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第9章   幸せになります

363. 新しい名前

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 今回領地を拝領した人が自分の領地に入るまでの期間は三種類に分かれる。
 一番早いのは管理領が新しい領地になった人。その人たちはひと月後にはそちらへ入る事になる。父様もそうなんだ。フィンレーの今の領地は変わらないけれど、新たに管理領になっていた公爵領が加わる形になっているからね。
 そして次は領地替えの人。これは移動先の領の人とお互いに話し合いをしてふた月後までには新しい領地への引越しを終える。
 そして三つめは僕みたいに初めて領地を持つ人が、領地替えをする人の領に入る場合。前の人が領地替えを終えるのはふた月後だから、その後ひと月で領に入り終える。
 僕はハワード先生のメイソン領に入る事になるので、先生との引継ぎを含めて三ヶ月後までに入り終える。

「今は六の月の半ばで、七、八、九の月の半ばまでに領地に入るんだよね……やっぱり大変……」
 
 だって十の月の、僕の誕生日後には婚約式がある。勿論その準備もしなければならない。
 だけど父様だって大変だよね。拝領した公爵領をひと月以内に整えないといけないんだもの。領地替えでは無いけど新しい領地を公爵家としてきちんと整えるっていうのはやっぱりものすごく忙しくなりそう。もっともそちらの領主代理はお祖父様だからお祖父様も大変になるのかな。勉強会とかはしばらく出来ないかもしれないな。

「領の準備についてもどんな事をしなければならないか、きちんとお聞きしないといけないな」

 そう。例えば屋敷の準備とか、そこに仕えてくれる人達とかもね。メイドも、護衛も、シェフも、騎士隊だって父様は心配いらないよって前に言ってくれたけど、それもちゃんとお話をしないといけない。そう考えると三カ月なんてあっと言う間だ。

「領を持つって本当に大変な事なんだな」

 思わずポツリを漏れ落ちてしまった声。でも一人で考えないでって兄様からも言われているから、ちゃんと相談をしていこう。
 そしてまずは家名だ。


「さぁ、色々考えた事を出し合っていきましょう。きっとそれが一番よ」

 週末に母様がタウンハウスにやってきた。僕達が行きますって言ったんだけど、母様は笑って「たまには王都に遊びに行きたいの」と言った。フィンレーの小サロンとは比べようもないほど小さいけれど、僕も時々手入れを手伝わせてもらっている中庭に面したサロンのようなお部屋で、母様は初めてのあの日のように綺麗なお菓子を沢山並べて、お茶を用意した。

「ふふふ、エディとのお茶会は久しぶりね。マカロンも作ってもらったのよ。ゆっくりと、楽しい気持ちで話をするときっといい考えが浮かんできますよ。大丈夫」

 母様が父様の口癖を真似たので、僕はクスリと笑って「はい」って答えた。

「そうそう、エディが花壇に植えていたワイルドストロベリーは今年も実を付けましたよ。マークが丁寧に面倒を見ていて、時々一緒に摘んだりするのです」
「え! 母様がワイルドストロベリーを摘むのですか?」
「ええ、そうよ。だってせっかく真っ赤に実っているのですもの。ジャムにして紅茶に入れたり楽しんでいますよ」
「そうなのですね。あれは兄様が東の森の整備をした時に持って帰って下さったんです」

 そう。その時僕はまだ東の森に行く事は怖くて出来なかったんだ。それで兄様が森を整備するからってマジックバックの中に沢山持って帰ってくれた。

「そう。では二人で作った畑だったのね」

 母様はふふふと笑った。そして赤いマカロンを手にして再びゆっくりと口を開いた。

「エディはどんな名前を考えたの? まずはそこから聞きたいわ。エディの事だからきっと色々考えたんでしょう?」
「はい……えっと……」
「まとまっていなくていいんだよ。こんなものが浮かんだっていうのでもいいから口に出してごらん」

 兄様に言われて僕はコクリと頷いた。

「最初に思ったのは、ペリドット。でもこの色にすごくこだわっているというか、この特別な色がもっと特別なものになってしまいそうで、嫌だなって思いました」
「うん」
「あと、ブルーベルの花も浮かびました。だけど妖精が住む花として有名だからそれも違うかなって、それなら何か精霊のって思ったんだけど、精霊はフィンレーの森に住んでいるものだと思っているし、加護について僕は公表をするつもりはないので、それを感じさせるのは止めた方がいいなって思って……」

