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30 普通の転生者、春の嵐の予感がする

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 文官の下っ端となって働き出してから、早いものでもう三ヶ月が過ぎていた。
 季節は春と呼ばれるものになってきていて、街の中ではもう少しで春の祭りが行われるらしい。その準備で下っ端文官たちは結構忙しいんだよね。
 
 このラスボーン王国は比較的穏やかな気候なんだけど、前世の国のように四季がある。といっても夏も記憶の中のベタベタとした暑さではなく、冬も豪雪地帯のようなものでもない。
 王都は少しだけ北寄りなので、この冬は何回か雪が降って、街を回る騎士達が雪かきに追われてたなんて事もあったよ。

 エマーソンは雪とは全く無関係の地域だったから、学園に入って沢山の雪が降るのを初めて見た時はちょっと興奮しちゃったんだよね。
 まぁいざ降ってしまうと馬車は動けなくなるし、歩きづらいし、寒いし、それこそ雪かきは必要になるしあんまりいい事はないんだけど、それでも真っ白に染まった王都の街はなんだかとても綺麗で、こんな景色が見られてちょっと幸せなんて思ったよ。

「エマーソンさん、食事に行きませんか?」

 そう言って誘ってくれたのは同期の伯爵家の人。上の爵位なのにすごく気さくなんだ。僕より一つ年上。去年は文官の採用が一人しかなくて残念ながら落ちてしまったんだって。それで今年再チャレンジをして受かったって嬉しそうに話をしてくれた。ちょっぴりブラッドに似ている感じなんだよ。

「はい、マルグリットさん」

 僕たちは食堂に向かって並んで歩き出した。食堂は混み過ぎないように時間分けがしてある事にも慣れた。

「よぉ。今から昼か?」
「うん。フィルは?」
「俺は次」
「そっか、じゃあまた後でね~」
「甘いもん食いすぎるなよ。眠たくなるぞ」
「分かってるよ」

 廊下ですれ違いに声を掛け合って分かれると隣にいたマルグリットさんが楽しそうに笑った。

「仲がいいよね。彼氏」
「はぁ、まぁ……」

 そう。この三カ月で周囲はフィルが僕の彼氏だって思っている。
 否定をすると面倒なので、もうそのままにしている。フィルもそれでいいって言うから。
 なんだかよく分からないんだけど、フィルも僕も声をかけられることが多くてね、もうそういう事に誤解をさせておけばいいって思っちゃったんだ。でもフィルはともかくどうして僕に声をかけるのか、本当によく分からない。
 食事によく誘われたからよっぽど食いしん坊に見えているのかなって言ったらフィルは「もうずっとそう思っておけ」って溜め息をついていた。
 
 フィルが声をかけられているのはどうやら養子縁組をして伯爵家の息子になったからだろうって。ようするに優良物件になったらしいって笑っていた。
 ちなみにフィルが養子になったのはお祖母様のご実家だった。でも領地なしの男爵家の次男をいきなり伯爵家の養子にっていうのは難しくて、一旦父様の友人の子爵家の養子になって、それから伯爵家の養子になったって後で改めて聞いた。

 フィルがグレンウィードを出てしまった事は、僕としては結構ショックだったんだけど、本人は「でもそうしないと隣に居る事も、高位の人達から守る事も出来ないから」って。そしてその後に…… 

「誰にも渡したくいないって思うんだからしょうがない」

 やーめーてー‼‼‼‼‼

 ほんとにさ、どこにその甘さ隠していたのって感じだよ。フィルだけど、フィルじゃないみたいじゃないか!
 もっともさ、俺の周りで起き始めていたのはフィルの変化だけじゃなかったんだ。




「やぁ、エマーソン君。変わりないかな?」
「…………さ、宰相閣下にはご機嫌麗しく」
「はははは、堅苦しい挨拶はなしだよ。食事かね。どうかな二人とも一緒に。偶には部下の話も聞かないとね」
「お、畏れ多いことです……アルトマイヤー閣下」

 そう。仕事に慣れ始めたのを見計らったかのように現れたのは、宰相府のトップ。こんな下っ端の居る所に来るはずもない方だよ。でも、そういえばって思い出す。さり気なく居ましたよね、面接の時も。文官の面接に宰相様なんて来ませんよね。普通。
 っていうか父様、養子を申し出ている公爵家の名前どうして教えてくれなかったんですか!

「さぁ。さぁ。今日はサロンを押さえてしまったんだよ。ハッハッハ。美味しいお菓子もあるんだよ」
「……マルグリットさん、一人にしないで下さいね」
「…………はぁ、分かりました」

 こうして文官一年目の春、僕の生活には小さな春の嵐の予感がしていた。
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