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第7章 厄災
245. 攻防
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地下では父達が扉に結界を張って開かないようにしている。
まだしばらくは魔物は現れるかもしれないが、眠りの効果が出てくればそれも減って来る筈だ。
想定以上の魔物の多さと、狭い通路での戦いづらさに、一時的に混乱をしたが、「神の間」の前が広がり、いちいち魔法や携帯用の転送陣によって転送をしなくても通路に設置をした転送陣の上を通るだけで転送が出来るようになれば、扉の近くに神官たちが待機を出来るようになるだろう。後は『首』が眠ってくれるのを待つだけだった。
今、この時点では自分に出来る事は何もない。万が一にでも地上に魔物が現れた時に即座に動けるように周囲を注意するしかない。そう考えながらアルフレッドは噴水の所で魔法を展開させ始めた祖父、カルロスを見た。
扉をガッチリと閉じられ、クスリを入れられた『首』が部屋から飛び出さないように、予定通りに部屋の真上にある使われていない噴水を強化して神の間に蓋をするような形にしてから、カルロスは静かに薬を流し込む管のようなものを噴水の中央から地中へを下ろし始めた。
土魔法で出来た管はまるで地中を流れていく水のようにそのままするすると土の中を下りていく。
カルロスが土魔法の第一人者と言われているのはその魔法量の多さもさる事ながら、一般的な土魔法だけでなく、金属のような硬さから液体のようなものにまで、まるで生き物のように土を自在に操る事が出来るからだ。
まるで意思をもっているかのようなその管は、やがて『首』のいる部屋の上に辿り着くと、その先を今度は膜のように広げてぴったりと地中の部屋の上に張り付いた。一番近い重しになりながらも、それはクスリが送られれば薄いタンクになる。そしてそこから出来る限り穴が開いた事が分からないように、部屋の中に細い管を差し込んで、カルロスはクスリを噴霧しはじめた。
「…………っ!」
瞬間、何かが壊れたような音がした。
それはあの日部屋に施した結界か、それとも部屋ごと封印していたその封印自体が壊れてしまったのか、または『首』がクスリに気付いて暴れ出した音なのかは分からないが、そこに居た者が一斉に身構える。
「…………封印が、解けたのでしょうか」
そばにいたアシュトンの問いにカルロスは小さく首を横に振る。
「分からん。だが、部屋の上部に膜のようにして張り付けてそこから再び管の形にして差し込んでクスリを入れている。膜のような薄いそれも強化はかけているので、一応は押さえにはなるだろう。この噴水自体を蓋にして押さえこんでいるからな。小さな穴が開いたとて、そこから飛び出してくるのは難しいだろう。ここからしばらくは力比べのようなものか」
『魔物が再び現れ始めたが、転送陣が間に合った。誘導しながら部屋へ送る』
父の声が聞こえ、それを即座に周りに伝えた。『首』がクスリに抵抗するように魔物を喚び寄せ始めているという事だろうか。
その途端、ズズズと地面が唸った。
「押さえろ! そのまま地面を強化して押さえ込め。エリアで地面の強化をかけろ。攻撃はするな。防御のみでいい」
短いけれど、次々に飛んでくる言葉に、そこに居た全員が地面に向かって強化魔法をかけた。アルフレッドは土魔法は持っていない為、地上に魔物が出てきた場合に備えつつカルロスに向かって口を開く。
「地下の土魔法の者を呼びますか!」
「うむ。アシュトン、耐えられそうか」
「これ以上反発する力が大きくなるとこの人数では」
「アルフレッド、余裕があるものを寄越すように伝えよ」
「はい」
言いながらもクスリを送る魔法を止めずに、自身も噴水の強化を更に強くしながら、カルロスは地下の様子をうかがっていた。少しでも反発をする力が弱まればクスリをいれる管の数を増やすつもりでいた。
「土魔法チームから6名上がってきました」
「うむ。エリアで強化を。反発を押さえろ、上には絶対に出すな。近衛騎士は周囲への注意を。万が一魔物があれば素早く討伐せよ」
「はい!」
近衛騎士隊は勿論魔法も使える者達が入っている。しかし、魔法よりも剣など武術に優れている者達の集まりだ。
応援が来たならば本来の持ち場に戻した方がいい。
噴水の周りは強化により、すでに一枚の石のようになっていた。
