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第7章  厄災

216. さぁ、話をしよう

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夕食が終わってから僕たちはそのまま兄様の部屋に行った。

小さな応接室の方でとも思ったけれど、兄様が部屋でいいよと言ったのでそうなった。
久しぶりに訪れた兄様の部屋は、以前よりももっとさっぱりとしていた。収納をほとんどマジックボックスにしてしまったらしく、机と、飾り棚と、小さめの本棚、それにクローゼットとベッドというとても簡素な印象だ。

ただ、以前あった小さめのテーブルセットではなく、部屋の中には四・五人が座る事が出来るソファとテーブルのセットが置かれていた。
そこに向かい合わせで腰かけて、僕はゆっくりと口を開いた。

「今日はありがとうございます。一緒に夕食まで食べられて嬉しかったです」

僕がそう言うと兄様は「せめて週に二度くらいはそうしたいよね」と言った。それに小さく笑って「お願いします」と言ってから、僕はキュッと口を結んで……再び開いた。

「今日はルシルを含む僕の友人たちに西の国で120年ほど前に起きた事を話しました。父様にもお願いをした時に話したのですが、本の話とあの話はやはり切り離して考えるものではないと感じていたからです。話をして、やはり良かったと思いました。僕が感じた事以外にも色々な意見が出たからです。自分が気づかない視点に気付けるというのは有難いなと思いました」

そう言って僕はスティーブ君とユージーン君がまとめてくれた話の内容を書き留めたものを広げて見せた。
兄様はそれを手にとって、目で追い始める。
言葉のない空間は少し重く感じるけれど、それでも真剣に僕たちが話をした内容を見つめる兄様を見るのは何だか嬉しかった。

「やっぱり始まりのきっかけが気になるね。でもこのどちらも封印を解いてしまった事が原因という考え方は面白いな。まったく考えられないわけではない。五つ首の名前がないかというのは確かに気にはなっていたよ。それと、覇権争いから始まるというのは在り得る話だな。五種族か、確かにね。後はそうだな、先々王の行いについてはやはりルフェリットでは受け入れられないほどのものだね。死して彷徨うという点をアンデッド騒ぎと結び付けたりもしていたみたいだね。砂漠化についての謎も確かにルフェリットとは異なるような気もするよね。うん。それでエディはこの出てきた意見をどうしたいのかな?」

兄様は話し合いをまとめた紙をテーブルの上に置いて、僕を見た。

「とりあえずは参考に。次に出てきた事実との比較材料にと思っています。勿論それぞれが今調べている事の参考としてもいいし、乱暴な言い方をすれば仮説にしてもいいと思っています。ただ本の内容だけで色々と探るのは限界があると思ったので、話したかったんです。情報を共有すれば今回のように新たな視点が見えてくる事がありますから」
「わかった。ではそのように父上に伝えておこう。私もエディたちの話し合いを情報の一つとして扱っていくね」
「はい、ありがとうございます」

良かった。自分の意見がきちんと話せて。そしてみんなの意見が参考というか、情報の一つになってこれからの事に重ねられていく。
こうして少しずつ本当の事が判って、判っただけでなく、その解決方法も見つけていけたらいいと思う。

「アル兄様」
「なんだい?」
「まだ数日しか経っていませんが、その後何か変化はありましたか?」
「特にはないね。ゼフの方からもまだ有益な報告は上がってこない」
「モーリスの方もですか?」
「うん。魔物が溢れ出したというような情報はないね。その辺りは王国内のギルドと情報を共有しているから下手に領主を通して王国へ知らせが入ってという事よりも早いと思うし、前線に立つ冒険者たちから直接情報が入るからね。半面冒険者を装ったような人物に操作をされやすいという点もあるから、ある程度の確認は必要になって来るとは思うけどね」
「……なるほど」

僕はコクリと頷いた。

「何とかもう少し西の国の情報が入ってくればいいんだけれど、こればかりは私たちが行って直接集めるような事は出来ないからね。叔父上がどこまで手を伸ばして下さるか。もしも西の国のあの混乱が、本当に『首』の封印が解かれた事よるものだったとしたら。そして先ほどエディたちが話していたように王国内に「呪い」と「絶望」と「死」という名前の首が封印されていて、そのどれかが、あるいは全ての封印が解けているかまたは解けかけているのだとしたら、ルフェリットはこれから先々王が引き起こしたような「厄災」に見舞われる事になる。始まりが似ている事が前兆だとしたら、バランスの崩壊というのは厄災と呼ばれた化け物の首が解き放たれたという事になるからね」

