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第7章  厄災

229. 暗闇の中から

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屋敷の中は思っていたよりも、廃れてはいなかった。幾つかの『ライト』による魔法で照らし出されたエントランスを見てデイヴィットはそう思った。
もっとも人が住まなくなってから十年以上が経っているのだ。それなりに埃もあるし、調度品などの家具は盗難にでもあったのか、それとも違う場所へ移したのか、あまり多くはなかった。

「窓を開けられませんし、大人数で歩くとどうしても埃が立ちますから、クリーンをかけてもいいでしょうか」
「そうしましょう。埃や蜘蛛の巣をかき分けてという経験は不要です」

ハワードが答え、数名の魔導騎士たちが『クリーン』の魔法をかけると、あちこちに『ライト』の灯りがはっきりと浮かんだ。

「ふむ、幽霊屋敷から古い家位になったね。さて、屋敷内を見るかい? それとも地下にあるという『神の間』を見に行くかい」
「……少し屋敷の中を見ましょう。魔素や魔物からの被害も確認をしておかなければ」
「うん。ではそうしよう。時間もそれほどないしね」

そう言って一行は2階のリビングルームと家人たちの部屋などを見て回った。
特には変わったこともなく、1階と同じように調度品などは持ち出されてい居るようだった。

「こちらが、エドワード様がいらしたお部屋です」

マリーがそう言ったのは端の方にある、およそ伯爵家次期当主の嫡子の部屋とは思えないほど簡素な部屋だった。

「私がこちらに雇われる2歳過ぎまでは、ほとんど歩く事も、喋る事も出来ないような状態で、お身体もとても小さかったのを覚えています」

どうしてそんな扱いだったのか。言葉にはしないものの誰もがそう思った。

「3階は簡単なパーティーホールと大旦那様用のお部屋がございます」
「うん。もういいかな。1階をざっと見て地下へ行こう。マリーは地下の「神の間」には入った事がなかったんだね?」

デイヴィットが訊ねるとマリーはコクリと頷いて口を開いた。

「はい。申し訳ございませんが、そのような部屋がある事自体存じ上げませんでした。地下には納戸のようなものもございますし、何に使われているのかよく分からないような部屋もございましたので。私たちメイドや下働きの者たちはこの奥の離れの方の地下と一階に部屋をいただいておりますが、私はほとんどエドワード様の隣の控え部屋で過ごしておりました。家令や執事、それにご家族についている専属の侍女や侍女長などはこちらの1階に部屋を頂いておりました」
「なるほど、それでも貴女の本来与えられていた部屋は離れの方だったのですね?」
「はい」

ハワードの問いにマリーはコクリと頷いた。



一階のサロンや、部屋などを魔素の気配を調べながら確認をして、特に変わった状況がない事を確認し、一行は地下へと足を向けた。

「今の所は魔素や魔力が大きく感じられるような様子はありません」

神官の言葉に頷いて一行は地下の部屋を確認しながら進む。
そして奥から数えて2番目の部屋をデイヴィットは黙って見つめた。始めはこのドアが分からずに、マリーが魔法を解くと1番奥と3番目の間にこのドアが現れたのだ。今はきちんとドアが均等に並んでいる。

デイヴィットはそっとドアに触れて、開いた。
エドワードがマリーによって避難をして隠れていた場所。
この小さな部屋の中、隠ぺいと認識阻害の魔法に守られていた幼い子供。
今思い出しても胸が痛くなるとデイヴィットは思った。
振り向くとアルフレッドも、そしてマリーも苦し気な顔をしていた。

「…………は………うそだろう?」

デイヴィットは思わずそう声を漏らしていた。
埃は積もっているが、あの日と何も変わっていないのだ。
二つの水差し、転がっているカップ、いくつかの色あせたクッキーの箱のようなもの、クッション、部屋の隅に置かれたままの布団……

ふとそこに横たわっている小さな子供が見えた気がして思わずしゃがみ込んだ。

「父上……?」

後ろから聞こえるアルフレッドの声に我に返る。

「……ああ、すまない。大丈夫だ。もう行こう。ここには誰もいない」

そう、ここに居た子供は輝くようなペリドットグリーンの瞳で、ポーションを作ったり、大人たちの食事の心配をしたり、そして、大きな加護に戸惑いながらもそれを自分のものにしようとしている強い少年に育った。

