無人島でぼくたちは

静間 弓

文字の大きさ
上 下
10 / 14

新たな住人

しおりを挟む

 ようやく生活にも慣れてきた九月の第三日曜日。今日は朝から家中バタバタと忙しなかった。

「なんでこうなる」
「俺が聞きたい」

 開けっ放しになった扉に寄りかかり、向かいの部屋で腕を組みながらとある人物を見下ろす。

 段ボールだらけの室内で壇林太郎がベッドに横になっている。なぜかこの部屋の生徒と交代し、うちへ引っ越してきたのだ。

「嫌がらせか」
「こっち来たら罰則なくしてやるって言われたから仕方なくだよ」

 壇は自宅謹慎が明けて一週間、放課後に島のゴミ拾いをするという罰則を課せられていた。

 それからどうして引っ越すことになったのかは謎だが、少なからず俺に監視役をさせようとする誰かの企みが働いているに違いなかった。

 先日の騒動以来、俺たちは教師たちから友達という括りで認識されていた。

 あのときにいた女教師、佐伯さえき先生もそのうちのひとりで、壇のことをなにかと頼んでくるようになった。

 おかげで昨日も『学校をサボらないように注意しててよ』なんて学級委員みたいな役回りを押し付けられ迷惑している。それもこれも桜井月に巻き込まれたせいだ。

「なあ、いつの間にふたりは友達に……」

「なってない」
「なってねえ」

 こっそり覗きにきた熊が変なことを言うもので、思わず言い返したらふたりで声が重なった。

「息ぴったりなんですけど」

 苦笑いを浮かべる熊を睨みつけながら出かけようとしていたのを思い出し、部屋に自転車の鍵を取りに戻る。

「そうだ、これから港の市場行くんだけど壇もどう?」

 基本的に誰に対しても壁を作らない熊は、なかなか初対面では誘いづらいであろう壇にまでいとも容易く声をかける。

 当の本人は一瞬こちらを見たかと思えば、仏頂面で寝返りをうった。

 きっと休日はひとりで過ごしたいタイプなんだろう。

「行くぞ」

 少し残念そうにする熊の背中を押し、家を出ようと促す。外に置いてあった自転車にまたがり、出発しようとした。途端に玄関の扉が開いて意外な人物が顔を出す。

「暇つぶしだから」

 低い声で囁く壇が自転車にまたがり並んだのだ。

 面食らう俺の隣では、よしっと嬉しそうに笑う熊が先頭になってペダルをこぎ始める。絶対に来ないと思っていたのに、ふたりが並走している光景が信じられない。戸惑いつつ、ワンテンポ遅れてあとをついていった。

「その髪染めてんの?」
「そうだけど」
「結構色抜いてるっしょ。痛くなかった?」
「別に」

 塩対応を受けると分かっていながら、めげずに壇を質問攻めにしている会話が風に乗って聞こえてきた。


 港に商船がつくのは毎週日曜の午前九時から午後二時まで。

 急に港が賑わいを見せるからある種お祭りのようだ。数量限定でゲームや漫画などの娯楽品も販売され、朝早くから待ち構えている人も少なくなかった。

「海、これやろう」

 港に到着して早々、なにかを見つけてもってきた熊が駆け寄ってくる。

 手には花火のバラエティパックを抱えていた。

「壇の歓迎会ってことで」

 わいわい花火なんてやるタイプだろうかと、ちらりと壇を見て疑問に思う。

「俺はいいけど」
「そしたら月たちも呼んでさ!」

 しかし、目をキラキラさせながら、すぐに桜井月の名前が出てきて本当の目的を察する。

「そっちが狙いか」

 歓迎会なんて建前で、ただ単に彼女と花火がしたいだけだ。心の内が読めてしまった。

「へえ、そういうこと」
「分かりやすいだろ」

 壇もすぐに察したようだ。

「みんなー!」

 ひとりだけなにも分かっていない熊が混乱していると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。タイミングよく桜井月がルームメイトと共に現れた。

