6 / 28
本当に何をやっているのだろう。
しおりを挟む
「それよりもこの、内容だ」
「ああうん、どんな感じ?」
ちょっとだけ優しくなったスクは、ただでさえ読めない文字を格子ごしに背伸びして見下ろした。
読めなくとも雑な、しかし熱意のこもった文字が踊っているのがわかる。
「どんな……そうだな、この……あたりは、男ならば強引に行けなどと」
「……どうかなあ?」
初っ端からそれか。それなのか。
それはどうだろうかと思う。が、ことエメラードに限っては、それで正しいのかもしれない。苦悩されても時間がかかり、苦しみが長引くだけである。
(いやいやいや)
それを差し引いても、慣れない男が強引に行くのはまずい。
「そのへんは気持ちの問題じゃないかな?」
「気持ち……」
「心構えであって、現実はもうちょっとこう……複雑だから」
「……ふむ」
エメラードは眉間にしわを作った。
そもそも強気になれる心境ではないのだろう。
「というかそのへんは前置きじゃない? 深く考えずに実践的にいこう」
考えすぎて自棄になられては困るし、長年耐え続けてきた彼の心の強度が心配である。
「そうは言うが……」
「まあ、王様の命令だと思ってさ、適当に」
「王命を適当にするわけにはいかない」
「あ、そか。……そうだな~……」
スクとしては上司の命令など適当にやるものだが、エメラードにとってはそうではない。わけがわからないが、そういう人間なのだから仕方がない。
「じゃあ……何、なんか、深く考えず……」
「深く考えずにこのようなことをするのは、人間の所業ではない……」
だとするとあの王はどうなるのだろう。
エメラードの精神を慮って言わなかった。忠義の士に、あなたの仕えてる王ってクソですよと言うのは優しくない。
「一回人間やめてみるとか!」
ではと明るく言ってみたが、エメラードは沈痛に首を振るばかりだ。
「やらざるをえない以上、できる限り、その……人道的にやりたい」
「人道的に」
「そう、そうだ。どのようにすればよいか、私はおまえに聞くべきだった」
「えぇ……ああ、うん」
まあそうである。
被害者に聞く加害者の図というと頭がおかしいが、人道的にしたいならそうだ。当人に聞くのが一番だ。
「どうすればいい」
エメラードは格子から距離を取り、牢番用の机についていながら、わずかに頭を下げた。できるなら近づいて教えを乞いたいという顔だ。
自分より大きな男でありながら、ずいぶん愛らしい仕草であった。スクはつい胸がきゅんとする。育ちのいい子供はかわいくてずるい。
「教えてくれ」
スクが胸を押さえて黙ってしまったので、エメラードは重ねて聞いてきた。素直だ。そしてどう考えても囚人を襲う役には向かない。
「……とりあえずさ、あんた穴……えーっと」
穴の場所を知っているのか?
という問いをしかけたが、たぶん上品ではない気がする。
(穴……お尻……っていうか知ってるだろ)
尻の位置に個人差がそれほどあるとも思えない。貴族だって人間のはずだ。
「なんだ。はっきり言ってくれ」
エメラードは身を乗り出し、真面目に聞く姿勢である。んんん、とスクは牢の天井を見上げ、救いのクッションに抱きついた。
まあ遠慮しても仕方がない。
このくらいで壊れる精神でないことを願おう。
「まずさ、こうやって、」
スクはころりと横になり、エメラードに向けて足を開いてみせた。粗末だが清潔な服をもらっているので、中身が見えたりはしない。
「……うむ……」
なんともいえない「うむ」だった。困惑と、それからやはり真面目さのにじむ声だ。
「穴がここ。わかる?」
スクだって何をやっているんだろうと思っている。お上品でない環境で育ったスクだが、人に自分の穴の位置を教えたことはない。
初めての経験だ。
すごく……変である。
「それはわかっている」
殴られて足を開かされるよりずっと平和的だし痛くない。しかし悲しいかな、スクはそちらの方が慣れている。わけのわからない状況には落ち着かない。
(生き残ったら笑い話に……なるかなこれ?)
