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第8章  収束への道のり

302. カルロス

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 カルロスは僅かな供と一緒に聖神殿に来ていた。
 南の森の守塚に魔人が現れて、『首』の封印の一部が壊れた可能性があるという知らせを受けて、すぐに飛んだのだ。元々封印の強化は日を置かず、二日続けて行う予定になっていた為、使用する物の準備の点では心配はない。憂いがあるのは人員だ。
 土魔法士達は魔力回復のポーションを飲んで頑張ってもらうしかいないが、神殿の神官たちが立て続けに封印の強化をすることはおそらくは難しいだろう。魔力などの問題だけでなく、集中力などの事もある。しかも南は封印が壊れている。最初の『首』のように大きな抵抗や、想定外のことも起こる可能性がないとは言い切れない。

 勿論神官たちだけの問題ではなく、眠りの樹の枝へ加護を使った『お祈り』をするエドワードの事もある。
 立て続けの『お祈り』をさせたことはない。しかも場所も離れている。しかし、魔人がいる南の守塚へエドワードを連れていく事は断じて出来ない。
 とすれば、一日、壊れた封印を持たせなければならないが、それが出来るかどうかは現地の状況を見てみなければ分からない。

 どこを優先させればよいのか。北の森にドラゴンが現れた事で事態はまた変わった。かけたばかりの封印を壊されないように、封印強化の使命は黒竜の討伐へと変わった。
 真っ赤な火竜も、水と氷を操る青竜も厄介だが、力も体格も他竜に比べて大きく、瘴気を吐く黒竜は別格だ。しかも黒竜は火にも水にも強い。万が一街にでも入れば、あっという間にその体でなぎ倒し、踏みつけ、瘴気を吐き出し、人も草木も生きる事が出来ない地へとしてしまうにちがいない。

「カルロス様、お待たせ致しまして申し訳ございません。王城の方からも次々に知らせが入っておりまして。まずは北の封印強化お疲れ様でございました」
「ああ、だが、現状は聞いておられると思います」
「はい。次々に起きている事が信じられないような気持ちで恐ろしく、悪夢の中にいるようでございます。とりあえずは穢れた者たちの受け入れの準備など、王城からの依頼を行っております。カルロス様におかれましては南の封印の件でしょうか」

 大神官はそう言って少し疲れたような顔をカルロスに向けた。

「うむ。今日封印強化をした者に続けては難しいと。だが、明日まで南の封印が持つかどうかは分からない。レイモンドが結界の強化をしていると伝えてきたが、出来る事ならば続けて封印をしてしまった方が確かだろう。その人員を確保することは可能か」
「……正直申し上げて、魔人にアンデッドに黒竜。浄化が必要になる案件が重なりすぎております。明日封印をする者たちを確保しておくことも厳しい状況でございますが、他の神殿からも応援が参りますゆえ、なんとか」
「感謝する。正直立て続けにそれが出来るのかは分からん。眠りの樹を育てているのは私ではない故」
「ああ、やはり緑の愛し子様でございましたか」
「うむ。遠隔での祈りとなるので無理はさせたくはない。本人と話をして、南の状況を確認して決める。とりあえず封じ込めの陣の用意をお願いする」
「畏まりました。禍が早く収まる事を私も心より願っております」




「団長! カルロス様が地上に起こしになったそうです! 戦闘部屋の設置をしております! 転送陣を設置せよと」
「そりゃ有難いな。この狭さの中で戦うのは骨が折れる。すぐに転送陣を設置して誘導できるように整えろ」
「は!」
「外の部隊には部屋が設置出来たら速やかにそちらへ移動するように伝えろ。マーティン。魔人の拘束は解けてないだろうな」
「大丈夫ですよ。とりあえず、これだけでも聖神殿へ運んでもいいか今確認をしています」
「ああ」
「団長! 転送陣の設置完了です」
「まだ発動するなよ。上の部屋の状況を確認してこい」

 次々に命令を出しながらケネスは現れる魔物を切り捨てていた。声を上げて霧散していく魔物たちの身体。魔人が壊した壁の傷によって封印をどこまで解けたのかは分からない。だが、それが出来てから魔物が湧きだしたのだ。確実に封印は解け始めている。それは間違いがない事だ。周囲に結界をかけたがそれでも魔物が湧きだすのは止まらない。

「ここであの時みたいにフレイム・グレート・グリズリークラスの奴が出ると目もあてられないな」
「そう言う事を言っていると出ますよ」
 
 淡々とそう言ったマーティンの声が終わるか終わらないかのタイミングでブワリと空間が歪み、フレイム・グレード・グリズリーが現れた。

「ああ、ほら、父上のせいですよ。まったく」
「おいおい、俺のせいかよ」
「団長! 戦闘部屋の設置完了です。うわ!! フレイム・グレート・グリズリー!?」
「ちょうど良かった。初戦はこいつとだ。送ると伝えろ」
「了解です!」

 そして転送陣の上から魔熊が消えた。




「忙しい所すまんな」

 カルロスがそう言うとケネスは笑って首を横に振った。

「いえ、戦闘部屋を持ってきていただいたのでかなり楽になりました。それにコートニーズ家から魔導騎士隊の救援が来ましたので。さすが公爵家の私団です。手順を把握したら大きさ即戦力になりました」
「そうか。では結界についてだが」
「正直持つかどうかは分かりません。こうして明日まで交代で戦い続けるというのもかなりの消耗戦になるでしょう。交代で休ませられても数に限りがあります」
「そうだな」
「はい。エドワード様の方は?」
「これから確認だ」
「そうですか。無理はさせたくはありませんが」
「うむ……」

 二人が話している所にマーティンがやってきた。

「お話し中失礼いたします。聖神殿から受け入れ可能との連絡た参りましたので、3名ほど連れて届けてまいります」
「ああ、頼んだぞ」
「捕らえた魔人はオルドリッジ公の可能性は?」
「正直分かりませんが、なんとなく違うような気がします。私の知っている者ではないような」
「……そうか。では魔人化したあれは他に出る可能性があるという事かもしれないな」
「はい。可能性として。オルドリッジ公の子息が完全に浄化されているかどうか分からないのでそれかもしれませんし、魔素に落ちた者や、魔素の中に逃げ込んだと言われているアンデッドなどが魔人化をしている可能性もあるやもしれません。大体ここまで魔素に染まって魔人となったものに、本来の人の姿が残っているのかどうかも……」
「ああ、そうだな。判断は難しいかもしれんな」

 二人は一瞬黙り込んだ。
 日が傾き始めていた。午後の眩しい白い光は、もう少しすれば焼けたような鮮やかな赤を帯のように空ににじませ始めるだろう。
 朝から始めた作戦だった。本来であればもう明日の準備も終わりに近いような時間だった。

「暮れ落ちる前には一度、仮にでも収束したいと思います」
「ああ、そうだな」

 そうしてカルロスがフィンレーに向かおうとしたその時、その報は入ってきた。

<王城の南の森の奥に異変あり。調査中。生息している動物たちが一斉に逃げ出してきている>

「一体、何が起きているんだ? これが……<絶望>なのか?」

 ケネスの呟きのような言葉を聞きながらカルロスはフィンレーへと飛んだ。


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