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第一章 学園編

13話 敗北

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 天下人・豊臣秀吉によって建設された「大阪城天守閣」。
 そこから徒歩15分の場所に撫子会関西支部会館はあった。

「私とマキ、サオリちゃんと琴音ちゃんで周囲を探索した後、ホテルで合流しよう。あまり深入りし過ぎず、自然にね」

 3人は伊月の指示に頷き、それぞれ歩き出した。

 撫子会会長との話し合いの翌日、伊月らは学校を休んで新幹線で大阪にやってきた。

 大和田花が違法行為に関わった証拠を得るために、二手に分かれて会館の周囲を探索することにする。
 撫子会関西支部会館の隣には撫子流の道場が併設されていた。

「道場破り、してく? 撫子会潰すんでしょ?」

「あはははは! ……さすがにそれは冗談キツいよ」

 そんな会話をしながら、2人は初めての大阪を歩く。親友との気取らないやり取りに伊月は嬉しくなった。

「まさかマキも来てくれるなんてね。また馬鹿なことやってるって言われて終わりかと思った」

「馬鹿なことしてんのは事実でしょ。大組織に喧嘩売るのはおっぱいハーレム作るのとはわけが違う。今やろうとしてることがどれだけ危険なのかはあんたが1番わかってるでしょ」

「……さすが親友。なんでもお見通しだね」

 伊月は立ち止まり、空を見上げる。
 生憎の曇天で、今にも降り出しそうな空だった。

「次は観光で来ようよ。晴れてる日にさ!」

「そうね」


 心配はしてるけど、それを全部言葉にする必要はない。
 きっと、伝わってるから。


 お互いへの信頼が、2人の背中を押す。
 歩み出したその一歩に迷いは無かった。







「とりあえず会館近く一周したし、たこ焼きでも買って戻ろっか」

「そうね、せっかく来たし粉物食べとかないと」

 伊月とマキはたこ焼きを持って、事前に取っておいたホテルでサオリと琴音に合流した。

「作戦会議の前に、とりあえずたこ焼き食べよ!」

 伊月は買ってきたたこ焼きを琴音とサオリに配る。

「わぁ、おいしそう!」

 本場のたこ焼きに目を輝かせる琴音。
 その横でサオリは怪訝な顔でたこ焼きを見つめていた。

「これが……たこ焼きですの? たこにしては赤くないし、足が無いようですが……」

「あはは! サオリちゃん、これは中にタコが入ってるんだよー!」

「なっ、そういうことでしたのね!」

 楽しそうにたこ焼きについてサオリに説明する伊月。
 そんな伊月たちを見ながらマキは呟く。

「マジか。お嬢様が一般庶民の食べ物知らないの、フィクションだと思ってた」

「ですね……」

 マキの呟きに琴音が同調する。
 この場にいる者は全員が親しい仲という訳ではない。伊月以外の3人は言うなれば友達の友達、程度の間柄だったが、伊月を心配しているという点で共通していた。
 たこ焼きを食べていた時間は30分にも満たないが、それは4人にとって安らぎの時間であった。





「さて、それじゃあ本題に入りますか」

 伊月の一言で食事を終えた3人の表情が変わった。
 伊月はテーブルに会館近くの地図を広げて、それぞれが報告を開始する。

「巌流さんと一緒に近くのビルの屋上から撫子会館3階を見てみましたが、ブラインドがあって中の様子までは確認
できませんでした。有力な情報を得られず申し訳ありません」

