上 下
79 / 335
第5章  学園

【エピソード】- 魔法の言葉

しおりを挟む
冬祭りが終わってしばらくした頃に、僕は兄様からお話があるって言われて、兄様のお部屋でお話することになった。約束の時間に部屋に行くと兄様はお茶を用意して待っていてくれた。
そしてゆっくりと口を開いた。

「卒業してからの事なんだけどね」
「はい」
「父様とも色々相談して考えたんだけれど、やっぱりシルヴァン第二王子の側近として残る事になったよ」
「ご友人の皆様もご一緒ですか?」
「うん。ダニーとマーティとジミーと後もう一人の5名」
「いつまでと決まっているのですか?」
「それはまだ分からないかな。父様の手伝いをしながら城勤めをするようになる」
「父様のように大変なのですか?」
「うん。どうなんだろうね。一応成人をしたので王宮で何かの会議がある時は出るような事もあるかもしれないな。でも父様は領主が出席をしている会議に出ているから、多分父様の方が忙しいかな」

少し苦笑をしている兄様に僕は「お体に気を付けて下さいね」と言った。
すると兄様は今度は少しだけ困ったような顔をする。
「兄様?」
「ああ、うん。また父様からのきちんとした話があるかもしれないけれど、先日の学園の魔物騒ぎの後に王宮の方で色々と揉めたって事は父様から聞いただろう?」
「はい」

何だか大変だっていうのは聞いた。聞いたけれど。

「ルシルがシルヴァン王子の側近候補に決まったよ」
「側近候補……ですか?」

僕は始め兄様が何を言っているのか分からなかった。
そしてじわじわと頭の中に『記憶』が浮かんでくる。

小説の中の彼ら。
愛し子を守るように戦うマーティン君たち3人とシルヴァン王子。
そこには兄様はいなかったけれど、それは小説の世界の話だ。
この世界では兄様はちゃんと生きている。
そして、たった今聞いた、兄様が第二王子の側近になる事。という事は?

「…………兄様も、ルシルを守るのですか?」

そう口にした瞬間、僕は胸の奥をギュッと掴まれたような気がした。
ずっとずっと一緒にいてくれた兄様が、今度は王子の側近になる。
それはいい。だってそれはお仕事だから。
王室の人に仕える事が決まったのだから、多分そうしなければいけないんだろう。
でも、兄様が王子の側近候補として王子のそばにいるルシルを守るのは嫌だ。
ルシルの為に兄様が魔物と戦うのは嫌。

「エディ?」
「小説の中の皆と同じように、兄様もルシルたちと一緒に戦う事になるのでしょうか。そして光の愛し子のルシルをみんなと一緒に守るのでしょうか」

悲しいような苦しいような気持ちが身体の中に広がっていくのが分かったけれど、どうしてそんな風になるのか分からない。
だけど、嫌なんだ。どうしても嫌だ。兄様がルシルを守るのは嫌。

「エディ、ルシルが側近候補になったのは牽制の為だよ」
「牽制?」
「そう。父様が言っていただろう?ルシルの力に頼って使い捨てようとする者たちもいるって。それはエディの力に対しても同じことが言えるんだよ。それは分かるね?」

「……はい」

その事は以前、囲い込みとか聞いた。だから僕は力を公にはしていないんだ。

「特別な加護を持つ一人に全てを背負わるのは間違っている。けれどその力がある事を知ってしまったら何としても使おうとする人もいるだろう。それを牽制する為にシルヴァン王子の側近候補という形にして、王室が囲い込んだように見せているんだ。王子の側近候補を魔物退治に貸してくれと言いに来る人間はあまりいないだろうからね。それに王室は今の所ルシルの力を積極的に使わせるつもりはないらしい」
「そう、なのですか?」
「うん。危機的な状況になればまた分からないけれど。小説のようにあちこちに出向いて王子を含めた5人で魔物退治をするというのは現実的ではないしね、それに一度できたからと言って次も必ず出来るとは限らない」

僕の緑の命の魔法のようだと思った。そう。もう一度同じことをと言われてもできるかどうか分からない。

「それにね、エディ」

兄様は真っ直ぐに僕を見た。

「はい」
「側近というのは王子の公務の手助けや助言をしたりすることで、騎士や護衛や侍従とは違うよ。僕は王子を守るのではなく支える立場になるんだ。そしてルシルもね。だから僕がルシルを守る事もない。それは僕の仕事じゃないよ」

どうしてだろう。どうして痛かった胸の痛みが消えていくんだろう。
どうして、兄様の顔が滲んでいくんだろう。

「はい。分かりました」
「うん。だから今までと何も変わらないんだよ。ただ、学園に通っていたのが王宮になるだけだ」

兄様は立ち上がって僕のそばに来て、顔を見ながらそう言った。

「バランスの崩壊がこれからどういう形で現れるのかは分からないけれど。僕はエディの傍にいるから、大丈夫」
「………っ……!!」

笑った顔。
大丈夫という言葉は魔法の言葉だ。

「アル兄様!大好き!」
「うん。僕も、エディが大好きだ」

小さい頃のように兄様にしがみつくと、兄様は笑って僕の身体を受け止めてくれた。



--------------------------

5章終了です。
しおりを挟む
感想 940

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
洗脳され無理やり暗殺者にされ、無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

王家の影一族に転生した僕にはどうやら才能があるらしい。

薄明 喰
BL
アーバスノイヤー公爵家の次男として生誕した僕、ルナイス・アーバスノイヤーは日本という異世界で生きていた記憶を持って生まれてきた。 アーバスノイヤー公爵家は表向きは代々王家に仕える近衛騎士として名を挙げている一族であるが、実は陰で王家に牙を向ける者達の処分や面倒ごとを片付ける暗躍一族なのだ。 そんな公爵家に生まれた僕も将来は家業を熟さないといけないのだけど…前世でなんの才もなくぼんやりと生きてきた僕には無理ですよ!! え? 僕には暗躍一族としての才能に恵まれている!? ※すべてフィクションであり実在する物、人、言語とは異なることをご了承ください。  色んな国の言葉をMIXさせています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。