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第7章  厄災

246. 対決

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ポーチの中から落ちたものは、昨日エディと一緒に見ていたあの木の枝だった。

『明日はこの木にお願いをする事にしました。お祖父様がこの木から作って下さったお薬が効いて、厄災の『首』が眠ってくれますように。誰も怪我をする事なく無事に封印が出来ますようにって。だから、ちゃんと皆で帰って来て下さいね』

 アルフレッドはそれを拾い上げて、ギュッと握り締める。まさかここであの魔熊にもう一度会う事になるとは思わなかった。あの時はエディの魔力暴走とおそらくは加護による力によって助かった。自分の魔法は何一つ役に立たなかった。そんな苦い思いがアルフレッドの中に湧き上がって来る。

「あの通路の中でフレイム・グレート・グリズリーと戦うのは危険だ。何としても部屋に送らねば。出来るか」
「はい。必ず」

祖父の言葉にアルフレッドは頷いた。

「私も行きます」

 マーティンも横に並んでそう言う。広がったとはいえ限られた地下の空間の中で、あの炎を纏わせた魔熊と戦うのは不可能というほど難しい事に思えた。でも、それでも。転移をしようとした瞬間。

「とりあえず、こちらでお願い致します!」

 神官たちを伴ってダニエルが転移をしてきた。

「ダニー、ルシルと殿下は!? 」
「他者は無理だが自分の転移は出来るから先に行けと。扉がいつまでもつか分からない。とにかくあれをあそこから引きはがして戦闘部屋へ送らなければ。あの場所では絶対的に不利だ。行くなら一緒に戻る」

 その言葉に頷いて転移場所を確認する為にアルフレッドとマーティンはダニエルの方に向かった。
 するとその途中で掴んでいた枝がするりとアルフレッドの手から抜け落ちる。

「あ……」
「それは?」
「昨日エディと例の木を見ていたら、いきなりこの枝が落ちてきたんです」
「…………」

 カルロスは落ちた枝を拾い上げた。すると枝はまたスルリとその手を抜けて、今度は噴水の中に落ちた。
 そして。

「え……」

 それは15ティンほどの長さの細い枝だった。
 けれど、今、目の前でその枝は見る見るうちに大きくなって噴水の中に根を張り始めている。

「お祖父様……」
「私の魔法ではない」
「では、これは……」
 
 昨日温室の中で見た木は、背の高い大人程の背丈で、幼い子供でも簡単に抱きかかえられるほどの細い木だった。その木から落ちてきた枝が、今は見上げるほどの高さになり、元の木の倍ほどの太さになって、青緑色の葉を茂らせせ始めている。

『ご武運をお祈りいたします』

 声が、聞こえたような気がした。

「……地下に行きます。とにかく魔熊を地下から連れ出します」
「うむ」

 転移の地点を確認してアルフレッドたちはデイヴィットたちの元に向かった。


-*-*-*-*


「本当に酷い熱さだな。こんな所に喚び出していい魔物じゃない。もう少し配慮がほしいね」
「全くだ。とにかくあそこから引きはがさないと。扉が壊れたらここで皆で熟睡したまま焼け死ぬからな」
「ご免だね。死ぬのは自室と決めているんだ」
「へぇ、意外だなぁ。君の事だから書庫とでも言いだすかと思ったよ」
「私の事をどんな風に思っているのか、一度じっくり話し合おうか、デイヴ」
「お二人とも、余計な体力を消耗しますので、掛け合いはそれくらいにして下さい」

 ロイスの言葉にやれやれと肩を竦めて、デイヴィットとハワードは氷の鎖を魔熊に向かって投げつけた。
 下手に大きな魔法を出して魔熊ともども扉を傷つけるわけにはいかない。そのまま戦闘部屋に転送をさせてしまおうとも思ったのだが、これ以上は近づけず、大きさもあって、難しい。
 人数がいれば距離があっても転送は可能だが、叩き壊されないように扉を強化しているため、これ以上の手が回らないのが現状だった。

「せめてこちらに気を逸らす事が出来ればな」

 攻撃に回っている騎士の一人が呟いた。
 『水檻ウォータージェイル』を出してみるが、すぐさま身体に纏った炎で水蒸気にしてしまう。
 水の刃も氷の刃も歯が立たない。同じく槍もその身体に突き立てる事すらできない。試しに顔の周りに嫌がらせのように水の玉をクルクルと動かしてみたが、体に纏う炎を強められておしまいだった。

「足の部分だけを水に変えて沈めて、氷漬けにしてみるか」
「多分、水蒸気になって視界が悪くなるだけだな」
「だが、このままでは埒が明かないだろう」

 とにかく一か八か、水に浸けて、氷に閉じ込めて、転送が出来るくらいまで近づいてみるしかないか。

「迷っている暇はないな。あの部分だけをエリアで水没させてくれ。そこにフリーズ(凍結)を叩きこむ。上手くいったら近づいてそのまま転送だ」

 デイヴィットは他の魔導騎士達と一緒に魔熊の足元に『水陣ウォーターエリア』を展開した。けれど魔熊の身体は思ったよりも沈み込まず、もうもうと水蒸気が扉の前に立ち込めた。それをハワードがすぐさま風魔法で吹き飛ばし、魔熊が見えた途端、今度はそのまま氷結魔法を打ってみる。けれどそれも赤く燃える毛を一瞬凍らせただけですぐさま炎を噴き上げた。

