上 下
216 / 335
第8章  収束への道のり

328. 祈り

しおりを挟む
 あの日ように、僕の体はゆっくりと空中に浮かび上がった。
 けれどあの日と違うのは、僕の意識がちゃんとあって、兄様の声もマリー声もちゃんと聞こえている。
 大丈夫。僕は大丈夫。ちゃんと約束を守るから。

 森が炎で赤く染まっていくのを見て僕は祈りを捧げる。
 その昔、グラディス様は乾いた大地に雨を降らせたという。どうか、その力を僕に貸してください。
 雨が、この火をどうか消してくれます様に。
 そして、繰り返されるこの戦いをどうぞ終わりにして下さい。

 命を奪う力は本当は怖いんだ。
 それでも僕は、大切な人を守る為に使うと決めていた。
 それはきっと、あの日も、さっきも、今も、そして多分これからも変わらない。

 ダンジョンから外へ出てきた魔物がダンジョンに戻れないならば、どうか、この森で静かに眠って下さい。
 もう、誰も、何も、奪わないで。

「エディー!!」

 兄様が僕を呼んでいる。
 僕はお祈りをしながら大丈夫、大丈夫って繰り返す。
 大丈夫、もう終わりにするから。そして兄様の所に帰るから。そうしたら、約束通りに乗馬をしましょう。空色のアクアマリンとペリドットのついたあのグローブをつけて……。

 僕の身体の周りを回っていた水が、立ち昇る熱気と合わさって雲を作り雨を降らせ始める。
 僕の身体の周りを回っていた風が、空を飛んでいたマルコシアス達を巻き込んで地上へと落とし始める。
 地上で火を吐いていたマルコシアス達の足に、そして潜んでいた魔物達の足にも、ぬかるんだ土がまるで生き物のように這い上がり、固まり、その身体を大地に縫い留めていく。
 雨に濡れて火が消えた樹々がその枝を、葉を、蔦を、土に縫い留められた魔物達の身体に巻き付けていく。

「ウォォォォォォッ!」「ガァァァァァァァァ!」「ギャァァァァァァァァ!」

 上がる声。吸い取られていく命。細くなっていく身体。
 魔物が飛んでいない、月と星しかない夜の空が戻ってきて、その下で魔道具と魔法の灯りに照らされながら緑と土とに覆われて苔むしていく魔物達。

(力を、貸して下さってありがとうございました)

 僕は胸の中でそっと、そっと呟いた。


-*-*-*-


「エディ!!」

 あの日と同じように、身体の周りにクルクルと何かを纏わせながら空へ浮かんでいく身体を見上げて、喉が痛くなるほど大きく名前を呼んだ。
 まただ、とアルフレッドは思った。また、何も出来なかった。引き留められなかった。
 こんな風に力を使わせたくはないのだ。出来る事を出来るだけと言い続けている最愛の義弟の隣で、自分もまた思い続けていたのだ。もうあんな思いはしたくないと。何も出来ないでだたその姿を見つめているだけのそんな思いはしたくないと。
 それなのに、日に二度も力を使わせてしまった。一度目はまだ普通にそこに居て、意識にもはっきりしていたように思えたけれど、今は……。

「エディ! 戻っておいで……!」

 このままどこか遠くに行ってしまうような気さえして、アルフレッドは空中に浮きあがった愛おしい者の名前を口にする。

「これが、エディの力だったんですね……」

 同じように空を見上げながらルシルはポツリと呟いた。
 降り出した雨が人も、森も、炎も、魔物も、皆みんな濡らしていく。そうして地上にいたマルコシアス達の足を土が生き物のように這い上がると騎士達の中から「先ほどの奇跡だ!」という声が上がった。

 空を飛んでいた夜天狼は風に巻き込まれて地上に落とされて、同じように土が大きな体を地面に固定した。その間に火が消えた樹々が枝葉を伸ばして魔物達の身体に絡みついていく。

「グランディス様だ……」

 フィンレーの魔導騎士がそう呟いて、その場に膝を突いて叩頭した。それにならうようにフィンレーの魔導騎士達が、やがてその場に居た者達が、皆同じように跪いて頭を下げた。
 魔物達の気配が消えて、動かない緑と土との骸に変わって行くのを、デイヴィットはやるせない表情で見つめた。