どういう相手に話したら笑ってくれるのだろう。
「ほんとにわかってる? 感覚的に……」
「感覚……」
エメラードが眉を寄せ、自分の指をわずかに動かした。卑猥だ。指の曲がりが、空想のスクの穴を探そうとしている。
「そう言われてもな」
「ああ、まあ、それは……そうだね? 実際触るのがいいんだろうけど」
「そうはいかない」
「はいはい。まあそうだよね」
きちんとしている看守は、親しみやすく見えてもきちんと囚人との線引きをしているのだ。
「……ただ、できる限り近づこう」
エメラードは宣言すると慎重に席を立ち、格子の前にまでやってきた。手を伸ばしても届かない、あるいは届いたとしてもほんの指先だけだろう、そんな距離だ。
そうなるとスクは手を伸ばしたくなる。つい。
「もうちょっと近づけない?」
「だめだ。おまえは案外、手が長い」
「どれどれ」
スクは格子に手を突っ込み、肩が当たるまでぐいぐいと押した。エメラードは身を引きかけたようだが、そこまで届かない。触れられない。
「んん~!」
「……届かないようだな」
「これは……無理かな……! もうちょっと!」
「何をしているんだ」
特に何の意味もない。そこに山があれば登りたくなる、それだけのことである。
「うーん、やっぱりだめか……」
「どこかの線で必ずだめになるだろう」
「確かに」
が、牢での暮らしなど退屈との戦いなので、後悔はない。時など砂のように流れ落ちればいいのだ。
「……それより、」
エメラードは口ごもった。さきほどの続きをと言いたいのだろう。
「ん? そういえば」
スクは突然な思いつきに笑った。
「足は出したことがなかった」
どれ。
床に尻をつけて、ずるっと足を格子から出してみる。するとなんということか、ごつんとエメラードの足に当たった。
「おおー」
「……ではない。おかしなことをしないように」
エメラードは難しい顔をしてさらに距離を取る。とても遠い。やるんじゃなかった。
こんなわけのわからないことをやるなら、せめて近付きたい。親しさが必要だ。でないと間抜けがすぎる。
「はあ。……まあいいや。とにかくこう、足を開くとこんな感じ」
「こんなとは……」
「ここに、」
本当に何をやっているのだろう。エメラードからすれば、格子から突き出た足が頑張って開いている、さまを見ているわけだ。
「ああうん、どんな感じ?」
ちょっとだけ優しくなったスクは、ただでさえ読めない文字を格子ごしに背伸びして見下ろした。
読めなくとも雑な、しかし熱意のこもった文字が踊っているのがわかる。
「どんな……そうだな、この……あたりは、男ならば強引に行けなどと」
「……どうかなあ?」
初っ端からそれか。それなのか。
それはどうだろうかと思う。が、ことエメラードに限っては、それで正しいのかもしれない。苦悩されても時間がかかり、苦しみが長引くだけである。
(いやいやいや)
それを差し引いても、慣れない男が強引に行くのはまずい。
「そのへんは気持ちの問題じゃないかな?」
「気持ち……」
「心構えであって、現実はもうちょっとこう……複雑だから」
「……ふむ」
エメラードは眉間にしわを作った。
そもそも強気になれる心境ではないのだろう。
「というかそのへんは前置きじゃない? 深く考えずに実践的にいこう」
考えすぎて自棄になられては困るし、長年耐え続けてきた彼の心の強度が心配である。
「そうは言うが……」
「まあ、王様の命令だと思ってさ、適当に」
「王命を適当にするわけにはいかない」
「あ、そか。……そうだな~……」
スクとしては上司の命令など適当にやるものだが、エメラードにとってはそうではない。わけがわからないが、そういう人間なのだから仕方がない。
「じゃあ……何、なんか、深く考えず……」
「深く考えずにこのようなことをするのは、人間の所業ではない……」
だとするとあの王はどうなるのだろう。
エメラードの精神を慮って言わなかった。忠義の士に、あなたの仕えてる王ってクソですよと言うのは優しくない。
「一回人間やめてみるとか!」
ではと明るく言ってみたが、エメラードは沈痛に首を振るばかりだ。
「やらざるをえない以上、できる限り、その……人道的にやりたい」
「人道的に」
「そう、そうだ。どのようにすればよいか、私はおまえに聞くべきだった」
「えぇ……ああ、うん」
まあそうである。
被害者に聞く加害者の図というと頭がおかしいが、人道的にしたいならそうだ。当人に聞くのが一番だ。
「どうすればいい」
エメラードは格子から距離を取り、牢番用の机についていながら、わずかに頭を下げた。できるなら近づいて教えを乞いたいという顔だ。
自分より大きな男でありながら、ずいぶん愛らしい仕草であった。スクはつい胸がきゅんとする。育ちのいい子供はかわいくてずるい。
「教えてくれ」
スクが胸を押さえて黙ってしまったので、エメラードは重ねて聞いてきた。素直だ。そしてどう考えても囚人を襲う役には向かない。
「……とりあえずさ、あんた穴……えーっと」
穴の場所を知っているのか?
という問いをしかけたが、たぶん上品ではない気がする。
(穴……お尻……っていうか知ってるだろ)
尻の位置に個人差がそれほどあるとも思えない。貴族だって人間のはずだ。
「なんだ。はっきり言ってくれ」
エメラードは身を乗り出し、真面目に聞く姿勢である。んんん、とスクは牢の天井を見上げ、救いのクッションに抱きついた。
まあ遠慮しても仕方がない。
このくらいで壊れる精神でないことを願おう。
「まずさ、こうやって、」
スクはころりと横になり、エメラードに向けて足を開いてみせた。粗末だが清潔な服をもらっているので、中身が見えたりはしない。
「……うむ……」
なんともいえない「うむ」だった。困惑と、それからやはり真面目さのにじむ声だ。
「穴がここ。わかる?」
スクだって何をやっているんだろうと思っている。お上品でない環境で育ったスクだが、人に自分の穴の位置を教えたことはない。
初めての経験だ。
すごく……変である。
「それはわかっている」
殴られて足を開かされるよりずっと平和的だし痛くない。しかし悲しいかな、スクはそちらの方が慣れている。わけのわからない状況には落ち着かない。
(生き残ったら笑い話に……なるかなこれ?)
