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一方通行の愛
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フローラは父であるグロリア伯爵からトーマスの考えを探るよう命じられていた。
トーマスは同じ東宮殿にいながら、ほとんどフローラの居室を訪れることがないため、政務中に無理を言って、政務室に入れてもらった。
フローラは早速トーマスにストレートに疑問をぶつけてみた。
「殿下、廃太子されるという噂を聞きました」
「グロリア卿から聞いたんだね。確かに一部の貴族の間でそういう動きがあるようだ」
「なぜなんでしょうか?」
「グロリア家の力が強すぎるからだよ。私が王になったら、グロリア家は国王の外戚となって、王国がグロリア家に牛耳られると彼らは思っているんだ」
「そんな。父は臣下として必死にお務めしているだけです」
トーマスは侮蔑の笑みが出そうになるのを表情を消すことによって抑えた。
グロリア伯爵は権謀術数を駆使して、政敵を葬り、議会への影響力を強めている。
国王に対抗するために自身の派閥の強化に腐心しており、国のためというよりは自らの野望のために動いている。
良識あるものからは危険視されており、忠臣などでは決してない。
「……分かっているよ。私がしっかりやっていれば大丈夫だ。陛下も廃太子は考えていない」
「マルソー家に野心はないのでしょうか?」
「金持ち喧嘩せず、だよ。エイミーの家は国の食料生産量の五割を占めるんだよ。領地を守るための防衛力もすごい。まるで独立国のようなものだ。そんなところが王権に興味を持つと思うかい? わずかな利益のために危険は冒さないよ」
フローラが考えている以上にマルソー家は強大だった。
この時代は、食料生産量イコール収入だ。
国の金の半分がマルソー家にいったんは集まるということで、マルソー家がその気になれば、国家転覆も可能だが、彼らは自身の領地経営にしか興味はなく、王政には無関心だった。
「マーク殿下に野心はないのでしょうか?」
「どうかな? 昔からマークとは仲が良かったけど、私に任せてくれるんじゃないかな」
「エイミーは王妃になりたいとか……?」
これは父からの依頼ではなく、フローラが聞きたいことだった。
エイミーの名を聞いたトーマスの反応も見たかった。
「あり得ないだろう。そんな面倒なものを彼女がやりたがると思うかい? 彼女は自由が好きなんだ。親友の君なら分かるだろう」
トーマスに特別な表情は見られなかったが、よく見せる無表情だった。
エイミーの話になると無表情になるように見えるのは考え過ぎだろうか。
「じゃあ、誰なのでしょうか?」
「最初に言ったように一部の貴族だよ。自分の既得権益のために戦々恐々としているんだろう。だが、確かにマークがいると、そういう輩が担ぎ上げるから、ちょっと遠くに行ってもらおうか」
「どちらにですか?」
「エイミーの好きなところに行ってもらうってのはどうかな。エイミーが喜ぶんじゃないか? エイミーの言うことだったら、あいつもすぐに聞き入れるだろう」
エイミーをトーマスから遠ざけるのはフローラも大歓迎だったが、トーマスから提案されるのは意外だった。
やはりトーマスはエイミーのことは、特に何とも思っていないのだろうか。
「それはよいお考えと思います」
少し間が空いた。
沈黙が流れる。
(なぜ夫婦なのに政務以外の話が自然に出てこないのかしら。そうだわ、気になっているあの話をしよう)
フローラは夫婦の営みがほとんどないことを不満に思っていた。
結婚して半年だが、初夜と宴会で酔ったときの数回だけで、しかも、した後、トーマスはすぐに寝てしまう。
「ところで、殿下、最近、私の寝所にあまりお越しいただけないのですが、お忙しいのでしょうか?」
そう言った後、フローラはうつむいたが、同情を引く演技であることは、トーマスには分かっていた。
(エイミーだったら、こんな小細工はしないで、蹴飛ばして来るだろうな。というか、相手がエイミーだったら、どんなに忙しくても毎日通うか……)
「フローラ、すまない。ここのところ政務が忙しくて、あまり時間を作れないんだ」
「マーク殿下は毎日エイミーのところに通っていますっ!」
グロリア家がエイミーのところに潜入させているメイドから得た情報だった。
「そうなのか。弟を見習わないとな。だが、皇太子になりたてで、慣れないことが多く、本当に時間が取れないんだ」
「私が手伝いますっ。エイミーはマークの政務を手伝っているそうです」
「そうか。だが、皇太子の扱う文書は機密文書が多いんだ。時間を作るように頑張るから、フローラも自身の公務をしっかりとこなして欲しい」
「こんな生活、私はもう嫌ですっ!」
頑なに拒否するトーマスにフローラが取り乱し始めた。
限界点を超えたとトーマスは判断した。
「本当にすまない。もうすぐ落ち着くから、今度、例の湖の城にでも行かないか?」
フローラの表情がパアッと明るく輝いた。
「ええ、是非、殿下、約束ですよ」
