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第6章 それぞれの
【エピソード】- ルシルという少年(シルヴァン)
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【光の愛し子】が現れた。
その言葉を聞いたのは、私が17歳の時だった。
王都の学園の最終学年に上がる少し前、色々と噂のあったハーヴィン領に想定外の魔物が出現して村は一人の子供を残して全滅。その子供と一緒にいた数名が神殿に運び込まれたが、結局その子供しか助からなかったと聞いた。
子供の名前はルシル、12歳。
助け出された時、周りにいた子供たちと一緒に防御魔法の中に居たという。
その後、防御魔法を使ったのはルシル本人だったという報告があった。
平民の12歳の子供が防御魔法を使っていた。しかも無意識に。更に傷を治しているような所も見られた。
神殿は騒ぎ出し、王宮の大人たちも騒ぎ出す。
そして、子供の回復を待って行われた魔法鑑定でルシルは光魔法の他に聖魔法の属性を持ち、さらに【光の愛し子】という加護を持っている事が判った。
父であるルフェリット国王はすぐに動き、ルシルを隣領のマーロウ伯爵に保護をさせ、そのまま養子として伯爵家の中に入れさせた。王家の声がかりで行われたという事を隠す事はあえてしなかった。
そうする事が大きな加護を持つ子供を守る事にもなると考えたからだった。
もっともその時点では私とルシルには何の関わりもなかった。
正直に言えば、そんな大層な加護を持つ子供は大変だな。きっと大人たちに食い物にされてしまうだろう。
それくらいの気持ちだった。
実際マーロウ伯爵家に保護をされても、水面下で動いている者たちの影がチラチラと伝わってきて、嫌な気持ちになったのを覚えている。
だが、12歳で貴族であれば、王都の学園に通わなければならない。
マーロウ伯爵家の子供はすでに学園を卒業しているため、同じ学年で誰か友人になれるものをと探したが、一番の候補に上がったフィンレー侯爵家からは「身体があまり丈夫ではない子供ですので」の一言で断られたと聞いた。
オルドリッジ公爵家が手を上げたが、それは保護をしているマーロウ伯爵家に比べてあまりに爵位の差があり、取り込まれてしまう恐れがあるため認められず、学年は異なるが、私の側近候補として通っている3人がフォローをしながら、同じ学年のレイモンド伯爵家の三男と、中立の立場にあり、比較的マーロウ家とも繋がりのある伯爵家の子息二人がルシルと行動する事となった。
ここで僅かながらに接点が生まれる。
もっとも私は高等部の最終学年で、ルシルは初等部の一年。いくら側近候補たちがフォローをすると言っても、接点はなく、実際はどのような力を使うのかも分からないまま、ほとんど意識の中にはなかった。
しかしここ数年、王国の中では今までと考えられないような事が多く起きていた。
街の中に魔素が湧いたり、魔獣が現れたり、原因の分からない病気で女性が亡くなる事も増えてきた。
私の母もこの病で発症してからわずか1週間足らずで逝ってしまった。
効きそうな薬を試し、勿論聖神殿で病を祓う魔法も受けた。けれど何ひとつ効かなかった。
そんな中、今度は学園の中で魔素が湧き、魔物が現れた。
学園は強力な結界で守られていて、中で魔法を使うにも届け出が必要、攻撃魔法は無力化してしまうようになっている。勿論悪意を持った何かが結界の中に入る事は出来ない。
それなのに、魔物が湧き、その魔物が魔法を使う事が出来るというのは、どう考えても信じられないとしか言いようがなかった。
逃げてきた初等部の者たちと一緒に、護衛たちに言われるまま聖堂に避難をしていると側近候補たちが魔物との戦いに出る準備を始めた。高等部の高レベル保持者へ、対戦の許可が下りたからだ。一応私もその条件は満たしている。
行こうとすると嫌な顔をされたが、そんな事で傷ついていたら王族などやってはいられない。
そこで初めて、ルシル・マーロウに会った。
第一印象は大きな瞳の細い子供だった。
でも何かを必死に掴もうと足掻いている事は判った。
そして、私はそこで、彼本来の力を初めて目の当たりにする事になる。
きらめく光と共に浄化されて消えた魔物。
声が出なかった。
どういう力なのだと、冷静を装いながらも彼から目が離せなくなった。
そして彼は魔物だけでなくそれを生み出した魔素溜まりまで浄化して消してしまったのだ。
魔力の多い大人でも魔力枯渇になるだろう。
まだ少年の面影が残る彼は、自分ができる精いっぱいの事をした。けれど、想定していたより遥かに大きな力を持つ少年を大人たちは放ってはおかなかった。
囲い込みどころではない、今度は自領で戦う術を持たない所に派遣をして、浄化をさせればいいなどと言い出す馬鹿が出てきたのだ。
まだ未成年である私でさえ、それがどんなに非道な事であるか目を剝くような事を平気で口にする大人に嫌悪しか湧かなかった。
紛糾した王城の会議を私は冷めた目で見つめた。そして今の自分に何が出来るのかを考えた。
その年の終わり、ルシルを使い捨てさせるような事を反対する派閥の者たちを巻き込み、彼を私の側近候補とする事にした。伯爵家という爵位では抑え切れない者たちから無理難題を言われないようにする措置だった。
そしてその後、私はルシル・マーロウが「記憶持ち」であるという報告を受ける。
「記憶持ちというのはどういう事なのかな」
私の問いに、次期賢者候補のメイソン子爵は、顔つき一つ変えずに口を開いた。
「そのままです。生きとし生ける者はいつかはその生を終え、また新たな命を得て生まれ変わるという思想がございます。ルシル・マーロウは今の自分の前の自分の記憶があると言っております。これは一部の者しか知らない事ですが」
「そうだな。中々それが納得できる者は少ないだろう。それで?」
「ルシルの記憶はこの世界の者ではなく、違う世界の者でその世界は、この世界に似た事が書かれている小説があったと。私たちやルシル自身、その小説に書かれていたと。ルシルが言った事を裏付けるような事が起きた事も事実です。が、異なる事もあります」
「話にならんな」
「すべては信じられませんが、それをこうなるかもしれないという予測の一つとして考える事は可能です。まぁあくまでも参考程度のものですが」
私はそれをあてにするつもりはなかった。
それどころか出来ればルシルの力を使わせたくはなかった。
人知を超えるような魔法は人々の信仰にも、恐怖にもなる諸刃の剣だと思っていたからだ。
あの輝く光の魔法は確かに素晴らしいものだったが、それを使うルシル自身に本当に何もないのかという懸念もあった。
使えば使うほど、命を削るような事はあってはならない。
まだ少年の面影が残る彼にそんなものを背負わせるような国であってほしくない。
だが、王国はそこから更に、禍とでもいうような事が重なる。
まるで何かに呪われているようだと、囁く声も多くなってきた。
アンデッド騒ぎや公爵家の没落、そして魔素が人の感情を操ったり、人の中に入り込む、あるいは魔獣のように人を飲み込み魔人化するという事も起き始めた。
しかし、そんな中でも明るい話もあった。
母を奪ったエターナルレディなどというふざけた名前の病の薬が出来たのだ。
それもルシルの予見によって薬草が見つかったという。
何が起きているのか、これからどうなっていくのか、という事は、今や誰もが抱えている疑問だ。
その中でどうやって生きていくのが正しいのか。
答えが見つからないまま時間が過ぎていく中、ルシルは高等部に進学した。
だが、彼が依然未成年であることに変わりはなく、第二王子の側近候補という枠を飛び越えてまでルシルにコンタクトを取ってこようとする者の情報は漏れなく父に流した。
そんな中、もとハーヴィン領の荒廃が進み、砂漠化をしているという報告が入った。そして、ルシル自身がその調査をしたいと言い出したのだ。
以前、ルシルは、前世の記憶の中で、私と側近たちと一緒に魔物の討伐を行ったと言っていた事があった。
勿論そんな事はするつもりはないし、正直させるつもりもないと思った。学園で魔物が現れた時にはそのような感じになった事もあったが、本来私のやるべき事の中に魔物の討伐などは存在しない。
それは各領の騎士たちか、王都内であれば魔導騎士隊、もしくは近衛騎士隊の役目だ。王族自らが討伐に赴くなどというのはありえない。
けれど、私は未だにルシルを自分たちの思うように使おうという派閥の整理と、実際に管轄領になったハーヴィンがどのようになっているのか、砂漠化がどのようなものなのかを知っておきたいと思ってそれを受けた。
結果は酷いものだった。
被害を受けた領民たちにきちんと補償をして、これからの事を含めた手続きは済んでしると聞いていたそこには、忘れ去られて捨てられたような人々がいた。しかも私たちが目にしたのはおそらくその中のほんの一部だろう。
だが、調査隊として出てきた今回の一団に、その一人一人を助けている時間も余裕もないのは明白で、さらに、ルシルの力を使った治療を一度でもすれば、それを求める者で、より混乱するのは目に見えていた。
今は、感情に振り回されずに、一人でも多くの者を助ける為に撤退をして、きちんとした方法を考えて改めるのが最善だと思った。
しかし、領民たちの不安は私が思っていた以上のものだった。
見捨てられると思った人間ほど恐ろしいものはない。暴徒と化して雪崩れ込んできた人と共に湧きあがった魔素からは魔物が湧き、その巨大化した魔素にあてられた者が魔人化をした。
私は、それを治める為にルシルの力を使った。
治療をさせてほしいというルシルの願いを退けて、領民たちの前で魔人を浄化させたのだ。
「化け物」と呼ばれた時のルシルの顔が忘れられなかった。
何をどう言い繕っても、彼の力を見せつけて、領民たちを従わせようとしたのは事実だ。
泣きながら「人にかえしてくださってありがとう」と言った少年も、その言葉を聞いてただ泣いているルシルにどうしてやればいいのか分からないかった。
自分の所業に吐き気がした。
王国に戻ってきてから、私が行った事を責める声が出た。
それは想定内の事だった。だが、王族としてその時に最善と思って決めた事を詫びるつもりもなかった。
それでも、王宮の会議では様々な意見が出て、今回の事はこれでよかったという声が大多数になってきた事を胸の中でどこか苦く思ってもいた。
ルシルは悪くない。
治療はするなと、魔人を浄化しろと、そう言って従わせたのは自分だ。
大きなアメジスト色の瞳を見開いて、ボロボロと涙を零していた。
いつまでも泣いている顔を見ていたくなくて「目が溶ける」などと言った。
そして今も、涙はなくても彼は泣いているように見えるのだ。
少し俯いて、金とも銀ともつかないような綺麗な髪でその表情を隠しているのを見るのが辛いと思った。
そんな混乱が落ち着いてから、あの日レイモンド卿が持ってきたポーションを友人たちがルシルの為に何か出来ないかと考えて作ったものだと聞いたルシルは大泣きをした。
そんな風に思ってくれる友達が居て嬉しいと。
私はそっとその場を後にした。
情けないが、何を言っていいのか全く分からなかった。そして、自分は最近ルシルの泣き顔ばかり見ていると思った。
-*-*-*-*-
「シルヴァン殿下、こちらにいらしのですね? 皆様が執務室でお待ちです」
そう言われて振り向くとルシルが居た。
何だか久しぶりに会う気がしたのは、彼が調査隊に同行していたために、学園の試験を受けられず、補講を受けていたからだ。そうしろと言ったのは私だった。
「ああ、わかった。しかし、ここがよく分かったな」
「以前、時々こちらの四阿の方にいらっしゃると聞いた事がありまして」
「……その情報を漏らした者に少し言いたい事があるな」
「! す、すみません! 以前、殿下を探して困っていた所、助言をいただいたのです」
「……ああ、もういい。怒ってはいない。そんなに困った顔をするな」
「すみません」
「謝るな」
「………………」
ついに黙り込んでしまったルシルに私は胸の中で舌打ちをした。どうして彼の前だとこんな物言いになってしまうのか。
そろそろ王国はバカンスシーズンになり、王都の人の数は目に見えて減る。