「こちらはここで行き止まりか。では反対側に神の間への入口があるのか」
「いえ、その。私が存じ上げないと言ったのは、見た事がないという意味です。私は2年ほど、こちらで働き、地下へも入る事はありましたが、神の間への入り口など見た事がありません」
「どういう事だ? 構想だけだったという事か? さすがに悪しきものを封じた上で暮らすのは止めたと」
「ですが、こちらの屋敷図には確かにこの屋敷から通路があるように書かれています。ハワード様はこの屋敷の家令だった者に確認をされたのではないですか?」
「はい。主人にしか伝わらない扉があるという事は認めていました。もっとも家令であった者もそこには入った事がないようですが」
「何か解術のようなものが必要なのでしょうか」
「術の跡などを確認できる方はいらっしゃいませんか?」

神官がそう言うと魔導騎士の中から手が上がった。

「解析というスキルを持っています」
「それは珍しい。この周辺を調べてみてくれるかい?」

ハワードに言われて青年は行き止まりになっている壁とその周辺を調べた。

「確かに隠ぺいがこちらの陣によって施されています。こちらに鍵穴がありますが、申し訳ありませんが、私にはこの術を解除は出来ません」
「ありがとう。鍵は家令だった者より王令でもらい受けています」
「さすがだな。でも隠ぺいされている所に鍵をさしても扉は開くものなのかい?」
デイヴィットがそう訊ねると神官の一人が即座に「無理です」と言った。

「という事はこの隠ぺい魔法を解かないといけないわけだ。今不穏な気は?」
「こちらには特には」
「そうか。では開けてももう封印は解かれて何もないのかもしれないな。具体的にどんなものがあって何を封印すればいいのかが分からないと、封印をやり直せないな」
「けれど、エディからの話では確か助ける力をうまく使えないと直らないと」
「ああ、そうだね。それがここの封印の事を言っているのかは分からないけれど「壊れたらもう直せない」んだったね」

アルフレッドの言葉にハワードが小さく頷いてそう返した。

「闇魔法の解術であれば出来ると思います。エドワード様に闇魔法を幾つかお教えする時にカルロス様から魔法陣を習いました。陣の中に私の魔力を染み込ませて解きます」

魔導騎士たちはマリーを驚きの眼差しで見た。
闇属性の魔法は光属性と同じように、他の四属性に比べて珍しい。そして、魔導師でない彼女が魔法陣を理解しているという事も普通であれば有り得ない事だった。

マリーは魔法陣が描かれているその上に手を翳し、何かを唱えて陣を可視化した。
そしてその中に自身の魔力をゆっくり流して術を解いていく。
間違えれば暴発する恐れもある繊細な作業だ。

けれど、時折何かを唱えながら彼女は淡々と作業を続けて、やがて何もなかったその壁に古い古い扉が現れた。

「終わりました」
「ご苦労だったね。エドワードの魔力ポーションを飲んでおいてほしい」
「ありがとうございます」

マリーは少しだけ嬉しそうにデイヴィットが差し出した小瓶を受け取った。
その横でハワードが用意をしていた鍵を鍵穴の中に差し込んだ。

カタンと何かが下りた音がして古い扉が軋んだ様な音がした。
その瞬間。

「魔力が、高い魔力がこちらへ向かっています!」

神官が叫ぶと魔導騎士たちが一斉に剣を抜いてドアの前に立ちふさがる。
地下の狭い廊下は身動きが取りにくい。

「アルフレッド、神官様とマリーを安全な所に。その人数で別の階に行かれて何か不測の事態が起きても困る。近くの部屋に入ってとりあえず防御を」
「はい」

デイヴィットの言葉にアルフレッドは階段に近い部屋に入った。すぐさまマリーが防御壁を展開する。

「ふふふ、変わっていないね。マリー。まさかここでまた君の魔法を見る事になるとは思わなかった」
「はい」
「部屋自体に他の者が入って来られない結界をかけよう。騎士たちが圧されるような事はないとは思うが、この狭い部屋が相手にとって有利になってしまうと困るからね。いざとなったら僕も出る。マリーは神官様達を守って。駄目ならこの5人で転移をしてしまおう」
「分かりました」

やがて扉を開けたらしい音がしてけたたましい鳴き声が聞こえてきた。

「ヘルハウンドだ!」

閉ざされていた暗闇の中からやってきたのは黒い魔犬。唾液に衰弱の呪毒を含み、遠吠えに恐怖の呪いが込められていると言われている妖犬が、扉を開けた人間たちに襲い掛かって来た。


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