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第8章  収束への道のり

291. 尋問

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 声に呼ばれるままに転送をして捕らえられた場所から、どこかの城の中の一室に連れてこられた。
 腕は魔力を奪う鎖で拘束されて、魔法は使えないようにされている。
 とにかくもう何もかもがどうでもよくなっていた。
 声は聞こえなくなった。大きな目を見開いていた光の愛し子。勿論彼の力を永久的に奪い取る事ももうできない。それどころか自分はもう二度と彼に近づく事さえ出来ないだろう。
 悔しいと言うよりも、もうどうでもいい。公爵家の再興ももう出来ない。あの力がなければ誰も自分を見る事はない。敬うこともない、頼ることもない。自分は再び転がった石のような存在になるか、はたまた妖精の力で人々を攫った事がバレて処刑をされるか、そんなところだろう。
 そんな事をぼんやりと考えていると扉が開いて、壮年の身なりの良い男達が入ってきた。そしてその中の一人が私の前に腰を下ろしてゆっくりと口を開いた。


「べウィック公爵に仕えていた魔導士チャッドに間違いありませんね?」
「…………」
「はじめまして、ニールデン公爵家の当主、クレイン・フォード・ニールデンです。べウィック公爵とは同じ公爵家として何度か話をした事があります」
「……ニールデン……」

 その呆然としたような声を聞きながらニールデンは言葉を続けた。
「まずは公爵の話を致しましょうか。私の知るべウィック公爵は公爵家としての誇りと役割を重んじる方でした」
「…………」
「公爵が貴方を施設から雇い入れたと聞いています。施設への訪問、寄付、そして雇用。その他にも公爵家としての役目、そう言った事を公爵はきちんと行っておられましたね。私も公爵が亡くなった事は本当に驚きましたし、夫人が全ての爵位を返上すると聞いた時には何とか話をしたいと面会を申し出ましたが結局叶いませんでした」
「…………バスター様は、あんな風にお亡くなりになられるようなお方ではなかったんだ」

 絞り出すようなその言葉にニールデンは薄く笑った。

「ええ、べウィック公爵の事は本当に驚きと悲しみでいっぱいでしたよ。その子息の事もきちんと調べておりました。僅かですが、頼られている方へは寄付をさせていただいております」

 そう言った途端、チャッドは弾かれたように顔を上げた。

「貴方だったのか。あの神殿の施設に寄付を申し出て下さったのは」
「急な話でしたので、それ以上の事は出来ずに。何かの折に手をとは思っていました。二番目のご子息はまだ就学前でしたので。ただ、同じ公爵家でも表立っては動けずに機を見ておりましたよ」
「…………っ……」

 チャッドの目から涙が溢れ出した。

「全ての人が背を向けたと思っていた。王家も、その周りにいる高位の貴族たちも皆、誰一人……アンデッドに呪われた家だと見向きもしないで見捨てたと……」
「………そうですね。ですが、そんな風にべウィック公爵の事を信じて、思っていた貴方がこんな馬鹿げたことをしたのでしょうか? なぜ、光の愛し子の力を欲したのですか?」

 ニールデンはすでにチャッドがルシルに向かってその力を寄越せと向かって行った事を聞いていた。この事から彼の目的は光の愛し子の力を奪い取る事だったのだと憶測したのだ。

「使わない力ならば必要ないと思ったんだ。せっかく素晴らしい力を持っていても、あの者はまともに使わない。私がその力を持っていたら……浄化と、癒しの力を持っていたら、バスター様も、ハモン様もお助け出来た。アンデッドも浄化をした。その後に現れた魔物たちも、魔人たちも惜しみなく浄化をした!」
「愛し子もハーヴィンまで赴いて調査をし、沢山の魔物達も、そして魔素に取り込まれて魔人化した者も浄化をしましたよ」
「あいつは王家に操られている人形だ! 自分の意思などない。言われるままにその力を使うだけだ。それでは世界は変わらない。溢れる魔物を浄化して消し去り、アンデッドを殲滅し、王国に起こるおかしなものを祓える力がある筈なのに使わずにいるならば、その力を私に差し出せばいいんだ!」

