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1話.追放された騎士

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「リアよ、お前は追放だ。この意味が分かるか?お前は一生騎士にはなれん」

長い謹慎の末、父から話があると呼び出された。
父は寡黙な人であの事件の後も
「しばらく家で休んでおけ」
と言っただけだった。

その言葉で父だけは私を信じてくれたんだと思っていたのに。

だから、父から追放という言葉が出て、私は絶望的な気持ちでいっぱいだった。

「なんで!?確かに規則違反だったかもしれないけど、私は正しいことをして、父上だって!
そうよ、我が家の家訓があったはずです。騎士は強く気高くあれって。
私はあの言葉に従って」
「黙れ!!まったくそれだけの才を引き継いで生まれたというのに、なぜこんな醜態をさらした?
お前のせいで我が家の信頼はガタ落ちだ。出来損ないの失敗作が」

父上は淡々と語る。その口調が返って私に恐さを感じさせた。

「そんなっ、確かにボノクラ伯爵の命に逆らう結果にはなってしまったかもしれません。
ですが、あの作戦に従うなんて、騎士であればできるはずがありません。
時間をおけばボノクラ伯爵だってもっと冷静な判断をしてくださるはず」

すると突然父は激昂した。
「馬鹿が、一時の感情で貴族の命に逆らうとは。なんと愚かな娘だ。
しかもお前ごときの青臭い理想に我が家の家訓を持ち出すな。強くあるのは貴族の役に立つため、気高くあるべきなのは貴族の崇高な思想を実行する手足となるため、それがあの家訓の意味だ。
おまえは無能な兄と違って優秀だった。
だから、我が家の繁栄を任せられる人材だと思ってお前に次代当主の地位を託した。
その娘がこんな愚物だったとは。もういい出ていけ」

一体なんだったんだ。
私は強くて、礼節を重んじ、人々を助けるために
正々堂々と敵を討つ、そんな騎士に憧れた。

そして、口数こそ少ないが国を守るため剣を振るう父をずっと見てきた。
その行動に裏打ちされた正義感を持つ父上こそ
私の憧れる騎士の1人だと思っていたのに。

私の中で騎士の理想が足元から崩れていく音がした。

そこから先のことはいまいち覚えていない。

兄は、
「おいクソ妹!お前やっと出ていくことになったんだってな。せいせいするぜ。やっぱりお前は騎士なんて向いてなかったんだよ。当主は長男の俺にこそ相応しい」
と憎まれ口を叩いていた。

母は、
「リアちゃん、困ったことがあったら」
と話しかけてきた。

その先を聞く前に、「何も言わないで!」
と母の言葉を遮り、逃げるように家を出た。

私の住む、いや住んでいた家はヴァイロン家という
騎士の名家だ。

代々特殊な剣術を伝承し、最も多くの騎士団長を排出している家だ。
だから貴族からの信用も厚い。

もはや貴族に匹敵するレベルで財と地位を築いているから、その分しがらみも多い。
優しい母も大っぴらに私の味方はできない筈だ。

迷惑をかけちゃいけない。

これで天涯孤独ね。

気づいたら雨が降っていた。
いや、元から降っている中をうわの空で歩いてきただけなのかもしれない。

どっちでもいいか。

もう何もかもどうでもよかった。

大粒の雨が私の体を蝕むように冷やしていく。
それが私の暗い心をいっそう沈み込ませた。

これからどうしていいのか何もわからない。

ただ一つだけ知りたかった。

私は間違っていたのか?
その答えだけどうしても。


ーーー

時はさかのぼり、1週間前の事。

その日はとても晴れやかな天気の日だった。
私の騎士として初陣の日だ。

なんでもとある村の住民たちが国家反逆を目論み、戦争の準備をしているらしい。
俗にいう一揆だ。

そして、それを暴いたボノクラ伯爵は私たち騎士団に村を制圧する指令を出したのだ。

ヴァイロン家と縁のある騎士団に臨時で参加する形で、私は作戦に参加した。

「リア君、君の父君、ノア殿にはとても世話になってね。次期当主なんだろ。期待してるよ」
「ありがとうございます!」
騎士団長からは好意的な挨拶を貰えた。

他の団員たちも好意的だった。
「ヴァイロン家始まって以来の天才なんだって?一緒に戦えるのが楽しみだなぁ」
「そんな、周りが大袈裟に言ってるだけです」
「謙遜しちゃって」

