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塩っぱくて、苦くって(完)

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「ぅ、なっ――」

 ぺろりと舐めた部長の首筋は、ちょっとだけ塩っぱくも感じるけれど、殆どこれといって味らしい味はしなかった。
 ただ、僕の唐突な行動に部長は大層驚いたようで、全身をびくっと強ばらせている。
 れろぉ、と、首筋を這うようにべろを動かすと、部長は小刻みに震えている――何か抗議をする以前に、絶句しているようだ。

 けれど、それは単に反応に遅延が出たというだけのようで、数秒遅れで上半身をゾクゾクと震わせ、「な、ななな」と部長は解りやすい動揺を口にする。

「んな、何考えてるんだ涼太りょうた!」
「あんまり他人には言えない趣味なんですけど。僕、他人を舐めるの、好きなんですよ」
「そりゃ言えねえだろうな……え、趣味? いやどんな趣味だ、それ……」
「もっと舐めて良いですか?」
「良いって答えるわけがねえだろ」

 だよなあ。
 でもまあ、一応悪あがきはしておこう。

「……ダメですか?」
「ダメだ」
「ずっと我慢してたのに……」
「……ダメだ」

 おっと……これは押せば押しきれる気がしてきた。

「部長、美味しいですよ」
「涼太はヴァンパイアか何かで、俺を取って食うつもりなのか……?」
「僕にそんなスプラッターな趣味はありません」
「……おい脩吾しゅうご。見てないで助けへぇっ!?」

 部長が先輩に助けを求めた所で首筋を舐めると、部長は実に良いリアクションで答えてくれる。
 なんか楽しくなってきた。

「良いじゃないですか。減るもんじゃあないんですから」
「減る減らないの問題じゃねえ……お前よくそんな趣味で社会に適合できてるな……」
「誰彼構わずしてるわけじゃないので。特別なんですよ」
「その特別に入れてくれるのは嬉しい反面困惑だぞ……」

 困惑か。迷惑じゃなくて。

「あーもう……なんかばあちゃん家の犬を思い出す……遠慮無くべろべろ舐めてくる所とか」
「僕は犬じゃありません」
「いや犬と同じだろ。勝手に舐めるんだから」
「じゃあ、舐めさせて下さい」
「おい脩吾。なんか急に後輩と話が通じなくなったんだけど?」
「知らねえよ。お前の部活の後輩だろ」
「どうしても絶対にダメならやめる、くらいの分別はつきますよ、僕」
「つまりお前の舐め癖ってよっぽどなんだな……」

 将来は大丈夫か、という哀れむような声音だった。
 僕としてもちょっと不本意だ。この趣味ができたのは先週だし、それに原因は先輩だし……。

「はあ。まあ、犬だと思えば可愛いもんか……。わかったわかった、好きにしろ。全く、学校じゃまるで知らなかったぞ、涼太のそんなところは」
「内緒にしてくださいね。ドン引きされるので」
「誰が『後輩に身体をなめ回された』なんて学校で言うか……犬みたいにだって教えたところで良くてドン引き、普通は迫害だよ……」

 そりゃそうか。
 じゃあちょっと予定とは違うけど、同意も得られたし――と。
 べろを出した所だった。

「あ、待て。一つ条件がある」

 と、思い出したかのように部長は言う。

「なんですか」
「逃げねえから、離せ。暑いし……」
「いいですよ」

 てっきり、舐めて良い場所を指定してくるとかかなあって思ったんだけど、そうじゃないの……?
 都合は良いけど。

 身体に巻き付けた手足を解くと、部長はやれやれと首を振り、ゆっくりと起き上がった。
 僕はそんな部長の横、そして前に移動して、堂々と向かい合うと部長の首元に顔を埋める――部長は有言実行で、特に振りほどいたりはしなかった。

 だから遠慮無くぺろりと舐めて見る――やっぱり味は薄いな。
 まあ、普段舐めてる場所が場所なだけかもしれないけど。

「……こうやって見てると異様な光景だな、おい」
「そう思うなら止めてくれよ……」
「いやあ。さっきも言ったけど、お前の部活の後輩だろ」
「まあ……」

 部長が良い具合に先輩と話し始めたので、部長が着ているワイシャツの内側にべろを伸ばす――部長は「ん……」と流石に驚いたようだ。
 けれどそれ以上ではなく、拒否の動きもしない。

 ので、ボタンを外して胸板に、べろを伸ばす。
 ちょっとだけ……首筋よりも塩っぱいのは、汗だな。

 おっぱい舐めたらさすがに怒るかな?
 どうしようかな――とか、考えながら、部長の胸板を舐め……、にくいな、体勢的に。

 姿勢を変えようと何気なく僕が手を伸ばすと。
 それは本当に偶然だったけれど――そこは丁度、部長の股間で。

「……あれ。部長」
「言うな」
「でも、これ……」
「言うな……」

 感触が、硬い。
 それはスラックスが持つ硬度であるはずもなく、明らかにその下にあるもののせいだ。
 ……部長は、おちんちんを勃起させている。

 僕が舐めたのに興奮してくれたんだろうか?
 だとしたら……僕の足を解かせたのは、これに気付かせないためだな。

 そして舐める場所を咎めなかったのは、ほんの少しの好奇心があるから、じゃないだろうか。

「……そこも、舐めましょうか?」
「…………、」

 ほら。
 やっぱり。
 部長は即答できないでいる。

 僕はスラックスの上から、部長のおちんちんを撫でる――そして、もう一度部長の胸板を舐めあげて、上目遣いに。

「どうしますか」
「……言わせるな……、頼むから……」
「わかりました」

 部長は、欲求に負けたということだ。
 いや、負けたのは今じゃないかもな。
 たとえば、一週間前に聞いたあのリアクション。

 先輩と一緒に見たゲイビデオに対する感想は、世間的な反応にあわせたもので――先輩が最初に何か、ねーよとか言っちゃって、それに対応する形で出た言葉なんじゃないか?
 だとしたら実体はどうだろう。

 そもそもアダルトビデオを一緒に見るように提案したのがどっちかは解らないけれど、それを受け容れるような親しい仲だ。
 で、ビデオを実際に選んだのは、そのビデオが部長の父親のものだと言っていた以上、部長だろう。

 ……部長は、わざとそのビデオを選んだんじゃないか。
 あわよくば、先輩と何かをするために。

 勘ぐりすぎかな?

