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第8章  収束への道のり

【エピソード】- マリアンナ①

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 マリアンナがルフェリット王国のやや南寄りに位置するイースティン子爵領に生まれたのは、春の花が咲き始めた頃だった。
父であるイースティン子爵は特出するような才はないが、穏やかで堅実な男で、母である夫人も子供たちを可愛がる優しい母であった。

 イースティン領は割合古くからある家で、特産物は紅茶と綿だった。綿は貴族たちの中ではそれほど多くは用いられる素材ではないが、平民には重宝している布で、マリアンナは夏の日差しの中で揺れる黄色の綿の花も、秋になって綿の実がボコボコと一面に白く弾けている畑を見渡すのも大好きだった。

 嫡男である四つ違いの優しい兄と、初めての女の子を可愛がる両親と祖父母。そんな幸せな家族の生活にヒビが入ったのはマリアンナが6歳になって魔法鑑定を受けてからだった。
 その日、マリアンナは初めての大きな街への外出に浮かれていた。魔法鑑定をすると自分の持っている魔法属性がはっきりと決まる。そうすればこれからは兄のように魔法を使う事が出来る。勿論女の子なので魔導騎士になるような勉強をさせてもらえるわけではないが、それでも自分の属性魔法でどんな事が出来るのか、何を気を付けなければならないのか先生がついてきちんと教えてくれるのだ。

「魔法をつかえるようになったら何をしようかな」
「ふふふ、マリー。女の子は魔法よりも刺繍や編み物が出来る方が喜ばれますよ」
「でも母様、生活魔法はメイドたちもつかっているでしょう? マリーはまずクリーンをおぼえます」
「そうね。お転婆なマリーは色々なところで転んだりするから、クリーンはきっと役に立つわ」
「綿花の畑にもいくから、きっと沢山つかうよ。秋はいつも綿だらけだったもの」
「兄様、そんな事言ったらだめよ。でもマリーは綿の花も、綿の実もすき。だってとてもきれいなんだもの」
「マリーはちょっと変わっているよ。普通の女の子は綿の花よりも薔薇とか百合とかそう言う花の方が好きだって言うのにさ」

 兄の言葉にマリアンナは小さく頬っぺたを膨らませて「お花はみんなきれいですよ。マリーもバラの花はいい匂いがするから好き。母様の匂いなの」と言った。
「ふふふ、そうね。薔薇の花の香りが母様は大好き」
「さぁ、着いたよ。我が家のお姫様の魔法鑑定をしてこよう」

 馬車から皆で降りて神殿へと入った。
 属性が決まったら街で食事をして、買い物をしてから屋敷に帰る予定なのだ。それも楽しみだった。それなのに。

「マリアンナ・イースティン様 6歳 魔法属性は闇。スキルは珍しいですね。<希望>というスキルをお持ちです。魔力量が大きいので、必ずきちんとした師をつけることをお勧めします。幼いうちは魔力の扱いになれておらず魔力暴走などを起こしてしまう事もございますので」

 神官の言葉にマリアンナの両親は困惑したような顔をした。

「あの、神官様。お恥ずかしい話ですが、我が家では闇属性の者はおりません。何かの間違いではないでしょうか」
「いえ、間違いはございませんよ。こちらに記されている通り、マリアンナ様は闇属性の魔法をお持ちです」
「あ、あの、闇属性というのはどういったものなのでしょうか」
「特に悪い属性というわけではないのですよ。負の属性のような響きがありますが、そうではありません。そうですね。夜の安息と眠りのように人々の精神を整えたり、調和を司るような属性とも言われています。魔導騎士の中では割合強い属性として訓練をしていくようですが、お嬢様ですので暴走をしないようにとだけ気を付けてさし上げて下さい。他の属性魔法が取得できないわけではないのでその点も、師となる方とご相談をして下さいね」

 両親はどうしていいのか分からないという顔をしていた。その日の街での食事と買い物は中止になった。
 祖父に相談をして急いで魔法の講師を探す事にした。けれど闇属性の女の子というとなぜかうまく決まらない。扱い方が難しいとはっきり言う者もいた。そうしている間に両親たちはマリアンナに対して腫れ物を扱う様な接し方になった。後に分かったが、母の不義が疑われていたらしい。イースティン家には闇属性の者はいない。それが父にも母にも大きな負担と影を落とした。
 結局当たり障りのない講師が付き、魔法についての一般的な注意だけをするにとどまった。

 マリアンナは闇属性というものがどうしてそんなにも忌嫌われ、厭わられるのものなのか分からなかった。そして分からないままのものが自分の中にあるという事が耐えられなかった。
 分からなければ調べればいい。それがマリアンナが出した答えだった。
 2年経つと兄が王都の学園へ入ってしまった。両親は相変わらずマリアンナの事を持て余していて、以前のように構う事はなくなった。それを淋しいとは思ったけれど、それでも声をかけて顔を曇らせる両親を見たくなかった。
 だからマリアンナは言われた通りに礼儀作法や、刺繍、編み物、ダンスなどの勉強をしながら祖父の所にあった魔法書を読み漁った。

(闇魔法って、そんなに怖いものではないみたい。それよりも結構色々使えそう)
 
 暴発をしないように気を付けて、マリアンナは少しずつ闇魔法を取得していった。神殿で言われた通り魔力量は高いようで、ほんの一時付いた講師から初歩的な魔力の出し方や制御をする方法などは聞いていたので、それを応用してゆく術を磨いた。
 防御もあるが、攻撃にも使える魔法が多い闇属性の魔法。こんなものが出来るようになってどうするのかという気持ちもあったけれど、いずれは家を出なくてはならない。それならばきっと出来る事は多い方がいいとマリアンナは考えた。