何とか押さえているこの状況を考えると、かろうじて封印はかかっていると考えてもいいだろう。おそらくは魔物を喚び寄せながら『首』は扉を壊し、封印を破り、その部屋から出られないかと考えている筈だ。
「む……アルフレッド、クスリの管を二本にしたと伝えてくれ」
「はい」
少し効いてきたのだろうか。だが、そう考えた瞬間。屋敷の裏にゆらりと何かが現れた。
「……サイクロプスだ」
10ティル(10m)、否、もう少しあるだろうか。こんな所に出る様な魔物ではない。一つ目の巨人だった。
『首』は地上に魔物を喚べるようなったのか。だとしたら……とてもこの人数では賄えなくなる。
アルフレッドは素早く地下と部屋に、地上に魔物が現れた事を伝えると、サイクロプスに向かって走り出した。
「近衛と行きます。多ければ戦闘部屋へ送ります」
そして近づいて来る巨人に向かって炎槍を放った。
「地上にサイクロプスが現れた!」
それはすぐに戦闘部屋と地下へ伝わった。
「封印が弱まっているのか? 眠るまで何とか持ってくれるといいのだが」
そう呟いたデイヴィットにすでに出来上がった待機部屋の方に来ていたハワードが口を開いた。
「ここに居る近衛だけでも上に上げるか」
「…………ああ、そうだな。魔導騎士はこれ以上減ると何が出るか分からんから難しい」
「分かった」
そのやり取りを聞いていた、ルシルが部屋から飛び出してきた。
「せめて回復をさせて下さい。バフを送る事はそれほど多くの魔力を使いません」
「…………頼む」
返事を聞いてすぐさま近衛たちに回復魔法と同時にバフをかけた。
「ああ、身体が軽くなった。魔力もいつもより多い気がします」
「では参ります」
「頼んだ」
自身の転移は全員が出来るので、そのまま見送ると、再び扉の外に新たな魔物が現れる。
鳴き声が聞こえ始めた。双頭の魔犬、オルトロスだ。すでに3頭。
「さて、また来たな。ルシルは部屋の中へ」
「後方でバフをかける事は駄目でしょうか」
「浄化の力を出来る限り最大に保っていてほしい。エドワードから大量に魔力回復のポーションを預かっている。惜しみなくそれを使ってほしい」
「……分かりました」
ルシルは邪魔にならないように神官たちのいる部屋に戻った。
そのやり取りをシルヴァンはじっと見ていた。
次々に現れる魔物たち。これがはるか昔に切り落とされた『首』一体が喚んでいるのかと思うだけで自分の認識の甘さが判った。
今回自分には何かを言う権限は与えられていない。ただ黙って事の成り行きを見守るだけだ。それでも分かる。見ているだけでも、自分の小ささが、判る。何か出来る事がないかなども烏滸がましい。自分に出来る事は邪魔にならないようにするだけだとシルヴァンは顔を顰めた。
そんなシルヴァンを視界の端に入れながら、ハワードは神官たちに向かって口を開いた。
「シールドと阻害の魔法をかけておりますのでこちらへ向かう魔物はいないとは思います。クスリはカルロス様が今三本目の管で差し込んで部屋に流し込んでいるそうなので、もうしばらくお待ちください」
それを聞いて、神官たちは大きく頷いた。
次々と現れる魔物に、生きた心地がしなかった状況もあったが、もう少しだ。おそらくもう少ししたら自分たちの出番になる。何としてもこの恐ろしい化け物を封じめなければならない。
先人たちが出来た事だ。自分たちにも必ずできる。そう信じなければならない。神官たちは顔を見合わせながら決意を新たにしていた。先ほどのオルトロスの声はもう聞こえなくなっていた。それにホッと胸をなでおろして、先日首の確認をした神官は隣に座っているルシルを見た。
「魔物が出てくるスピードが明らかに落ちましたね」
「はい。このまま眠ってくれるとよいですね」
聖神殿で見かけた事のある神官に話しかけられて、ルシルは頷いて答えた。
手元にあるのはエディが用意をしてくれた魔力回復のポーションだ。あの時も沢山のポーションを送ってくれた友人。この世界に来た時には敵の『悪役令息』である筈の彼を見て本当に驚いたのだ。彼はどこをどうとってみても『悪役令息』になれるとは思えない人で、しかも少し変わったタイプの転生者で、その戸惑いはすぐにこの世界への焦りに変わり、諦めになり、ここで生きていくための決心になった。
何度も苦しかった時の話を聞いてくれた大切な友人。おそらくは、彼もまた何か、大きな力を持っているのだろうと思った。勿論それを言うつもりも、探るつもりもないが。
「うまく浄化が出来れば……」
「無理は、するな」
