上 下
250 / 335
第9章   幸せになります

355.発表

しおりを挟む
 六の月の二日の夜。
 僕は父様に呼ばれた。

「発表は五日となったよ。そして陞爵と叙爵の式典は六の月の十五日。褒賞式がその翌日だ。今回は人数が多いからね。少し略式になる所もある」
「はい」
「発表自体は王国からの手紙を受け取るだけだ。爵位に関わる事は各領に書簡が送られる事になっている。何かあれば十日までに王国へ申告をする」
「はい」

 僕が頷いたのを見て父様はふわりとその表情を緩めた。

「気持ちは決まったかい?」

 僕は父様の問いかけに一つ息を吸って、吐いて……
 「はい」と頷きながら、お祖父様とのお話を思い出していた――――……


 週末に開かれた勉強会の後、僕はお祖父様のお話をする時間を取っていただいた。そして聞きたいと思っていた、爵位を、そして領地を授かる事はどういう事で、どんな事が必要になるのかを尋ねてみたんだ。
 お祖父様は領地を授かる事を「気負うな」とおっしゃった。
 僕はそれがすごく意外だった。だって領地を授かるっていうのは、そこに暮らす人たちの生活を預かるっていうか、背負うっていうか、そういう責任を持つ事だって思って、正直に言えばそんな事が出来るのかなって考えてしまったんだ。怖いとも思った。
 だけどお祖父様は気負うなと……

「気負い過ぎれば、無茶をする。無茶をすればそれが領民の負担となる」
「そうなのでしょうか」
「そこに居る者たちは、新しい領主が何をしてくれるのかという気持ちと、自分たちの生活を壊してほしくないという両方の気持ちを持っているだろう。いきなり何がしたい、こうしてみたいと言っても中々うまくはいかんだろうな」
「……はい」
「気負わず、どんな領になってほしいかを考える事、自分に何が出来るのかを考える事、そして領民たちときちんと向き合う事、まずはそこからか。そうしていくうちにその領の事が見え始める、何が得意か、何が不得意か、何を欲しているのか、何を不満に思うのか……」
「…………はい」
「はじめから分かっている者など居らん。得意はそのまま伸ばしてやれば良い。不得意は何が足らんのか見定めれば良い。欲と不満は調べ、それが新たな力になるようであれば知恵を与えればよい。共にやれればなお良いかもしれん」
「…………共に出来るのであれば素敵です」

 僕がそう言うとお祖父様は「うむ」と短く頷いた。
 僕に出来るだろうかっていうのは僕自身が考えなければならない事だから、お祖父様にお礼を言って「考えます」と告げた。
 お祖父様は「助けになる者を集める事も大事だ」と仰って下さった。ああ、そうだ。一人で出来る事は限られるから、手となり、口となり、頭となり、足となって、共に領を守っていく者も必要だ。
 そう考えたら、父様も、その前にフィンレーを治めていたお祖父様もすごいなと思う。そして、いずれはそのフィンレーを継ぐ兄様もすごいなぁって思ったんだ――――……


「とても大変だと思いますが、お受けしようと思います。えっと……兄様と結婚をした後は、その領地の領主としてのお仕事は続けてもよろしいのでしょうか」
「ああ、大丈夫だよ。さすがに結婚をしてすぐにアルフレッドにフィンレーの当主を譲る事は出来ないからね。そんな事をしたらアルフレッドに恨まれてしまう。しばらくは私が当主のまま、アルフレッドは次期当主という立場で領主としての様々な事を学んでもらう事になるだろう。エドワードはその伴侶となるが、自領の経営をする事で問題はない。もっともアルフレッドがフィンレーの当主になった時はまた少し考えなければならないだろうが」
「はい」
「どのみち、その領の跡継ぎも必要だろう。勿論フィンレーの跡継ぎもね」
「はい」

 そうだよね。そう。それぞれの領に跡継ぎは必要なんだ。

「まぁそれはいずれ改めて話をしよう。では爵位を受けて、領地を賜る事は決まりでいいね。きっとエドワードには出来ると思うよ。その為に支えてくれる者たちも探さなければいけないね」
「はい」
「ふふふ、一人で新領に乗り込むような事にはならないから安心しなさい。しばらくの間はアルフレッドと一緒に決めていけばいい。勿論フィンレーからも人を付ける。その他は信頼を出来る所に声をかけてみよう。それはぜひとも任せてほしいな」
「ありがとうございます」
「新しい領地に関しては今回は領地替えをした所や王国の管理領になっていた所と様々だ。まぁ、古い勢力が残っている事はないと思うが、一応最初に掃除をしておいた方がいいね」
「……掃除、ですか?」
「そう。でも大丈夫だよ。そういうのが得意な者もいるからね。後ろ盾はフィンレーがなるから安心しなさい。それにお祖父様も大きな後ろ盾になるだろうし、人を集める協力もして下さると思うよ。最初が肝心。後はどうにかなっていくものさ」

 そう言って笑った父様に僕は「はい」って返事をした。
 何だかすごく色々とお任せしてしまう事になるけれど、父様がそうして下さるならお願いをしよう。そうして少しずつ、こうしてみたいという事を出せるようになっていけばいいよね。
 きっと兄様もそれでいいよって笑ってくれると思うから。

「よろしくお願いします」
「ふふふ、何だか自分の事のように楽しくなっているよ。面倒も多いだろうが、共に頑張ろう」
「はい」

 そうして、五の日。僕は王国からのお手紙を受け取った。
 拝領する領地はなんと、ハワード先生の領地だった!

------------
 
しおりを挟む
感想 940

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

ある日、人気俳優の弟になりました。

ユヅノキ ユキ
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。 「俺の命は、君のものだよ」 初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……? 平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。