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第8章  収束への道のり

272. 小説の世界と現実の世界②

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 悪役令息のエドワードが学園に入る前のエピソードはそれほど多くはない。この事は兄様とは何度かすり合わせをしていた。そして、ルシルに聞いてもやはり同じだった。
幼少期に虐待を受けていた話とフィンレー侯爵に保護をされてフィンレー家に養子に入った話。そこで家族たちとなじめなかった話と小動物とか虫とかを殺してしまう描写や魔法鑑定で闇属性だった事。それから屋敷の敷地内に魔物が出て、魔力暴走を起こし、義兄が怪我をした事と僕が学園に入る前に義兄を殺してしまう事。
そして少しずつ魔物とか、病気とか、天候不順などによる不作などのバランスの崩壊の予兆みたいなものが出始めて、光の愛し子が発現して、学園編に進む。
 学園編になってからは愛し子の仲間たちとの邪魔というか、仲たがいをさせようとする話になり、結局断罪されて殺されてしまうのだ。

 けれどそんな話をしていく中で僕たちは新たな事に気付いた。
 原作にはマリーというエドワードの専属の侍女は居なかった。そしてエドワードの友人達も存在していない。父様の友人の領主たちもほとんど姿を現さないし、ルーカスも、ジョシュアも、アシュトンさんも原作には居ない。それどころか原作にはお祖父様が出てこないんだ!
 ルシルに「ハーヴィンでエドワードの味方になるような専属侍女の記載なんてなかったよ」って言われてハッとした。それでどんどん考えた。そうだ。原作……小説の中ではエドワードはいつでも一人だった。
 エドワード・フィンレーはたった一人で世界を恨んでいたような悪役令息だった。何の言葉も彼には届かなかった。彼はフィンレーに行っても何一つとして信じられなかった。だから愛し子たちのように仲間を信じて一緒に戦うなど有り得ない事だったんだ。

「僕はマリーもいたし、父様は最初から大丈夫って言い続けてくれたし、兄様がすぐにアル兄様って呼んでねって言ってくれて仲良くしてくださって……」

 そう。僕の周りにはいつだって沢山の味方が居た。家族だよって言ってくれる人が居て、ギュってしてくれる人が居て、みんなが優しかった。
 仲間だっていた。何だかまるで愛し子チームみたいだった。
 愛し子チームって言ったらルシルがそんな風に呼んでいたの? って笑った。
 だから愛し子チームのみんなと冬祭りに行ってとても楽しかったんだよって言ったら「いいなぁ」って言われたよ。ああ、そうだよね。悪役令息になりたくなくて、小さい頃からその事ばかり考えていたけれど、でもどの時を振り返っても、僕は本当に……

「ほんとに、悪役令息じゃなかったんだなぁ」

 息をくようにそう言うと兄様がすごく優しい笑みを浮かべた。

「エディが一生懸命そうなりたくないって頑張ったからだよ」
「ふ、ふふふ、そうですね。だって、兄様を殺すのなんて嫌だし、断罪されて死んでしまうのも嫌だったんだもの。僕は愛し子たちとは関わらず、隅っこの方でひっそりと邪魔をしないように気を付けて、生きていく予定でした」
「エディにひっそりなんて似合わないよ。さて、こうやって考えると、もうキャストだけが同じの全然違う話だよね。どうしようか。とりあえずもう少し考えてみる?」

 ルシルの言葉に僕はコクリと頷いた。

「分かった。アルフレッド様もこのまま続けてよろしいですか?」
「ああ、構わないよ」
「じゃあ、さっき考え始めて逸れてしまった話題に戻ろうか。エディ」
「うん。そうだね。どうして僕とルシルがハーヴィンに生まれたのか」
「僕はね、光と闇との対比みたいにするつもりだったのかなって考えたんだ。光の愛し子が生まれて、その後に闇の属性の悪役令息が生まれる。光の愛し子は平民。悪役令息は貴族。でも僕は家族の中で育ち、原作のエドワードは虐待をされて、引き取ってくれた家族にも馴染めなくて孤立を深めていく。そして魔法もそのまま光と闇。やっぱりそういう対比みたいな感じにさせたかったのかなって。直接的に比較をするような文章はなかったと思うけれど」
「うん。そうだね。僕もそうなんだろうなって思えるよ。でも僕は転生者の記憶があったし、なぜかマリーがそばにいてくれた。僕はマリーに守られていた。それはとても大きな事だよね」
「うん。もしかしたら最初の分岐点みたいなものはマリーさんだったのかもね。それにさ、やっぱり小説の通りに進むなんて無理だよ。だって、現実では小説みたいに時間が飛ぶわけじゃないからね。毎日が当たり前にあるし、一足飛びにその次のページに進んでしまうわけではないものね」

 確かにそうだって僕は思った。小説はページをめくれば翌日だったり、数日だったり、何年も経っていることだってある。でも僕たちはここで生きているからね。そう考えながら僕はゆっくりと口を開いた。

「僕はね、多分ハーヴィンの隠し部屋で死にかけていたと思うんだ」
「エディ!?」

 突然のその言葉に兄様が珍しく驚いたような声を上げた。

「父様もそう言っていたし、実際に父様たちが部屋に入ってきた時、僕は自分がエドワード・ハーヴィンだって分かっていなかったような気がする。でも『記憶』の彼というわけでもなかった。それで徐々に自分がエドワードで、エドワードじゃない記憶もあるって感じだった。それから神殿に行って身体を直してもらって、馬車でフィンレーに行けるだけの体力がつくまでゆっくり過ごさせてもらって、その間に父様たちが色々な手続きをして下さって。フィンレーに来る馬車の中ではこれから起きる事も考えられるようになっていた。だから兄様を初めて見た時に、ああ本当にここはあの小説の世界なんだなって、そして僕は兄様を殺してしまう悪役令息なんだなって思った」
「エディ、もう」
「大丈夫です。アル兄様。そう思ったけれど、僕はその時にすでにそうしたいって思わなかったから。兄様を殺したくなかったし、21歳の人の『記憶』みたいなものもあるし、だからみんなと仲良くなれるといいなって思ったし、悪役令息になんてなりたくないって思ったから。だから、マリーの事も勿論そうなんだけれど、僕はあの部屋で意識を取り戻した瞬間から、小説の世界とは違う方向に向かっていたんだよね」

 僕が笑ってそう言うと兄様は何かを言いかけて、そして口を噤んだ。
 ルシルは少しだけ何かを考えるようにしてゆっくりと口を開いた。

「多分、エディの中に転生者の記憶があったのがまず大きな違いだよね。そしてエディは小説みたいになりたくないって思ったし、その世界に引き戻そうとする『強制力』みたいなものもなかった」
「強制力?」
「うん。こうでなければいけないって修正しようとする力っていうのかな。でもこの世界にはそんなものはなかったよ。自分が思うように動けたし、動いた事に見合った結果しかしなかった。だから完全にこの世界は小説と同じじゃないって僕は思ったんだ」
「強制力。そうかもしれない。小説と同じ事が起きても同じように進まない感じだったね。だから常に違うから大丈夫って思ったりしていたよ」
「うん。僕は違ってどうしようだった」

 僕たちは声を立てて笑った。


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