『はいったらいけないのにやくそくやぶったー』

ふと、妖精の声が甦った。そう、皆に言えなかったのは妖精の話だ。
これはハロルドの加護に関わるので言う事が出来なかった。
でも妖精は確かに「はいったらいけないところ」といっていたし、「くずれそう」だと、「くずれてどこかとつながる」と、「なおすちからをはうまくつかわないとなおせなくなる」と言っていた。
それは本当にこの封印の事なのではないかと時間が経つほど思えてくるんだ。

「アル兄様、妖精が言っていた入ったらいけない所というのは、やっぱり封印した場所なのでしょうか」
「そうだと決める事はできないね」
「彼らが言っていたなおすちからというのは何でしょうか」
「分からないな。でも西の国は先王が自身も呪いを受けながらも崩壊を食い止めているのは確かな事だ」
「加護持ちだったかもしれない先王ですね。では……」

僕は一度息を吸って吐いた。

「この国ではルシルか、僕か、ハロルドでしょうか」
「エディ」
「すみません。まだ何も判っていないのに……でも、考え出すとつい」
「うん。気持ちは判るよ。でも決めつけては駄目だ。それにね、加護だけを考えるのであれば、この王国内には沢山の加護持ちが居る。愛し子と呼ばれるような加護が三人の他に存在しているのかどうかは分からないけれど、仮にもしもそうだとしても、私はエディたちに先王のように呪いを受けさせてまで崩壊を食い止めてくれとは言わないよ。父上たちも言っている。一人の力のある加護者に背負わせるものではないとね。私たちが選ぶのはそういう道だ。西の国とは違う」

真っ直ぐに見つめてくるブルーの瞳。
ああ、やっぱり僕はこの瞳が好きだなって思った。
初めて会った時から、ずっと、ずっとこの瞳が……

「エディ?」

この声が好きだなと思った。

「……はい。兄様。約束します。そんな風には考えません。僕も、ルシルも、そしてハリーもそんな風にならないような『なおすちから」を考えます」
「うん。そうしよう。西の国には西の国の、ルフェリットにはルフェリットのやり方がある。エディたちが今日考えたように、皆で考えれば、おのずと答えは見つかる筈だ。だから一人で抱え込むような事はやめてほしい。間違っても犠牲になるような事は考えないでほしい。エディに何かあったら、私はそんな選択をさせた自分が許せなくなるよ」
「アル兄様?」
「……とりあえず、今日の話はここまでにしよう。先ほど言ったように父上への報告は私からしておくから。とにかくまずは魔人の事に気を付けるようにして。何かあったらすぐに知らせを」
「分かりました。ありがとうございました」

僕はそう言ってゆっくりと立ち上がった。そしてぺこりとお辞儀をしてドアへと向かおうとした途端。
兄様はもう一度口を開いた。

「今日はもう何か考えたらダメだよ? エディは目を離すと勝手に色々考えて、ふいと私の手が届かない所に行ってしまいそうで時々不安になる」

目の前に立った兄様は少しだけ悲しそうだった。そんな顔をさせてしまったのが自分なのだと思って僕もまた少しだけ悲しくなる。

「そ、そんな事はしませんよ」
「本当に?」
「本当です。ちゃんと約束を守ります。直す力の事も、一番に知らせる約束も」

僕がそう言うと、兄様はブルーの瞳をそっと閉じて……開いた。

「……うん。判った。じゃあ、おやすみ。エディ」
「おやすみなさい。アル兄様」

兄様は小さく笑って、それからもう一度「おやすみ」と言ってドアを開けた。
部屋を出て自分の部屋に向かいながら、ふと今日はギュッとしてもらえなかったなと思って、少しだけ顔が赤くなった。なぜか分からないけれど、夕食前にキスをされた頭のてっぺんが熱くなったような気がした。


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