上 下
8 / 50
第1章

逆プロポーズ

しおりを挟む

 家を出た私は地図を頼りに今朝でてきた南高嶺の高級マンションを目指す。

 場所はすぐに分かり目の前までは辿り着いたけれど、三十階のどの部屋にいたかまでは覚えていなくて行き詰まる。

 大きなトランクを引いてマンションを見上げていたら、入っていく人たちに不審な目で見られた。

 行き場をなくした私は誰かに連絡をしようとLINEを開く。そのとき〝新しい友達〟の欄に見覚えのない名前を見つける。

 【Chiaki】

 一瞬誰だか分からなかった。でもなんとなくあの人のような気がして、通話ボタンを押す前に一度躊躇しながらも思い切って押してみた。

 すると電話口から聞こえてきたのはやはり聞き覚えのある声だった。


「予想以上に早かったね」
「お邪魔します」

 情けないけれど私にはここしか行くあてがなかった。
 ばつが悪い思いをしながらリビングのソファで紅茶をもらう。今朝と同じ光景だ。

「言った通り戻ってきたじゃん」

 足を組んで得意げに言う彼は何も聞かずにただ静かに紅茶を飲む。私はそんな彼に苦笑いを浮かべながらも、自分から全てを打ち明けた。

「年いくつ?」
「二十七です」
「言っちゃ悪いけど、その年で子供みたいな喧嘩したもんだな」

 すると相変わらずの厳しい言葉が降ってきた。

「分かってます。でもこれでも初めてだったんです、父に歯向かったのは」

 そう言いながら肩をすくめる。いい大人が勘当されるまでの喧嘩をするなんて、自分でも恥ずかしいことをしていると分かっていた。

「まあ、ほとぼりが冷めるまではいつまででも」
「私と結婚してもらえませんか」

 あまりに唐突だったかもしれない。

 でもモヤモヤした気持ちを抱え続けるのに耐えきれず、彼の言葉を遮る。いつ言いだそうかとずっとタイミングを伺っていたがとうとう言ってしまった。ここへ向かっていたときから決めていたことだから。

 でも彼はピクリとも動かない。

 人生初のプロポーズで、一世一代の告白だというのに彼は口をつぐんだまま何も言ってくれない。

「あの」
「いいの?」

 そんな彼がやっと口を開いたのは私が痺れを切らして話しかけた時だった。

「君の目的はお見合いを破談にさせたいってことだった。でもそれは勘当されて破談。それなら本当に結婚する必要はなくなったんじゃない?」

 それには何と言ったらいいか分からなかった。

 たしかにその通りで、もう私が彼と結婚する理由はなくなったのだ。

「ダメなの」

 でもそんな単純な話ではない。私は覚悟をもって会いにきたのだ。

「ここで結婚しなかったら私はただ逃げたくてハッタリをかましただけだと思われる。あのとき本気だったって父に証明したい。意地なんです。だからまだあの話が有効なら私と結婚してください」

 真剣にただただじっと見つめ続け、黙ったままの彼の出方を待っていた。
 
 そのとき無言で立ち上がり、急にその場からいなくなった彼は私が今朝起きたベッドルームへと入っていく。

 部屋の中からはバタバタと音だけが聞こえてきて思わず首をかしげる。

「これ」

 そんな中で戻ってきたら突然テーブルの上に何やら広げ始める。免許証と健康保険証にパスポートまで置かれ、固まってしまう。

「結婚する相手が何者なのか、知っておいた方がいいんじゃない? 」

 あまりに律儀で笑いそうになりながら、彼の言った言葉を頭の中で繰り返す。そしてハッと顔を上げた。

「結婚する相手って、それじゃあ」
「よろしく、晴日ちゃん」

 微笑む顔を見て、張り詰めていた緊張の糸が一気に緩む。私は彼に受け入れられた。

「あっ」

 初めて名前を呼ばれ、目の前に置かれた免許証を慌てて手に取る。結婚しようとしていた相手の名前すら知らなかった。

藤澤千秋ふじさわちあき......さん」

 写真をジッと見つめていたら少しだけ恥ずかしくなる。この人が私の夫になる人だと思うと不思議な感情に包まれる。
 目を泳がせながらペコリと頭を下げた。

 私はこの日、昨日会ったばかりの彼と結婚することを決めた。しかし、これは偽装結婚。

 これから私は藤澤晴日として生きるのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

【完結】その男『D』につき~初恋男は独占欲を拗らせる~

蓮美ちま
恋愛
最低最悪な初対面だった。 職場の同僚だろうと人妻ナースだろうと、誘われればおいしく頂いてきた来る者拒まずでお馴染みのチャラ男。 私はこんな人と絶対に関わりたくない! 独占欲が人一倍強く、それで何度も過去に恋を失ってきた私が今必死に探し求めているもの。 それは……『Dの男』 あの男と真逆の、未経験の人。 少しでも私を好きなら、もう私に構わないで。 私が探しているのはあなたじゃない。 私は誰かの『唯一』になりたいの……。

【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。

猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。 『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』 一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません

和泉杏咲
恋愛
両片思いの2人。「年下上司なんてありえない!」 「できない年上部下なんてまっぴらだ」そんな2人は、どうやって結ばれる? 「年下上司なんてありえない!」 「こっちこそ、できない年上の部下なんてまっぴらだ」 思えば、私とあいつは初対面から相性最悪だった! 人材業界へと転職した高井綾香。 そこで彼女を待ち受けていたのは、エリート街道まっしぐらの上司、加藤涼介からの厳しい言葉の数々。 綾香は年下の涼介に対し、常に反発を繰り返していた。 ところが、ある時自分のミスを助けてくれた涼介が気になるように……? 「あの……私なんで、壁ドンされてるんですか?」 「ほら、やってみなよ、体で俺を誘惑するんだよね?」 「はあ!?誘惑!?」 「取引先を陥落させた技、僕にやってみなよ」

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

ハイスペックでヤバい同期

衣更月
恋愛
イケメン御曹司が子会社に入社してきた。

処理中です...