石畳と石造りの家に囲まれたようなこの街の暑さは格別だ。
もっとも王城内にいれば、暑さはそれほどひどくはなく、庭の濃く鮮やかな緑を揺らしながら風もふく。
特にこの辺りはわざわざ夏に咲く花が多く植えられている。
「……ここは落ち着くだろう? 」
「え?」
「母が気に入っていた場所なんだ」
「そうでしたか」
「……色々と、嫌な思いをさせたな」
「……シルヴァン殿下? いいえ。私の方こそ、色々と諦めの悪い事を申し上げて。でもあれで良かったのだと思っています」
「どういう事だ?」
「あの時治療を行っていれば、もっと人が集まり、途中で魔物に襲われる者も出たでしょう。私たちは調査隊であって、討伐や癒しをしに向かったわけではないのですから。あれで良かったのです。私の力が化け物のように見える事も、分かりました。それでも私にはこの力しかありませんし、この力を持っている事を良かったと思っています。いつかは、この力で困っている人たちは癒す事が出来たらと思います。その為に色々な事に負けない心と、他が手出しを出来ないような力を付けたらいいのだと……殿下?」
「ああ、すまん。いや、うん。そうだな。お前の言う事は正しい。負けない心と手出しの出来ない力。うん。それで行こう」
笑い出した私に、ルシルは眉間に皺を寄せて、どうしていいのか分からないような顔をした。
「笑っていろ」
「え?」
「泣いているよりも、笑っている顔の方がいい」
「へ? あ……ぜ、善処します」
そう言って少しだけ赤くなった顔が思っていた以上に可愛らしくて、金とも銀ともつかないその髪をクシャリと撫でた。
「!!」
「さて、マーティンとアルフレッド辺りから嫌味が出そうだ。行くか」
「はい」
赤くなった顔を少しだけ俯かせて、後をついて来る、少年から少しずつ抜け出しつつある身体。
「ルシル」
「はい」
名前を呼べばすぐに返って来る返事。その声が耳に心地よいと思うのはなぜなのか。
「……次はどこへ行こうか」
「!」
上げられた顔。
見開かれた大きなアメジスト色の瞳には、私だけが映っていて、なぜだかとても気分が良かった。
------------
フフフフフフ(ФωФ)フフフ…………エピソードで5500字軽く超えたよ……
俺様的なのはいいねぇ。。なんて書きやすいでしょう♪
こちらもポツポツ入れていけたらいいなぁ。
その言葉を聞いたのは、私が17歳の時だった。
王都の学園の最終学年に上がる少し前、色々と噂のあったハーヴィン領に想定外の魔物が出現して村は一人の子供を残して全滅。その子供と一緒にいた数名が神殿に運び込まれたが、結局その子供しか助からなかったと聞いた。
子供の名前はルシル、12歳。
助け出された時、周りにいた子供たちと一緒に防御魔法の中に居たという。
その後、防御魔法を使ったのはルシル本人だったという報告があった。
平民の12歳の子供が防御魔法を使っていた。しかも無意識に。更に傷を治しているような所も見られた。
神殿は騒ぎ出し、王宮の大人たちも騒ぎ出す。
そして、子供の回復を待って行われた魔法鑑定でルシルは光魔法の他に聖魔法の属性を持ち、さらに【光の愛し子】という加護を持っている事が判った。
父であるルフェリット国王はすぐに動き、ルシルを隣領のマーロウ伯爵に保護をさせ、そのまま養子として伯爵家の中に入れさせた。王家の声がかりで行われたという事を隠す事はあえてしなかった。
そうする事が大きな加護を持つ子供を守る事にもなると考えたからだった。
もっともその時点では私とルシルには何の関わりもなかった。
正直に言えば、そんな大層な加護を持つ子供は大変だな。きっと大人たちに食い物にされてしまうだろう。
それくらいの気持ちだった。
実際マーロウ伯爵家に保護をされても、水面下で動いている者たちの影がチラチラと伝わってきて、嫌な気持ちになったのを覚えている。
だが、12歳で貴族であれば、王都の学園に通わなければならない。
マーロウ伯爵家の子供はすでに学園を卒業しているため、同じ学年で誰か友人になれるものをと探したが、一番の候補に上がったフィンレー侯爵家からは「身体があまり丈夫ではない子供ですので」の一言で断られたと聞いた。
