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第9章   幸せになります

407.結婚までのカウントダウン

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 時間はどんどん過ぎて行く。そしてなぜかどんどん足りなくなってくるような気がするのは何故なんだろう?
 タウンハウスのお部屋の片づけを終えたのを見ていたかのように母様から書簡が来た。結婚式の衣装が出来上がってきたという。

『最終的な合わせをするので週明けにいらっしゃい』

 僕の予定はどんどん埋まっていく。そう言えば前に母様が結婚式の前はものすごく忙しくなるみたいな事を言っていたよね。今週の水の日には父様と一緒に聖神殿の聖堂の確認をしに行くし。



「この前からは痩せていないようですね」

 転移陣から下りた途端、開口一番にそう言われて僕は思わず苦笑してしまった。だってね、あれ以来有能な『お食事管理人』がついていて、自分が来られない時にはちゃんとマリーやテオやロジャーが「アルフレッド様から申し付かっておりますので」って、しっかり管理されていた。
 お陰様で忙しくても体重を落とさずにすんだけど、少ないと兄様とマリーは「あ~ん」って食べさせようとするから本当に焦った。僕もさすがに成人を迎えて「あ~ん」は恥ずかしいから頑張って食べたよ。多分ちょっとだけ体重は増えた……ような気がするし。

「わぁ、やっぱり素敵ですね!」

 出来上がってきた騎士服を基本にしている聖堂での結婚式の衣装を見て僕は思わず声を上げてしまった。

「恐れ入ります。どうぞお着替えを」
「はい!」

 元気に返事をして、僕は兄様と別の部屋で騎士服の方に着替えた。マントもこんなに長いのに重くないし、それにとても着やすい。

「ああ、良く似合っているね。心配していたマントのドレープもとても綺麗に出ている。頑張って食べた甲斐があるね、エディ」

 着替えて母様の待つお部屋の方に行くと母様よりも先に兄様が嬉しそうにそう言って頷いた。そして母様は「当日に照れるとか、見られないとか言い出さないように今、しっかりと見て、慣れておきなさい」って。
 ううう、周りの人達がやんわり笑っているよ、母様。

「さすがに素敵な仕上がりね。刺繍と一緒に縫い付けてもらったストーンもとてもいいわ。エディ、本物の騎士様のようですよ」
「ありがとうございます! 兄様もすごくカッコいいです!」
「ありがとう。せっかくだから並んで歩いてみようか」
「ふぁ!」
「……エディ」

 兄様の提案に思わず変な声が出て母様が残念そうな顔をした。だって仕方がないんだもの。兄様がカッコいいから。

「兄様がカッコいいから、ドキドキしちゃうのは仕方がないんです。でも頑張ります。ちゃんとよく見て、慣れて……わぁぁ、やっぱりこんなにピッタリ並んで歩くのはちょっと厳しいです。えっと、少し離れてもいいですか?」
「結婚をする二人が離れて歩くお式なんて聞いた事がありませんよ。慣れなさい。今日のうちに慣れておきなさい。ちゃんと見て。アル、そこで無駄に笑いかけないで。エディ、赤くなって下を向くのはやめなさい」

 母様から次々に注文が入る。あうぅぅ負けないぞ。

 そんな僕に追い討ちをかけるみたいに兄様が「エディ、どうしても歩けなくなってしまったら抱っこしていくから大丈夫だよ」って全然大丈夫じゃない事を言ってくるから僕は必死に練習をした。そう。僕は騎士なんだ。兄様の騎士。もう兄様がカッコいいのはもう仕方がないんだ。だってカッコいいんだもの。でも皆の前で抱っこは嫌だ。絶対に嫌だもの!

「エディ、そんなに悲壮感を漂わせないで頂戴。右手と右足が一緒に出ていますよ。普通でいいの。よく二人で階段を一緒に手を繋いで降りてきたりしていたでしょう?」

 ため息交じりにそう言われて僕はそう言えば小さい頃はよく手を繋いでもらって並んで歩いていたと思い出した。

「エディ、手を繋いでみようか」

 言葉と一緒に差し出された左手を右手で掴むと、なぜだかドキドキして困っていた気持ちがスッと落ち着いた気がする。

「大丈夫みたいです。普通に歩けます」
「では。ギリギリまで手を繋いでいて、落ち着かないようでしたそのまま歩かれる方がよろしいのではないでしょうか。またはアルフレッド様の腕にそっと腕を添えるのでも構わないかと。最近はブーケという小さな花束を持って入場をされる方も多いと聞きます」

 そう言うとテーラーさんは用意をしていたらしい可愛らしい小さな花束を僕に手渡した。

「こうして片手で持って、そうです。そうしてアルフレッド様は……はい。左様でございます。そしてエドワード様はここに手を置く。完全に腕を組んでしまうと動きが制限されますが、これならば添えているだけですがお相手の距離感も常に分かりますし、お互いに何かあっても対応出来るでしょう。手がブラブラとして先ほどのように硬い動きになってしまうより、こうしてギュッと握りしめる事の出来るブーケがあって、隣を歩かなければならないという気持ちにならずにご一緒に歩けるので、気持ちも楽なのではないでしょうか?」

 ニコニコと笑ってそう言われて僕は兄様と顔を見合わせた。確かに緊張するとぎこちなくなっちゃうけどお花を持っていたらこっちをギュッとできるし、わざわざ速度を合わせなくてもこうして兄様の腕に手を置いていれば、子供のように手を繋いでいるよりもいいような気がする。抱っこは論外だし。