 でも、そんな下心がないならば。
 ――先輩も居る場所で、こんなことはさせないと思う。

 僕は部長のスラックスのベルトを外し、ホックを外してファスナーも下ろし、ぴんと不自然なテントを張っているトランクスの頂点を、ぱくりと一度、トランクスの上から咥え、そしてべろでつつく。
 口の中で、先輩のおちんちんがぴくぴくと震えたので――口から離し、トランクスをずらして中身を出す。

 部長のおちんちんは先輩よりもちょっとだけ小さくて、勃起しきっていても先っぽがすこししか見えないけれど、その中身は綺麗なピンク色をしていて――既に、透明なものがちょっとだけ、にじみ出ていた。

 僕は、そのおちんちんにべろを延ばし――

「待て」

 ――と。
 静止の声が後ろから掛けられると同時に、強く肩を掴まれた。

「……なんですか、先輩。邪魔しないでください」
「頼む。多分、俺は今、素直にならないと……ずっと後悔する。だから、頼む」
「脩吾……?」

 ……ちぇ。
 そんな真剣な顔で頼まれたら、断れないじゃないか。

「ごめんな、涼太。……当麻とうま。俺が舐めても、いいか?」
「え……、脩吾……、でもお前、……キモイって、言ってただろ」
「言った。でも俺、本当はあの時……あのビデオで興奮してたんだ。けれど、当麻に嫌われたくなくて……興味ねえって、そんな事言っちまっただけで。本当は、……当麻と」

 僕の頭上を通して交わされる会話は、概ね僕の勘繰りそのままで。
 だとしたら、邪魔をするのはもう野暮でしかないよな。

「部長、先輩。僕、今日は先に帰ります。……僕が居たら、邪魔でしょうから」

 ちょっと僕は欲求不満だけど……それでも、こんな状況で水を差せるほど、僕は部長や先輩が嫌いじゃないのだ。
 ……結構、好ましい人達だから、幸せになって欲しいとは思うけどね。

 僕は、部長から離れて。
 床に置いた荷物を持って、部屋を出る。

 その間際の会話は、なんだか笑えるほどに定型テンプレで。

「――恩に着る」
「――俺からも。絶対、礼はするから」
「楽しみにしてますよ。……お邪魔しました」

 僕が玄関で靴を履き始めると、部屋から少し間の抜けた声と、水っぽい音が微かに聞こえた。

 ……結局の所、先輩が僕のおちんちんを一度も舐めてくれなかったのは、最初に舐める相手を決めてたからなんだろうなあ。
 妬けちゃうよ。本当に。

 僕にもいつか、そんな相手ができるのかな――

「ちぇ」

 ――部長の家の玄関からでて扉を閉めた後。
 僕はどうしてか床を蹴って、悪態をついていた。


    ◇


 いつもと対して変わらない、授業を終えた中学校の放課後。
 僕以外の生徒達は、やれ部活だの、やれ委員会だの、やれ帰るだの、それぞれに勝手気ままに行動を始めている。

「……はあ」

 昨日の気持ちがどうにも整理できないまま、未だに僕は引きずりまくっていて。
 ため息をしながら廊下を歩き、階段を降りて下駄箱へ。

 今日はさっさと帰ってふて寝しよう。たぶん、よく眠れないだろうけれど――

「涼太」

 ――けれど、下駄箱に上履きをしまい、外履きを出したところで――僕は名前を呼ばれて、そちらに振り向く。
 そこに居たのは部長で、その横には先輩もいた。

 なんだか、二人ともにその表情は晴れ晴れとしている。

「昨日……あの後、俺たち、話し合ってさ」
「そうですか。それはよかった。本心ですよ」
「ああ、解ってるよ。……で、脩吾から話は聞いた。ごめん」
「別に……」

 部長は、深く頭を下げてきた。
 ……謝られてもしょうがない。

「僕も好きでしていたことですから。お気になさらず……とは正直言いがたいですけど、それを理由にアレコレ言うのは僕の主義に反します。……ただ、敢えて言うならば、目立つので止めて下さい。三年生せんぱい二年生ぼくに頭を下げるって、大概な事件ですよ」
「でも……」
「済んだことです。僕は勝手に勘ぐって、勝手にいろいろやって。今回だって、その結果がたまたま、良い方向に転がっただけですからね」

 少しでも僕の勘繰りがズレていたならば、僕は昨日、あの場所で、部長に酷い事をしただけなのだろうし。

「僕は部長と先輩を好ましい人だと思っています。だから、……僕は、」

 二人を応援するだけで。
 二人が幸福になるならば、それは僕にとっても最良のはずで。

「……なのに。なんで、僕はこんなに寂しいのかなあ」

 笑顔を繕って、部長たちにそう言って。
 僕は靴を履き替えようと、しゃがみ込んで、


    ◇


 ――暫くの間、立ち上がれなかった。
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