上 下
181 / 335
第8章  収束への道のり

293. 三の月

しおりを挟む
 三の月に入って、僕たちは何事もなかったかのように学園に通っていた。
 あの後、妖精の力を奪っていた呪術師がルシルの力を奪おうとしていたと聞いて本当にびっくりしたんだ。
 父様から以前、大きな加護のある者を囲い込んだり、攫ったりするような人も居ると聞いた事があったけれど、まさかその力を多数の人や妖精たちまでも犠牲にして奪おうとする人間がいるなんて。
 僕の力は契約を交わしている一部の人達しか知らないし、精霊の祝福の力はまだまだ未知数の所があるけれど、こんな話を聞くとやっぱり怖いなって思ったよ。

 ルシルの所に向かってきた呪術師をマーティン君とレイモンド卿が魔法の檻に閉じ込めて、兄様が防御壁を出して、なんとシルヴァン殿下がルシルを抱えて結界を張ったって聞いて僕は更に驚いてしまった。
 ルシルに聞いたら「聞かないで、僕も何が何だか分からないから」って言っていた。
 うん。そうだよね。普通に考えたら側近候補を庇う王族って、ちょっと考えられないものね。でもルシルが無事でよかった。そして、影の中に捕らえられていた人たちがみんな無事に帰って来られて良かった。
 呪術師は結局、人を捕らえた影を消すために死んでしまったって聞いた。
 どうしてルシルの力が欲しかったのかは分からないけれど、もうこんな事件が二度と起こらないようにって願っている。

 そして父様たちは二の『首』の封印強化を終えて、三の『首』の調査を始めようとしている。
 二の『首』は封印が解けていないのに人を騙して操るような事をしていたから、三の『首』もなるべく早く調査をして、確定をして、封印の強化、もしくは封印の掛けなおしというような事をした方がいいって判断したみたい。

 『首』はどうやら負の力が高まるとそれに呼応する形で目を覚ますらしいってハワード先生が言っていた。今回二の『首』を動かしたのは一の『首』の封印が解けかけていたっていう事も大きいみたいだけれど、その呪術師の思いがちょうど二の『首』と同調するような形になったんじゃないかって。
 『首』をも揺り起こすような負の力って怖いよね。<死>の首の力自体は結局分からなかったみたいだけれど、ハワード先生とお祖父様はその名の示す通り、<死>を持ってその力を手に入れようとしたり、操ろうとしたり、するんじゃないかって。ハワード先生が「死を好むというか、死を代償とさせる首」なんていうから僕は余計に怖くなってしまった。
 命を代償にして何かを手に入れるような力なんてそんなものは必要ないから、どうかいつまでも眠りについていてほしいって願うよ。その為には負の力を大きくしない事、そして封印の力を維持していく為に祈りを欠かさずに行い、語り継いでいく事が大事なんだ。
 お祖父様たちによって素敵な祈りの場が出来ているけれど、人の記憶はすぐに曖昧になってしまうから、語り継いでいく何かを見つけないといけないですよねって兄様に言ったら「そうだね」って笑って頷いてくれた。

「エディ、次は合同講義だから移動だよ」

 トーマス君が声をかけてくれた。

「うん」

 短い返事を返して僕たちは教室を出て廊下を歩き出す。

「ねぇねぇ、そういえばさ西の国との交流がいよいよ解禁されるんだよね」

 ミッチェル君がちょっとワクワクしているような顔をして言った。

「うん。ルフェリットがバタバタしていたからひと月位進まなかったけど、三の月の半ばには公式の使節団が来て、国王代理が調印をするらしいね」
「今でも交易はあるけれど、それでも魔道具とかもっと気軽に入って来られるようになるのかな」
「さあ、どうだろう。でも鑑札が欲しいって言って来ている商人は多いみたいだね」
「ジーンの所にもなんだね。うちは港もないのに祖父の所に扱いの交渉が来始めている」
「オックス領はモーリスの隣だしスティーブのお祖父様はモーリスの港使用権を保有しているんだろう? それにしてもまだ本格的に交易が始まっていないのによく調べてくるよね」
「まったくだよ」

 そうなんだ。一の月から棚上げのようになっていた、西の国との交流も始まろうとしていた。
 三の月の半ばには西の国の公の使節団がやってきて、国交正常化の調印を行うんだって言っていた。だから父様たちは出来るだけその前に三の『首』<絶望>の完全な封印を行ってしまいたいと思っている。

「前にエディが持っていた星見の魔道具も綺麗だったけど、何か面白いものがあれば買いたいなって思っているんだ。魔法が使えても魔道具っていうのは何だかドキドキするよね」
「ふふふ、確かにね」

 そんな話をしながら合同講義の教室に入るとレナード君とエリック君、それにクラウス君が席を取っていてくれた。

「おはよう」
「おはよう。レオン。エリック、クラウス。いつもありがとう」

 僕がそう言うとエリック君が立ち上がって頭を下げた。

「改めて、ありがとうエディ。お陰様で彼女を取り戻す事が出来た」
「うん。良かったね。でもそれは皆が無事を信じて一生懸命に動いたからだよ。勿論エリックも。どう? 少し落ち着いた?」
 
 僕がそう言うとエリック君はコクリと頷いた。

「とりあえず疲れてはいたけれど、どこも悪い所はなくて無事だよ。影に落とされていた時の記憶は曖昧で、ほとんど眠っていたような感覚なんだそうだ。後半はその力が弱まって不安な思いもしたそうだけど、でもそろそろいつも通りの生活に戻ると言っている」
「そうなんだ。でも元の生活に戻れば、不安な記憶も消えてしまうかもしれないね。そうなるといいね」
「ああ」

 そんなやりとりの後、始まった講義は月に一度の王国内で起きている事の報告だった。前に聞いた時からひと月経ってしまったんだな。
 魔物も魔素も目に見えて数が減っている。
 それでも二の『首』は目覚めた。
 西の国との交流が始まる前に全ての首が眠りにつくといいな。そんな事を考えながら僕は講師の声を聞いていた。


----------

 
しおりを挟む
感想 940

あなたにおすすめの小説

イケメンの後輩にめちゃめちゃお願いされて、一回だけやってしまったら、大変なことになってしまった話

ゆなな
BL
タイトルどおり熱烈に年下に口説かれるお話。Twitterに載せていたものに加筆しました。Twitter→@yuna_org

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

ある日、人気俳優の弟になりました。

ユヅノキ ユキ
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。 「俺の命は、君のものだよ」 初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……? 平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。