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第8章 収束への道のり
288. 呪術師と『首』
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チャッドはうなされていた。
何かが自分に迫っている。それは良くないものであると分かっている。けれどそれとは別に頭の中に何かがずっと響くのだ。それは叫び声だったり、泣いている声だったり、怒鳴り声だったり様々で、始終何かを言っているような感じなのだけれど、何を言っているのか分からない。とにかくここ数日、頭が痛くて吐き気が取れないのだ。
そして、妖精が捕らえられなくなってきて人を集める速度も鈍った。
時折、妖精の力の事とチャッドの願いを叶える為の方法を教えた『声』も聞こえてきた。それは最近になって何か焦っているようにも、怒っているように感じた。
『百人マダ集マラナイノカ』
『力ガ欲シクハナイノカ』
『公爵家ノ再興ヲ望ンデイルノハ嘘ナノカ』
責めるようなその言葉がチャッドの胸に突き刺さる。そして今日その声は言った。
『モウイイ。今イル人間タチヲ差シ出セ!』
差し出せと言うのはどういう事なのか。自分が光の愛し子の力を永久的に奪い取る為に人間たちを集めたのではなかったのか。大体影に落とすという方法を教えてはもらったが、チャッドにはそれがどのようになっているのか、どうやったらその人間たちを影から出す事が出来るのか分からない。こうしろと言ったのはその声なのに、どうしてそんな事を言い出すのか。
そうこうしているうちにチャッドが居た所に大勢の魔導騎士たちが踏み込んできた。何が起きているのか、どうして自分が捕まるのか、なぜ自分の計画がバレてしまったのか。分からない。分からない。分からない。
そうしているうちにあの声が聞こえてきた。
『ホラ、オマエガチカラヲ欲シイト思ッテイル光ノ愛シ子ガココニ居ルゾ。ヤッテ来イ!』
「!!!」
チャッドはその言葉だけにしがみついた。そして。
「転移させるな!」
ケネスが叫んだ。
そして部屋の中からチャッドとケネスを含んだ幾人かが消えた。
-*-*-*-*-
枝から地中に伸ばされた根が、『首』を封印していた部屋に入ったと思われた途端、ドンという音とともに地面が揺れた。けれどそれはすぐに収まり、代わりにまた一段と眠りの樹がその幹を太く、枝を大きく伸ばした。
「……気が変わった、捕えたな」
呟くようなカルロスの言葉に神官たちは樹に貼り付けた魔法陣に一気に魔力を込めた。ワサワサと枝が鳴る。だが『首』を捕らえる為に封印されている部屋の中に枝が入った穴は、突き抜けた途端に埋められていく。そしてその外に作られた新たな箱の壁はカルロスと土魔法隊によって完璧に強化をされていた。
『首』を捕らえた手は一の『首』の時のように二の『首』の揺り籠となってゆくのだろう。そして元の部屋の中に直接封印の陣を貼れない代わりに、揺り籠となった樹自体が封印となり、更に周りに作られた箱の四方の壁とその上下の六面に魔法陣を転送させて新たな封印を作る。
流れるような封印の呪文の声。
しっかりと根を張って揺れる青みがかった緑色の葉。
地中の様子は見る事は出来なくても、空に伸びる八つの樹がその情報を伝えてくる。あと少し。もう少し。
「最後の足掻きでしょうか、部屋の中にキメラやヘルハウンド、それにレイスなどが戦闘部屋に転送されてきました!」
「手が足りないようならフィンレー隊を送れ!」
デイヴィットがそう声を上げた瞬間、何かが遺跡の中に現れた。
「何だ!?」
「ケネス?」
転移をして現れたのはケネスと見知らぬ男、そして数名の魔導騎士だった。
『アレガ……光ノ、愛シ子ダ!』
その瞬間、途切れ途切れの声が頭の中に響き、チャッドの意識はそれだけになった。