「シルヴァン様?」
「死んでは、ならん。だから、無茶はするな」
「…………ありがとう、ございます」
ルシルは静かに頭を下げた。
「どうなるかと思ったけれど、その後は落ち着き始めたみたいだね。クスリも三本の管で入れ始めたみたいだし。このまま上手くいってくれるかな」
戦闘部屋から応援としてやって来てくれたのはマーティンだった。
サイクロプスは三体出たが、一体は部屋に送り、二体は近衛たちと、応援に駆けつけてくれたマーティンと一緒に屠った。
戦闘部屋では次々に魔物が送られてきて、一時は騒然をした感じだったが、どんな魔法を繰り出しても部屋がびくともしないので、結構普段はあまり使えない大技を展開している者もいると言ってマーティンは笑っていた。
「まぁその筆頭に限りなく近いのはうちの父だけどね。それにしてもエディのポーションは良く効く。本当に素晴らしい子だよ」
「ああ。本当に助かっている。ああ、そうだ、今のうちに取っておいてもらおう」
「ああそうだね。下はオルトロスが出た後は落ち着いているみたいだしね。そろそろかな」
「そうだといいけれど」
そう言いながらアルフレッドはエディからのポーチを開けて地面の押さえと強化と結界を維持している者達へポーションを配り始めた。
その瞬間。大きな魔力を感じて、アルフレッドとマーティンは思わず顔を見合わせた。
「なんだ?」
「分からないが、地下だと思う。まさかここにきてグレードの高い魔物を喚んだのか?」
もう三本目の管を挿してクスリを入れていると言うのに、まだそんな力が残っていると言うのか。
地面が魔力でびりびりと揺れているような気がした。嫌な予感がする。
封印が完全に破れたわけではない。しかし……
『フレイム・グレート・グリズリーを喚んだ! ものすごい熱だ。神官たちを一時地上に上げる!』
地下に、あの炎の魔熊が?
『こちらには目もくれずに扉に体当たりをしている‼ やぶられるかもしれない』
「地下に行きます!」
あの日、倒す事の出来なかった真っ赤に燃えていた熊。
噴水の所にいるカルロスにそう言った途端、開けていたポーチの中から何かが落ちた。
---------------
視点が次々に変わる感じだけれど、一人に固定出来ないのでこのままでいきます。
読みづらかったらごめんなさい。
まだしばらくは魔物は現れるかもしれないが、眠りの効果が出てくればそれも減って来る筈だ。
想定以上の魔物の多さと、狭い通路での戦いづらさに、一時的に混乱をしたが、「神の間」の前が広がり、いちいち魔法や携帯用の転送陣によって転送をしなくても通路に設置をした転送陣の上を通るだけで転送が出来るようになれば、扉の近くに神官たちが待機を出来るようになるだろう。後は『首』が眠ってくれるのを待つだけだった。
今、この時点では自分に出来る事は何もない。万が一にでも地上に魔物が現れた時に即座に動けるように周囲を注意するしかない。そう考えながらアルフレッドは噴水の所で魔法を展開させ始めた祖父、カルロスを見た。
扉をガッチリと閉じられ、クスリを入れられた『首』が部屋から飛び出さないように、予定通りに部屋の真上にある使われていない噴水を強化して神の間に蓋をするような形にしてから、カルロスは静かに薬を流し込む管のようなものを噴水の中央から地中へを下ろし始めた。
土魔法で出来た管はまるで地中を流れていく水のようにそのままするすると土の中を下りていく。
カルロスが土魔法の第一人者と言われているのはその魔法量の多さもさる事ながら、一般的な土魔法だけでなく、金属のような硬さから液体のようなものにまで、まるで生き物のように土を自在に操る事が出来るからだ。
まるで意思をもっているかのようなその管は、やがて『首』のいる部屋の上に辿り着くと、その先を今度は膜のように広げてぴったりと地中の部屋の上に張り付いた。一番近い重しになりながらも、それはクスリが送られれば薄いタンクになる。そしてそこから出来る限り穴が開いた事が分からないように、部屋の中に細い管を差し込んで、カルロスはクスリを噴霧しはじめた。
「…………っ!」
瞬間、何かが壊れたような音がした。
それはあの日部屋に施した結界か、それとも部屋ごと封印していたその封印自体が壊れてしまったのか、または『首』がクスリに気付いて暴れ出した音なのかは分からないが、そこに居た者が一斉に身構える。
「…………封印が、解けたのでしょうか」
そばにいたアシュトンの問いにカルロスは小さく首を横に振る。
