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第9章 幸せになります
355.発表
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六の月の二日の夜。
僕は父様に呼ばれた。
「発表は五日となったよ。そして陞爵と叙爵の式典は六の月の十五日。褒賞式がその翌日だ。今回は人数が多いからね。少し略式になる所もある」
「はい」
「発表自体は王国からの手紙を受け取るだけだ。爵位に関わる事は各領に書簡が送られる事になっている。何かあれば十日までに王国へ申告をする」
「はい」
僕が頷いたのを見て父様はふわりとその表情を緩めた。
「気持ちは決まったかい?」
僕は父様の問いかけに一つ息を吸って、吐いて……
「はい」と頷きながら、お祖父様とのお話を思い出していた――――……
週末に開かれた勉強会の後、僕はお祖父様のお話をする時間を取っていただいた。そして聞きたいと思っていた、爵位を、そして領地を授かる事はどういう事で、どんな事が必要になるのかを尋ねてみたんだ。
お祖父様は領地を授かる事を「気負うな」とおっしゃった。
僕はそれがすごく意外だった。だって領地を授かるっていうのは、そこに暮らす人たちの生活を預かるっていうか、背負うっていうか、そういう責任を持つ事だって思って、正直に言えばそんな事が出来るのかなって考えてしまったんだ。怖いとも思った。
だけどお祖父様は気負うなと……
「気負い過ぎれば、無茶をする。無茶をすればそれが領民の負担となる」
「そうなのでしょうか」
「そこに居る者たちは、新しい領主が何をしてくれるのかという気持ちと、自分たちの生活を壊してほしくないという両方の気持ちを持っているだろう。いきなり何がしたい、こうしてみたいと言っても中々うまくはいかんだろうな」
「……はい」
「気負わず、どんな領になってほしいかを考える事、自分に何が出来るのかを考える事、そして領民たちときちんと向き合う事、まずはそこからか。そうしていくうちにその領の事が見え始める、何が得意か、何が不得意か、何を欲しているのか、何を不満に思うのか……」
「…………はい」
「はじめから分かっている者など居らん。得意はそのまま伸ばしてやれば良い。不得意は何が足らんのか見定めれば良い。欲と不満は調べ、それが新たな力になるようであれば知恵を与えればよい。共にやれればなお良いかもしれん」
「…………共に出来るのであれば素敵です」
僕がそう言うとお祖父様は「うむ」と短く頷いた。
僕に出来るだろうかっていうのは僕自身が考えなければならない事だから、お祖父様にお礼を言って「考えます」と告げた。
お祖父様は「助けになる者を集める事も大事だ」と仰って下さった。ああ、そうだ。一人で出来る事は限られるから、手となり、口となり、頭となり、足となって、共に領を守っていく者も必要だ。
そう考えたら、父様も、その前にフィンレーを治めていたお祖父様もすごいなと思う。そして、いずれはそのフィンレーを継ぐ兄様もすごいなぁって思ったんだ――――……
「とても大変だと思いますが、お受けしようと思います。えっと……兄様と結婚をした後は、その領地の領主としてのお仕事は続けてもよろしいのでしょうか」
「ああ、大丈夫だよ。さすがに結婚をしてすぐにアルフレッドにフィンレーの当主を譲る事は出来ないからね。そんな事をしたらアルフレッドに恨まれてしまう。しばらくは私が当主のまま、アルフレッドは次期当主という立場で領主としての様々な事を学んでもらう事になるだろう。エドワードはその伴侶となるが、自領の経営をする事で問題はない。もっともアルフレッドがフィンレーの当主になった時はまた少し考えなければならないだろうが」
「はい」
「どのみち、その領の跡継ぎも必要だろう。勿論フィンレーの跡継ぎもね」
「はい」
そうだよね。そう。それぞれの領に跡継ぎは必要なんだ。
「まぁそれはいずれ改めて話をしよう。では爵位を受けて、領地を賜る事は決まりでいいね。きっとエドワードには出来ると思うよ。その為に支えてくれる者たちも探さなければいけないね」
「はい」
「ふふふ、一人で新領に乗り込むような事にはならないから安心しなさい。しばらくの間はアルフレッドと一緒に決めていけばいい。勿論フィンレーからも人を付ける。その他は信頼を出来る所に声をかけてみよう。それはぜひとも任せてほしいな」
「ありがとうございます」
「新しい領地に関しては今回は領地替えをした所や王国の管理領になっていた所と様々だ。まぁ、古い勢力が残っている事はないと思うが、一応最初に掃除をしておいた方がいいね」
「……掃除、ですか?」
「そう。でも大丈夫だよ。そういうのが得意な者もいるからね。後ろ盾はフィンレーがなるから安心しなさい。それにお祖父様も大きな後ろ盾になるだろうし、人を集める協力もして下さると思うよ。最初が肝心。後はどうにかなっていくものさ」
そう言って笑った父様に僕は「はい」って返事をした。
何だかすごく色々とお任せしてしまう事になるけれど、父様がそうして下さるならお願いをしよう。そうして少しずつ、こうしてみたいという事を出せるようになっていけばいいよね。
きっと兄様もそれでいいよって笑ってくれると思うから。
「よろしくお願いします」
「ふふふ、何だか自分の事のように楽しくなっているよ。面倒も多いだろうが、共に頑張ろう」
「はい」
そうして、五の日。僕は王国からのお手紙を受け取った。
拝領する領地はなんと、ハワード先生の領地だった!