「も、もしも兄様がよろしければこれで試してみたいです」
「うん。そうしようか。じゃあ、エディをエスコートするみたいにね。はい」

 兄様はそう言って左手を僕の手が置けるくらい開けてくれた。そこに僕は右手を置いて、反対の手でブーケと呼ばれた花束を持って並んで歩き始める。

「そう。前を向いてね。大丈夫、マントもとても美しいです。お互いの騎士という感じですよ。これです。これで行きましょう。エディ。お花は二人で相談をして選びなさい。その方がいいでしょう?」
「! はい、母様そうします! 兄様よろしくお願いします。テーラーのブルームさん、ありがとうございました」
「はい。五歳のお披露目会からずっと関わらせていただきましたお二人の結婚式のお役に立てて何よりです。どうぞお幸せになさってくださいませ。ではこちらの衣装はこれで直しはないという事で、もう一つのお祝い会の方もよろしくお願い致します」

 ゆっくりと頭を下げたテーラーに僕は「はい」と返事をした。
 

 そして、無事に衣装の合わせも終わって当日は何か困った事があればすぐに対応できるようにってブルームさん達は聖神殿まで来てくれる事になった。とりあえず、衣装は終了。並んで歩くのも何とかなりそうだから後は花束のお花を決めればいいって事で、次は水の日の聖神殿での打ち合わせだ。



「ご無沙汰をしております。エドワード様。この度はアルフレッド様とのご結婚、おめでとうございます。当日、滞りなくお式が挙げられますよう、精いっぱい務めさせていただきます」
「よろしくお願い致します」

 聖神殿の大神官自らの言葉に恐縮をしながら僕たちは当日の流れとどこに待機をしてどう歩いて、どこで、どんな事をするのかをしっかりと頭に入れた。
 卒業式の時みたいに参列をして下さる人達の間を通っていくので、この前ブルームさんが言ってくれたみたいに兄様の腕に手を添えて歩けるのは本当に良かったって思ったよ。
 兄様が神官様達にブーケの事と手を組んで歩くという事も言ってくれて、ちゃんと認めてもらえた。父様はちょっとやれやれって顔をしていたけれど、抱っこよりはいいと思うんだ。絶対に。

 そして一度その通路を歩かせてもらった。目の前にはルフェリット王国の創造神であるルーフェリス様の大きな像があって、聖堂の中はステンドグラスっていう色とりどりのガラスを通して差し込む光がとても神秘的で綺麗だった。この神様の前で兄様と結婚しますって誓いを立てるんだなって思ったら、何だかドキドキしちゃったけど、でも大丈夫。その為に皆が見届けて、祝福をして下さるんだから。

「では当日。お待ち申し上げております」

 深々と頭を下げられて恐縮をしながら「よろしくお願いします」って返事をして、これで聖堂の確認も終わり。

 父様とは聖神殿でお別れをして、僕と兄様はグリーンベリーに戻った。そして更に兄様はタウンハウスに戻って仕事をするんだって。兄様だって働きすぎだよね。

「大丈夫だよ。仕事って言っても今日来ている分の確認をするだけだから。夕食には戻って来るからエディは少し休んでいてね。確認が色々続いているから少し心配だよ」

 兄様にそう言われて僕は今日は執務室に行くのを止められてしまった。
 それなら最近ちょっと余裕がなかったから温室を見に行こうかな。マークがしっかりお世話をしてくれているけれど、やっぱり任せきりは駄目だよね。

 そんな事を考えていたら兄様が笑いながら口を開いた。

「何かしようとしているね? エディ。ああ、そうだ。結婚式の後の報告と祝いの会の最終的な献立が出来たそうだよ。エディの白いイチゴは小さめのケーキにして出す事にしたらしい」

 兄様はそう言って持っていたマジックポーチの中から一枚の紙を取り出した。そこには色々なお料理の名前が並んでいて、すごいなぁって思った。でもシェフに任せておけば大丈夫だから心配はしていない。デザートの所に書かれている白イチゴのケーキの文字を見て僕は思わずニッコリとしてしまった。

「きっとシェフなら素敵なケーキにしてくれると思います。収穫も問題ないし。早めに収穫したものは保存のボックスに入れてありますから」
「そう。それなら良かった。じゃあイチゴの受け渡しについてはエディから直接連絡をしてほしい。今日の仕事はそれだけだよ。約束してね」
「はい」

 これじゃあ守らないわけにはいかないよね。大きく頷いた僕に兄様は嬉しそうに笑った。

「兄様?」
「ふふふ、エディが楽しそうにしていてくれて嬉しいなって思って。後は一緒にブーケの花を選ぶ時間を作ろう。でも当日に歩けなくなっても大丈夫だからね、無理をしたらいけないよ?」
「だだだ大丈夫です! 聖神殿の聖殿で抱っこなんかしません! そんな赤ちゃんみたいなのは」
「う~~ん、多分僕がエディを抱っこしていても皆エディの事を赤ちゃんだとは思わないと思うけど?」
「赤ちゃんじゃなくても子供みたいって思われます! 大丈夫です、ちゃんと歩けます。僕だって兄様の騎士なんですから」

 その瞬間、兄様は一瞬だけピタリと動きを止めて、それからゆっくりと顔を片手で隠した。

「……本当に、時々思い出したようにやられるよ。そうだね。私はエディの騎士で、エディは私の騎士だ。そして大切な花嫁さんだ」
「花嫁……」

 その途端これ以上はないっていうほど真っ赤になった僕に兄様は「さて、じゃあタウンハウスに一度行くよ。また夕食で会おう」

 そう言って転移陣を使わずに部屋からタウンハウスに向かって転移をしてしまった兄様が居た所を見つめながら僕はへなへなと部屋の中に座り込んでしまった。

「は、花嫁さん……かぁ……」

 漏れ落ちた声は小さくて、そして自分でも恥ずかしくなるほど甘くて……僕はしばらく床の上から立ち上がれなかった。



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ふふふ、お互いに被弾(笑)
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