「いやいや、琴音ちゃんが謝る必要は全くないよ。私たちも似たようなもんだし」

 伊月はマキに視線を向け、その視線にマキは頷く。

「やっぱりプランAで行くしかないですわね」

 そういってサオリが机の上に置いたのは鍵爪の付いたロープとガラスを切断できる回転式カッターだった。

「そんなあからさまな泥棒セット、よく用意できたね……」

「セバスチャンが一晩で用意してくださいましたわ。まぁ、巌流家執事筆頭として当然ですわね」

 伊月はロープ持って3人と向き合う。


「プランAで行こうと思う。もしもの時は、よろしくね」


 プランA。
 1人が会館に侵入し、大和田花の違法行為に関わった証拠を持ち去る。
 他の3人は周囲の警戒と侵入した者の逃走を補助するという作戦だ。

「本当に、1人で行くんですか? 侵入担当を増やした方がいいんじゃ……」

 プランAは伊月たちが大阪に来る途中の新幹線で建てた計画だ。その時も琴音は1人で施設に侵入することを心配していた。

「ありがとう、琴音ちゃん。でも、これは私が始めたことだから、私1人で行かせてほしい。今回みんなが一緒に来てくれただけでも嬉しいのに、私を信じて外で待っててくれるなら普段の何十倍も力を出せちゃうよ! だから大丈夫!」

「……わかりました。絶対ちゃんと帰ってきてくださいね」

 琴音の心配に伊月は笑顔で答えた。


「決行は今夜2時! みんな、よろしくね!」








 AM:2:02

 撫子会関西支部会館近隣ビルの屋上に伊月は立っていた。
 背中には日本刀タイプの乳力兵装を背負った戦闘態勢だ。

「無線良好。各自持ち場につきましたわ」

「了解。……始めるよ」

 ワイヤレスイヤホンタイプの通信機で伊月は作戦開始を告げた。
 あたりに人影はなく、会館近辺は夜の静寂に包まれていた。

 月に雲がかかる。
 伊月は脚部に乳力を集中させる。
 月が雲に完全に覆われると同時に伊月は走り出し、ビルの屋上から大きく跳躍した。

 乳力をクッション代わりにして音を抑えつつ会館の屋上に着地する。

「屋上に到着。今から侵入するよ」

「了解です」

 伊月は屋上の縁に鍵爪ロープを引っかけて、壁伝いに下りていく。
 3階支部長室の窓に到着した伊月。
 ブラインドで中の様子は見えないため、窓ガラスに耳を当て、乳力で聴力を強化する。

「人の気配はなし。このまま行きます」

 ガラスに吸音シートを貼り付けてからガラスカッターで鍵付近ガラスを切断し、中に手を入れて鍵を開けた。
 静かに窓を開け、ブラインドから音を出さないようにゆっくりと室内に侵入する。

 室内は真っ暗だったため、周囲を警戒しつつ手持ちのライトを付ける。


「これ……どういうこと……?」


 伊月はライトで辺りを見回して、すぐに異常に気付いた。


 部屋に何もない。


 机も、椅子も、ロッカーも、パソコンも、そこには何一つ無かった。
 部屋の場所は間違っていない。
 事前に何度も確認した。
 そもそも、部屋に何もないという状況はどう考えてもおかしい。

 悪い予感がして伊月は無線に話しかける。


「みんな、大丈夫!? 状況を報告して!」


「……」

 伊月の切迫した呼びかけにも関わらず、誰一人として返事がない。

「お願い! 聞こえてたら返事をして!」

 再度の呼びかけ。
 しかし応える声はない。

 イヤホンを外して確認するが、故障している様子はなくオンラインを表す緑のランプが光っているだけだった。

「みんな……!」

 とにかく嫌な予感がして、伊月は証拠の捜索より仲間と合流する方を選んだ。
 伊月が窓に手をかけた瞬間、部屋の電気が付いた。

「逃すわけねぇだろ」

 振り返ると、そこには派手な着物を着た女が薙刀を振り上げていた。

「ッ!」

 間一髪でかわす伊月。
 距離を取りつつ背負っていた日本刀を抜き、構えた。

「アタシの部屋に泥棒たぁいい度胸じゃねぇか。覚悟は出来てんだろうな」

 片側だけ刈り上げた派手な金髪に、金とピンクの桜をあしらった派手な着物を着たその女性の全身には殺気が漲っていた。
 手に持っていた武器はよく見ると薙刀ではなく、かつて中国三国志の武将が用いたとされる刃に青龍の装飾が施された武器「青龍偃月刀」だった。

「あんたが大和田花か!」

「そうだ! アタシこそが撫子会を背負う女! 大和田花だ!」

 花は青龍偃月刀を振るい、伊月はその一撃を刀で受け止める。

 (重い……!)

