デブ執事

saionji41

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第14話 鯱と鮫

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 「お母さん?」
希美は事態を把握できずに紬の沈鬱な顔を覗き込む。
紬は事態を重く受け止めているのか、俯いたまま震慄している。
震える手で、閉じられたパソコンを音を立てながら無造作に開く。
恐怖に押し付けられているのか、なかなかパスコードが開かない。

「お母さんってどういうこと?」
希美は紬の尋常じゃない震えを目の当たりにして、言葉が消えていく。

お母さんがどうしたの?
鯱下さんとお母さんがどう関係しているの?
鮎ケ瀬さんのお母さんって何をしているの?
どうしてそんなにふるえているの?
どうして?

「なぁ分かっただろ?砂糖元。お前に踏み込む余地はないんだよ。分かったらもう関わってくんなよ。」
ガラガラッ!

無理やり起こされた扉がまたしても乱暴に転がされた。
「あいこまだレポート終わんないの?」
鮫口留美子だ。彼女も早く来ていたのか。いや、早くはないのか?
希美は停止していた思考が状況が変わった刺激で動き始めたのを感じた。

「鯱下さん、鮎ケ瀬さんの母親とあなたになんの関係があるの?」
希美は紬からは情報を引き出せないと悟ったのか、藍子に情報を要求する。
しかし藍子は希美に対して何も話す気はないと黙って見つめてくるだけだ。
すると、この状況を把握できていない留美子が希美の問いに答える。

「あんた知らないの?つむぎの母親は貂彩学園付属病院の看護師なんだよ。」
「るみこ、勝手にしゃべんなよ。」
藍子は勝手に情報を与えた留美子を叱責しながらも余裕のある笑みを浮かべている。
知られたとしても状況が変わることはないと確信しているようにも見える。
しかし、希美はその情報を聞いた瞬間に事態を把握した。

紬の母親が貂彩学園付属病院の看護師。
希美を含めた貂彩学園の一貫組に共通していることは、皆が貂彩学園付属病院で生まれていることだ。
そしてその貂彩学園を管理しているのが、目の前にいる鯱下藍子の一族である。
貂彩学園の一貫組は須らく鯱下の一族に世話になっている。
紬は加えて母親が看護師をしているとなると、なおのことである。

希美は鯱下藍子と紬の母親に関係があると推察していたが、関係していたのは母親同士であった。
しかし、それは藍子と紬の関係ではない。
ただ、子供を見ればその親も見えてくる。
希美はそれを見て、はらわたが煮えくり返ると共に非常に面倒くさい相手だとも思った。
子供でさえ学園でやっかいな存在であるのに、その親は想像に難くない。
だが、それはクラスメイトを見捨てる理由には何一つならない。

希美は念のために起動していたボールペン型のレコーダーをポケットから取り出して藍子に問う。
「鯱下さん、今の会話は全て録音してあるわ。分かったら自分のクラスに戻ったら?」
希美はそう言うと、再度パソコンを閉じて紬の背中に手を当てる。
「鮎ケ瀬さん、もう大丈夫よ。雲龍先生に相談しましょう。」
紬を立たせて、手を引いて再度職員室に向かおうとするが、またしても藍子から言葉が投げられる。

「相談しても無駄だぜ、そんな弱い証拠だけで行っても。」
希美は藍子がただ強がっているだけだと言い聞かせる。
「あなたこそ分かってないの?録音してあるって言ってるじゃない?これのどこが弱いって言うの?」
さぁ行こう、と紬を支えると藍子は抑えきれない笑みを溢れさせる。

「ただの会話を録音しただけで満足してるようじゃ、笑っちまうよ。わたしが何を言った?」
ただの会話?あれがただの会話だって?
希美は藍子との会話を思い返す。

ーーー
「つむぎ~、もう終わったか~?」

「えー、まだできてないの?始まるまでに出すって言ってあんだから早くしてよ。」
「できたら教えろよ~」

「それで良いんだよ、さっさと終わらせてくれよ。砂糖元は関係ないんだから余計な事言うなよ。これはあたしとつむぎの問題なんだから。」

「おい、つむぎ~。お前の母親。」

ーーー

「あっ、」
希美がそう声を漏らすと、藍子は続ける。
「ようやく理解したみたいだな。」

そうか、ダメだ。
彼女は具体的なことは何も言ってない。
レポートのことも母親のことも。
詰めが甘かった。もっと話を聞きださなければいけなかった。
でも彼女はそんなぼろを出すような人間ではない
事態を理解した希美は、何か他に方法はないかと考えていると、またしても扉があく音がする。
ガラッ

今度は優しく開かれたドアから見えるのは、怯えた様子の眼鏡をかけた女の子だ。
何やら紙の束を抱えている。
「し、鯱下さん、しゅ、しゅくだい、でき、ました、」
冷ややかな含笑を浮かべながら、藍子は差し出された紙束を受け取る。

「おー、よくやったじゃないかひなこ~。いつも悪いな~。」
全く悪びれる様子もなく、ひなこと呼ばれた女子生徒を手で追い払う。
希美は一瞬事態を把握するのが遅れた。
どうやらレポートをやらせていたのは紬だけではなかったようだ。
なんて狡猾な人間なのだ。
希美はこんなにもはらわたが煮えくり返る思いをしたのは初めてだ。
『大きな』執事が可愛く見える。いや、可愛くはないか。

そんなことはどうでも良い。
甲斐ない考えを振り払い、希美は何か手立てはないかを考える。
しかし、この場の状況を変える手は思いつかず、ただただ藍子を睨むしかできない。
そんな状況を察したか、藍子は笑みを隠すことなく希美を見下ろす。
「てことで、もう課題は手に入れたから、今回は見逃してやるよ。良かったなつむぎ~。砂糖元もあんまりちょろちょろしてると次はないぜ?」
藍子はそう言うと、高らかに笑いながら留美子を連れて教室を出て行った。

「砂糖元さん、ありがとう。私のために。」
紬は緊張が解けたのか、安堵の表情を浮かべながら希美の手を握り感謝を伝える。
「鮎ケ瀬さん、別に気にしないで。我慢できなかっただけだから。今度何かされたら遠慮なく相談してね。」
希美はうぅ、と涙を浮かべる紬ではなく、乱暴に開かれたドアの奥を静かに見つめていた。
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