「今日花火やろっ!」
「花火? やったあ、やりたいやりたい」

 パッと表情を明るくするふたりは子供みたいに喜んで、その場にいた女子たちも誘い盛り上がり始めた。

「あ、誘ったら来るかなあ。桐島さん」

 ぼそっと呟いた声を耳にする。

 熊は知らない名前に首を傾げ、ルームメイトの女子たちは顔を見合わせる。頭には、オレンジ色の髪が浮かんだ。

「来ないだろ、あれは」

 即答したら、振り返った彼女が残念そうに眉を下げた。

「仲良くなれるチャンスだと思うんだけどなあ。誘ってみてもいい?」
「別にいいけど絶対来なさそう」

 桐島と似ていると言われたのを思い出す。

 だが俺はあそこまで人を寄せ付けないわけではない。あれは完全に心のシャッターを下ろしていて、簡単に心を開いてくれるようには見えない。

 口説き落とすのはなかなかの体力がいりそうだと直感で感じた。そもそも話しかけても返事が返ってこないの時点で終わっている。

「そうだ、私サンダル探さなきゃ」

 彼女はいきなり思い出したみたいに言う。
 きょろきょろ辺りを見回し始め、衣類のコーナーへ向かおうとする彼女がサンダルを履いている姿を想像する。

「転ぶ画しか浮かばないんだけど」
「ちょっとそんなことない!」

 ムッと頬を膨らませ俺の腕を叩いてくる。
 そこでも大きめの石ころを踏んづけて、また目の前でよろめいた。

「言ったそばから」
「これはたまたまだよ」
「ほらまた転ぶから気をつけろって」

 彼女の腕を捕まえながらため息が出る。

 おっちょこちょいなのか、なんなのか。いつも危なっかしい。

「なんなのそれわざとなの?」
「違います」

 彼氏がどこの誰だか知らないが、こんなにしょっちゅう転ぶような彼女をほったらかしてどこにいるのか。

 思えば、俺たち以外の異性と一緒にいる場面に遭遇したことがない。キャンプの時も人目を気にするようにこっそりと会っていたし、どこかその関係を隠している節がある。

 普通のカップルなら登下校を一緒にしたり、同じ授業を取ったりするものだろう。昼休みだって一緒にいるのはほぼ俺たちだ。

 どうして同じ学校に通いながら彼氏と会話を交わさないのか。逆に不自然でならなかった。

「おふたりさん、なんか非常に仲良くなってない?」

 すっかり熊がいるのを忘れていた。疑いの目を向けられてハッと手を離す。

「仲良いわけじゃ……」
「でも、壇くんのところに行った日からよく話して」
「あー!」

 せっかく誤魔化そうとしているのに、桜井月が馬鹿正直に余計なことを言おうとする。

「熊、腹減ったし先に昼飯食べ行こう」

 戸惑う熊を無理やり引っ張り、後ろからついてくる壇と三人で、岬の近くに一軒しかないレストランへと向かった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

醜いトロールの子

メタボ戦士
ファンタジー
 3人兄妹の末っ子サーヤ(10)が今まで育ててくれた両親が本当の家族ではないことにショックを受けて本当の両親を探しに行く話  

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

ループn回目の妹は兄に成りすまし、貴族だらけの学園へ通うことになりました

gari
ファンタジー
────すべては未来を変えるため。  転生者である平民のルミエラは、一家離散→巻き戻りを繰り返していた。  心が折れかけのn回目の今回、新たな展開を迎える。それは、双子の兄ルミエールに成りすまして学園に通うことだった。  開き直って、これまでと違い学園生活を楽しもうと学園の研究会『奉仕活動研究会』への入会を決めたルミエラだが、この件がきっかけで次々と貴族たちの面倒ごとに巻き込まれていくことになる。  子爵家令嬢の友人との再会。初めて出会う、苦労人な侯爵家子息や気さくな伯爵家子息との交流。間接的に一家離散エンドに絡む第二王子殿下からの寵愛?など。  次々と襲いかかるフラグをなぎ倒し、平穏とはかけ離れた三か月間の学園生活を無事に乗り切り、今度こそバッドエンドを回避できるのか。

とびきりのクズに一目惚れし人生が変わった俺のこと

未瑠
BL
端正な容姿と圧倒的なオーラをもつタクトに一目惚れしたミコト。ただタクトは金にも女にも男にもだらしがないクズだった。それでも惹かれてしまうタクトに唐突に「付き合おう」と言われたミコト。付き合い出してもタクトはクズのまま。そして付き合って初めての誕生日にミコトは冷たい言葉で振られてしまう。 それなのにどうして連絡してくるの……?

[本編完結]彼氏がハーレムで困ってます

はな
BL
佐藤雪には恋人がいる。だが、その恋人はどうやら周りに女の子がたくさんいるハーレム状態らしい…どうにか、自分だけを見てくれるように頑張る雪。 果たして恋人とはどうなるのか? 主人公 佐藤雪…高校2年生  攻め1 西山慎二…高校2年生 攻め2 七瀬亮…高校2年生 攻め3 西山健斗…中学2年生 初めて書いた作品です!誤字脱字も沢山あるので教えてくれると助かります!

愛玩犬は、銀狼に愛される

きりか
BL
《漆黒の魔女》の呪いにより、 僕は、昼に小型犬(愛玩犬?)の姿になり、夜は人に戻れるが、ニコラスは逆に、夜は狼(銀狼)、そして陽のあるうちには人に戻る。 そして僕らが人として会えるのは、朝日の昇るときと、陽が沈む一瞬だけ。 呪いがとけると言われた石、ユリスを求めて旅に出るが…

世の令嬢が羨む公爵子息に一目惚れされて婚約したのですが、私の一番は中々変わりありません

珠宮さくら
恋愛
ヴィティカ国というところの伯爵家にエステファンア・クエンカという小柄な令嬢がいた。彼女は、世の令嬢たちと同じように物事を見ることが、ほぼない令嬢だった。 そんな令嬢に一目惚れしたのが、何もかもが恵まれ、世の令嬢の誰もが彼の婚約者になりたがるような子息だった。 そんな中でも例外中のようなエステファンアに懐いたのが、婚約者の妹だ。彼女は、負けず嫌いらしく、何でもできる兄を超えることに躍起になり、その上をいく王太子に負けたくないのだと思っていたのだが、どうも違っていたようだ。

「優秀な妹の相手は疲れるので平凡な姉で妥協したい」なんて言われて、受け入れると思っているんですか?

木山楽斗
恋愛
子爵令嬢であるラルーナは、平凡な令嬢であった。 ただ彼女には一つだけ普通ではない点がある。それは優秀な妹の存在だ。 魔法学園においても入学以来首位を独占している妹は、多くの貴族令息から注目されており、学園内で何度も求婚されていた。 そんな妹が求婚を受け入れたという噂を聞いて、ラルーナは驚いた。 ずっと求婚され続けても断っていた妹を射止めたのか誰なのか、彼女は気になった。そこでラルーナは、自分にも無関係ではないため、その婚約者の元を訪ねてみることにした。 妹の婚約者だと噂される人物と顔を合わせたラルーナは、ひどく不快な気持ちになった。 侯爵家の令息であるその男は、嫌味な人であったからだ。そんな人を婚約者に選ぶなんて信じられない。ラルーナはそう思っていた。 しかし彼女は、すぐに知ることとなった。自分の周りで、不可解なことが起きているということを。

処理中です...