 刀身に纏った乳力が霧散したことから相手の刃に耐性種の細胞が使われていることは瞬時に理解できた。
 しかし問題はそこではなかった。
 全身を乳力で強化していてなお、立っているのも辛いほど花の攻撃には力が込められていた。

「その程度か!」

 花は更に腕に力を込め、伊月は思わず膝をつく。
 このままでは刀身が折られると判断した伊月は乳力弾を放つ。
 そして花が乳力弾に対応した隙に距離を取った。

「こざかしゃあッ!」

 乳力弾を切り裂いた花はすぐに距離を詰めて伊月に斬りかかる。
 なぜ侵入がバレたのか、連絡の取れないサオリたちは無事なのか、必死で花の攻撃をいなしながら、伊月は疑問をぶつける。

「あんたが、私の仲間に何かしたのか!」

「泥棒に答える義理は無ぇなぁ!」


 バキィッ!


 花の一撃に、遂に伊月の刀の刀身が折れてしまった。
 愛刀の最後に、伊月の表情が悲しみに歪む。


「終わりだ! クソガキ!」


 悲しみに暮れる間も無く、伊月の首目がけて容赦なく振り下ろされる刃。
 侵入者を断罪する一振り。
 しかし、その手応えは想像していたものと大きく違った。

 ガキィンッ!

 巨岩に金属をぶつけた時のような鈍い音と、手元に伝わる衝撃。
 それは首を落とした時のものではないと花はすぐに理解した。

「クソガキ、何をしたっ!?」

 再び振り下ろされる青龍偃月刀の刃を今度は腕で受け止める。
 自らの渾身の一撃を同量の力ではじき返されたことで花は状況を理解する。


「……なるほど。それがお前の固有乳力か」


 全ての攻撃を跳ね返す無敵の固有乳力。
 伊月が絶え間ない努力の果てに身につけた最終手段を発動したことで、場の風向きが変わる。


「ここからが本番だ。あんたを倒して、私の大切な人たちに何をしたのか話してもらう!」


 折れた刀を持ったまま走り出す伊月に向けて、花は着物に隠していた銃を撃った。

 キュインッ

 反射した弾丸が花の頬を掠める。
 ゆっくりと流れた血を腕で拭った。

「なるほど、チャカも同じか」

 折れた刀での斬撃を花は青龍偃月刀で受け止めた。

「喜べクソガキ。殺すのは止めだ。お前は生かして捕獲してやる」

「捕獲されるのはそっちでしょ!」

 伊月のハイキックをかわした花は距離を取ろうと後退する。
 反対に伊月は距離を詰めて折れた刀を振るう。

「それだけの力だ。何のデメリットもなしではありえないだろう。果たして何分保つかな?」

 伊月の攻撃を軽々とかわす花。
 伊月の攻撃は完全に読まれていた。

 (こんなに……当たらないなんてことがあるのか!?)

 固有乳力の発動中の伊月は防御を必要としない。故に相手の反撃を気にせずひたすら攻撃に専念できる。

 しかし、当たらない。

 (もう2分が経つ……このままじゃまずい!)

 伊月は攻撃の手を止める。両手を胸の前にかかげて乳力を集める。

「させるかよ」

 花の一振りで乳力弾が二つに裂かれ、爆発する。
 巨大な乳力弾を作るという伊月の目論見は1秒もしない間に砕かれた。

「くそっ!」

 折れた刀を振るが花には当たらない。

 伊月には努力をしてきたという自負があった。
 毎日自らの乳力と向き合い、練習を重ねて、固有乳力という「力」を手繰り寄せた。力を得てからも努力してきた。自らの命を削るギリギリまで乳力を使い、毎日特訓をしてきた。乳力量で劣るからこそ乳力操作の精度には誰にも負けたくないと努力を重ねた。昨日出来なかったことが今日出来るようになることで、前に進んでいる実感を得てきた。