オルドリッジ公爵家が手を上げたが、それは保護をしているマーロウ伯爵家に比べてあまりに爵位の差があり、取り込まれてしまう恐れがあるため認められず、学年は異なるが、私の側近候補として通っている3人がフォローをしながら、同じ学年のレイモンド伯爵家の三男と、中立の立場にあり、比較的マーロウ家とも繋がりのある伯爵家の子息二人がルシルと行動する事となった。
ここで僅かながらに接点が生まれる。
もっとも私は高等部の最終学年で、ルシルは初等部の一年。いくら側近候補たちがフォローをすると言っても、接点はなく、実際はどのような力を使うのかも分からないまま、ほとんど意識の中にはなかった。
しかしここ数年、王国の中では今までと考えられないような事が多く起きていた。
街の中に魔素が湧いたり、魔獣が現れたり、原因の分からない病気で女性が亡くなる事も増えてきた。
私の母もこの病で発症してからわずか1週間足らずで逝ってしまった。
効きそうな薬を試し、勿論聖神殿で病を祓う魔法も受けた。けれど何ひとつ効かなかった。
そんな中、今度は学園の中で魔素が湧き、魔物が現れた。
学園は強力な結界で守られていて、中で魔法を使うにも届け出が必要、攻撃魔法は無力化してしまうようになっている。勿論悪意を持った何かが結界の中に入る事は出来ない。
それなのに、魔物が湧き、その魔物が魔法を使う事が出来るというのは、どう考えても信じられないとしか言いようがなかった。
逃げてきた初等部の者たちと一緒に、護衛たちに言われるまま聖堂に避難をしていると側近候補たちが魔物との戦いに出る準備を始めた。高等部の高レベル保持者へ、対戦の許可が下りたからだ。一応私もその条件は満たしている。
行こうとすると嫌な顔をされたが、そんな事で傷ついていたら王族などやってはいられない。
そこで初めて、ルシル・マーロウに会った。
第一印象は大きな瞳の細い子供だった。
でも何かを必死に掴もうと足掻いている事は判った。
そして、私はそこで、彼本来の力を初めて目の当たりにする事になる。
きらめく光と共に浄化されて消えた魔物。
声が出なかった。
どういう力なのだと、冷静を装いながらも彼から目が離せなくなった。
そして彼は魔物だけでなくそれを生み出した魔素溜まりまで浄化して消してしまったのだ。
魔力の多い大人でも魔力枯渇になるだろう。
まだ少年の面影が残る彼は、自分ができる精いっぱいの事をした。けれど、想定していたより遥かに大きな力を持つ少年を大人たちは放ってはおかなかった。
囲い込みどころではない、今度は自領で戦う術を持たない所に派遣をして、浄化をさせればいいなどと言い出す馬鹿が出てきたのだ。
まだ未成年である私でさえ、それがどんなに非道な事であるか目を剝くような事を平気で口にする大人に嫌悪しか湧かなかった。
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その年の終わり、ルシルを使い捨てさせるような事を反対する派閥の者たちを巻き込み、彼を私の側近候補とする事にした。伯爵家という爵位では抑え切れない者たちから無理難題を言われないようにする措置だった。
そしてその後、私はルシル・マーロウが「記憶持ち」であるという報告を受ける。
「記憶持ちというのはどういう事なのかな」
私の問いに、次期賢者候補のメイソン子爵は、顔つき一つ変えずに口を開いた。
「そのままです。生きとし生ける者はいつかはその生を終え、また新たな命を得て生まれ変わるという思想がございます。ルシル・マーロウは今の自分の前の自分の記憶があると言っております。これは一部の者しか知らない事ですが」
「そうだな。中々それが納得できる者は少ないだろう。それで?」
「ルシルの記憶はこの世界の者ではなく、違う世界の者でその世界は、この世界に似た事が書かれている小説があったと。私たちやルシル自身、その小説に書かれていたと。ルシルが言った事を裏付けるような事が起きた事も事実です。が、異なる事もあります」
