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第9章   幸せになります

345.もうひとつの目印

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 王城の森に外から直接転移をする事は出来ないので、前もって届け出ている転移可能の部屋へ飛ぶ。
 そこでハワード先生と落ち合って、庭へ向かい、そこから一気にあのスタンピードの始まりの場所へと再度転移をした。

 そこは僕の記憶にある場所とは全く異なっていた。あれほどの魔物たちが出てきた隆起したそこは、もう出口だった穴すら分からないほど、苔むし、草に覆われていた。

 辺りの木々もよく見れば焼けた所や、あの戦いで倒れたり、折れてしまった木もあるけれど、それらは既に苔むしたり、あるいはその幹から新たな芽を伸ばしている。  
 そして、この森にしては若い木があちこちに生えていた。

「……何だか、あの戦いがあった事が嘘のようです」

 僕がそう言うとハワード先生が小さく笑って口を開いた。

「全てエドワード様のお陰ですよ。森に広がっていく炎を雨で消し、焼け落ちた木は土へ還し、倒れた木々に新たな命を芽生えさせた。そして信じられないような速さで若木が伸びていく。隠しようはありませんが、もはや隠す必要も無いと思います。神の祝福を貴方は惜しみなく使って下さった。この事に対して誰も何も言えませんし、言わせるつもりもありません。勿論、エドワード様の自由を奪う事は許されない」
「ハワード先生……」
「ふふふ、そんな顔をなさらないで下さい。私たちはずっと大きな力を持つ者に対して、その者を、その力を、どのように守ればいいのかを考えていました。いいえ、まだきちんとした答えは出ていません。力を持つ者も、そしてその者に対しても、お互いにそれでいいと思える決まりごとを形にしていけたらと思っているのです」
「はい」

 僕は以前父様に聞いた、囲い込みとか、大きな力を恐れられるといった事を思い出していた。
 その事もあって僕は力の事を隠してきた。でも同じ大きな加護の力を持つルシルは自分の力を皆の前で使ってきた。
 何がいい事なのか、どうする事が正しいのか僕にはよく分からなかったけれど、大きな力を持つ者だけに任せるのではなく、自分たちが出来る事を考えて行なっていくべきだって父様達は言い続けてきた。僕はその考え方がとても好きだ。

 だって、大きい力を持っているからやるべきだって言われたら辛い時だってあるよ。そうして力を使って今度は「バケモノだ」なんて恐れられたら本当に悲しくなってしまうものね。

 だからハワード先生が言っているように、力を持つ者自身もその力に驕らずにいなければいけないと思うし、周りの人はその力を強要したり、自分の為に利用したりせず、そして無闇に恐れたりしないようになれたらいいなって思う。それは難しい事なのかもしれないけれど、でも、いつかそれが当り前になれたらいい。

 そんな事を考えていると、兄様が僕の頭をポンポンと叩いた。
 何だか「大丈夫だよ」って言われているみたいで僕は笑って頷いた。

「扉はこの辺りですね」

 先程と同じようにスティーブ君が扉をつけた位置を知らせてくれた。それを同行している魔導騎士が#探索_サーチ__#で確認をする。

「ではこちらに植えます」
「うむ」

 お祖父様の短い返事を聞いてから、僕は苗木を扉の前に立てて、ゆっくりと魔力を出した。
 苗木は先程の木と同じように土の中に根を張って、グリーンがかった白い幹を大きくし、青みがかった緑の葉を付けた枝を空へと伸ばしていく。それを見つめながら僕は思っていた。

 この木が、空間の道の向こうの目印と同じように大きくなってもう一つの目印になってほしい。
 そして、こちらの目印とあちらの目印の間にある空間を繋げた道を閉じてほしい。
 もう『首』は眠りについた。ダンジョンと繋がる道も扉が閉じられて、ダンジョン内に開いていた穴もすでに閉じられている。
 モーリスの守塚から王都へと空間を繋げ、『首』をダンジョンから離して、王都へ運ぶ役目は遠に終わっている。
 だから、もう道はいらない。

「……これくらいで終わりにします」

 向こうの目印と同じくらいの大きさになった木を見上げて、僕は魔力を止めた。
 その瞬間、木の枝がわさわさと揺れて、まるで光の粉が降り注いでいるように輝いた。

「ええ?」

 何が起きたのか、分からなかった。でも、静かな声が『ありがとう、約束通りに願いを叶えよう』と言ったような気がした。そして……

「地中の捻じれた空間が消えている……」

 呆然としたような声が聞こえた。探索を使える魔導騎士だ。

「まさか……」

 ハワード先生も信じられないと言う様な声を出した。

「うむ。確かに道は消えておる」
「え? 分かるのですか?」
「空間の魔法を薄く地中に伸ばしていくと、何の歪みもない事は分かる」
「…………」

 そう言われて僕も同じように空間魔法を土の中に薄く薄く伸ばしてみた。確かに土の中に何かの歪みのようなものは何もない。

「お、お知らせする前に、目印を付けたら道を消して下さったって事ですか?」
「そうらしいね。ふふふ、妖精王はとても仕事が早い方なのかもしれないね」

 兄様はそう言って小さく笑うと、妖精がくれたその木に手を当てて「ありがとうございました」と言った。
 それを見て、僕も目印の木に手を当ててお礼を言う。

 お祖父様も、スティーブ君も、ハワード先生も……皆が木に向かって頭を下げた。
 高く伸びたその木はもう一度光の粉を振り撒いて、青みがかった葉を揺らした。


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仕事の早い妖精王
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