゆっくりしていられたのは二日が限界だった。
それでも一日中ずーっと兄様と一緒に居るなんていうのは、もしかしたら初めてかもしれなくて、恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちでいっぱいだった。
兄様は王都でのフィンレーのお仕事は出来る限り早めに処理をしてきたそうで、お披露目会まではグリーンベリーのお仕事を手伝ってくれる事になっている。僕も頑張ったんだけど、これからも兄様がグリーンベリーの事に関わる事があるから、素直にお任せしようって思ったよ。
でも何でか同じ執務室にいたミッチェル君とブライアン君は向こうの部屋で仕事するねって。
あとね、昨日、お仕事が終わってから結婚式のお礼をしにフィンレーに行ったんだけど、そこで僕は母様から言われてしまったんだ。「エディはいつまでアルを兄様って呼ぶのかしら?」って。
うん。僕も分かっているんだよ。グリーンベリーでの結婚のお披露目会があるからね。
結婚式やお祝いの会には招待出来なかったグリーンベリーの色々な街の有力者を招くお披露目会で「兄様」なんて呼んでしまったら駄目だものね。
でもさ、旦那様っていうのはやっぱり恥ずかしいし、兄様もそれはちょっと待ってって言っていたし、じゃあどうしようって考えて、やっぱり名前だよねって話になった。だけどこれがなかなか上手くいかないんだ。
「兄様、この前の役職の会議で」
「エディ? 違っているよ?」
兄様がにっこりって音が付くように笑った。
「はい…………アル」
やっぱりついつい兄様って呼んじゃうんだよね。だって仕方がないんだよ。兄様は兄様なんだもの!
「忙しい時にすまないね」
そう言ったのはダリウス叔父様だった。
本当はグリーンベリーのあちこちをご案内したかったんだけど、さすがにそろそろ帰らないといけないらしい。そうだよね。シャマル様のお父様はシェルバーネの筆頭公爵家の当主であり、宰相だものね。
「いえ、こちらこそお忙しい中、私たちの結婚式にご出席いただきましてありがとうございました」
兄様がそう言うと三人とも「とても良い結婚式だった」って言ってくれた。しかも…………
「あの花の使い方はいいね。あれならば他者に可愛い顔を見られずに済む」
「……シャマル」
ダリウス叔父様が名前を呼んで制してくれたけどシャマル様の言葉は続く。
「抱き上げての退場は、花嫁の体格にもよるからね。そこで花婿が無理をして腰をおかしくしては困るだろう。まぁ、エドワード君の場合は大変可愛らしくて、なんの問題もなかったけどね」
うぅぅ、どうしてそんなに綺麗な顔でそんな事をなんでもない事みたいに真顔で言えるんだろう。
「シャマル、その位にしておけ。それにしてもフィンレーにも驚いたが、このグリーンベリーの農村地帯もなかなか良い状況のようだね。装飾品などの加工も、あまり多くは見られなかったがとても楽しかった。今度来た時には、もっと色々な所を回ってみたい。ああ、それから、祝いの席で出た白いイチゴだが、あれを定期的に仕入れ、いや、購入させてほしい。国が絡むと面倒なので、グリーンベリーとエルグランドの家の間での取引とさせて頂きたい。勿論きちんとした金額を提示して欲しい。転売はせず、勿論種子に関する事はグリーンベリーが示した事を守ると約束しよう。シェルバーネにも白いイチゴはあるが、野草のようなものだからね」
エルグランド公爵の言葉に僕と兄様は顔を見合せてから、改めてご連絡させていただきますと返事をした。
「それにしても、厄災の『首』を無事に封じる事が出来て良かった。スタンピードが起こった事は我が国にも伝わってきた。臣下が一丸となってそれを収めた事も。けれど貴方とルシル・マーロウという伯爵子息がこれ程までに大きな褒賞を受けた意味を知る者はそう沢山は居ないようですね」
部屋の中に、ピンと張り詰めるような沈黙が訪れた。
「ルフェリットの国王が決めた事です。シェルバーネにそれがどのような形で伝わっているのかは分かりかねますが」
兄様がそう言うと公爵は「そうですね。御二方が未成年でありながらも国を守るために討伐に参加して、功績を上げたという事実が全てですね」
ニッコリ笑った公爵に僕たちも微笑み返した。
そう、ルシルの力は知っている人は沢山居るし【癒しの神子】とか【光の愛し子】とか色々な名前で呼ばれている。だけど実際はどんな力をどれくらい使えるのか、詳しい事は王国全体にまでは広がってはいないんだ。浄化の力で魔物を消してしまうという事を知っているのは多分それほど多くはない。治癒魔法も使える人自体があまり多くないし、ルシルのような力はやっぱり特別なんだよね。
一方僕は、あのスタンピードで、あの場所にいた人たちと報告を受けた国王とその重臣たちだけしか精霊王の力は知られていない。何か特別な加護があるというのは分かる人には分かったみたいだけど、心配をしていたようにそれが大きく広がる事はなかった。でも一部の人には【緑の愛し子】とか【グランディスの愛し子】とかよく分からない呼び方をされているらしい。
そして、ルシルは自分の力を使っていく事にしているみたいだ。もう少し落ち着いたら、領内と聖神殿で治癒等を定期的に行いたいと言っていた。そして浄化の力で砂漠を元に戻せないかって試していきたいって言うのも聞いた。
僕は【緑の手】の力は自分なりに使っていこうと思うけど、もう一つの力は大切な人を守る時だけって自分の中で決めている。それでいいって思っているんだ。出来れば使わずに済む方がいい。
「すみません。困らせてしまったようですね。そのようなつもりはなかったのですが。親戚となりますので、もしも何か困った事がありましたら遠慮なく仰ってください。私もシェルバーネの公爵家として、守りの片翼となれると思います」
ニッコリと笑ったエルグランド公爵に僕たちは「ありがとうございます」と言った。不思議な言葉だなって思ったけれど、シェルバーネの国の紋章が鷲と剣だって思い出した。だから守りの片翼なんていう表現を使ったんだなって思った。とりあえず、特別な力があってもそれをどうこうするつもりはないって言ってくれたのかなって僕はちょっと嬉しいなと思った。
「その証、と言うほどのものではないのですが、シェルバーネにある珍しい果物を持って参りました」
すると話が一段落するのを待っていたかのようにシャマル様がニコニコと笑って四角い箱を取り出した。
「果物ですか?」
「ええ、エドワード君は植物を育てるのがとても上手だと伺った事があります。この実をこちらで育ててはみませんか?」
「え? 育てる?」
食べるんじゃなくて、これから育てるの?