「話にならんな」
「すべては信じられませんが、それをこうなるかもしれないという予測の一つとして考える事は可能です。まぁあくまでも参考程度のものですが」
私はそれをあてにするつもりはなかった。
それどころか出来ればルシルの力を使わせたくはなかった。
人知を超えるような魔法は人々の信仰にも、恐怖にもなる諸刃の剣だと思っていたからだ。
あの輝く光の魔法は確かに素晴らしいものだったが、それを使うルシル自身に本当に何もないのかという懸念もあった。
使えば使うほど、命を削るような事はあってはならない。
まだ少年の面影が残る彼にそんなものを背負わせるような国であってほしくない。
だが、王国はそこから更に、禍とでもいうような事が重なる。
まるで何かに呪われているようだと、囁く声も多くなってきた。
アンデッド騒ぎや公爵家の没落、そして魔素が人の感情を操ったり、人の中に入り込む、あるいは魔獣のように人を飲み込み魔人化するという事も起き始めた。
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それもルシルの予見によって薬草が見つかったという。
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以前、ルシルは、前世の記憶の中で、私と側近たちと一緒に魔物の討伐を行ったと言っていた事があった。
勿論そんな事はするつもりはないし、正直させるつもりもないと思った。学園で魔物が現れた時にはそのような感じになった事もあったが、本来私のやるべき事の中に魔物の討伐などは存在しない。
それは各領の騎士たちか、王都内であれば魔導騎士隊、もしくは近衛騎士隊の役目だ。王族自らが討伐に赴くなどというのはありえない。
けれど、私は未だにルシルを自分たちの思うように使おうという派閥の整理と、実際に管轄領になったハーヴィンがどのようになっているのか、砂漠化がどのようなものなのかを知っておきたいと思ってそれを受けた。
結果は酷いものだった。
被害を受けた領民たちにきちんと補償をして、これからの事を含めた手続きは済んでしると聞いていたそこには、忘れ去られて捨てられたような人々がいた。しかも私たちが目にしたのはおそらくその中のほんの一部だろう。
だが、調査隊として出てきた今回の一団に、その一人一人を助けている時間も余裕もないのは明白で、さらに、ルシルの力を使った治療を一度でもすれば、それを求める者で、より混乱するのは目に見えていた。
今は、感情に振り回されずに、一人でも多くの者を助ける為に撤退をして、きちんとした方法を考えて改めるのが最善だと思った。
しかし、領民たちの不安は私が思っていた以上のものだった。
見捨てられると思った人間ほど恐ろしいものはない。暴徒と化して雪崩れ込んできた人と共に湧きあがった魔素からは魔物が湧き、その巨大化した魔素にあてられた者が魔人化をした。
私は、それを治める為にルシルの力を使った。
治療をさせてほしいというルシルの願いを退けて、領民たちの前で魔人を浄化させたのだ。
「化け物」と呼ばれた時のルシルの顔が忘れられなかった。
何をどう言い繕っても、彼の力を見せつけて、領民たちを従わせようとしたのは事実だ。
泣きながら「人にかえしてくださってありがとう」と言った少年も、その言葉を聞いてただ泣いているルシルにどうしてやればいいのか分からないかった。
自分の所業に吐き気がした。
王国に戻ってきてから、私が行った事を責める声が出た。
それは想定内の事だった。だが、王族としてその時に最善と思って決めた事を詫びるつもりもなかった。
それでも、王宮の会議では様々な意見が出て、今回の事はこれでよかったという声が大多数になってきた事を胸の中でどこか苦く思ってもいた。
ルシルは悪くない。
治療はするなと、魔人を浄化しろと、そう言って従わせたのは自分だ。
大きなアメジスト色の瞳を見開いて、ボロボロと涙を零していた。
いつまでも泣いている顔を見ていたくなくて「目が溶ける」などと言った。