どういう相手に話したら笑ってくれるのだろう。
「ほんとにわかってる? 感覚的に……」
「感覚……」
エメラードが眉を寄せ、自分の指をわずかに動かした。卑猥だ。指の曲がりが、空想のスクの穴を探そうとしている。
「そう言われてもな」
「ああ、まあ、それは……そうだね? 実際触るのがいいんだろうけど」
「そうはいかない」
「はいはい。まあそうだよね」
きちんとしている看守は、親しみやすく見えてもきちんと囚人との線引きをしているのだ。
「……ただ、できる限り近づこう」
エメラードは宣言すると慎重に席を立ち、格子の前にまでやってきた。手を伸ばしても届かない、あるいは届いたとしてもほんの指先だけだろう、そんな距離だ。
そうなるとスクは手を伸ばしたくなる。つい。
「もうちょっと近づけない?」
「だめだ。おまえは案外、手が長い」
「どれどれ」
スクは格子に手を突っ込み、肩が当たるまでぐいぐいと押した。エメラードは身を引きかけたようだが、そこまで届かない。触れられない。
「んん~!」
「……届かないようだな」
「これは……無理かな……! もうちょっと!」
「何をしているんだ」
特に何の意味もない。そこに山があれば登りたくなる、それだけのことである。
「うーん、やっぱりだめか……」
「どこかの線で必ずだめになるだろう」
「確かに」
が、牢での暮らしなど退屈との戦いなので、後悔はない。時など砂のように流れ落ちればいいのだ。
「……それより、」
エメラードは口ごもった。さきほどの続きをと言いたいのだろう。
「ん? そういえば」
スクは突然な思いつきに笑った。
「足は出したことがなかった」
どれ。
床に尻をつけて、ずるっと足を格子から出してみる。するとなんということか、ごつんとエメラードの足に当たった。
「おおー」
「……ではない。おかしなことをしないように」
エメラードは難しい顔をしてさらに距離を取る。とても遠い。やるんじゃなかった。
こんなわけのわからないことをやるなら、せめて近付きたい。親しさが必要だ。でないと間抜けがすぎる。
「はあ。……まあいいや。とにかくこう、足を開くとこんな感じ」
「こんなとは……」
「ここに、」
本当に何をやっているのだろう。エメラードからすれば、格子から突き出た足が頑張って開いている、さまを見ているわけだ。
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
悩ましき騎士団長のひとりごと
きりか
BL
アシュリー王国、最強と云われる騎士団長イザーク・ケリーが、文官リュカを伴侶として得て、幸せな日々を過ごしていた。ある日、仕事の為に、騎士団に詰めることとなったリュカ。最愛の傍に居たいがため、団長の仮眠室で、副団長アルマン・マルーンを相手に飲み比べを始め…。
ヤマもタニもない、単に、イザークがやたらとアルマンに絡んで、最後は、リュカに怒られるだけの話しです。
『悩める文官のひとりごと』の攻視点です。
ムーンライト様にも掲載しております。
よろしくお願いします。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
正しい風呂の入り方
深山恐竜
BL
風呂は良い。特に東方から伝わった公衆浴場というものは天上の喜びを与えてくれる。ハゾルは齢40、細工師の工房の下働きでありながら、少ない日銭をこつこつと貯めて公衆浴場に通っている。それくらい、風呂が好きなのだ。
そんな彼が公衆浴場で出会った麗しい男。男はハゾルに本当の風呂の入り方を教えてあげよう、と笑った。
どこにでもある話と思ったら、まさか?
きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
武器屋さんが拾ったのは、曰くつきの少年でした
マメ
BL
武器屋を営んでいるエンソラは、ある日、武器を作るための素材を集めに洞窟に向かったが、
そこで魔物に襲われている少年を助ける事になる。少年は怪我をしていて、さらに帰る場所がないと訴える彼を見放す事ができず、エンソラは彼を怪我が治るまでという理由をつけ、連れて帰る事になる。
だが、知人の医師に診てもらうと、少年はこの国では珍しい竜族の少年という事が判明して……。
※小説になろう(ムーンライトノベルス)にも掲載している作品です。
獣人×竜族の少年
獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた!
どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。
そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?!
いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?!
会社員男性と、異世界獣人のお話。
※6話で完結します。さくっと読めます。
オレと親友は、どうやら恋人同士になったらしい
すいかちゃん
BL
大学3年生の中村弘哉は、同棲中の彼女に部屋を追い出されてしまう。親友の沢村義直の部屋に転がり込み、同居生活がスタートする。
ある夜。酔っぱらった義直にキスをされ、彼の本心を知る事になった。
親友だった2人が、ラブラブな恋人同士になる話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる