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第7章  厄災

243. 出発前日

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「ああ、本当だ。綺麗な木だね」 

 あの青緑色の葉の木の温室に僕と兄様は来ていた。もう兄様の背を超える程大きくなった木の幹はそれでもまだ木としては細くて、両手で円を作ると上下が3ティンほどずつ足らない位の大きさだ。

「木の幹も少し変わった色をしている」
「はい、少し白っぽいグリーンですよね」
「うん。あんまりでこぼこもしていないないし、だけど枝が多いんだね。きっと風が吹くと葉が綺麗な音を立てる様な木だ」
「ああ、そうかもしれません。お祖父様から許可が出たら外に植えられるといいなぁ。この植木鉢ではやっぱり可哀そうだもの」

 おそらくこれ以上大きくならないのは植木鉢に植えているせいだろう。もっと根が張れば、きっともっと大きな木になりそうだ。

「明日はこの木にお願いをする事にしました。お祖父様がこの木から作って下さったお薬が効いて、厄災の『首』が眠ってくれますように。誰も怪我をする事なく無事に封印が出来ますようにって。だから、ちゃんと皆で帰って来て下さいね。」
「勿論」

 兄様はニッコリと笑った。
 いよいよ明日、一つ目の首の封印に出発する。
 お城での作戦会議で出てきた魔物と戦う場所を地下の細い通路ではなく外に作ってしまう事になって、それをこの前の温室みたいに作っておいたのをマジックボックスに入れて持っていく事になったって聞いて、僕は勿論お手伝いをしに行った。ハリーもね。アシュトンさんも来ていたし、他にも土魔法を得意とする騎士様達がやってきて、本当に嬉しそうに作業をしていた。
 お陰でものすごく大きくて立派な戦いのお部屋というよりは、何だろう。戦う大ホール? みたいなものが出来上がって、これでもかって程強化と、魔物が外に出られないような結界を施した。
それをお祖父様が「よいものが出来た」って言ってサクッとマジックボックスに入れたら、皆からものすごい歓声が湧き上がっていた。何だかすごかったなぁ。

 参加をするメンバーも決まった。
 父様と兄様と側近の人たち。今回はジェイムズ君がお城での留守番になった。そして揉めたけれど第二王子も行く事になった。父様は「守る者が増えると足手まとい」とはっきりと言っちゃったそうなんだけど、王様が「己を知る機会を与えてやってほしい」って頼み込んだんだって。とにかく戦いへの手出しは無用で命令も出来ない、神官とルシルと一緒にいる事になっていざとなったら他の魔導騎士たちと一緒に神官たちを外へ転移をさせて避難をさせる役目に着く事になったらしい。
 あとはレイモンド伯爵とその魔導騎士団30名。王国の近衛騎士団から15名。フィンレーの先日『首』を見ている魔導騎士達を10名。別に土魔法に長けた騎士を15名。神官さん達は8名。そして【光の愛し子】である、ルシル。
 眠らせるチームにはお祖父様とアシュトンさんと先ほどの魔導騎士団から3名と近衛騎士団から3名それと兄様はここに付く事になったんだって。お祖父様と一緒。
 ちなみに父様とロイス様は地下通路から入るチームで、レイモンド伯とマーティン君は戦闘用の部屋チーム、ハワード先生とダニエル君は神官さんたちと殿下と土魔法チームの人たちと一緒に動くような感じだって。

「それにしても、もう12の月なんて早いですよね」
「そうだね。でもこれが終われば、とりあえずは一段落かな。これでもまだ崩壊が収まらないようなら、他の首の封印も解けかけているって事になるから、また忙しくなっちゃうのかもしれないけれど」

 兄様が少しだけ苦笑しながらそう言った。本当にそうだ。これでなんとか落ち着いてほしい。

「だけど今後の事を考えて『首』のある場所は分かっていた方がいいからね。幸い今回の調査で他の場所も候補地が絞られているから、出来れば早めに確定をして封印の状況を確認して封印をし直すなり、強化をするなりしてしまいたいね」
「はい。そうですね。そうすれば安心です」
「うん。そうしたら王城の忙しさはなくなるだろうし、エディと一緒に過ごす時間も増えるかな」
「え、あ、はい。そうですね。この前にみたいに一緒に食事をしたり、お茶を飲んだり、お話をしたり普通に出来るようになりますね」

