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第9章   幸せになります

354. 五の月の終わりは忙しかった

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 ルシルと【まだ分からない話】をした僕は、答えを出せないままタウンハウスに戻った。
 そして夜になってアル兄様が戻ってきて「ルシルが学園で倒れたみたいだけど」ってお話をしてきたから、どうしようかなって思ったけれど、夕食後に僕のお部屋でルシルと話した事を伝えた。

 兄様は何故かとても困ったような、ちょっと難しい顔をして僕の話を聞いていた。そして……

「エディ」
「はい」
「ルシルの話は分かったよ。これは他の人には話さないようにね」
「はい」
「それから……」

 兄様は一旦言葉を切って、それから片手で顔を隠すようにしながら、一つ息を吐いた。どうしたんだろう。兄様も具合が悪いのかな。それなのにお話をして悪かったな。

「エディ、その……ルシルに話した事だけれどね……惚気のろけと言われた……」
「はい、別に惚気てなんていませんよね? だって本当の事を言っただけですから。さっきも言った通り、もしも兄様と結婚が出来なくても、兄様が領主になって「手伝ってほしい」って言われたら僕は凄く嬉しいです。えっと、も、勿論結婚してくださいって言われたのも、すごく嬉しかったです。僕はどっちも幸せだって思います。だって、僕はずっとずっと兄様が大好きで、これからも大好きだから!」
「……ありがとう。でもどんな話でも、結婚をしないっていうのは考えないでほしいな」

 ようやく顔から手を離した兄様にそう言われて僕は「分かりました」って返事をした。

「うん。ええっと……とりあえず、この件は私に預からせてほしい」
「はい」

 やっぱり兄様にお話しして良かった。ルシルには勝手に話をして申し訳なかったけれど、でも兄様が預からせてほしいって言ってくれたから、きっと大丈夫って思えるよ。だってちゃんと眠れないようになったら困るもの。

「ああ、あとね。母上からの伝言だよ。婚約式の洋服を作るから二人で時間を合わせてフィンレーに来るようにって」
「……わ、分かりました」

 婚約式か、ううう……嬉しいけど、やっぱり緊張するよ

「ふふふ、そんな顔をしないで、エディ。エディには沢山の釣書が来ているし、多分来年はもっと多くなるからね。その前にちゃんと私のですって紹介をしておかないとね」
「わわわわわ……」
「この話でこんなに赤くなって慌てるのに、どうしてあんな風に言えちゃうのか不思議だよね……」
「え? 僕何か言いましたか?」
「ううん。エディはずっとエディのままでいてほしいなって思って」

 兄様がにっこり笑ってそう言うから、僕もニッコリ笑って……

「僕は……僕の出来る事を出来る範囲でやるって決めていて、それはどうしても譲れないけど、それ以外は兄様が悲しんだり困ったりするような事はしたくないって思っているんです。だって兄様が悲しくなると僕も悲しくなるから。だからこれからも一緒に笑っていられるようにしたいです。ずっと一緒に笑っていられたらいいなって……えっと……兄様?」

 兄様がまた顔を片手で隠すようにして、今度はちょっと俯いていた。え? やっぱり具合が悪いのかな?

「アル兄様? 大丈夫ですか?」

 僕が顔を覗き込むようにして尋ねると、兄様は指の間から少しだけ赤くなった顔を覗かせて「……試されているのかな」って呟いていた。


-*-*-*-


 週末にミッチェル君も加えて四人の友人達と僕とハリーで6人。随分多くなったけれどお祖父様は変わらずに珍しい薬草や、花を見せて下さって、魔法を使わない抽出法も教えて下さった。魔法だと簡単な事が一つ一つ手作業で行うと大変なんだなって改めて思ったよ。そして今回は魔力回復ポーションを皆で作る事にした。勿論薬草を摘む所からだよ。ミッチェル君は結構器用で、以前やった事を覚えていて、すぐに同じように作れるようになった。

「やっぱり薬草の事を知るのって面白い。レイモンドにも森があるから今度見に行ってみようかな」
「ああ、楽しそうだね。レイモンドは西寄りの方だから、フィンレーとはまた違った薬草があるかもしれないね」
「ふふふ、学園で辞典を見て、調べてから行ってみるよ。面白そうだったら皆にも声をかけるね。シェルバーネの国境線も結構賑わっているみたいだし、せっかくだからそこも見られたらいいね」

 そんな話をしていたら、ハリーが少し淋しそうな顔をしている事に気が付いた。

「ハリー?」
「あ、はい」
「何かあった?」
「……いえ、大丈夫です。何もないですよ」

 そう言って笑ったハリーの横に座っていたスティーブ君が「行ってみたいなって思ったのかな?」ってハリーに聞いてくれた。するとハリーは弾かれたように顔を上げた。

「ああ、そうなの? お父上の許可が出たら是非エディと一緒に遊びに来て?」
「よ……よろしいのですか?」
「うん。勿論。僕も小さい時にフィンレーに遊びに行った兄上からすごく楽しかった事とエディの事を聞いて羨ましかったんだ。ハロルド君が遊びに来てくれるなら嬉しいよ。でもスティーブはよく気付いたね」
「隣だったからね。それにうちの弟が私が勉強会に行く時にそんな顔をしている時があるから何となく。ああ、ごめんね。弟と一緒にしてしまって」
「い、いえ……大丈夫です」
「ハロルド君の方が一つ年上なんだけど、それでもあと一年でハロルド君のようになれるのかって言われたら考えちゃうよ。本当にしっかりしていて、いつもすごいなって思っているんだ」

 スティーブ君がそう言うと、トーマス君も頷きながら口を開いた。

「うん。それは僕もそう思っている。ハロルド君と話していると偉いなぁって思うもの」 
「ふふふ、ハリー。褒められちゃったね。でも本当にハリーは凄いよね。僕もハリーに負けないように頑張ろう」
「そんな! エディ兄様の方がすごいです。とってもすごいです。だから僕は……いつもエディ兄様みたいになりたいなって思っています」
「わ~、エディと同じものを感じるよ」
「ミッチェル……」

 ミッチェル君の言葉にジーンが溜め息交じりの声を出して、皆で笑った。

「でも本当に遊びに来るのは考えておいて? と言っても森に何があるのかは分からないんだけどね。でも国境線に出来ている市を見るだけでも面白いと思うよ。一度国交が始まった後に父上と一緒に見に行ったんだけど、何だか珍しいものが沢山並んでいて、何に使うのか全然分からないものもあった。商人の中にはまだ公用語が話せない人もいたから、その辺りはまた整備されてくるのかなって思うけど」

 そうなんだ。少しずつ確かに変わってきているものがあるんだなって思いながら僕はもう一度ハリーを見た。

「ハリー、一緒に行けるといいね」
「はい!」

 嬉しそうに答えたハリーを見て、僕も何だか嬉しくなった。
 
 そして翌日、六の月を迎えた。


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