あれが、光の愛し子。
「光の愛し子ぉぉぉぉ!!!」
「…………え」
咆哮を上げるようにして、チャッドの身体はルシルに向かって飛んだ。それを追うようにしてケネスが水の鎖を伸ばし、マーティンが光の鎖を放つ。
「力を、使わぬなら力を寄越せ、寄越せぇぇぇぇぇぇ!!!」
言葉と一緒に伸ばされた手。
ルシルは呆然としてそれを見つめてしまった。どうしてここで自分に対して向かって来る者がいるのか。力を寄越せとはどういう事なのか。一体何が起きているのか。
「ルシル!」
それは一瞬の事だった。
男が水と光の鎖に捕らえられて、二つの魔法の檻に閉じ込められるのも、ルシルの前にアルフレッドの作った防御壁が張られるのも、そして、シルヴァンがルシルの身体を抱えて結界を作るのも、何もかもが一瞬で…………辺りは静まり返り、そして、音が戻って来る。
「怪我は!」
「…………ありません」
「良かった」
「! 良くありません! 何をなさっているのですか! シルヴァン様が、そ、側近候補を庇うなんて何かあったらどうするおつもりですか! なんで、なん……なにを、しているんですか!」
「お前がまともに逃げないからだろうが。さて、とりあえず、状況はどうなっているんだ?」
怒鳴るルシルを抱きかかえたままシルヴァンがそう言うと、デイヴィットが苦い顔をして口を開いた。
「転移をしてきた容疑者の呪術師チャッドの身柄を捕獲致しました。封印の強化につきましてはまもなく終了いたします。喚び寄せられたと思われる魔物などは全て討伐。それにしても殿下」
「言うな。分かっている、咄嗟に身体が動いてしまった。すまん」
「…………いえ、お怪我がなく良かったです。マーロウ伯爵子息も」
「はい……ありがとうございます。申し訳ございませんでした。シルヴァン様、ありがとうございました」
そう言って頭を下げるとルシルはシルヴァンの腕の中から抜け出した。
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何かが自分に迫っている。それは良くないものであると分かっている。けれどそれとは別に頭の中に何かがずっと響くのだ。それは叫び声だったり、泣いている声だったり、怒鳴り声だったり様々で、始終何かを言っているような感じなのだけれど、何を言っているのか分からない。とにかくここ数日、頭が痛くて吐き気が取れないのだ。
そして、妖精が捕らえられなくなってきて人を集める速度も鈍った。
時折、妖精の力の事とチャッドの願いを叶える為の方法を教えた『声』も聞こえてきた。それは最近になって何か焦っているようにも、怒っているように感じた。
『百人マダ集マラナイノカ』
『力ガ欲シクハナイノカ』
『公爵家ノ再興ヲ望ンデイルノハ嘘ナノカ』
責めるようなその言葉がチャッドの胸に突き刺さる。そして今日その声は言った。
『モウイイ。今イル人間タチヲ差シ出セ!』
差し出せと言うのはどういう事なのか。自分が光の愛し子の力を永久的に奪い取る為に人間たちを集めたのではなかったのか。大体影に落とすという方法を教えてはもらったが、チャッドにはそれがどのようになっているのか、どうやったらその人間たちを影から出す事が出来るのか分からない。こうしろと言ったのはその声なのに、どうしてそんな事を言い出すのか。
そうこうしているうちにチャッドが居た所に大勢の魔導騎士たちが踏み込んできた。何が起きているのか、どうして自分が捕まるのか、なぜ自分の計画がバレてしまったのか。分からない。分からない。分からない。
そうしているうちにあの声が聞こえてきた。
『ホラ、オマエガチカラヲ欲シイト思ッテイル光ノ愛シ子ガココニ居ルゾ。ヤッテ来イ!』
「!!!」
チャッドはその言葉だけにしがみついた。そして。
「転移させるな!」
ケネスが叫んだ。