なんとなく、周りから期待されてるのが分かった。
正直この時私はかなり浮かれていた。

自分の夢である"最高の騎士"になること。

その一歩を踏み出せた気でいた。

だが、思えば村についた瞬間から私の夢の道は終わっていたんだ。

村人は私達騎士団が来ると、
きょとんとした顔をしながら出迎えてくれた。

「何かこの村に御用ですか?ここは何もないところですが、あ、お泊まりでしょうか?」

そう言ったのは村の長である村長だ。

あれ?おかしいな?
村人が反旗を翻して,臨戦体制で待ち構えてるって話だったけど、

村を見渡すと農民が畑を耕したり、買い物をしたり、平和そのものだ。

私達騎士団を欺くための演技、か?

「国家反逆罪!?そんな!私達がそんなことする筈がないでしょう!?」

私が村の様子に気を取られていたら横から大声で村長が抗議する声が聞こえた。

「黙れ!証拠は挙がっている。お前たちは貴族を誘拐し、国家の秩序を転覆させようとしたな!」
「そんな馬鹿な、私達はただの農民です。国家をどうこうしようなんて大それたことできるわけがない!」
「証拠は挙がっていると言っただろう。なにより、あのボノクラ伯爵が進言したことだ。分かるな。これ以上の議論は無意味だ。以上だ。粛清を開始する。全員、抜剣!!」
そう言うと、騎士団長は剣を抜き、村長に斬りかかったのだ。

な!?

いくら犯罪の疑惑があるからってそこまでしなくても。

村長はなす術なく切り伏せられ、ぐわぁあ、と悲鳴をあげて地べたに倒れ込んだ。

それを見ていた村の男たちが一斉に集まり、反論を始めた。
「おい、ふざけるな!!」
「どういうつもりだ!」
「国家反逆罪なんて俺たちがするわけが無い!」

だが、騎士団長はその訴えには耳を貸さず団員に指令を出した。斬り捨てろ、と。

団員は全員剣を抜き、男たちに斬りかかった。

男たちはクワや何かの棒で抵抗してはいるがそんなもので本職の騎士に対抗できるわけがない。

1人、また1人と斬られ、村人たちは倒れていく。

すぐに警鐘が鳴り響き、
女子供は悲鳴を上げて逃げ惑う。

それを騎士達は何の慈悲もなく追い回し、剣で斬る。

中には楽しそうに剣を振るうものまでいた。

な、なんなのよ、これ。

あまりのことに私は動けなかった。

手が震えている。
これが騎士のやることなの?

「おい、リア君!ぼーっとするな!君も騎士ならば、騎士の務めを果たせ!」
団長が私に大声で指示を出す。

私もヴァイロン家の娘だ。
こんな非道なことでも貴族の命令に背けば
どうなるかはよく分かっている。

それにちゃんと貴族の偉い人が確かな証拠を掴んだって言ってたし、この村の人達は同情を引こうとしてるだけの悪人なのかもしれない。

騎士になりたいのなら、夢を叶えたいなら責務を果たさないと。

目の前の女の子の前に近づく。

私は剣を上げた。

その子の母親と思われる人がキッと私を恨めしそうに強く睨んでいる。

女の子はわんわんと泣き出した。

ダメだ。斬れるわけがない。

私は何をやってるんだろう?
違う!
こんなの絶対違う!!

私が憧れた最高の騎士は、こんな時……

私は向きを変え、全力で走り出した。
騎士団長がさっき斬った村長にトドメを刺そうと剣を振り下ろす。

「やめなさいっっっ!!」

ガギィン!と鈍い音がして、騎士団長の剣が止まった。

私が憧れた騎士ならこんな時、

「絶対、困ってる人を見捨てないっ!」





突然の私の行動に、その場にいた全員の目がこちらに向く。

「どういうつもりだ、リア君
剣を向ける相手が違うんじゃないか?」
剣を交えたまま騎士団長が聞いた。
「いいえ、間違えてません。団長こそおかしいと思わないんですか!?いくら罪の容疑があるからってこんな一方的に」
「それが騎士というものだ。貴族が白を黒と言えばその色は黒になる。こいつらは容疑者ではない!罪人だ。そして貴族の代わりに罪人を罰する高尚な務めを持つのが騎士だ。そんなことヴァイロン家の君が一番理解していると思ったがな」
「違う!騎士というのは国を、人々を守護する強い戦士よ!こんなのは騎士のすることじゃない!悪魔がすることよ!」
「……最後通告だ。そこをどけ!リア・エリーゼ・ヴァイロン!さもなくば、公務を妨害する敵として排除する」

もはや、議論は無意味なようだった。
私は団長の宣告に答える代わりに、団長の力任せの剣をいなした。

勢い余ってバランスを崩した団長はすかさず後ろに引いたが、私は追撃しなかった。

代わりに剣の鋒を、団長に向けた。
「リア・エリーゼ・ヴァイロンよ。そっちこそ、排除される覚悟をしなさい。私はもう村人たちの
騎士みかたよ」




騎士が剣を向け名乗るのは決闘の合図だ。

私は団長の返答なのりを待つ。
だが団長は一瞬ひるむそぶりを見せるが、名乗ることはせず斬りかかったてきたのだ。

「調子に乗るな!リア君。半人前の小娘に名乗る必要などない!」

私は団長と剣を交える。
団長の剣捌きはまるで教科書のお手本のようだ。

一度はどこかで見た型で斬り込んでくる。

ヴァイロン家では幼少の時より、ありとあらゆる剣技の型を体に覚え込まされる。

それは自在に剣を振るえるようになるためではなく、
こうやってお手本通りに斬り込んで来るやつを、華麗にいなして捻じ伏せるための訓練だ。

だから、この団長は敵ではない!

私は冷静に団長の剣を全て受けきって、隙をついて彼の手を剣の腹で叩き、吹き飛ばした。

「くっ、全員リア君ににかかれ!彼女から叩き潰すぞ!」

この団長、騎士の風上にも置けないわ。一対一の決闘に負けたら次は人数で攻めようなんて。

だが、皮肉にもこの騎士道のかけらもない行動がリアが村を守りきれた理由となった。

騎士団長がやられたのを見て、団員は全員で攻めてきた。その結果、リアは逃げ惑う村人1人1人を庇いに行く必要がなくなったのだ。

リアは騎士団の団員達の剣をいなしては斬り、いなしては斬った。

斬って、斬って、斬り続けた。

最後の騎士を斬り倒した瞬間、隙をうかがっていたかのように、騎士団長が地に落ちた剣を拾い、横に薙ぎ払う。

リアはそれを紙一重で伏せて躱し、団長の懐に潜り込み、

一閃!!

団長は地に崩れ落ちらように倒れ込んだ。

ふぅ、と息をつく。
こうして、リアは村人を守りきったのだった。

「安心して。峰打ちの余裕はなかったけど、手加減はしたから」

地に伏せた騎士達にリアは剣を鞘に戻しながらそう言った。

村人たちがワッと歓声を上げて、私の所に駆け寄る。

「ありがとう!あんたは救世主様だべ」
「あんたみたいな騎士様がいてくれるなら安心だ。まだこの国も捨てたもんじゃない」
「うちの子供を助けてくれてありがとうございました。このお礼はなんでもします」

「そんな、感謝されることなんてしてません。本当に」

「そんな謙遜しなくても」

村人たちは私にとても好意的に接してくれたが、私は素直に喜べなかった。

騎士団にやられて倒れている村人を見る。

私がはじめうろたえているときにやられた人々だ。

中には助からなかった人もいるだろう。

彼らが傷つけられた責任の一端が私にもある。
中途半端だ。私は何もかも。



それに、これで私は貴族に逆らったことになる。
騎士界隈でも嫌悪されるだろう。

騎士になることは難しくなるかもしれない。

けど、父上ならきっと分かってくれますよね。きっと。
早く父上に会いたい。
会って話がしたい。

◇◇


そして、1週間後、私は雨の中で行く宛てもなく、
1人彷徨っていた。

どうして。
どうしてこうなったのだろう。
何が正しいのか、もはや私には分からない。

髪から滴る雨水の感触が、涙が頬を伝う感触と重なった。

「こんな雨の中、傘もささないでいたら風邪をひきますよ」

その時だった。
1人の女性が手を差し伸べてくれたのは。




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読んでくださり、ありがとうございます。

※今連載中の「かつて親友だった最弱モンスター4匹が最強の頂きまで上り詰めたので、同窓会をするようです。」に登場するリア・エリーゼ・ヴァイロンのスピンオフです。
本編を見ていなくても全く問題ありませんので、一つの物語としてお楽しみください。


不定期更新になりますが、そんなに更新の間隔は開けないつもりです。


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