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魔王の誕生

魔王イツキ

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 息が切れないぐらいの小走りで、土煙が舞う方へと向かっていく。
 争いによってボロボロに崩れ落ちた都市を少し移動すると、戦いの様子が見える位置まで近づいてきた。

 どうやらこの都市の広場のような場所で小競り合いが起きているらしい。
 白い翼が生え、天界の番人のような姿になった聖化物ばけものと、全身に獣の毛皮をまとい、悪魔のような姿をした魔化物ばけものが争っている。
 すみの方でまとまって、おびえて震えている魔物のことは完全に無視して。化物同士での争いが繰り広げられていた。
 どちらも同じ人間だったはずなのに、魔物を無視して同族同士で争っているのは、見ていて楽しい物ではない。
「シオリ、それと忍者。お前達はここで……待つが良い。我があれを止めてこよう!」
 俺がいった言葉に二人が頷いたのを見て、俺はその場で高く飛び上がる。
 魔王のギフトを手に入れてから更に強化された身体能力で、俺の体は数メートル浮かび上がり、なにもない空中に着地した。
 空気中の魔力を固めて作ったもので、長い間そこに留まることは出来ないのだが、それを足場に更に高く飛び上がる。
 空中での跳躍を五回ほど繰り返し、地上から十メートル近く飛び上がった俺は、そのまま争いの中心に向かって飛び込んだ。

 ドン……!

 体をかがませて衝撃を殺しながら、小さな音を立てて着地する。
 足元の床はバキバキと音を立ててタイルが砕け散り、俺を中心にクレーターのように床が小さくへこんでいた。
 ゆっくりと体を起こし立ち上がると……どうやら魔化物と聖化物は争いをやめて、突然現れた俺に注目しているようだ。
 俺は、魔王の『恐怖』を解き放つと同時に、彼らの理性に声をかける。
「我は魔王。魔物達よわきものをいたぶる化物共おろかものよ、我に抗う気があるのなら、かかってくるが良い……!」
 一瞬の静寂の後、それぞれの一角から一人ずつが俺に向かって一歩前に出てきた。
「グワアアァアアァアアァ!!!」
「正義正義正義正義……!」
「フンッ! 身を弁えぬ者共め! 力の差を思い知るが良いわ!」
 がむしゃらに、勢いよく飛び込んできた魔化物と聖化物が一人ずついたので、片方は思い切り蹴り飛ばし、もう片方は飛び込んできた勢いを利用してそのまま地面に叩きつける。
 蹴り飛ばされた方は数メートル離れた建物の壁に叩きつけられて、気を失ったからなのか、元の人間の姿に戻っていた。
 地面に叩きつけた方も同様に、意識を手放して元の姿に戻っている。聖剣の紋章も魔剣の紋章も消えているようなので、これではどちらがどちらだったのかわからないが……別に問題は無いだろう。
「どうした、この程度であるか?」
 恐怖の圧を高めながら周囲を眺め回すが……どうやら今ので実力差を悟ってしまったらしい。
 足を震わせて、魔化の衝動や聖化の正義と、魔王オレの恐怖とで葛藤しているようだが、かといってそれだけで全てが解決するほど都合良くもない。

「もうひと押しが、必要であるか……『召喚サモン』!」
 両腕を横に伸ばし、魔力を展開すると召喚陣が地面に描かれる。
 魔王の持つ無尽蔵な魔力の一部を対価に、異空間から粒子のようなエネルギーが湧き出してくる。それを武器の姿に調えていく。
 生み出されたのは、柄の部分だけで二メートルはある、巨大な巨大な戦斧だ。
 手に持つとかなりの重量があり、足が地面にミシリとめり込んだ。
 それを無造作に、ぐるりと一振りして肩に乗せる。
「来ないのであれば……こちらから行くぞ?」

 戦いの中心に降り立ったから、前後左右に魔化物や聖化物がいるのだが、とりあえずは目の前から片付けていく。
 ゆっくりと歩き出すと、明らかにおびえた表情を見せたが、聖化や魔化が逃走を許さないのか、誰一人オレに背を向けようとはしない。
 中には魔王オレの恐怖を振り切って飛びかかってくる勇敢な(あるいは無謀な)者もいたが、聖剣 / 魔剣ぶきは戦斧に触れただけで砕け散り、同時に聖化や魔化が解除されて元の人間の姿に戻っていった。