トーマスはいい笑顔を作って、フローラを執務室から退室させた。
(これが私の選んだ道だ。フローラを追い詰めないようにしなくては)
トーマスは同じ東宮殿にいながら、ほとんどフローラの居室を訪れることがないため、政務中に無理を言って、政務室に入れてもらった。
フローラは早速トーマスにストレートに疑問をぶつけてみた。
「殿下、廃太子されるという噂を聞きました」
「グロリア卿から聞いたんだね。確かに一部の貴族の間でそういう動きがあるようだ」
「なぜなんでしょうか?」
「グロリア家の力が強すぎるからだよ。私が王になったら、グロリア家は国王の外戚となって、王国がグロリア家に牛耳られると彼らは思っているんだ」
「そんな。父は臣下として必死にお務めしているだけです」
トーマスは侮蔑の笑みが出そうになるのを表情を消すことによって抑えた。
グロリア伯爵は権謀術数を駆使して、政敵を葬り、議会への影響力を強めている。
国王に対抗するために自身の派閥の強化に腐心しており、国のためというよりは自らの野望のために動いている。
良識あるものからは危険視されており、忠臣などでは決してない。
「……分かっているよ。私がしっかりやっていれば大丈夫だ。陛下も廃太子は考えていない」
「マルソー家に野心はないのでしょうか?」
「金持ち喧嘩せず、だよ。エイミーの家は国の食料生産量の五割を占めるんだよ。領地を守るための防衛力もすごい。まるで独立国のようなものだ。そんなところが王権に興味を持つと思うかい? わずかな利益のために危険は冒さないよ」
フローラが考えている以上にマルソー家は強大だった。
この時代は、食料生産量イコール収入だ。
国の金の半分がマルソー家にいったんは集まるということで、マルソー家がその気になれば、国家転覆も可能だが、彼らは自身の領地経営にしか興味はなく、王政には無関心だった。
「マーク殿下に野心はないのでしょうか?」
「どうかな? 昔からマークとは仲が良かったけど、私に任せてくれるんじゃないかな」
「エイミーは王妃になりたいとか……?」
これは父からの依頼ではなく、フローラが聞きたいことだった。
エイミーの名を聞いたトーマスの反応も見たかった。
「あり得ないだろう。そんな面倒なものを彼女がやりたがると思うかい? 彼女は自由が好きなんだ。親友の君なら分かるだろう」
トーマスに特別な表情は見られなかったが、よく見せる無表情だった。
エイミーの話になると無表情になるように見えるのは考え過ぎだろうか。
「じゃあ、誰なのでしょうか?」
「最初に言ったように一部の貴族だよ。自分の既得権益のために戦々恐々としているんだろう。だが、確かにマークがいると、そういう輩が担ぎ上げるから、ちょっと遠くに行ってもらおうか」
「どちらにですか?」
「エイミーの好きなところに行ってもらうってのはどうかな。エイミーが喜ぶんじゃないか? エイミーの言うことだったら、あいつもすぐに聞き入れるだろう」
エイミーをトーマスから遠ざけるのはフローラも大歓迎だったが、トーマスから提案されるのは意外だった。
やはりトーマスはエイミーのことは、特に何とも思っていないのだろうか。
「それはよいお考えと思います」
少し間が空いた。
沈黙が流れる。
(なぜ夫婦なのに政務以外の話が自然に出てこないのかしら。そうだわ、気になっているあの話をしよう)
フローラは夫婦の営みがほとんどないことを不満に思っていた。
結婚して半年だが、初夜と宴会で酔ったときの数回だけで、しかも、した後、トーマスはすぐに寝てしまう。
「ところで、殿下、最近、私の寝所にあまりお越しいただけないのですが、お忙しいのでしょうか?」
そう言った後、フローラはうつむいたが、同情を引く演技であることは、トーマスには分かっていた。
(エイミーだったら、こんな小細工はしないで、蹴飛ばして来るだろうな。というか、相手がエイミーだったら、どんなに忙しくても毎日通うか……)
「フローラ、すまない。ここのところ政務が忙しくて、あまり時間を作れないんだ」
「マーク殿下は毎日エイミーのところに通っていますっ!」
グロリア家がエイミーのところに潜入させているメイドから得た情報だった。
「そうなのか。弟を見習わないとな。だが、皇太子になりたてで、慣れないことが多く、本当に時間が取れないんだ」
「私が手伝いますっ。エイミーはマークの政務を手伝っているそうです」
「そうか。だが、皇太子の扱う文書は機密文書が多いんだ。時間を作るように頑張るから、フローラも自身の公務をしっかりとこなして欲しい」
「こんな生活、私はもう嫌ですっ!」
頑なに拒否するトーマスにフローラが取り乱し始めた。
限界点を超えたとトーマスは判断した。
「本当にすまない。もうすぐ落ち着くから、今度、例の湖の城にでも行かないか?」
フローラの表情がパアッと明るく輝いた。
「ええ、是非、殿下、約束ですよ」
トーマスはいい笑顔を作って、フローラを執務室から退室させた。
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