 そう言えば、兄様の自主的なお休みの時に、僕たちは久しぶりに色々な話をして、そして、少しだけ『記憶』の事も話したんだ。僕の『記憶』はもうほとんど消えてかけている。彼のいた世界の事もよく分からないし、昔書いたメモを見ると「ああ、そういえば」って思うんだけど、もうそれは僕の中では僕が過ごしてきた記憶にすり替わって存在している感じなんだ。不思議。
 兄様の記憶は兄様の中に入っていた人の記憶を自分の中に知識として取り入れたような形だからそのまま存在している。ただ残念なのはその人はきちんと覚えているほど小説を読み込んではいなかったみたいだって言っていた。アニメーションとか漫画とかの記憶の方がはっきりしているんだって。

 でも現実では僕は悪役令息にならず、断罪もされていないし。そして兄様も殺されていないし、第二王子の側近になっている。そしてなぜかどこにもいなかったニールデン公爵子息が一緒に側近になっているし、覚えている『記憶』の中には厄災の話の首の話も、小説のラストもいくら考えても分からないって言っていた。

 これはもう僕たちの世界は小説とは違う別の世界なのか、その小説の続きを『記憶』を持っている人間が知らないんだねって話をしたんだ。
 だから、この先は完全に僕たちのオリジナルストーリーだ。誰もどうなるか分からない。自分達で作っていくしかない。

「乗馬もしよう、エディ」

 それがどういう意味なのか、さすがに僕にだって分るよ。

「……春になったら、小さくなってしまった東の森に行ってみましょうか」
「ああ、そうだね」

 ずっと行かれなかった東の森に、兄様からいただいたあのグローブをして行ってみたら、僕の答えは出るだろうか。

「でもまずは明日」
「はい。明日。どうか、どうか無事に封印できますように。誰も怪我をせずに、皆が無事に戻ってきますように」

 僕はもう一度、その木に向かってお祈りをした。すると木の枝がなぜか揺れて、僕たちの目の前にパサリと落ちた。

「え? これは」
「……エディの代わりに連れて行けって事かな」

 兄様は小さくそう言って枝を拾い上げた。

「ではそうしよう。エディからもらった沢山のポーションと一緒にバッグの中に入れておこう」

 そしてバッグの中にそれを入れて笑った。

「準備があるから今日はタウンハウスには戻らないよ。エディもこちらにいるんだろう?」
「はい。試験も終わったので、こちらから祈っています」
「うん。よろしくね」
「はい」

 僕が頷くと兄様も笑って頷いた。そして。

「これだけ、許して?」

 言葉と一緒に僕は兄様に抱きしめられていた。びっくりしてヒュッと一瞬息が止まる。

「行ってきます、エディ」

 耳元を掠めた声。そして頬に触れた唇。
 離れて行こうとしたその身体に僕は思わずしがみついていた。

「エディ?」
「…………ご、ご武運をお祈りいたします」

 早口でそう言って、僕は兄様の頬に掠めるように口づけて、離れた。

「…………ありがとう」

 そうして兄様は、出かけて行った。



 その日の夜、オックス領を調べていたスティーブ君から連絡が入った。

『遅くに失礼いたします。遅くなりましたがオックスにて調べた結果、古くからダンジョンのあったモーリスとその隣のオックスには、鍛冶の街があり、ドワーフが住んでいた事が分かりました。今はその子孫と言っても人との婚姻を繰り返した為、ドワーフとしての力や特徴はほとんどないようですが、そこに伝わっていたものを見つけました。写しの魔道具を使って後ほどそちらにお送りいたしますが、その中に首についての記載があります。一の首の「呪い」を賢者が、二の首の「死」を魔導師が、そして三の首の「絶望」を王がそれぞれに封じたというものです。場所は書かれておりません。しかし、それとは同時に四の首の「破滅」は精霊が、五の首の「狂気」は魔物が隠したというような記載もありました。ここから見つかったのはどうやら五つ首の化け物の方の話のようです。どこまでがルフェリットと同じなのかは分かりません。明日はいよいよ封印と聞きました。成功をお祈りしております」

 僕はこの事をすぐに父様とお祖父様と、そしてハワード先生にお知らせした。


 ハーヴィンの首は一の首の「呪い」
 その為の封印を朝までかかって準備をして、皆は出発をした。



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甘いのの後に、大き目情報ぶち込んで、出発!

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