 僕の言葉を聞いて母様が再びふふふと笑った。

「エディは昔から慎重な所があるのよね。じゃあ反対にこれはいいなって思った言葉は何かあったのかしら」
「いいなって」
「そう。こんなのはいいな、好きだなって感じたものは何かあった? 決めなくてもいいのよ、その為に相談をしているんだから」

 母様はそう言って紅茶を口にして「冷めてしまいますよ」って言った。僕は紅茶を口にしてほぉっと息をつく。

「ああ、美味しいです」
「そうでしょう? 美味しい紅茶を飲んで、美味しいお菓子を食べてゆっくり三人で考えましょう?」
「はい、母様。あの、母様は何かいいなって思う言葉はありましたか?」
「そうねぇ。ペリドットはエディの色で素敵だと思ったけれど、これからずっと続いていく家の名前ならあまりこだわらない方がいいのかもしれないわね。でも母様はエディの瞳の色はとても素敵だと思っていますよ。とても綺麗なグリーンです」
「はい。ありがとうございます。実は色々考えていた中で、グリーンという色の名前もいいなって思っていたんです。グリーンは多くの植物の色だし、僕の色でもあるし、それにフィンレーの麦の色や森の色も浮かびます」
「そうね。では一つ、いいなと思ったものの中に入れておきましょう。さぁ、こんな風にいいなと思うものを増やしていきましょう。いいなと思うものの中から一番いいなと思うものを選べたら素敵ね」
「はい!」

 それから僕たちは色々な『いいな』と思うものを集めていった。
 それは母様曰く欠片のような言葉でも、浮かんだ言葉でも、思い出の中大切なものでも良かった。
 母様は僕にいくつもの大事にしているものを教えてくれた。僕が初めて見せた水まき魔法の虹。嬉しそうに報告に来た青い星の花。ウィルとハリーに見せたグリーンとブルーのおもちゃが空を舞った様子。ミルクティ色の髪も大好きって言われたよ。何だかとても嬉しくて、幸せで、そういう幸せな気持ちが合わさったような名前になればいいなって思った。そうしたいなって願った。

「本当はグランディス様のお名前を少しだけいただこうかなって思ったんです。でもグランディス様はフィンレーの神様だから。やっぱりフィンレーにあってほしいなって」
「そう。でもエディはフィンレーの子供で、グランディス様の加護もあるんだからつけたいなと思ったら許されるんじゃないかな」
「そう思ったけど、グランディス様のお名前を分けるのは嫌だったから」
「そうか。ならそういう気持ちを大事にしよう」

 兄様はそう言って笑った。
 そうしてとてもとても幸せで、楽しい時間の中で僕はようやく一つの名前を決めた。

「これにします。父様にも相談をしてみます」
「そうね、でもエディが決めた事を父様はきっと認めて下さいますよ」
「うん。そうだね。素敵な、エディらしい家名だと思うよ」
「はい、ありがとうございました」

 僕は母様と兄様にお礼を言って頭を下げた。



 僕が決めた名前は『グリーンベリー』

 グリーンはいいなって思っていた言葉だった。
 そして、ベリーはワイルドストロベリーも思い浮かぶし、初めて育てた果物はイチゴだったし、毎年兄様のお誕生日のケーキにもしてもらった僕にとっては特別な果物なんだ。それにね、母様が言ってくれた言葉が凄くすごく僕の心の中に届いて、そうだって思ったんだ。

「グリーンベリー、素敵な名前ね。まだ青いその実は初めて爵位を得る貴方と重なるでしょう。けれど青い実はいつしか熟して赤く色づき、きっと皆を幸せにしてくれるわ。若々しい実はこれからの期待に繋がる。素敵ねエディ」

 こうして六の月の終わり頃、新しい伯爵家の名前が正式に王国に受理されて、領地自体はまだ先で、中身は何も決まってはいないけれど、僕はエドワード・フィンレー・グリーンベリー伯爵となった。
 もう悪役令息になるかもしれなかったエドワード・フィンレーはどこにもいなくなった。


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