「はい。とても貴重な実なのです。シェルバーネでも手に入れるのはなかなか難しくなってきています」
「そんなに貴重なものをいただいてもよろしいのでしょうか?」
「ええ。ぜひ。こちらを育てて、3つ以上生ったらどうぞお召し上がりください。食し方は改めてダリウスからお知らせ致しますね」
「あ、ありがとうございます。では頂戴いたします」
何だかよく分からないけれど僕は差し出された箱を受け取った。中には葉付きの淡い緑色の実が入っていた。うん。見た限りでは確かにこのままでは食べられそうにないね。
後で鑑定をして、栽培方法を調べてみよう。
「実は僕も皆様にお見せしたいものがあるのです。お披露目会の後と思っていましたが、明日にはご帰国されるとの事。今から少しだけお時間をいただけますか?」
僕がそう言うとダリウス叔父様の目が少しだけ揺れたのが判った。父様には皆さんがいらっしゃる前にお話をしてあるんだ。多分国と国との大きな話になってしまうので、白いイチゴのような話では済まないと思うからね。
温室に案内をすると、まず温室の外観に驚かれた。
「これが温室?」
「はい。お祖父様が作って下さいました。色々なものを育てています。本当は中もご案内したいのですが、今日はこちらから」
僕はフィンレーから転移をさせてきた温室へとエルグランド公爵家の三人を連れて行った。ダリウス叔父様は中に何があるのかをもう知っているだろう。
扉を開けて中に入ると、そこには収穫間近の麦があった。
「麦畑? 温室で?」
シャマル様が不思議そうな声を出した。そして……
「まさか……」
「砂地に麦……」
見る見るうちにエルグランド公爵とシャマル様の顔が強張っていく。ダリウス叔父様はただ真っ直ぐに温室内の麦を見つめていた。
「はい。こちらの砂はダリウス叔父様にシェルバーネから送っていただいたものです」
「!」
「ここで、シェルバーネと同じように魔素から砂漠になった、ルフェリット国内の砂を使って実験をしていました。魔素の砂でも育つ麦です。数年をかけてこの温室で育てて改良を続けてきたのです。温室内では上手くいくようになったので昨年からはその領地の死の砂漠に植えています。上手くいけばこの一の月の終わりには収穫です」
「信じられない……」
シャマル様はそう言ってもう一度温室の中の麦畑を見た。そして……。
「本当に……この景色が、シェルバーネに広がっていくのだろうか。何も育たないあの砂漠で、この麦の穂が風に揺れ、日の光を受けて輝く日が来るのだろうか、ダリウス……」
振り向いたシャマル様は泣いていた。
「何一つ育たずに住む事を諦めた者たちが沢山いた。そうしているうちに魔素もないのに砂漠は広がっていき、このままシェルバーネが砂に埋もれて無くなってしまうのではないかと思った。エドワード君、ありがとう。私に、シェルバーネに、希望をくれた君に心から感謝する」
エルグランド公爵自身も目を潤ませながら深く頭を下げた。
「いえ、あの、シェルバーネの砂漠の砂に関してはまだ実験段階です。それに温室の中では何度か成功をしていますが、これが温度管理がなく、天候も日々異なる所で、温室と同じような結果が出るのかはこれからです。麦をこのままお渡しする事が出来るのかどうかは僕には分からないので父に話をしてあります。イチゴとは異なり国同士の話になるかもしれませんが、この麦がシェルバーネの地で風に揺れる事を僕も信じています」
エルグランド公爵とシャマル様とダリウス叔父様は何度も礼を言って帰って行った。
「エディはすごいね」
「ふふふ、せっかく素敵な加護を頂いたのですから、人を喜ばせる事に使いたいです」
「うん。そうだね。素敵な力だ。私もエディから色々なものをもらったな。イチゴやモモ、マンゴー、ブラッドオレンジ……ああ、味の良いポーションもね」
兄様にそう言われて僕は嬉しくて思わず目の前の身体に抱きついてしまった。
「エディ?」
「明日のお披露目会、よろしくお願いします。お名前ちゃんと呼ぶように気を付けます」
「そうだね。でも安心して? エディになんて呼ばれてもちゃんと返事をするよ。伴侶、夫、旦那様、アル、勿論兄様でもね」
チュッと音を立てて触れただけの口づけが落ちた。
「はい……アル」
「良く出来ました」
二度目の口づけは少し深くなった。
頂いた実は鑑定すると『マルリカの実』と出た。でもそれだけだった。どんな実なのか。どのように栽培をすれば良いのか全く分からない。
とりあえずどうしたらいいのかお披露目会が終わったらお祖父様に相談をしてみよう。そう思って僕はマジックボックスの中に実を入れた。
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