(それに、父様や母様がこんな感じだもの。きっと闇魔法を持っている女の子なんてお嫁さんにしたいと思う人なんていないわ)

 そうしてマリアンナが十歳になった時に弟が生まれた。両親はあまり会わせたがらなかったが、なぜか弟はマリアンナを慕った。十二になって学園へ行く時にはとても泣かれた。
 弟のジョゼフは度々熱を出した。少し身体が弱いのかもしれないと両親は更に末の弟を可愛がった。
 
 そして悲劇はマリアンナが学園からサマーバカンスで帰省をしていた十五歳の夏に起こった。

「マリ姉さま、今日も畑にでかけるのですか?」
「そうよ。綿の花が咲いていてとても綺麗なの。お兄様はあんなつまらない花って仰るけれど、一日だけしか咲かない黄色の花は夏の青い空にとても映えるのよ」
「いいなぁ。僕も綿の花をみてみたい」
「そうねぇ、じゃあ、一枝持って帰って来るわ。強い植物だから花瓶でもきっと白くて綺麗な綿花を見せてくれるから両方楽しめる」
「黄色のお花がさくのに、また白いお花がさくのですか?」
「ふふふ、実際に見た方が判るわ。黄色い花が咲いた後、実が出来るの。それが熟してポンと弾けると真っ白の綿が飛び出して花のように見えるのよ」
「マリ姉さま、僕も綿の畑をみてみたい」
「元気になったら一緒に行きましょう」
「何をしているの! ジョゼフは身体が弱いのですよ、無理をさせないで頂戴!」
「……すみません、お母様。ジョゼフゆっくり休んでね」
「マリ姉さま、お花、約束ですよ」

 いきなり部屋に入ってきて睨みつけてくる母の横を通り過ぎて、マリアンナは外へと出た。学園に行って少し離れれば違うかもしれないと思った父母の態度は年を追うごとにひどいものになっていく。
 どうしてこんな事になってしまったんだろう。そんなに闇属性の魔法というのは両親にとって悪いものなんだろうか。自分には<希望>というスキルがあるのに、そんなものは全く感じられなかった。

 約束通りに綿の黄色の花が明日にでも咲きそうな一枝を持って帰ってくるとジョゼフは嬉しそうな顔をした。それを眺める母の顔はひどく恐ろしかった。
 翌日黄色の花が咲く前に枝はジョゼフはの部屋から消えていた。

「どうして! お花がなくなってしまったのですか! 楽しみにしていたのに!」
「畑の花など汚らしい。お花が見たいのなら庭師に行って、綺麗な花を用意しましょう」
「ちがいます! 僕は、僕は……」

 咳込んだジョゼフに母はその身体を抱き寄せようとして、小さな悲鳴を上げた。

「ジョゼフ……」
「痛い! 痛い! 苦しい!」

 そう言いながら胸を掻き毟るようにした幼い身体からゆらりと何かが立ち昇った。

「!!誰か! 誰か来て! ジョゼフが!」

 部屋の中のものが空中に舞った。父とマリアンナも部屋に駆け付けてその状態に唖然とする。

「痛い! 助けて! 助けて!! マリ姉さま! 助けて!」

 泣きながら伸ばされた手を取ろうとして父に払われた。

「何をしたんだ!」
「え……」
「ジョゼフに何をしたのよ!」

 何を言っているのだろう。自分もたった今ここに来たのだ。大体そんな事を言っている場合ではない。これは……

「違います! これは魔力暴走です! このままではジョゼフが」
「まだ魔法鑑定もしていないのに魔力暴走など起きる筈がない!」
「お前が闇魔法という恐ろしいものでジョゼフを殺そうとしてるのよ! この悪魔!!!」
「ちが、ちがう、ちがう!! 早く止めて、早く! 魔力を、ジョゼフの魔力を抑えて!」

 泣きながら叫んだ視界の中で、幼い身体が倒れていくのが見えた。


 ◇◇◇


 ジョゼフの小さな身体は土に還された。

 マリアンナは祖父の魔法書で知っていた。
 幼い時は魔力が安定せず、特に魔力量の多い子供は魔力暴走を起こしやすいので注意をして時折魔力を発散させなければならない。時として魔法鑑定の前にも現れる事があり、鑑定後より更に魔力が不安定な為、その魔力よりも大きな力で抑え込み、すぐに神殿へ連れて行く事。
 でも、知っていても何一つ出来なかった。

 母は寝込み、父は口を聞かず、王都に残っていた兄は帰ってきて葬儀を終えると、ただ「お祖父様を頼りなさい」と言った。元々父母に疎まれるマリアンナを不憫に思って、祖父母はマリアンナを影ながら見守り、屋敷にも寄せていたのである。
 兄はマリアンナを切り捨てる為にそう言ったわけではなかった。それはマリアンナを守る為の言葉だった事を彼女は後で知った。魔法鑑定の後で父母が変わってしまった事を兄なりに気にしていたのだ。
 学園の後期が始まり、いつの間にか広まっていた噂はマリアンナを孤独にさせた。そして初等部が終了した年の暮れ、彼女は兄に言われていた通り、実家ではなく祖父母の屋敷へと向かった。


---------------

いつか書こうと思っていたマリーの話です。
短く詰め込むのでやや説明的な文面になりますが、マリーがどういった心情でエディと過ごしてきたのか、あの盲目的とも思える様な態度と、あれほどまでに闇魔法を取得している理由なども少し伝わっていただけたらと思います。
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