 しかし、そんな伊月のこれまでの積み重ねを持ってしても届かない相手が目の前にいる。

 当たらない攻撃と迫りくるタイムリミットに、伊月の中にだんだんと焦りが募っていく。

「このままやられるくらいなら……!」

 伊月は意を決して窓ガラスを破り、飛び降りた。

「おいおい逃げんのかよ! 情けなさ過ぎるだろ!?」

 伊月は着地時の衝撃を地面に反射させることでノーダメージで着地し、そのまま走り出す。


「はぁ……とんだ見込み違いだったな」


 ため息を吐きつつ、花は窓を開けて飛び降りる。
 空中で壁に青龍偃月刀を突き立て、勢いを殺しつつ安全に着地する。

「アタシから逃げられると思うなよ!」

 花が追ってくるのを確認した伊月は細い路地に入った。
 そのまま奥へ奥へと進んでいき、やがて行き止まりにぶつかった。

 (ここでなら……!)

 伊月は拳に全乳力を集中させ、残り3分間のリミット付きの固有乳力「反射」を発動させる。
 反射の壁に閉じ込められた乳力を生み出す素「乳子」がぶつかり、爆発を起こす。
 しかしその爆発のエネルギーを乳力で押さえつけ、エネルギーを蓄積していく。

 (今のうちに、早く……!)

 耐性種さえ一撃で葬り去る乙葉伊月が持つ最大威力の奥義「極限圧縮乳力爆破」。
 その弱点はエネルギーの溜めの長さと、溜めている間は全身に乳力を纏うことが出来ず、無防備になってしまう点だ。
 繊細な乳力操作技術と固有乳力「反射」があってのみ成立する一撃。
 しかしその莫大な威力の裏には少しでも乳力操作を誤れば爆発するという危険を孕んでいた。

 (どうせこれでダメだったら私の負けなんだ。ビビるな伊月! 全力で行け!)

 固有乳力の使用リミットが2分を切ったところで花が伊月を見つける。

「行き止まりに逃げ込むたぁ運の無ぇガキだな。それに乳力切れか。どうやらこれで終わりだな」


 花が伊月に近づく。
 伊月は圧縮中の拳を半身で隠し疲労困憊を装う。

 数歩歩いたところで花は歩みを止める。

「直接止めを刺そうと思ったが……止めだ。お前、何か企んでるな?」

 (まずい……!)

 花の言う通り、伊月が逃げたのは最後に大技を使うための作戦だった。
 まず路地に逃げ込むことでエネルギーを溜める時間を作る。
 そして周囲を壁と建物に囲まれた路地に誘い込み、爆発の衝撃を花にぶつけるという計画を立てていた。

「悪いがこれでトドメだ。あばよ、泥棒のガキ」

 花は着物の裾から銃を取り出して伊月に向けた。

「だったら……!」

 伊月は走り出す。
 引き金を引く前により近くで爆発をぶつけるためだ。
 花はすかさず引き金を引く。
 一発目は伊月の頬をかすめて外れる。
 次はないと悟った伊月は数メートル離れた花に向けて拳を振った。

 放たれた弾丸が伊月の拳に触れた瞬間、圧縮された乳子の爆発エネルギーが一気に放出された。

 周囲の壁や建物は吹き飛び、青龍偃月刀で防ごうとした花も爆発に巻き込まれた。
 伊月自身も吹き飛ばされた。

 路地に出来た半径500メートルの更地。
 そこにあるのは瓦礫と倒れた二つの人体だけだった。

 先に立ち上がったのは花だった。
 周囲を見渡して状況を理解し、一言呟く。

「やってくれたな、乙葉伊月……!」

 花は倒れた伊月の首根っこを掴み、持ち上げた。
 乳力を使い果たし、爆風に巻き込まれた伊月は完全に気を失っていた。

 花は伊月を一瞥した後に地面に投げ捨て、電話を始めた。



「1人、牧場に追加だ」



 夢半ばにして伊月は敗れた。
 伊月はこの後撫子会員に連れ去られ、地獄を見ることになる。



 しかし、伊月はまだ生きている。



 その心臓が鼓動を止めない内は爆乳ハーレムを求め続ける。
 その目の黒い内は爆乳ハーレムを目指し続ける。



 乙葉伊月は進み続ける。
 


 爆乳ハーレムを作る、その日まで。












 第一章学園編  完


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