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第8章  収束への道のり

254. 西の国の手土産

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 一の月の半ばを過ぎた頃、西の国からの突然書簡が送られてきた。
 そしてその数日後に使者がやってきたという噂が広がった。

 先王が国交を絶ってからもう100年くらい経つのかな。先々王がおかしくなったのが120年くらい前だって言っていたものね。今はお互いの国の鑑札を持っている商人だけが行き来を出来る様な状態になっていて、国同士の直接的なやりとりはないけど、完全に断絶しているわけではない。
 もっとも戦争があったっていう認識はどうも西の国が思っているだけみたいな所もあって、それが判った時に父様が西の国にいるダリウス叔父様にお手紙を出していたから、もしかしたらそれが関係しているのかもしれないなって思った。

 ともあれ、西の国の人は魔法を使えない人が多いわけだし、ほとんどの人が魔法を使えるルフェリットとの交流ってどう思うのかなってちょっと考える。

「でも魔法を使える人は大事にされているんだよね。確か」

 確か鑑定の後、奴隷みたいにならないようにきちんと保護をしているみたいな事を以前聞いたような気がする。
 もしも本当に交流が始まったらどうなるのかな。そんな事を考えていたら、兄様の笑い声が聞こえた。

「え?」
「ふふふ、声をかけたんだけど何だか一生懸命考えているみたいだったから」
「す、すみません! えっと、おかえりなさい。アル兄様」

 僕は慌ててそう言った。

「うん。ただいまエディ。その感じだと西の国の使者の事を考えていたのかな」
「あ、はい」

 さすが兄様。嗜みですね。

「おかしな噂が広がる前に少し話をしようか。多分叔父上からも連絡が入ると……もう入っているのかもしれないな」
「え?」
「でも父上はしばらくは話が出来る状況ではないと思う」
「え、あの、国交が正常化するという事だけではないのですか?」

 僕がそう訊ねると兄様は少しだけ考える様な顔をして、部屋に行こうと言った。
 



「父上から改めて話があるかもしれないけれど、現在の状況を説明するね。まず先週いきなり西の国から書簡が届いたんだ。先王の時代に作られた国の不可侵条約について、国交の正常化に向けた話し合いがしたいという内容だった。いきなりどうした事かと色めき立ったんだけど、まぁ、国王には例の国境攻めの件を伝えてあったので百年以上も前の行き違いの件という事で使者を受け入れる事になった。トールマン侯爵家やレイモンド伯爵家、それにマクロード伯爵家も『首』の事を出さずにうまく口裏を合わせてくれたし、どうせ分かってしまうからと父様も家を出た弟が西の国で高位の貴族と縁を得た事を言ってね」

 そうなんだ。ダリウス叔父様の事も公表したのか。

「これでフィンレー当主の弟が里帰りついでに話した事を、当主は国王にも伝えて、一応その国境にあたる領にも確認をしてルフェリットとしては戦を仕掛けられた事にはなっていないという事が判ったって事になったという事で『首』の事は関係なく乗り越えられる筈だったんだけど、それだけに収まらなくなっちゃったんだ」
「え?」
「今ね、宰相府と外相と高位の貴族たちは大変な事になっている」

 兄様はそう言って苦い笑みを落とした。

「それは、どういう……」

 僕がおずおずと口を開くと兄様は「使者が『首』の件についての情報を持ってきてしまったんだよ」と困った顔でそう言った。

「え……えぇぇぇぇぇ!?」

 僕は思わず大きな声を上げてしまった。

「それって、ええっと、どんな情報だったのですか?」
「うん。先々王は<狂気>という名の『首』の封印を解いたらしいって」
「<狂気>ですか」
「そう。それが判った事と、今はきちんと封じられているので、他国を攻めるような事はないと約束できると。他の伝説によると厄災という化け物の『首』は五つでそのうちの<破滅>と<狂気>が西の国に封じられているらしい。厄災自身の身体はどこに封じられているのかは分からないが、他の『首』は恐らくルフェリット内にあると思われるので注意をされたし、とね。それが、西の国の国交を正常化させるための『手土産』だったんだよ」

 それは大変な『手土産』になってしまったと僕でさえ思った。『首』がどんなものなのかも分からない人たちが大半だと言うのに注意をされたしと言われても。

「使者には改めて、正常化に向けた場を設けるとして、書状を渡して早々にお帰りいただいたんだけどね。王城内では情報を知っている者と知らずにいた者との間で、諍いのような者が起きかけていて、とりあえず、全ての貴族を集めるわけにも行かず、高位の者だけで緊急の会議を開いている。こういう時は私たちは参加は出来ないから城に詰めていても仕方がないから帰れと言われたよ。なかなか厄介な事になった。王室は一部の貴族の身を贔屓するのかとかね。これに今までのまとまらない話合いを考えれば少数の者で話を詰めていくようになっても致し方ないのではないかと反論をした者がいて、これが落ち着くまでにはしばらく時間がかかるんじゃないかな」

 やれやれと言ったような顔の兄様に、僕は何をどういっていいのか分からなくなってしまった。
 だって、父様たちはあんなに大変な思いをして封印をしたのに、それがこんな風に責められるような事になるなんてあんまりだ。皆が知ってパニックを起こしたらもっと大変な事になっていたと思うのに。

「どうしてそんな風に、考えるのでしょう」
「エディ?」
「皆の為に一生懸命考えて、動いて、本当に忙しくて、それなのに贔屓とか、ひどいです」
「うん、そうだね」

 そう言って兄様は少し涙目になってしまった僕の背中をトントンとしてくれた。

「でも大丈夫だよ。エディ。いずれは吹き出す不満だったと父上たちは思っていた筈だ。ここで出してしまえば一気に西の国との国交正常化も出来るし、情報の収集もしやすくなる。面倒なのは他の『首』を我先にと功を焦って探そうとする輩だ。そこさえ気を付ければ意外と事は早く済むかもしれない。それに一の『首』はすでに封じられていて、その事で禍が減っているのは目に見えているから、こちらにつく者も多いんだよ。その辺は父上たちに任せておけば大丈夫だ。それくらいでどうにかなるような人たちではないから」
「でも、言葉は人を傷つける時があります。僕は、父様たちに傷ついてほしくない」
「うん。そうだね。じゃあそれはエディや母様たちが頑張って癒してあげよう」
「…………兄様も、また忙しくなりますか?」
「う~ん。この争いは直接的には関わらないつもりだよ。私に面倒な事を言ってくるような者もそんなにはいないだろうね。フィンレーは敵に回したくないと思う人間の方が多いよ。それは父上やお祖父様たちが積み重ねてきたものがあるからね。でももしも、何かを言われたら別に僕たちは悪い事をしているわけではないから堂々としていればいいよ。それだけでいい。それでも苦しくなったら話をして? 約束だよ?」
「…………はい、兄様」
「うん。じゃあ、食事にしよう。大丈夫。父上も、お祖父様も、そして叔父様も色々動いている。そして僕たちの友人の当主たちもね。皆一癖も二癖もある人ばかりだから」
 
 そう言われて、僕はコクリと頷いた。堂々としていればいい。そうだよね。だって悪い事なんて何にもしていないんだもの。

「それにしても、西の国は先々王が『首』の封印を解いた事をちゃんと突き止めたんですね。しかもどの『首』なのかも」
「うん。そうだね。そしてきっともう一つの<破滅>の『首』の場所も把握をしているんだなって思ったよ」
「はい。早く、他の『首』の場所も特定できるといいですね」
「そうだね」

 そうして僕たちは部屋の遮音を解いて、ダイニングに向かった。
 その日、父様からの連絡はなかった。


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