そして部屋の中からチャッドとケネスを含んだ幾人かが消えた。
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枝から地中に伸ばされた根が、『首』を封印していた部屋に入ったと思われた途端、ドンという音とともに地面が揺れた。けれどそれはすぐに収まり、代わりにまた一段と眠りの樹がその幹を太く、枝を大きく伸ばした。
「……気が変わった、捕えたな」
呟くようなカルロスの言葉に神官たちは樹に貼り付けた魔法陣に一気に魔力を込めた。ワサワサと枝が鳴る。だが『首』を捕らえる為に封印されている部屋の中に枝が入った穴は、突き抜けた途端に埋められていく。そしてその外に作られた新たな箱の壁はカルロスと土魔法隊によって完璧に強化をされていた。
『首』を捕らえた手は一の『首』の時のように二の『首』の揺り籠となってゆくのだろう。そして元の部屋の中に直接封印の陣を貼れない代わりに、揺り籠となった樹自体が封印となり、更に周りに作られた箱の四方の壁とその上下の六面に魔法陣を転送させて新たな封印を作る。
流れるような封印の呪文の声。
しっかりと根を張って揺れる青みがかった緑色の葉。
地中の様子は見る事は出来なくても、空に伸びる八つの樹がその情報を伝えてくる。あと少し。もう少し。
「最後の足掻きでしょうか、部屋の中にキメラやヘルハウンド、それにレイスなどが戦闘部屋に転送されてきました!」
「手が足りないようならフィンレー隊を送れ!」
デイヴィットがそう声を上げた瞬間、何かが遺跡の中に現れた。
「何だ!?」
「ケネス?」
転移をして現れたのはケネスと見知らぬ男、そして数名の魔導騎士だった。
『アレガ……光ノ、愛シ子ダ!』
その瞬間、途切れ途切れの声が頭の中に響き、チャッドの意識はそれだけになった。
あれが、光の愛し子。
「光の愛し子ぉぉぉぉ!!!」
「…………え」
咆哮を上げるようにして、チャッドの身体はルシルに向かって飛んだ。それを追うようにしてケネスが水の鎖を伸ばし、マーティンが光の鎖を放つ。
「力を、使わぬなら力を寄越せ、寄越せぇぇぇぇぇぇ!!!」
言葉と一緒に伸ばされた手。
ルシルは呆然としてそれを見つめてしまった。どうしてここで自分に対して向かって来る者がいるのか。力を寄越せとはどういう事なのか。一体何が起きているのか。
「ルシル!」
それは一瞬の事だった。
男が水と光の鎖に捕らえられて、二つの魔法の檻に閉じ込められるのも、ルシルの前にアルフレッドの作った防御壁が張られるのも、そして、シルヴァンがルシルの身体を抱えて結界を作るのも、何もかもが一瞬で…………辺りは静まり返り、そして、音が戻って来る。
「怪我は!」
「…………ありません」
「良かった」
「! 良くありません! 何をなさっているのですか! シルヴァン様が、そ、側近候補を庇うなんて何かあったらどうするおつもりですか! なんで、なん……なにを、しているんですか!」
「お前がまともに逃げないからだろうが。さて、とりあえず、状況はどうなっているんだ?」
怒鳴るルシルを抱きかかえたままシルヴァンがそう言うと、デイヴィットが苦い顔をして口を開いた。
「転移をしてきた容疑者の呪術師チャッドの身柄を捕獲致しました。封印の強化につきましてはまもなく終了いたします。喚び寄せられたと思われる魔物などは全て討伐。それにしても殿下」
「言うな。分かっている、咄嗟に身体が動いてしまった。すまん」
「…………いえ、お怪我がなく良かったです。マーロウ伯爵子息も」
「はい……ありがとうございます。申し訳ございませんでした。シルヴァン様、ありがとうございました」
そう言って頭を下げるとルシルはシルヴァンの腕の中から抜け出した。
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