そして今も、涙はなくても彼は泣いているように見えるのだ。
少し俯いて、金とも銀ともつかないような綺麗な髪でその表情を隠しているのを見るのが辛いと思った。
そんな混乱が落ち着いてから、あの日レイモンド卿が持ってきたポーションを友人たちがルシルの為に何か出来ないかと考えて作ったものだと聞いたルシルは大泣きをした。
そんな風に思ってくれる友達が居て嬉しいと。
私はそっとその場を後にした。
情けないが、何を言っていいのか全く分からなかった。そして、自分は最近ルシルの泣き顔ばかり見ていると思った。
-*-*-*-*-
「シルヴァン殿下、こちらにいらしのですね? 皆様が執務室でお待ちです」
そう言われて振り向くとルシルが居た。
何だか久しぶりに会う気がしたのは、彼が調査隊に同行していたために、学園の試験を受けられず、補講を受けていたからだ。そうしろと言ったのは私だった。
「ああ、わかった。しかし、ここがよく分かったな」
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「! す、すみません! 以前、殿下を探して困っていた所、助言をいただいたのです」
「……ああ、もういい。怒ってはいない。そんなに困った顔をするな」
「すみません」
「謝るな」
「………………」
ついに黙り込んでしまったルシルに私は胸の中で舌打ちをした。どうして彼の前だとこんな物言いになってしまうのか。
そろそろ王国はバカンスシーズンになり、王都の人の数は目に見えて減る。
石畳と石造りの家に囲まれたようなこの街の暑さは格別だ。
もっとも王城内にいれば、暑さはそれほどひどくはなく、庭の濃く鮮やかな緑を揺らしながら風もふく。
特にこの辺りはわざわざ夏に咲く花が多く植えられている。
「……ここは落ち着くだろう? 」
「え?」
「母が気に入っていた場所なんだ」
「そうでしたか」
「……色々と、嫌な思いをさせたな」
「……シルヴァン殿下? いいえ。私の方こそ、色々と諦めの悪い事を申し上げて。でもあれで良かったのだと思っています」
「どういう事だ?」
「あの時治療を行っていれば、もっと人が集まり、途中で魔物に襲われる者も出たでしょう。私たちは調査隊であって、討伐や癒しをしに向かったわけではないのですから。あれで良かったのです。私の力が化け物のように見える事も、分かりました。それでも私にはこの力しかありませんし、この力を持っている事を良かったと思っています。いつかは、この力で困っている人たちは癒す事が出来たらと思います。その為に色々な事に負けない心と、他が手出しを出来ないような力を付けたらいいのだと……殿下?」
「ああ、すまん。いや、うん。そうだな。お前の言う事は正しい。負けない心と手出しの出来ない力。うん。それで行こう」
笑い出した私に、ルシルは眉間に皺を寄せて、どうしていいのか分からないような顔をした。
「笑っていろ」
「え?」
「泣いているよりも、笑っている顔の方がいい」
「へ? あ……ぜ、善処します」
そう言って少しだけ赤くなった顔が思っていた以上に可愛らしくて、金とも銀ともつかないその髪をクシャリと撫でた。
「!!」
「さて、マーティンとアルフレッド辺りから嫌味が出そうだ。行くか」
「はい」
赤くなった顔を少しだけ俯かせて、後をついて来る、少年から少しずつ抜け出しつつある身体。
「ルシル」
「はい」
名前を呼べばすぐに返って来る返事。その声が耳に心地よいと思うのはなぜなのか。
「……次はどこへ行こうか」
「!」
上げられた顔。
見開かれた大きなアメジスト色の瞳には、私だけが映っていて、なぜだかとても気分が良かった。
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フフフフフフ(ФωФ)フフフ…………エピソードで5500字軽く超えたよ……
俺様的なのはいいねぇ。。なんて書きやすいでしょう♪
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