「くそう……消耗戦はこちらに分がないな」
「もう一度水と氷の鎖で縛り上げてみましょう」
 
 フィンレーの魔導騎士がそう言った途端、アルフレッドたちが地下へ転移をしてきた。

「父上」
「ああ、来たのか。とりあえず、今のところは全敗だ。こちらへ気を引こうにも扉を壊す事に情熱を傾けていてね。扉に強化魔法をかけ続けているが、どこまでもつかは分からない」

「フリーズは」
 マーティンの問いに、そばにいたロイスが答えた。

「一瞬凍ったが、体から炎を噴き上げて元通り。『水檻ウォータージェイル』も『氷鎖アイスチェーン』も一瞬で水蒸気だよ。槍も矢も刃も弾かれる」
「凄まじいな……まともな魔法を使えない分、こちらには厳しい」

 苦い表情を浮かべたアルフレッドにダニエルが口を開いた。

「魔人で使った魔道具がある。それで縛り上げてみようか。もう少し近づければ5名ほど居れば転送は可能でしょう」
「焼き切れそうな気もするがやってみよう」

 ダニエルは魔道具を取り出して魔熊に向かって魔法の鎖を投げつけた。シュルシュルと光の鎖がその身体に巻き付いて扉を叩いて魔熊は鬱陶しそうにそれを払おうと身体を逸らした。

「よし!」

 すかさず、魔道具の鎖の他に何本もの水と氷の鎖が魔熊の身体に巻き付いていく。
 シュウシュウと白い煙がその身体から立ち昇った。ジリジリと扉から引き離される身体。

「グワァァァァァ!!!」

 上がった咆哮。鎖の他にも魔導騎士たちが水や氷の檻を展開して魔熊を拘束する。このまま魔力で繋がったまま転送が出来るか? そう思った途端。

「ガァァァァァァァァァァー―ッ!!」

動いた腕が一瞬にしてそれらを全て断ち切った。と同時にいくつもの火の球フレイムボールが飛んできた。

「くっ!」

 それを水魔法でくるむようにして叩き落して、デイヴィットたちは崩れた体勢のままなんとか、自分たちの身体を支えた。

「信じられない。あれだけの鎖や檻を一気に断ち切るなんて……」

 マーティンが呆然としたような声を出した。

「ああ、壊れたな。修理が面倒だ」

 ダニエルはうんざりしたような顔をして魔道具を置いて立ち上がった。

「さて、では、どうしましょうか。これ以上の大きな魔法はここでは使えませんし『凍結』をもう一度叩き込んで、隙をついて何重もの檻の中に入れてみますか。あれの身体を切り裂くようなものはここでは使えませんから、なんとしても転送しなければ」

 相変わらずの飄々とした口調でロイスがそう言った。けれど流石にその顔にも疲れが滲み始めていた。最初の入り口からの細い通路を突破してくるところからずっと休まずにここにいるのだ。魔力量が多いと言っても他の騎士たちのように実戦が豊富なわけではない。
 そんな仲間たちを眺めながらアルフレッドは再び扉を叩き始めた魔熊を悔し気に見た。
 また何も出来ないのか。再びそんな気持ちが湧き上がる。まともに戦える場であれば……。否、今はここで戦う術を見つけなければならないのだ。
 
 魔熊は再び扉を叩き始めた。いくら強化をして防御壁をその前に展開させても限界はある。 
 ポーションを口にはしているが、始めから戦っていた者も、扉の強化と防御をし続けている者も、この閉じられているような空間と熱さで、そろそろ限界に近付いていた。
 それでもここから撤退をするわけにはいかない。この扉は何としても守らなければいけない。
 
「あの足元に転送陣を組む事は出来ないだろうか」
 アルフレッドが口を開いた。

「それは……かなり難しいな」
 マーティンが答える。

「『水陣』をもう少し深くしてみましょう。胸位まで沈めばすぐには出てこられない筈です」
「そこに雷を打ち込むわけにはいかないしな」
「やめてくれ、通路も部屋も崩れる」
「ではどうやって転送が出来るまで近づくんだ? これがヘルハウンドくらいならこの距離でも十分転送出来るのに」

次々に上がる声。

「出来ない事を嘆いても仕方がない。とりあえずもう一度」
「待ってください!」

 デイヴィットの言葉をルシルが遮った。
 
「フレイム・グレート・グリズリーを浄化します。魔力は十分あります。その代わり、『首』の浄化を諦めます。『首』は封印をお願いします。……多分、二つは無理です」

 そう言って小さく笑った【光の愛し子】にデイヴィットたちは言葉を失って。

「………………頼む」

 決断をした。

 

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