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第9章   幸せになります

342.ダリウス叔父様

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 父様に呼び出されてフィンレーに行った僕たちを迎えてくれたのはダリウス叔父様だった。

「やぁ、久しぶりだね。色々と大変だったようだね」

 変わらない笑みを浮かべたダリウス叔父様に、僕は「はい」と頷いた。
 本当に、叔父様から先々王の話や英雄譚の物語を聞いてから、ものすごく沢山の事があった。
 もしもあの話を聞いていなかったら、百年以上も前に西の国で起きた事と、ルフェリットで起きていた事が似ていると思わなかったら、ううん、叔父様に会わなかったら、どうしてこんな事が起きているのか、何をすればいいのか、僕達はきっと分からないまま、もっと大きな被害を出していたかもしれない。

「西の国は全ての『首』の封印を確認したみたいですね」

 兄様がそう言った。

「そうみたいだね。だけどそれがどこで、どんな風に行われたのかは残念ながら私には分からない」

 そうなんだ。でも魔法が使える人の少ないシェルバーネと、ほとんどの人が魔法が使えるルフェリットでは封印の仕方もきっと異なるよね?
 
「だけど、ここに来るにあたってお土産を持ってくる事はできたよ」
「お土産、ですか?」
「禍の身体について記載をされていた文献を見つけた。不確かなものなのかもしてない。けれどなるほどと納得できるような気もしたんだ。だから、この情報については見つけた私がどのように扱ってもいいという事になった。国交正常化に向けた動きへのご褒美だよ」

叔父様はそう言って静かに笑った。

「五つ首の化け物『厄災』は首を全て打ち落とされた後、住んでいた山の中に葬られたと思われていたんだけれど、一つだけ違う記載の資料があってね。『首』はそれぞれに封印されたのだけれど、その身体は精霊が世界の果てに封じたと」
「世界の果て?」
「ああ、調べてみると、その時期に世界と思われている場所からはフィンレーが外れていてね。精霊という事も考えると、今フィンレーで聖地とされている森が該当するのではないかと個人的には思っている」

 ああ、本当にそうなんだなって思った。夢の中で大きい人『ファラル』が言っていた通りだった。

「フィンレーの森に『厄災』の身体が封じられていると考えると、バランスが崩れて魔物が湧き始めた時にフレイム・グレート・グリズリーのような高位種がこの敷地内に現れた意味もなんとなく分かる気がするんだよ」
「……」

 僕たちが黙った聞いていると、叔父様は言葉を続けた。

「『厄災』の状態を確認させた、または、あわよくば、封印が解けるきっかけになるような傷でも負わせられればと『首』の中のどれかが考えたのかもしれない。おそらくは一番初めに封印が解けかけたのはハーヴィンの地下にある<呪い>だ。『首』の近くで負のエネルギーが湧き続けていた事が原因ではないかって思っている」
「負のエネルギーが湧き続けていたとは?」

 兄様が口を開いた。

「あくまでも私の推測と思って聞いてほしい。兄上にも同じ話をしたんだが、『首』が封じられているハーヴィンの屋敷で私の弟は負のエネルギーを抱えて込んでいった。始めは納得して婿入りをしたのだろうが、徐々にどうして自分がこんな所にという気持ちもあったのだろう。元々そこへ行く筈だったのは私だからね。卒業してすぐに婿入りをするというのが納得出来なくなってしまったのかもしれないと思うが、弟が君と妻となった女性にした事は許される事ではない」
「…………はい」

 僕の返事を聞いて叔父様は少しだけ悲しそうな顔をして更に話を続けた。

「ハーヴィンの屋敷の地下では、弟の負の感情、そして妻である令嬢の負の感情、更に使用人たちも令嬢が夫から虐げられている事への不満や、子供が生まれても不貞を疑われたという怒り、そんなものがどんどん溜まっていった。そしてそれらを向けられていたエドワード君の悲しみもね」

 ああ、そうかもしれない。もうほとんど覚えていないハーヴィンでの暮らし。その中で僕がちゃんと覚えているのはマリーと一緒にいた事だけだ。マリーがいつも一緒にいてくれたから、必ず庇ってくれたから、そしてお守りしますって繰り返してくれたから、だから僕は闇に飲まれなかったのかもしれないね。
 ファラルから聞いて思い浮かんだ仮説のように、精霊樹の色を持つ僕が負の感情を溜め込み、そのエネルギーを放出して、闇に染まってしまったら、きっとハーヴィンの『首』の封印はもっと早く解けただろう。
 そうして僕は『悪役令息』になって、兄様を殺して、そして断罪をされて殺されてしまったかもしれないけれど、その後も魔物は現れて、スタンピードまで起きるのだとしたら、すごくすごく怖いけれど、死んで、魔人となってこの世界を恨み続けていたのは僕だったかもしれない。

「エディ!?」

 兄様が、顔を強張らせていた僕を慌てて呼んだ。

「大丈夫。大丈夫です。仮説だって分かっています。そうならなかった事もきちんと分かっています。だって、ここに兄様も、僕もいるから」
「……ああ、そうだね」

 兄様にはすでにファラルとの話の詳細と、それを聞いて僕が考えた事を話しているんだ。だから今の話を聞いて僕が何を考えたのか分かって、声をかけてくれたんだと思う。さすがに僕が魔人になる可能性があったのかもしれないと思った事は分からなかったかもしれないけれど、それを言うつもりはない。だって、そんな事を言ったら「そんな事は絶対にさせないよ」って言ってくれるって思うから。

「はい。ダリウス叔父様もありがとうございました。えっとフィンレーの聖地に『厄災』の身体が封じられている事は、実は先日妖精に聞きました」
「妖精? 確か妖精から加護をもらっているのはハロルド君では?」
「はい。姿は見えないけれど、ハロルドと一緒に関わっている中で、僕に名前を教えてくれて契約をした子がいて、実は『首』の封印を助けてくれ枝をくれたのも妖精たちです」
「……そうだったんだね。ああ、お互いに忙しくてね、なかなか兄上と落ち着いて話す機会もなくて、魔道具でのやりとりも限界があるからね。ただ、国交が正常化すれば国を跨いでの魔導書簡もやりとりが出来るようになる筈だからね。そうか、そうなんだね。一応かいつまんではなぜ正常化の話し合いが遅れているのかっていうことで話を聞いて上にも報告をしていたんだけれど、妖精か……ははは、さすがにそれは話せないな。これ以上頭の固いシェルバーネのお偉方に説明をする気にはならない」

 苦笑して、叔父様は僕に向かって口を開いた。

「今、こうして世界が落ち着きを取り戻して、新たな関わりが始まろうとしているのはエディ、君のお陰だよ」
「っ! いえ、皆が力を合わせたからです。皆がいなければ僕一人では何も出来ませんでした。皆が大事なものを守りたいって思う力が、『首』を封じて、魔物達を退けました。その中で犠牲も出ました。その事を忘れずに、『厄災』に纏わる話を伝えて、祈りを続けていきたいと思います」
「……ああ、そうだね。私も西の国で祈りを続けよう。二度と禍の名をもつ『首』が起きないように」
「はい。あ、あのダリウス叔父様。実は僕、今お祖父様や友人たち、そしてハロルドと実験をしてくる事があるんです。ちょっとご覧になって行かれませんか?」


 僕たちは温室へと移動した。

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