「デイブ」

 隣に来ていたケネスがポンとデイヴィットの肩を叩く。それに振り向く事なくデイヴィットは小さく口を開いた。

「グランディス様ではない。あれは……私の愛する息子だよ」
「……ああ、そうだな。神様ではない。あの子は愛おしい、フィンレーの子供だよ」

 いつの間にか雨は止み、空には月と星が戻っていた。

「エディ、もう大丈夫だよ。火も消えた。魔物達もみんな眠った。もう帰ってきて?」
「…………兄様」
 
 そっと声をかけると、小さな声が返ってきて、アルフレッドはそれだけで泣き出しそうになった。

「うん。ありがとう。エディ。またエディに助けられてしまったね」
「……いいえ。僕の方が、たくさんたすけられて、います」

 振り向いた顔はどこまでも白くて胸が痛くなる。

「エディ」

 月に照らされたペリドットアイ。それがゆっくりと閉じていくのを見てアルフレッドは大きく手を伸ばして広げた。

「エディ、戻っておいで! 約束したよ? 一緒に、幸せになるって」
「やくそく……」
「うん、愛しているよ、エディ」
「は、い……く……も」

 その瞬間、力を失った身体を風の魔法で捕まえて、アルフレッドは腕の中に帰ってきた身体をそっとそっと抱き締めた。

「お帰りエディ。でも、無茶をし過ぎだよ?」

 腕の中の身体がトクントクンと鼓動を刻んでいるのを確かめて、アルフレッドはそのままうずくまるようにして抱きしめる腕に力を込める。

「エディ……」

 泣くつもりなんてなかったのに、なぜか涙が落ちた。
 始点の周りにはいつの間にか前線で戦っていた者達が集まっていた。
 誰がこの奇跡を起こしたのか、もう隠す事は出来ない。それでも守り通す事は出来る筈だから。

「アルフレッド、聖神殿へ連れて行こう。すまんがケネス、マクスウェード」
「ここは大丈夫だ。早く連れて行け」

 アルフレッドも同じように斜め後ろに立っていたシルヴァンに向かって口を開いた。

「シルヴァン殿下、申し訳ございませんが」
「ああ、こちらは大丈夫だ。十分休ませてやってほしい。」
「ありがとうございます」

 するとアルフレッドの横から「あの」と小さな声がかかった。

「聖神殿は多分まだごった返していてゆっくり休める場所もないと思います。もしよろしければここで僕に治癒をかけさせていただけませんか? それでそのままフィンレーへ戻られた方が、きっとエディもゆっくり休めると思うんです。お願いします」

 頭を下げたルシルにデイヴィットは一瞬だけ躊躇したような表情を浮かべたが、小さく息を吐いて「ではお願いします」と言った。

「そのままで大丈夫です。魔力枯渇までは行っていませんが、それに近い状態です。あと、火傷とか、小さな傷も治しちゃいますね」
「ありがとう」

 エディを抱いたまま礼をいうアルフレッドにルシルは小さく首を横に振った。

「いえ、こちらこそ。この世界で、こうしてやって来られたのは二人がいてくださって、同じ話をしてくれたから。僕にとってはそれが支えでした。僕が狂っていないって証拠だったから……」

 そう言うとルシルの身体から柔らかな銀色の光が溢れ出した。キラキラと光るその光は浄化の光とはまた異なり、エディを抱えているアルフレッドまで癒されていくような気がした。
 白かった顔色が戻っていくのがはっきりわかる。静かすぎて不安になった息遣いも穏やかなそれに変わった。

「……終了です。後はゆっくり休ませてください。エディ。またお話してね。では。あ、ご婚約おめでとうございます。……で、いいんですよね?」

 ニッコリと笑ったルシルの特大のファイヤーボールのような台詞に、アルフレッドは勿論ニッコリと笑って「ありがとう」と言い切った。
 後ろで「うん。どういう事かきちんと話をしようね、アルフレッド」とデイヴィットが引きつった顔で言っている。

「さぁ、フィンレーへ帰ろう。エディ」

 抱きかかえた身体をマントでくるんでアルフレッドはそう言った。
 まだやらなければならない事は沢山あるけれど、それでも今日はフィンレーへ帰ろう。

 長い、長い、一日がようやく終わりを告げた。



----------------

ひ~~~~~!
とりあえず、戦闘シーンはようやく終了です。
この後事後処理を書いて、8章終了です。
しおりを挟む
感想 940

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
洗脳され無理やり暗殺者にされ、無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

王家の影一族に転生した僕にはどうやら才能があるらしい。

薄明 喰
BL
アーバスノイヤー公爵家の次男として生誕した僕、ルナイス・アーバスノイヤーは日本という異世界で生きていた記憶を持って生まれてきた。 アーバスノイヤー公爵家は表向きは代々王家に仕える近衛騎士として名を挙げている一族であるが、実は陰で王家に牙を向ける者達の処分や面倒ごとを片付ける暗躍一族なのだ。 そんな公爵家に生まれた僕も将来は家業を熟さないといけないのだけど…前世でなんの才もなくぼんやりと生きてきた僕には無理ですよ!! え? 僕には暗躍一族としての才能に恵まれている!? ※すべてフィクションであり実在する物、人、言語とは異なることをご了承ください。  色んな国の言葉をMIXさせています。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。