「分からん。だが、部屋の上部に膜のようにして張り付けてそこから再び管の形にして差し込んでクスリを入れている。膜のような薄いそれも強化はかけているので、一応は押さえにはなるだろう。この噴水自体を蓋にして押さえこんでいるからな。小さな穴が開いたとて、そこから飛び出してくるのは難しいだろう。ここからしばらくは力比べのようなものか」
『魔物が再び現れ始めたが、転送陣が間に合った。誘導しながら部屋へ送る』
父の声が聞こえ、それを即座に周りに伝えた。『首』がクスリに抵抗するように魔物を喚び寄せ始めているという事だろうか。
その途端、ズズズと地面が唸った。
「押さえろ! そのまま地面を強化して押さえ込め。エリアで地面の強化をかけろ。攻撃はするな。防御のみでいい」
短いけれど、次々に飛んでくる言葉に、そこに居た全員が地面に向かって強化魔法をかけた。アルフレッドは土魔法は持っていない為、地上に魔物が出てきた場合に備えつつカルロスに向かって口を開く。
「地下の土魔法の者を呼びますか!」
「うむ。アシュトン、耐えられそうか」
「これ以上反発する力が大きくなるとこの人数では」
「アルフレッド、余裕があるものを寄越すように伝えよ」
「はい」
言いながらもクスリを送る魔法を止めずに、自身も噴水の強化を更に強くしながら、カルロスは地下の様子をうかがっていた。少しでも反発をする力が弱まればクスリをいれる管の数を増やすつもりでいた。
「土魔法チームから6名上がってきました」
「うむ。エリアで強化を。反発を押さえろ、上には絶対に出すな。近衛騎士は周囲への注意を。万が一魔物があれば素早く討伐せよ」
「はい!」
近衛騎士隊は勿論魔法も使える者達が入っている。しかし、魔法よりも剣など武術に優れている者達の集まりだ。
応援が来たならば本来の持ち場に戻した方がいい。
噴水の周りは強化により、すでに一枚の石のようになっていた。
何とか押さえているこの状況を考えると、かろうじて封印はかかっていると考えてもいいだろう。おそらくは魔物を喚び寄せながら『首』は扉を壊し、封印を破り、その部屋から出られないかと考えている筈だ。
「む……アルフレッド、クスリの管を二本にしたと伝えてくれ」
「はい」
少し効いてきたのだろうか。だが、そう考えた瞬間。屋敷の裏にゆらりと何かが現れた。
「……サイクロプスだ」
10ティル(10m)、否、もう少しあるだろうか。こんな所に出る様な魔物ではない。一つ目の巨人だった。
『首』は地上に魔物を喚べるようなったのか。だとしたら……とてもこの人数では賄えなくなる。
アルフレッドは素早く地下と部屋に、地上に魔物が現れた事を伝えると、サイクロプスに向かって走り出した。
「近衛と行きます。多ければ戦闘部屋へ送ります」
そして近づいて来る巨人に向かって炎槍を放った。
「地上にサイクロプスが現れた!」
それはすぐに戦闘部屋と地下へ伝わった。
「封印が弱まっているのか? 眠るまで何とか持ってくれるといいのだが」
そう呟いたデイヴィットにすでに出来上がった待機部屋の方に来ていたハワードが口を開いた。
「ここに居る近衛だけでも上に上げるか」
「…………ああ、そうだな。魔導騎士はこれ以上減ると何が出るか分からんから難しい」
「分かった」
そのやり取りを聞いていた、ルシルが部屋から飛び出してきた。
「せめて回復をさせて下さい。バフを送る事はそれほど多くの魔力を使いません」
「…………頼む」
返事を聞いてすぐさま近衛たちに回復魔法と同時にバフをかけた。
「ああ、身体が軽くなった。魔力もいつもより多い気がします」
「では参ります」
「頼んだ」
自身の転移は全員が出来るので、そのまま見送ると、再び扉の外に新たな魔物が現れる。
鳴き声が聞こえ始めた。双頭の魔犬、オルトロスだ。すでに3頭。
「さて、また来たな。ルシルは部屋の中へ」
「後方でバフをかける事は駄目でしょうか」
「浄化の力を出来る限り最大に保っていてほしい。エドワードから大量に魔力回復のポーションを預かっている。惜しみなくそれを使ってほしい」
「……分かりました」
ルシルは邪魔にならないように神官たちのいる部屋に戻った。
そのやり取りをシルヴァンはじっと見ていた。
次々に現れる魔物たち。これがはるか昔に切り落とされた『首』一体が喚んでいるのかと思うだけで自分の認識の甘さが判った。
