42 / 50
第6章
迷惑ですか
しおりを挟むそれから1週間。
創くんは、アルバイトで帰りが夜になる度、私を家まで送ってくれるようになった。
「じゃあ、また明後日っすね。お疲れ様です。」
いつものようにそう言って、あっさりと帰っていく彼。
「待って。」
私は、一瞬ためらいながら、その後ろ姿に慌てて声を出した。
「ん?」
「もう、送ってくれなくて大丈夫だよ?」
何度断っても、半ば強引に着いてきて、いつも家まで送ってくれていた創くん。今までは、そんな彼の優しさを無碍にはできず、甘えてきた。
でも、そろそろ言わなくてはいけない。
ここまでずっと迷惑をかけてしまったけれど、ただのバイト仲間で、その上、年下の男の子にここまでしてもらうなんて、申し訳なくて仕方ない。
「だってほら、つけられてる感じもしないし。それに、創くんにここまでしてもらう義理、私にはないもん。」
「いや、別に俺は、嫌々やってるわけじゃ――」
「いいの!本当に。大丈夫だから。」
彼の言葉を遮って、突き放すようにそう言った。困惑した表情を目の前にしながら、私は笑顔を取り繕う。
こうして彼の優しさを断る理由。
それは、ただ単に迷惑をかけられない、というだけではなかった。実はもうひとつ、大きな理由があった。
「胡桃のこと。気にしてるなら、別に俺らなんでもないですから。」
すると、私の心を見透かしたように、呆れた顔をしてそう言ってきた創くん。真意をつかれドキッとしながら、苦笑いを浮かべた。
あの日――アルバイトが終わったにも関わらず、創くんが私を迎えにきた日。
あれから、胡桃ちゃんの態度は大きく変わった。
今までは、当たりは強かったけれど、仕方なしに話はしてくれた。嫌われているとはいえ、挨拶はしてくれていた。
でも、あの日以来、話しかけると冷たくされ、お疲れ様の一言すらない。それが、無性に悲しく思えた。
私は、胡桃ちゃんの恋を邪魔したいわけじゃない。
もし嫌な思いをさせているのだとしたら、少しでもどうにかしたい。2人をくっつけようとしてるわけじゃないし、大きなお世話かもしれないけど、胡桃ちゃんの気持ちも少しは分かる気がするから。
私に今できることは、彼に近づきすぎないことだと思った。
「ごめんねー、本当に。あんなこと聞かされて、心配してくれって言ってるようなもんだったよね。」
全ては創くんの優しさだったから。嫌な思いをさせないように、迷惑そうに見えないように、そう言ってなるべく明るく振る舞って見せた。
「いや、そんなこと....。」
「たしかにね、胡桃ちゃんのこともある。だけど、どっちにしても私、彼氏でもない創くんにここまで迷惑かけられない。優しさに甘えちゃったけど、明日からは本当に、1人で平気だから。」
ハッキリと告げると、一気に気持ちが軽くなる。
「ありがとね。じゃあ、おやすみ。」
面食らったように立ち尽くす彼に、私は丁寧にペコっと頭を下げる。迷いながらも、その場から動こうとしない彼に背を向けて、マンションに向かって歩き出した。
「俺の気持ち、そんなに迷惑でしたか。」
しかし、その一言で足が止まった。
さっきまでの空気が、彼の言葉でガラリと変わる。
「あんな話されたから。仕方なくでここまでしてたって、本当に思ってますか。」
後ろから近づいてくる声。彼は凍りついたように立ち止まる私を追い越して、ゆっくりと前に立つ。
そんな彼から、気まずく目を逸らした。
その時、ちらりと絡んだ視線。目を見たら、その先に続く言葉がなんとなく分かってしまい、急に聞くのが怖くなった。
「創くん、あのね。」
「気づかないふり、しないでください。」
話を逸らそうとしたものの、私は呆気なく敗れる。
若さとは、怖い。見上げた彼から真っ直ぐ向けられた視線は、恐ろしく、何の迷いもない目をしていた。
「どうしたの、急に。怖い顔して。」
誤魔化すようにそう言うものの、私はどこかで気付いていた。気づかないように、見ないようにしてきただけで、心のどこかで気付いている自分がいた。
胡桃ちゃんのことを言い訳にして、離れようとした。
けれど、本当はこうして近づくのが怖かっただけなのかもしれない。このまま距離が近くなって、言葉にされるのを恐れていた。そうして、今の良い関係が崩れるのが怖かった。
「はーあ、そうやって誤魔化されると思った。」
私を想う、彼の気持ち。
反応に困っている私を見ると、ため息混じりに壁へ寄りかかり、スルスルと座り込む彼。
「今までも、何度かそんな空気出してたと思うんですけど、鈍感なんだか気付いてくれなくて。ここまでしたら、さすがに気付いてもらえるかなーと思って、強引にやってみたんすけど。普通に、気づかないふりするから。」
私は口籠もり、どう言ったらいいか分からなかった。
決定的なことは口にしていなくても、それはほとんど好きだと言われたようなもので。胸のあたりがムズムズした。
こんなに年下の子から想われたのは、人生初。戸惑いと少しの優越感が入り混じる。変な感情。
かっこよくて、優しくて、年下のわりに大人びている。どこか同じ年の子たちとは違う、独特な雰囲気を漂わせている子。
だけど、私にとって彼は、そういう対象ではなかった。
「あのさ、自分で言うのもなんだけど、私、27なの。なんなら年明けてちょっとしたら、28。アラサーまっしぐら!」
必死に言葉を選びながら、彼の前に座り込み、同じ目線になって言う。
「だから?」
しかし、動じない彼の真顔にうろたえて、顔をひきつらせた。
「いや、だからって言われても.....。」
「年なんて関係ないっすよ。」
「んー、なくはないと思うんだけど....。」
今は何と言ってもこうなるような気がして、ハハっと心ない笑いを浮かべる。
「はぁ....。」
すると、そんな私を見て、大きなため息をつく彼。私の顔をまじまじと見て、衝撃的なことを言った。
「ちなみに俺、前の彼女10個上。高校の時の先生。」
さらりと、爆弾発言。
「うっそ。」
「ほんと。」
口が開いたまま、閉じることを忘れていた。私への想いを匂わせたことを、忘れそうになる。
それくらいの衝撃を受けた。
「まあ、付き合ったのは大学入ってからなんで、変な想像しないでくださいね。」
「いや、それでも.....。」
10代の彼を射止めるなんて、どんな魔性の女だろう。頭の中で、勝手に妖艶な女性を作りあげ、力が抜けた。
「その、私が年の話持ち出しといて、こういうこと言うのあれだけど。」
私はそれでも気を取り直して、言葉を選びながら、改めて話を始める。
「私たちの年が離れてなかったとしても、やっぱり、そういうことは考えられないと思う。創くんは、良い友達。これからもそう。だから――」
「もう良いっすよ。」
目を泳がせながら、必死に話す私を見兼ねたように、急に立ち上がりそう言った彼。
「あっさり、オッケー貰えるなんて思ってなかったし。旦那(仮)もいるから、想定内です。来週のクリスマスの予定がなくなったくらいですかねー。」
「(仮)って。私、これでも本気で.....」
「ものの数分考えただけの答え、本気なんて認めませんよ?」
つられるように立ち上がると、途端に見つめられそう言われる。思わず、何も言えなくなった。
「じゃ、また明後日。」
「えっ、だから.....」
「とりあえず、好意とか抜きにして、俺が送るのやめた途端なんかあるとか寝覚め悪いんで。また送ります。」
嵐のような数分間。
頭を軽く下げ、去っていく後ろ姿を目で追いながら、呆気に取られる。私は目をパチクリとさせながら、なぜか速くなっていく心臓に、自然と手を当てていた。
0
お気に入りに追加
49
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる