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第6章  それぞれの

177. 本当は怖かったんだ

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どれくらい経ったのだろう。
意識が浮かび上がるとベッドの中にいた。
そして。

「エディ? 気が付いたの?」
「!」

もしかして付き添っていたのだろうか。兄様の声が聞こえて、心配そうな顔が覗き込んできた。

「少し前まで父上もいらしたんだけれど、ちょっと外野が騒がしくてね。ああ、起きないでいいよ。そのままで」
「すみません」
「ううん。何か飲めるなら飲んだ方がいい。それともポーションを飲む? 食事もしなかったって聞いたよ? 何か食べられそうなら口に入れて?」

珍しく矢継ぎ早にそう言う兄様に、僕は微かに首を横に振った。

「すみません。食べるのは無理そうです。ポーションも」
「そう。じゃあ少し温かいフルーツティーにしようか。それなら喉を通るかな?」

兄様はマリーにリンゴのお茶を頼むと再び僕の方を見た。

「倒れたって聞いたよ」
「はい、何だかいっぱいいっぱいだったみたいです。魔力枯渇ではなくて、気持的なものだと思います。すみません」
「謝る必要は無いよ。魔人になる所を見たって聞いた。怖かったね」
「はい、でも倒れるなんて情けないです。ルシルなんて、あの後兄様達と仕事をしたのに」

僕がそう言うと兄様は首を横に振った。

「彼もやっぱり本調子ではなくてね、殿下から言われて帰ったよ。それぞれに魔力量も、起こった出来事について感じる気持ちも違う。そんな風に言ったらいけないよ」
「……はい」

マリーが少しぬるめのリンゴ茶を持ってきてくれて、僕はそっと身体を起こして二口くらい口に入れた。香りが良くて優しい味がした。

「詳しい事は明日以降、エディの体調を見て聞くからね。今日はゆっくり休みなさい。もしも嫌な夢を見たら直ぐに駆けつけられるように今日は僕は隣の控えで休むから」
「! ダ、ダメです! そんな、大丈夫です!」
「大丈夫だよ。控えの部屋にもベッドはあるし、心配だしね」
「で、でも大丈夫です。兄様を控えの部屋になんか父様に叱られます!」
「そんな事で叱ったりしないし、さっきそう言った時にも、そうだねって言っていたから」
「は……?」
「夢の中まではさすがに駆けつける事は出来ないから、せめて近くには居させて?」
「お、落ち着いて眠れません。それなら、僕が兄様の部屋の控えに行きます」
「…………分かった。じゃあ、控えには今日はマリーに居てもらおう。何かあったらすぐに知らせてもらうようにする」
「はい……」
「悲しいなぁ。倒れた弟の隣の部屋で寝る事も出来ないなんて」
「だ、だって!……こ、侯爵家の嫡男である兄様を、控え部屋で寝かせるなんて、ありえないです」

どんどん小さくなっていく僕の声に兄様は微かに笑った。

「そう、だね。うん。具合が悪いのに無理を言ってごめんね」
「いえ、僕の方こそご心配頂いたのにすみません。あの」
「うん?」
「オ、オルドリッジ公爵子息はどうなりましたか?」

思い出す魔人化した姿。

「……生きてはいる。でも、完全に元に戻るのは難しいだろうね」
「そう、ですか」
「また改めて父上から話があると思うからそれまではゆっくり休んで。何かを感じたり、気になる夢をみたら必ず話をしてほしい」
「はい」
「……顔が真っ白だよ。もう休んで? 今日はお疲れ様」

そう言って後ろを向いた兄様を見て、僕は大変な事に気付いて慌てて身体を起こした。

「アル兄様!」
「エディ! 急に起き上がったら」
「す、すみません。一番最初に言わなきゃいけなかったのに。た、助けに来て下さってありがとうございました。一番最初に来て下さったのが兄様で嬉しかったです。あの少し前に、緑の魔法を使いそうになって無理矢理止めて、夢みたいに飲み込まれそうになって、魔素が生き物みたいに次々湧いて、追いかけてきて、それで……っ……」

僕は兄様に抱きしめられていた。

「……うん。エディが無事で良かったよ。僕の方こそ知らせてくれてありがとう」

耳元で聞こえてくる声。

「は……い……」

何故か涙が流れた。
兄様が来てくれて良かった。
こうしてまた一緒に居られてよかった。

ギュッとされたまま、兄様の背中にしがみついた。だって、本当は、本当に、怖かったんだ。
夢のように上から飲み込もうと降ってきた塊も、意思を持っているように次々と湧き出してくる黒い煙のような魔素も、そして、僕を見て笑ったあの赤い瞳も、怖かったんだ。

「さっきの、ごめんなさい。ほんとは、嬉しかったけど、でも、ダメだと思うから。だから……!」

「うん。大丈夫だよ。分かってる。でも、もう少しここに居させてね。大丈夫。もう怖いのは来ないよ」

子供にするみたいに兄様が僕の背中をトントンとした。
兄様は、すごい。どうして僕が、本当はまだまだ、あれを怖いと思っている事が判っちゃったんだろう。

「ふ……っ……ぅ……」
「大丈夫。頑張ったね。もう平気だよ。あれはもういない」
「は……い……」
「目を閉じて、ゆっくり息をして……そう、ゆっくり、大丈夫、エディ」
「…………」

そうして、いつの間にか、僕は子供のように兄様にしがみついたまま眠ってしまった。



次に気がついたのは翌朝で、兄様は父様が夜に戻って来られるまで僕と一緒に居てくれた事を知った。
起こさないように注意をして、少し離すのが大変だったらしい。
ううう、控え部屋どころの騒ぎじゃないよ。
でも兄様が「よく眠れたようで、良かった」って言ってくれたから「ありがとうございました」って言う以外僕は何も出来なかった。


そして、その2日後。
事件の話を聞きたいという事で、僕はお城に行く事が決まった。


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ちょっと短いですが……
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