今回自分には何かを言う権限は与えられていない。ただ黙って事の成り行きを見守るだけだ。それでも分かる。見ているだけでも、自分の小ささが、判る。何か出来る事がないかなども烏滸がましい。自分に出来る事は邪魔にならないようにするだけだとシルヴァンは顔を顰めた。
そんなシルヴァンを視界の端に入れながら、ハワードは神官たちに向かって口を開いた。
「シールドと阻害の魔法をかけておりますのでこちらへ向かう魔物はいないとは思います。クスリはカルロス様が今三本目の管で差し込んで部屋に流し込んでいるそうなので、もうしばらくお待ちください」
それを聞いて、神官たちは大きく頷いた。
次々と現れる魔物に、生きた心地がしなかった状況もあったが、もう少しだ。おそらくもう少ししたら自分たちの出番になる。何としてもこの恐ろしい化け物を封じめなければならない。
先人たちが出来た事だ。自分たちにも必ずできる。そう信じなければならない。神官たちは顔を見合わせながら決意を新たにしていた。先ほどのオルトロスの声はもう聞こえなくなっていた。それにホッと胸をなでおろして、先日首の確認をした神官は隣に座っているルシルを見た。
「魔物が出てくるスピードが明らかに落ちましたね」
「はい。このまま眠ってくれるとよいですね」
聖神殿で見かけた事のある神官に話しかけられて、ルシルは頷いて答えた。
手元にあるのはエディが用意をしてくれた魔力回復のポーションだ。あの時も沢山のポーションを送ってくれた友人。この世界に来た時には敵の『悪役令息』である筈の彼を見て本当に驚いたのだ。彼はどこをどうとってみても『悪役令息』になれるとは思えない人で、しかも少し変わったタイプの転生者で、その戸惑いはすぐにこの世界への焦りに変わり、諦めになり、ここで生きていくための決心になった。
何度も苦しかった時の話を聞いてくれた大切な友人。おそらくは、彼もまた何か、大きな力を持っているのだろうと思った。勿論それを言うつもりも、探るつもりもないが。
「うまく浄化が出来れば……」
「無理は、するな」
「シルヴァン様?」
「死んでは、ならん。だから、無茶はするな」
「…………ありがとう、ございます」
ルシルは静かに頭を下げた。
「どうなるかと思ったけれど、その後は落ち着き始めたみたいだね。クスリも三本の管で入れ始めたみたいだし。このまま上手くいってくれるかな」
戦闘部屋から応援としてやって来てくれたのはマーティンだった。
サイクロプスは三体出たが、一体は部屋に送り、二体は近衛たちと、応援に駆けつけてくれたマーティンと一緒に屠った。
戦闘部屋では次々に魔物が送られてきて、一時は騒然をした感じだったが、どんな魔法を繰り出しても部屋がびくともしないので、結構普段はあまり使えない大技を展開している者もいると言ってマーティンは笑っていた。
「まぁその筆頭に限りなく近いのはうちの父だけどね。それにしてもエディのポーションは良く効く。本当に素晴らしい子だよ」
「ああ。本当に助かっている。ああ、そうだ、今のうちに取っておいてもらおう」
「ああそうだね。下はオルトロスが出た後は落ち着いているみたいだしね。そろそろかな」
「そうだといいけれど」
そう言いながらアルフレッドはエディからのポーチを開けて地面の押さえと強化と結界を維持している者達へポーションを配り始めた。
その瞬間。大きな魔力を感じて、アルフレッドとマーティンは思わず顔を見合わせた。
「なんだ?」
「分からないが、地下だと思う。まさかここにきてグレードの高い魔物を喚んだのか?」
もう三本目の管を挿してクスリを入れていると言うのに、まだそんな力が残っていると言うのか。
地面が魔力でびりびりと揺れているような気がした。嫌な予感がする。
封印が完全に破れたわけではない。しかし……
『フレイム・グレート・グリズリーを喚んだ! ものすごい熱だ。神官たちを一時地上に上げる!』
地下に、あの炎の魔熊が?
『こちらには目もくれずに扉に体当たりをしている‼ やぶられるかもしれない』
「地下に行きます!」
あの日、倒す事の出来なかった真っ赤に燃えていた熊。
噴水の所にいるカルロスにそう言った途端、開けていたポーチの中から何かが落ちた。
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視点が次々に変わる感じだけれど、一人に固定出来ないのでこのままでいきます。
読みづらかったらごめんなさい。
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