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まあ、そういうこともある。

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 マルファス氏の表情を見て、やはり一発殴っておくべきだったと私は考える。
 今でもそうしたいが、クリスは怒るだろう。こういったことはこっそりやらねばならない。決して訴え出ることができないようなやり方がいい。
 あんな目でクリスを見ているのだ。
 許しがたい。
 樽の重みがなければ無意識のうちに手が出ていただろう。
 ……まあ、落ち着こう。
 私は一介の護衛である。
 ちゃんと仕事をする、まともな人間である。殿下を不埒な目で見ている、というだけで殴るわけにはいかない。
 殴りたい。
 落ち着こう。
 クリスが、いや殿下がやたらと美しいのは、これは殿下側に理由がある。もちろん罪ではないが、惹かれてしまうこともまた、罪ではないだろう。……ないだろう。本当にそうだろうか?
 妻子があるのだから理性を保つべきではないか?
 しかし殿下の魅力はいかんとも。
 そう、あの方の、わかっているようなわかっていないような態度がまた、腹立たしくも愛らしいのだ。
 そして明るく軽く、雑である。退屈なときに私の膝を叩いて遊んでいるさまなど、どこの猫かという話だ。
「ヴィー、その樽は別の馬車で届けておいて」
「……は」
 かしこまりたい。
 かしこまりたくない。
 私のいなくなった場で、この不埒な男と殿下をともにいさせたくないのだ。
 だが、まさか殿下の命令に逆らえるわけはない。昨夜「そこはだめだよ」という言葉には逆らったが、あれは命令ではない。むしろ……違う。そんな話はともかく。
「そのように手配します」
 私はそう答え、樽を持って走った。
 これをお客人の護衛の馬車に乗せてもらい、都合のいい時に別の馬車に、王宮に届けてもらうように頼もう。王宮は保証のない樽の扱いに困るかもしれないが、視察終わりに走って説明すれば問題ないはずだ。問題があれば私が責任をもって新しい樽を届けよう。
 殿下がわざわざ命令を口にしたのは、マルファス氏への説明代わりだろう。土産の樽の行方を心配しないようにという気づかいだ。
 私に強く命じようとしたわけではないはずだ。
 よって、人に頼んで、私が戻ってきても問題ないはずである。



 あれ。
 ヴィーが戻ってきた。何か問題があったのかと思ったけど、そんな顔ではないし、担いでいた樽もない。
 人に任せたのか。
 うーん。
 珍しいな。
 ヴィーは恐ろしいことに僕の指示を視線一つで察する。ヴィーの責任でもって届けるように頼んだのだけれど、伝わっていなかったらしい。
 まあ、そういうこともある。
 ヴィーはいい男だが、完璧ではない。意外と抜けたところもあるのだ。ハッスルしすぎてベッドから落ちたこともある。
 あの驚いた顔はよかったなあ。
 そのまま床の上で……燃えたなあ……。
 いやまずいって。
 なんで戻ってきたんだろう。このまま一緒にいるとどう考えても早いうちにばれる。こんな桃色思考のままで気づかれないはずがない。
 薬を増やそうか?
 でもな。
 背に腹は変えられないか……でも次の移動もマルファス様に同乗させてもらおう。セリア嬢への話が途中だったし。花から生まれたお姫様の話を、ずいぶん真剣に聞いてくれていた。
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