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僕は父様に呼ばれた。
「発表は五日となったよ。そして陞爵と叙爵の式典は六の月の十五日。褒賞式がその翌日だ。今回は人数が多いからね。少し略式になる所もある」
「はい」
「発表自体は王国からの手紙を受け取るだけだ。爵位に関わる事は各領に書簡が送られる事になっている。何かあれば十日までに王国へ申告をする」
「はい」
僕が頷いたのを見て父様はふわりとその表情を緩めた。
「気持ちは決まったかい?」
僕は父様の問いかけに一つ息を吸って、吐いて……
「はい」と頷きながら、お祖父様とのお話を思い出していた――――……
週末に開かれた勉強会の後、僕はお祖父様のお話をする時間を取っていただいた。そして聞きたいと思っていた、爵位を、そして領地を授かる事はどういう事で、どんな事が必要になるのかを尋ねてみたんだ。
お祖父様は領地を授かる事を「気負うな」とおっしゃった。
僕はそれがすごく意外だった。だって領地を授かるっていうのは、そこに暮らす人たちの生活を預かるっていうか、背負うっていうか、そういう責任を持つ事だって思って、正直に言えばそんな事が出来るのかなって考えてしまったんだ。怖いとも思った。
だけどお祖父様は気負うなと……
「気負い過ぎれば、無茶をする。無茶をすればそれが領民の負担となる」
「そうなのでしょうか」
「そこに居る者たちは、新しい領主が何をしてくれるのかという気持ちと、自分たちの生活を壊してほしくないという両方の気持ちを持っているだろう。いきなり何がしたい、こうしてみたいと言っても中々うまくはいかんだろうな」
「……はい」
「気負わず、どんな領になってほしいかを考える事、自分に何が出来るのかを考える事、そして領民たちときちんと向き合う事、まずはそこからか。そうしていくうちにその領の事が見え始める、何が得意か、何が不得意か、何を欲しているのか、何を不満に思うのか……」
「…………はい」
「はじめから分かっている者など居らん。得意はそのまま伸ばしてやれば良い。不得意は何が足らんのか見定めれば良い。欲と不満は調べ、それが新たな力になるようであれば知恵を与えればよい。共にやれればなお良いかもしれん」
「…………共に出来るのであれば素敵です」
僕がそう言うとお祖父様は「うむ」と短く頷いた。
僕に出来るだろうかっていうのは僕自身が考えなければならない事だから、お祖父様にお礼を言って「考えます」と告げた。
お祖父様は「助けになる者を集める事も大事だ」と仰って下さった。ああ、そうだ。一人で出来る事は限られるから、手となり、口となり、頭となり、足となって、共に領を守っていく者も必要だ。
そう考えたら、父様も、その前にフィンレーを治めていたお祖父様もすごいなと思う。そして、いずれはそのフィンレーを継ぐ兄様もすごいなぁって思ったんだ――――……
「とても大変だと思いますが、お受けしようと思います。えっと……兄様と結婚をした後は、その領地の領主としてのお仕事は続けてもよろしいのでしょうか」
「ああ、大丈夫だよ。さすがに結婚をしてすぐにアルフレッドにフィンレーの当主を譲る事は出来ないからね。そんな事をしたらアルフレッドに恨まれてしまう。しばらくは私が当主のまま、アルフレッドは次期当主という立場で領主としての様々な事を学んでもらう事になるだろう。エドワードはその伴侶となるが、自領の経営をする事で問題はない。もっともアルフレッドがフィンレーの当主になった時はまた少し考えなければならないだろうが」
「はい」
「どのみち、その領の跡継ぎも必要だろう。勿論フィンレーの跡継ぎもね」
「はい」
そうだよね。そう。それぞれの領に跡継ぎは必要なんだ。
「まぁそれはいずれ改めて話をしよう。では爵位を受けて、領地を賜る事は決まりでいいね。きっとエドワードには出来ると思うよ。その為に支えてくれる者たちも探さなければいけないね」
「はい」
「ふふふ、一人で新領に乗り込むような事にはならないから安心しなさい。しばらくの間はアルフレッドと一緒に決めていけばいい。勿論フィンレーからも人を付ける。その他は信頼を出来る所に声をかけてみよう。それはぜひとも任せてほしいな」
「ありがとうございます」
「新しい領地に関しては今回は領地替えをした所や王国の管理領になっていた所と様々だ。まぁ、古い勢力が残っている事はないと思うが、一応最初に掃除をしておいた方がいいね」
「……掃除、ですか?」
「そう。でも大丈夫だよ。そういうのが得意な者もいるからね。後ろ盾はフィンレーがなるから安心しなさい。それにお祖父様も大きな後ろ盾になるだろうし、人を集める協力もして下さると思うよ。最初が肝心。後はどうにかなっていくものさ」
そう言って笑った父様に僕は「はい」って返事をした。
何だかすごく色々とお任せしてしまう事になるけれど、父様がそうして下さるならお願いをしよう。そうして少しずつ、こうしてみたいという事を出せるようになっていけばいいよね。
きっと兄様もそれでいいよって笑ってくれると思うから。
「よろしくお願いします」
「ふふふ、何だか自分の事のように楽しくなっているよ。面倒も多いだろうが、共に頑張ろう」
「はい」
そうして、五の日。僕は王国からのお手紙を受け取った。
拝領する領地はなんと、ハワード先生の領地だった!
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