ホオズキの花 〜偽りから始まった恋の行方〜

第２章

新たな生活

　瀬川の家を出て一ヶ月が経った。

　気温がだんだん高くなると草木は緑に色づき、梅雨を迎えようとしている。

「行ってらっしゃい」

　あれから私は千秋さんとの新婚生活を送っている。

　彼が出勤する時間に合わせて、愛妻弁当を持ちながら玄関で見送りをするような甘い結婚生活だ。

「あ、また起きてきた。寝てていいって言ったのに」

　しかし、そんなはずもなく彼からは今日も冷たく突き放される。空想の中にある結婚生活の像とは似ても似つかず、手ぶらのまま手を振るだけで改めて偽りの関係だと痛感させられる。

「はいはい、でもいいんです。私がそうしたくてしてるの」

　偽装結婚だという固定概念が強すぎて、千秋さんは必要以上に尽くそうとする私を叱る。毎朝の見送りもそのうちのひとつだ。

　でもそれくらいさせてほしい。瀬川の家を出ると同時に病院の仕事も失った私は無職になり、毎日暇なのだ。

「じゃあ行ってきます」
「はい。行ってらっしゃい」

　仕事に向かおうとするスーツ姿の千秋さんは諦めたように渋々そう言って出かけていく。私はそんな彼の背中に大きく手を振った。

　しんと静まり返る玄関でひとりになった私はため息をつく。退屈気味に部屋へ入りベッドにダイブした。

　彼が仕事へ行ってしまったら夜までひとりぼっちだ。

　最初のうちは部屋の模様替えをさせてくれて楽しかったが、随分と揃ってしまい今では掃除をするくらいしかやることがない。

　使わせてもらっている寝室も元々空き部屋だったところで、愛用していたベッドもクッションもないけれど、新たに家具を買い揃えてくれた千秋さんのおかげで素敵な部屋になった。


　私たちは千秋さんの家に来て一週間ほどで入籍した。父が神谷さんと結婚させようとしていた日で、私はそこにこだわった。

　ふと天井を見上げながら、その日の記憶が蘇る。

　あの日は私にとって濃い一日だった。