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王太子だって恋がしたい ~アルバート編~
~その5~
しおりを挟むソフィアがセナン王国に来て一ヶ月ほど。そろそろ妃教育も始まり、お互い忙しい時間を過ごすようになる。
それでもなるべく晩餐はふたり一緒に取るようにし、たとえわずかな時間でも顔を合わせるようにしていた。
二か月後には二人の婚約披露の祝宴が盛大に行われる。
まだ一ヶ月、されどもう一ヶ月。口さがない者はどこにでもいる。
ソフィアの侍女マリアが給仕などで移動すると、忌々しい言葉が彼女の背を追ってついてくる。
『例の王女様ってどんな感じ? 末っ子で甘やかされた我がままって話でしょう?』
(そんなことないわ。そりゃあ、少し甘えん坊の所はあるけど、お優しい方だわ)
『この国に入ってから、部屋の外に出ないらしいじゃない? 引きこもり?』
(気を遣って部屋から出ないようにしているだけなのに、引き込もりだなんて)
『政略結婚だもの、王太子殿下も断れなかったのね。お可哀そうに』
(せ、政略結婚なんて、そんな。姫様の初恋の方なのに)
『そうそう、王太子殿下ってマルクス様の奥様と仲がよろしかったわよね? あれどうなったの?』
(え?)
『ああ、なんかそんな時もあったわね。でも、王太子殿下が諦めたんじゃなかったっけ?』
『想い人が側近の妻になって、自分は政略結婚? それはキツイわね』
(側近? 妻?)
『マルクス様の奥様もご懐妊されてから、例のお茶会も無くなったじゃない。あれだって、体の良いお見合いみたいなものでしょう? 結局実らなかったってことは、やっぱり忘れられないのかしら?』
(そ、そんな……)
侍女マリアは、わなわなと震える足を叱咤し、なんとか踏ん張り歩を進める。
自分の存在を知った上でわざと聞こえるように話しているのは明らか。
(いくら他国から来た姫が気に入らないからって、こんな噂話を宮の中でするなんてひどい。こんなこと、姫様の耳には絶対に入れられない。私がお守りしなければ)
侍女マリアはソフィアを守るべく、固い決意をした。
毎日の晩餐の他に、アルバートとソフィアは時間を作ってはお茶の時間を共にし、庭を散歩したり、時には図書館でこの国の歴史を勉強したりした。
侍女マリアの目から見て、アルバートはソフィアに対して恋慕の目で見ている。
使用人たちが話していたことは、ただの噂に違いない。きっとそうだ!
そう思う。思いたいのに、自然に視線は噂のマルクスに向いてしまう。
(この人が王太子殿下の側近と言われる方。とすると、この方の奥様が王太子殿下の想い人? 確かに顔は良い。うん、なんなら王太子殿下よりも私の好みかも…もごもご。
でも、ご自分たちがそんな風に言われていることをご存じなのかしら?)
どこに行くにもソフィアの後をついていく侍女マリア。そして、その視線は気が付くとマルクスに向いている。
常に王太子殿下をフォローする姿は側近として、将来の宰相としてもパーフェクトだろう。そして「氷の令息」と言われていた過去も噂話から耳にした。
確かに一見すると冷たそうな感じを受けるが、ソフィアにも自分にも、他の侍女や使用人にも横柄な態度を取ったりすることはないし、むしろ気配りのできる優しい人に見える。
(王太子殿下よりもマルクス様に恋する気持ちも、わからなくはないかも?
それをお許しになる王太子殿下は、とてもお優しい方なのね?ご自分の臣下に想い人をお譲になるなんて、普通の人ならできないもの。とても、ご立派な方なのだわ)
いつのまにか、彼女の中で噂話が現実のものになりつつあった。
そんな風に考え始めたら、二人の関係性が何やら神聖化して見えるから不思議だ。
まだ恋愛を知らぬ乙女が無駄に二人を美化し始め、憧れにも似た感情を芽生えさせてしまった。
気が付くと視線はアルバートとマルクスに向いている。この二人の間に何が?
違う意味での熱視線を、侍女マリアは二人に注いでいた。
そんな風な事を考えながらマルクスを凝視する侍女マリアを、別の意味で見つめる視線があることを、この時彼女はまだ知らない。
~~~~~
最近、ルドルフは思い悩んでいた。
彼も今、恋をしている。だから恋する者の気持ちは痛いほどわかる。
でも、それは皆が幸せになることが前提にあってこそ。
誰かを、自分を傷つける恋など無意味だし、何の価値も見出さない。
それでも、あふれ出る思いを消すことが出来ないから悩むのだ。
たとえ、自分の大切な人を苦しめる結果になったとしても。
だって、それが恋だから!
アルバートの護衛として常にそばについているルドルフは、いつも少し下がった位置で周り中に視線を這わせ控えている。
いつもすぐそばにいるマルクスとは違う目線で見ているからこそ、わかることもある。
最近、マルクスに対して熱い視線を送る少女がいる。いや、年齢的に少女かどうかはわからない。ただ、見た目から言えば、少女と呼んでも差し支えなく見える。
その少女は最近我が国に来たばかり。主に伴い、日々の生活に慣れるだけでも大変だろうに、甲斐甲斐しく主の世話をし、とても笑顔のかわいい子。
その少女が、ほんの一片の心の隙を埋めるように人を好きになったとして、誰がそれを責められようか?
ただ、少女は知らないのだろう。自分が想う相手に妻がいることを。そして、その妻は今身重の体であり、もうすぐ子供が産まれることを。
そして、少女が想っている相手は、類を見ないほどの愛妻家であることを。
ルドルフは悩んでいた。今、目の前で主人に従い待機している少女。
そう! ソフィア王女の侍女が、マルクスの事を熱い眼差しで見ていることを。
あれは恋している目だ。どうしよう? どうすればいい?
ああ、誰かに相談したい。話したい。
そんな悶々とした日々を過ごしていたある日、ついに我慢できずに口にしてしまった。
自らの主と、少女の想い人である本人を前にして、
「マルクス、気が付いてるか? お前に想いを寄せてる子の存在を?」
王太子殿下の執務室。アルバートとマルクス、そしてルドルフのいつもの三人。
二人は執務机から、ほぼ同時に顔を上げルドルフを見た。
「アリーシャのことか? それならとっくに気が付いているが?」
「いや、違う。アリーシャじゃない。別の子」
「ほお。笑えない冗談だな。面白くない、やり直せ」
いやいや、やり直しってなに?
「なに? その話。ルドルフの妄想?」
アルバートの間の抜けた質問に、力が抜けるようだ。
「妄想だったら、どんなに良かったか。本当だよ。今度、意識して見てみて」
二人は顔を見合わせ、信じられないと言った顔をする。
「で? 誰なんだ? その勘違い令嬢は」
マルクスの冷たい声が部屋に響く。
「……ソフィア王女の侍女」
またしても二人は顔を見合わせ、信じられないと言った顔をする。
「侍女ってあの子だよね? そうか…な? 気が付かなかった」
「そりゃあ、お前は気が付かないよ。だって、ずっとソフィア王女の顔しか見てないし。周りに目を向けてないから、気が付くはずがないよ」
「王女殿下の侍女? そう言われても、思い出せないんだが。俺と接点は一度も無いと思うが?」
マルクスの答えにそっとつぶやく。
「接点なんかなくても、恋に落ちる時は一瞬なんだよ」
『なんだ、こいつ?』という目で二人に睨まれ、たじろぐルドルフだった。
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