 そこから先は、一方的な展開だ。
 俺を目の前にした場合、彼らの行動は闘争か逃走のどちらかだった。
 俺に飛びかかってきた奴は、本体を傷つけないように聖剣 / 魔剣ぶきだけを破壊することで元の姿に戻していく。
 俺に背を向けて逃げようとする奴は、恐怖の圧を強めるだけで、俺が手を出すまでもなく心がへし折れて、気を失って元の姿に戻った。
 たった数秒間、魔王である俺が暴れただけで、その場にいた全ての化物達の聖化と魔化は解除された。
 残されたのは、元化物の、気を失った人間達だけ……

「魔王様……?」
 とりあえずこの場では戦いが終わった。暴力を振るう物が無力化された。それに気がついたのか、おびえて隠れていた魔物達が徐々に姿を現し始める。
「魔王様……! 魔王様が、蛮族共を討伐してくださったぞ!」
「魔王様! 万歳! 魔王様……万歳!!!」
 他の魔物達も流れに従うようにして、次々とどこからともなく姿を出してきた。
 俺が人間であることなど気にもしていないように、魔王オレに向かって大喝采を浴びせてくれる……

 魔物達は徐々に俺の元に集まりだして、そのついでとばかりに倒れて気絶している人間達を、乱暴に引きずって運んでくる。
 そして、魔物の中から小柄な鬼が一匹歩み出て、気を失ったままの人に向かって小さな足で蹴りつけた。
「おい! お前、何をしている!」
「何……とは? 我らを傷つけた蛮族に、とどめを刺そうとしているのですよ、魔王様!」
 小鬼は、当たり前のことをしている。何も悪いことはしていない。そんなことを言いたげな、むしろ自慢げな顔で俺の質問に答えた。
「やめろ、そんなことは俺が許さない……」
「……魔王様自らがとどめを刺すということですか?」
「いや、殺しはしない。こいつらはすでに力を失った……これ以上傷つける必要も……」
「お言葉ですが! 魔王様!!」
 俺に「やめろ」と命じられた小鬼は、悔しそうな顔をして俺をにらみ付けている。
 思わず激高してしまったといった感じだったが、どうやら相手が魔王であることを思い出したのか、どうにか落ち着きを取り戻したようだ。

「お言葉ですが、魔王様。こいつらは『敵』ですよ? なぜ殺しては、いけないのですか」
「なぜと聞かれても……彼らは、すでに力を失って無力だ……」
「ですが、こいつらは俺達の仲間を、友を……俺の娘までもを、笑いながら殺したのです! それでも許せというのですか!」
「それは、気持ちはわかる。だが、ここでお前が逆襲したとして、それで誰かが生き返るのか?」
「そうではありませんが……そうではありませんが……! 家族を失ったことがない貴方にはわからないでしょう!」

 やるせない気持ちはよくわかる……いや、もしかしたら俺は、本当の意味では何もわかっていないのかもしれない。
 俺の家族は、前の世界で今も元気に暮らしているだろうし。
 俺はまだ、この世界で仲間を失った経験もしていない。
 そんなこと、経験したいとも思わないのだが、仮に俺が、仲間であるアカリやシオリ。忍者や真の勇者や赤髪やティナ。彼ら彼女らを失ったとき、果たして平静でいられるのだろうか……
「いや……だが、だからといって……クッ!」
「イツキ殿、イツキ殿の考えは間違っていないでござるよ! 例え今のイツキ殿がどのような立場だとしても、一方的な殺戮を見逃すことは、後になったときに絶対に悔いることになるでござる!」
「そうですよ、イツキ。私たちもサポートしますね……聞け、魔物達!」
「魔王様の命令である! 倒れている人間に手を出すことは禁止するでござる! 従わぬ者は……魔王イツキ殿に逆らったのと同じことだと知れ!」
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