 その言葉を聞いてニールデンは胸の中で一つ息を吐いて、再び口を開いた。

「大きな力のある子どもの背中に隠れるような事をして恥ずかしくはないのか。王国を守るのは貴族の役目ではないのか。力のある者だけにそれを任せて、その者が たおれた時にはどうするのか。なぜ、自分たちで出来る事をしようと考えないのか」
「……なにを」
「それが今の王国を支えている者達の考えです」
「何を言っているんだ。力を持っている者がそれを行うのは」
「当たり前でしょうか? 力のある者だけに押し付けて、自分はその役割を果たさない。それはどうなのでしょう。力のある者を使い潰し、その者がいなくなれば次の力のある者が生まれてくるまで待ちますか?」
「…………」
「そして、その力のある者が、その力に溺れるような事があれば今度はどうするのでしょうか。そのような大きな力が不要になれば今度は、謀反の疑いがあるとでも言って殺しますか?」
「そんな事は」
「十分に考えられる事ですよ。貴方に愛し子と同じ力があったとすれば、その力を欲して囲い込むような者が出てくるでしょう。貴方がその力に自惚れればそれを討とうとする者も現れるでしょう。人とはそういう者です。現にあなたは光の愛し子を殺してでもその力を奪い取ろうとした。いいえ、『首』の甘言に乗せられて、沢山の人間たちを妖精の力をもぎ取ってまで影に落として集めた」
「それは! あの子供が自分の力を」
「あの加護はあの少年が授かったものだ。貴方が盗んでよいものではない。しかもその為に沢山の命を使っていい筈もない。考えなかったとは言わせません。沢山の人間を集める事が何を意味するのか。他者の力を盗む事がなぜ禁術なのか。それはその者の命を奪って盗むからだ。それもただ一度の力を盗むためにその者の命を奪う。それゆえ禁術となっている事を呪術師のお前が知らぬ筈はない。そうして奪った力で公爵家の再興を願っていたのかもしれないが、一度無くなった公爵家が元に戻る事はない。公爵家とは王家の盾だ。失った盾は元には戻らない。公爵家とはそういうものです!」
「…………」

 声をなくし、顔色をなくしたチャッドに、黙ったまま後ろに控えていたケネスがゆっくりと口を開いた。

「お前は『首』に操られていたんだよ、チャッド。妖精の声を聞けるものが、その男は騙されていると妖精が言っていたと」
「う、嘘だ! 百名集めれば私の願いを、光の愛し子の力を永遠に手に出来ると声が!」
「『首』はお前の望みなど叶えるつもりはなかっただろう。百人の命を捧げたとしても、他者の加護は盗めない。そんなものはどの術書にも載っていない。『首』はおそらく自身の封印を解くためにお前を使った。その昔、魔力を持つ者達に暴走を起こさせて、他国の侵略を防いだという王がいたと言う。おそらくはその百名とお前に魔力暴走を起こさせて、自身の封印を壊そうとしたのだろう。妖精の言う通りに、お前は騙されていたんだよ」
「そんな……そんな事……そん……」

 チャッドは虚ろな目をして小さな声を出した。

「今、捕らえられている者たちを影から出す方法を探しています。貴方はそれを知っていますか?」

 再びニールデンが口を開く。

「知らない、だって、集めれば叶えると……声が……」

 その言葉に嘘はないように思えて、ニールデンとケネスは目を合わせて小さく頷いた。

「そうですか、では明日もう一度ここに来ましょう。貴方が何をして、何を間違えたのか、よく考えて下さい。そして貴方が捕らえた者達を救い出しましょう。ああ、馬鹿な事を考えてはなりませんよ。かの子息の事を思っているのはもう貴方以外にはないのですからね」
「!!!」
「方法が見つかれば、私も何か考えましょう。では」



 部屋を出るとケネスはすぐに「決して自死が出来ないように魔道具で拘束をしろ」と配下の者に伝えた。

「べウィック公爵の子息か……。あの頃はまだ学園に入る前だと聞いていたが」
「そうですね。夫人が亡くなる前に遠縁の子爵家に預けたそうですが、結局はランドール領の神殿が管理をしている施設に身を寄せたようです。何不自由なく暮らしていた公爵家の生活から一転して子爵家の養子に。そして施設へとお辛かったでしょうね。けれど、どうやっても返上した爵位は戻りません。公爵はすでにお亡くなりになっております」
「ええ、そうですね。それにしても、百名集めれば加護を永久的に奪えるなんてどう考えても有りえない」
「有りえない事だからこそ、縋る者がいて、騙すものが居るのでしょう」

 二人はやりきれないような思いで、国王への報告に向かった。



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