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第9章   幸せになります

409.前夜

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 ホールでの『報告とお祝い会』の準備も万端。
 聖神殿の聖堂からこちらへ式の参列者が移動する転移陣もお祖父様を中心にばっちり整えられて、別棟の客間にはエルグランド公爵家の人達が泊っている。先ほどご挨拶だけをして失礼したんだ。

 ダリウス叔父様の伴侶のシャマル様から「少し会わない間に美しくなられましたね」って言われてものすごく照れた。そうしたら「可愛らしいのは変わられていない」って笑われたんだ。兄様がやんわり「ありがとうございます」って止めてくれた。ううう。美しいのはシャマル様だよ。本当に綺麗な方なんだ。
 式が終わった後も少しルフェリット内を視察する予定みたいで、グリーンベリーにも来たいって言っていた。
 ゆっくり出来るなら色々お話も出来るかな。シェルバーネの事も聞いてみたいって思っているんだ。

 明日は早くから支度が始まるから僕と兄様は今日はフィンレーに泊まっている。
 着替え自体はフィンレーで済ませて、皆で聖堂まで転移陣で向かうんだ。でもなんだかこんなに早くは眠れないな。だけどさすがにここで仕事をしたら怒られちゃうしな。
 そんな事を考えていたら小さなノックの音が聞こえた。

「エディ? まだ起きているの?」

 兄様だ! 僕は部屋の中から「はい」って返事をして扉の所に向かった。

「開けるよ……」

 小さな声がして扉が開かれる。

「ふふふ、早めに休むとは言ってもなかなか寝付けないよね」
「はい。いつもの時間よりはまだ早いし、やっぱりなんだか眼が冴えてしまって」
「本当は早く休んだ方がいいんだけどね。一緒に温かいものでも口にしようか」
「はい」

 僕と兄様はどうしようかって少しだけ考えて、一階のダイニングの近くにある小さい部屋に行く事にした。そして途中で会ったマリーにミルクティを頼む。

「何だかこの部屋に来るのはものすごく久しぶりですね」
「そうだね」
「よくここで兄様に絵本を読んでいただきました」
「うん」
「母様が神殿に行って泣いていた僕を大丈夫だよって励まして下さったのもこの部屋です」
「ああ、そうだったね。ふふふ、何だか色々な思い出のある部屋に結婚式の前にエディと二人でいるなんて不思議だね」
「はい。でも、こんな時間が持ててちょっとホッとします」

 僕がそう言うと兄様は「そうだね」って優しく笑ってくれた。
 一の月の夜は寒くて、久しぶりに火の石を魔道具に入れると、小さな部屋はそれほど時間がかからずに温かくなってくる。あの頃は座ると埋もれてしまいそうだったローソファーに並んで腰を下ろして、僕たちはゆっくりと言葉を紡いでいた。

「緊張していた?」
「……はい、歩けなくなっちゃったらどうしようとか」

 その言葉に兄様が小さく吹き出すように笑った。そしてすぐに「抱っこできるね」って言う。

「そんな赤ちゃんみたいな事は絶対に嫌です。ちゃんと歩けます。あと、誓いの言葉を言えなくなっちゃったらどうしようとか思ったり」
「ああ、それは困ったな。でも大丈夫。言葉が詰まっても頷く事なら出来るよね。そうなったら質問形式にしてもらおう」
「ふふふ、そうですね」

 マリーがミルクティと一緒に持ってきてくれたブランケットを肩から掛けて、笑いながら話をするのはすごく楽しい。僕の小さな不安を兄様はすぐに解決してしまう。

「あと……」
「うん?」
「………何でもないです」
「エディ?」

 名前を呼ばれて、小さく首を横に振る。そうして何故か零れそうになった涙を見られたくなくて僕はブランケットに隠れるみたいにしてミルクティを口にした。

「何かあったの?」
「……ううん。何にもないです。えへへ、何だか夢みたいだなって思ったらちょっと涙が出そうになっただけ。う、嬉しい涙ですよ。兄様と結婚するなんて夢みたい」
「夢だと困るんだけどな」

 そう言って苦笑に近い笑みを浮かべると、兄様は僕のカップを器用に奪って目の前のテーブルに置いた。そうしてそのままブランケットの上から僕の身体を抱き締める。

「夢にしないで、エディ」
「しません。夢だったら困るもの。嬉しいなって、ほんとにそう思って、ちゃんと明日が来て、神様の前で誓いをして、皆に報告してお祝いしてもらうんです」
「うん。そうだね。この国、ううん、この世界で一番幸せになろう」

 この世界で一番。兄様の言葉に思わず笑って、それから重なった唇にそっと瞳を閉じる。

「……っ……ん……」

 角度を変えて幾度も重なる口づけは次第に深い大人の口づけになって、僕は兄様の腕に縋りつくようにしてそれを受けた。

「……駄目だね。際限がなくなりそうだ。これを飲んだら大人しく寝よう」
「はい」
「そして明日は世界一幸せな花婿と花嫁だ」
「ふふふふ、はい」

 僕たちは少し冷めたミルクティーを飲み干して部屋に戻った。
 明日はきっと素敵な日になる。
 眠れないかもしれないと思った気持ちはすぅっと消えてしまっていた。兄様は騎士ではなくて特別な魔法使いかもしれないななんて思った。


-*-*-*-


 夕食の後で母上から「少しいいかしら?」と声をかけられた。
 何となく予感はあった。
 少し前、エディの様子がおかしいような時があったんだ。けれど本当に困った事であればエディはきちんと話をしてくると思っていた。様子を見ながら待っていたら数日して元に戻ったので、そのままにしていた。
 だけど今、分かった。エディは恐らく母上に話をしたのだろう。

「エディの閨教育の事ですけれど」

 母上は部屋に入って椅子に座るなりそう切り出した。

「はい」
「受けさせないというのは聞いていましたし、私もそれでいいと思っていました。あの子の事ですから余計な知識を入れて悩んだり、考えさせたりしない方がいいと思ったのです」
「はい」
「ですが、やはりフィンレー次期当主の妻になる者として……いいえ、そんな事はどうでもいいの、でもね、その行為がただ愛する為の行為であると思うだけでなく、そうする意味は伝えておくべきだと思うのよ」
「母上?」

 アルフレッドは告げられた言葉をどう受け止めるべきなのかを考えた。

「どんな風に、どう愛し合おうとそれはそれぞれの夫婦の営みで、別にそれをどうこういうつもりはありません」
「はい……」
「でも、その行為がどんな事を意味するのかというものを、私はフィンレーに嫁ぐ者として、一人の女性として伝えられました。それをエディにも伝えてあげたいの。結婚式のその夜がどういうものなのか。どうしなければという指南ではなく、おめでとうと幸せになってほしいという気持ちを伝えたいと思います。それがエディにとっての閨教育です。明日はマリーを招待客としてほしいとエディから言われていますから、私のメイドをエディに付けますね」
「え……」
「私がここに嫁いできた時に、私はレオラからその言葉を聞きました。同じ言葉をエディに贈らせてちょうだい」

 レオラはメイド長。母上の専属のメイドだ。年を感じさせないその動きと言葉は他のメイド達からもメイド長という立場だけでなく尊敬され、家令であるチェスターにも一目置かれているような存在だ。

「……分かりました。よろしくお願い致します」

 アルフレッドは静かに頭を下げた。

「アル、長い間エディの大好きな兄であり、一番の味方であり、そして騎士で在り続けてくれてありがとう。そしてこれからもお互いの騎士で在ると共に、素晴らしい伴侶になってほしい」
「はい」
「おめでとうは明日言います。おやすみなさい、アル」
「おやすみなさい。明日はよろしくお願いします」

 アルフレッドは母の後姿を見送ってもう一度静かに頭を下げた。

「閨教育か……」

 多分何かがエディの耳に入ったのだろう。そして母上の所に相談をしに行った。それが口惜しいような、けれど、花嫁として相談をしたのかと思うと嬉しさのようなものも湧きあがる。

 早く休まないといけないと思っても今日はなかなか寝付けないかもしれない。そう思って自室に向かったアルフレッドはエディがまだ起きている気配を感じて、そっとそっと扉をノックしたのだった…………




 そうしてその夜、アルフレッドは思っていたよりもずっと早く、眠りにつく事ができた。
 エディは、やっぱり不思議な力を持っているのかもしれないなと思った。



--------------
ふふふ、それぞれの前夜☆彡



 
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